誰が悪役(アリオン)を殺したか

ひまたろう

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終章 空色の君を思う

86.雨から守りたかった人

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「ローゼルアリオンを殺したのは貴方ですね」

 私はジェルドに真実を突きつける。

 根拠はいくつかあった。まず、殺人には被害者である私の場所を正確に感知するだけのスキルが求められる。私の位置を正確に把握できる人間。それは、私の魔力を以前から知りえていなければ、座標が分からない。座標が分からなければ、私の不意を打って背中から刺せないのだ。ジェルドであればあてはまるが、ロージもマラカイも当てはまるだろう。

 二点目、傷ついたボタン。昨年の卒業生のものになる。拾ったのか渡されたのかは分からない。だが、どちらにせよジェルドが生徒指導であれば、持っていても違和感はない。他方ロージは、拾った可能性が無くもないが、可能性はジェルドよりも格段に低いだろう。一方マラカイが犯人であれば余計なノイズの情報という細工もできる。故にこれもまた確定要素には薄かった。

 そして最後。アジト潜入でアバラが持ってきてくれた情報。それは、という事実だ。

 ここまで揃えば、疑わしいのは誰か。

 男爵家は、軍部とつながっていた。だとすれば、ジェルドも当然民主化計画について何かしら情報を得ているはず。

 人が人を殺す時、そこには必ず理由がある。動機というのは軽視されがちで、しかし最も重視されなくてはならないものなのだ。

 故に、二通りの解釈が出来た。

 ジェルドは軍部の民主化に賛同し、私が邪魔だったから消した可能性。

 もう一方は私と同じ軍部の意見に反対の立場で、けれどジェルドもまた私と軍部の関連を疑って、止めるために仕方がなく刺した可能性。

 殺人事件の動機を悪意で解釈するか、善意で解釈するか。私はその選択を迫られていたのだ。仮にこいつが悪意で至ったのであれば、私は間もなく殺される。

 けれど。

 あいつは白い身代わりのお守りのことを知らなった。であれば、平民の実験についての話は少なくとも関与はしていないのだろう。

 私の墓参りにジェルドはやってきたこともあった。花を持って。
 本当に負の感情から私を刺したのであれば、そんなことは出来ないと、私は思う。

 それだけではない。

 私はこれまで、自分の行動を幾度となく信じてもらえなかった人間だ。悪意で解釈されてきた経緯を持っている。そんな人間が、ほかの連中と同様に、証拠もなくイメージで勝手に認識すること。
 これまで散々悪意で捻じ曲げられて疑われたのであれば、私こそは信じる勇気を持たなくてはならない。

 だから賭けることにした。ジェルドを信じる。こいつは、生真面目で、根は真っすぐで、恨みや憎悪から私を殺したわけではないという可能性を。この学園で生徒として見てきたジェルドの側面を、私は信じることにした。

 だからもう正体を隠すことも無いだろう。

「ジェルド。もう一度尋ねよう。私を刺した犯人はお前か?」

 ジェルドは目を見開いて私を凝視する。犯行を突き付けられたときは変わらなかったその表情が、やっと驚愕に変わった。彼の記憶の中で、この喋り方をする人物など、該当するのはただ一人。

「・・・!!お前、生きて、いたのか・・・?」
「いや、一回死んだ。あれは本当に痛かった。けれど、蘇生してくれた子がいたから、私は今ここにいる」
「・・・・・・じゃあ俺がお前を刺したのは、幻覚じゃなかったんだな」

 訃報が実際の犯行時期と大いにずれていたため、やはり自分の犯行を幻覚と思い込んでいたのだろう。

「あの生々しい手ごたえも、本当だった」

 ジェルドは自分の両手を見ていた。その顔に宿っているのは深い罪悪感。・・・きっと、今はもう私の無実を悟っていたのだろう。そうでなければ、こんな表情は到底できまい。

「私が亡くなってから、平民の連れ去りはさらに活発になった。それで私の潔白は証明できるはずだ。違うか?」
「ああ、段々とその可能性を考え始めていた。お前がいなくなった途端に、まるで無法地帯のような日々が始まった。潔白だったよ。お前は確かに潔白だった。一方俺は、潔白の婚約者を、話も聞かずに手にかけた、ただの殺人者だ」

 これまで生徒になって、ジェルドのことを観察していた。私を気遣ってくれたこと、守ろうとしてくれたこと。それは、とても暖かな日常だった。本当は相いれなかった存在だったことも忘れ、こいつのおかげで生徒の一人としてやり直しの学園生活を楽しむことが出来た。

 とても幸せな日々だった。

 故に、犯人であると確信に至った時、孤独の学園時代ではなく、見守ってくれた温かい思い出がよみがえった。同時に

「ジェルド、すまなかった」
「・・・どうしてお前が、謝るんだ。被害者のお前が」
「自己を顧みて、反省すべき点が多いと感じた。私は独りよがりに動いて、周りが見えていない。いつもそうだ。だから、お前が誤解するのも仕方がなかった」

 私は頭を下げる。
 もう少し、人付き合いをしようという気持ちがあれば、周囲が私を見る目だって変わったかもしれない。誰かに信じてもらいたいと言う前に、そもそも誰も信じなかったのは私。
 何もかもが身から出た錆だったのだ。だというのに、周囲に原因があると、延々と呪い続けた。

「ジェルド、私は今こうしてお前に犯行を突き付けた人間だが、口封じのために殺すか?」
「・・・いいや、殺さない。殺せるわけがない」

 通常犯人に犯行を突き付ける際には、大人数を呼ばなくてはならない。ミステリー物で関係者一同を呼んでから探偵が推理を披露するのには、犯人による口封じを避けるためというのが大きいためだ。けれど、私は呼ばないことにした。静かに二人で話がしたかった。だからアウレリウスにもマラカイにも、伝えることはできなかったのだ。

 大聖堂では音楽が止んでいた。故に、静かな空間が私たちの間に満ちる。やがてジェルドは静かに私の手を握り、ただ嗚咽を漏らす。これは告解だ。本当はもっと早く、自分の罪を償いたかったのだろう。けれど、情報が錯綜して、犯人であるはずのジェルド自身が、もう何が何やら分からなかったのだと思う。

 自分が殺した相手の前で、罪を吐く。

「すまなかった、本当に。謝って済むものではないけれど、本当に、すまなかった。信じてやれなくて、すまなかった!!許してくれなくていい、ただ俺を恨んでいてくれ!」
「別に、いい。誤解を生みやすい私に落ち度がある。私こそ、こんな婚約者で本当に悪かった」

 そう、生き返っていろんな人間と交流を深めて考えを深めて。そしてやっと自分の落ち度に気が付いた。

 誰が悪役を殺したか。

 それは、誰が悪いとか、誰がやったとか、そういう単純は話ではなかった。いろんな人間の思いが交錯して、そして必然のように至った結末だったのだ。ローゼルアリオンをめぐる殺人事件を、私はそう解釈する。私は誰も恨まない。もう、恨みたくないのだ。

「私が最初からこうしてお前と打ち解けていれば、避けられたのに。あれだけの時間があって、私はどうしてお前に心を開けられなかったんだろうな」

 あの時も、とても晴れていたんだ。読んでいた本を置いて、隣の男に一度でも天気の話をしていれば、ただそれだけでよかった。けれど誰でも出来るそんなことが、私には踏み出せなかった。

 それはジェルドにだけではない。アウレリウスや、ロージや、そのほか大勢。言葉を交わすことを諦め、孤立した自分の世界。
 私は勇気をもって一歩を踏み出せなかった。だから、ジェルドに殺されずとも、なにかしら近い結末は辿っていただろう。

 ジェルドは私を抱きしめ、涙を流す。

「違う、お前は闇魔法に適性があった。だから理不尽に嫌われた。俺は婚約者だったのなら他人の目を気にせず、全力で味方にならなくてはいけなかったというのに。本当に、すまない」
「不器用なのはお互い様だろ」

 そう、最初から私にもっと勇気があれば、この男は私の最大の味方になっていただろうに。そんなことに気が付けないとは、私は本当に、世界一の愚か者だろう。

 でも、間に合った。最後の選択肢は間違えずに済んだ。
 私にこの男は殺せない。例えそれによって私が死んだとしても。
 巾着袋を、無意識に握りしめた。

「これからこの学園に、大量の魔物が迫ってくる。ジェルド、学園を守る手伝いをしてほしい」
「・・・・・・」

 返事はない。こいつも分かっているのだろう。私を殺して以降、自身の魔力が著しく向上した事実に。すると、その魔力はどこから来たのか。

 何故私がこんな幼い容姿をしているのか。

「私のことはいいんだ。未練はあるが、もう人生に悔いはない」

 後に残すアウレリウスのことが気にかかる。けれど、羽根を返還さえすれば、後追いは避けられ、やがてあの子の心の傷はいずれ癒えるだろう。

 しかし。

「そんなこと、僕が認めると思うの?」

 地を這うような、声がした。背後からだ。あの人混みを強引に抜けてきて、私のことを探しに来たのだ。そして私たちの話を身を隠して聞いていた。アウレリウスは私たちの前に、ゆっくりと姿を現す。ローブに着替えており、その目は鋭くジェルドを射抜いていた。

「アリオン、ジェルド教授が犯人ってこと、知ってて僕に隠したね」
「・・・・・・」
「まあ、それはいいや。今はそれよりもやることがあるよね」

 アウレリウスは私とジェルドの距離を離すように、風魔法を放った。よろけるようにジェルドは後ろに退く。

「残念だけれど、和解の道はないよ。ジェルド教授が死なないと、アリオンは命を落とす。だったらどんな事情があったにせよ関係がない」
「駄目だ、これから何が起こるかお前も知っているだろ?ジェルドは必要な味方だ」
「必要な人材であれば殺人犯の罪も帳消しになるの?だったらこの世はもっと犯罪者が減っているだろうにね」

 ジェルドに対して手を掲げるアウレリウス。殺気がここまで伝わる。一方のジェルドは抵抗の意思は無いようで、ただ断罪を待っていた。

「頼む、ジェルドはもう逃げない。それに、私は今すぐ死ぬというわけでもないんだ!時間が欲しい、頼む!」

 しかしアウレリウスは私の言葉に意を介さず、詠唱を呟く。炎の魔法だ。
 この子も必死なのだ。夜に私が目を閉じた後に、この胸に耳を当てていたことを知っている。心臓が止まっていないか、音を聞いて、安堵して。一日一日がとてもつらかったのだろう。だから、目の前に原因がいて殺意を抱かないわけがない。

 アウレリウスにとって、ジェルドは自分の番に仇なす敵。それはもう、本能の域だ。

 ありがとう、だが、すまない、アウレリウス。しばし拘束させてもらう!

「ダークジェイル!」

 アウレリウスは私が何かしら束縛系の魔法を使ってくることは想定していたのだろう。咄嗟に自身の周囲に魔法陣を張る。しかし、囲うように檻を作られるのはさすがに想定外で、自身の防護幕のさらに外に檻は形成される。

「アリオン!クソ、そいつを今殺さなければいけないのに・・・!!」
「すまない、一時的だ。そこで見守っててくれ」

 檻を破壊しようするアウレリウスだが、しかし時間がかかるだろう。私は今のうちにジェルドに向き合おうと、近づく。
 私の体の限界も近いのだろう。手を伸ばしつつも、せき込みが止まらない。感情が荒ぶったせいで、余計な気力を消耗してしまったのだ。

「ゴホ、くそ、ジェルド、こっちにこい!お前の戦力で、死傷者を、減らせるかも、しれないんだ!今度こそ、私に力を貸してくれ!」
「・・・駄目だ。俺が生きていればお前が死ぬのだろ?」
「そんなことは、後で話し合えばいい!今は・・・」

 問答の刹那。

 周辺が真っ白に染まり、光に包まれた。

 まるで天から神の光が降りるかのように、何かが学園に向かって降りそそぐ気配がした。

 同時に視界が奪われ、何も見えなくなった。

 魔法だ。それも範囲攻撃の類の。周囲に何かが降り注ぐ音がする。

 何も見えないというのに、こちらに何かが降ってくるような、空気を切る音がする。やがて光は収まり、視界は段々と回復していき、状況を視認できるようになる。

 攻撃だ。ついに攻撃が始まったのだ。幻の槍が天から降り注ぎ、この学園を守っていた結界が一瞬で破壊された。やがてあらかじめ計画していたようで、別の結界が張られるようになる。おそらく、以前にドレイヴンの時にも使用された、転移封じの結界だ。

 アウレリウスは私の檻を壊すために、もとより防護幕を張っていたため無事だ。しかし、こちらを凝視している。一方のジェルドは。ジェルドは・・・。

 私に覆いかぶさるように、立っていた。

「ジェルド、今のが軍の攻撃・・・。ジェルド・・・?」

 私を守るように庇っていたその背中には幻の槍が突き刺さっていた。丁度心臓に当たる形で。口からは赤い血が一筋流れていた。ゴホリとせき込み、それが私の頬にかかる。

「怪我は、ないか?」

 まるで殺人事件の因果応報とでもいうように、ジェルドは背中から攻撃を受けていた。

 けれど、今度こそ自分が守るとでもいうように、私を見る表情は慈愛に満ちていた。それはまるで愛情を持っている相手を自分の傘にいれるかのように、穏やかだった。
 自分が一番苦しいだろうに、やがて懐から一枚の布をとりだした。あれは、星辰魔道議会で私が失敗してジェルドに押し付けた、ハンカチだ。
 優しく私の頬にあて、ついてしまった自身の血を拭う。

「結局、俺たちは、何も婚約者らしいことが、出来なかったな」
「・・・・・・」
「あれだけ時間があってあれだけ機会があって、だというのに結局受け身で動いて。自分勝手な希望を作って、縋って。だから何も実を結べることもなく。すなわち、これは当然の結末なんだ」
「・・・ジェルド」

 血は止まらない。もう助からないだろう。過去に同じ傷を受けた私だからこそよくわかる。だというのに、灼熱のような痛みをこらえながら、それでもジェルドは私に微笑みかける。

「ローゼルアリオン、お前を、愛している」

 ふらふらと、柵の無い危険な方へ歩いていく。アウレリウスは私の闇魔法の檻をなんとか破壊し、ジェルドに駆け寄ろうとする私の腕を掴んで引き止めた。

「アリオン、お願い、駄目だ!行っちゃ駄目だ!」

 ジェルドの背中からは血がぽたりぽたりと流れ、やがて足元に何もない場所まで身を進めた。そして雄大な景色を眺めている。

「俺が、生徒のお前を、気にかけたのは、どことなく似ていたからだろうな」

 その目には、美しい空が映っているのだろう。私の髪と同じ、青空だ。

「愛している。だから、お前の幸せを願っているよ」

 愛しい宝を見るかのように、最後に私に視線をやる。
 そして、身を投げ出した。


 決して自分の死体をみせないように。
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