誰が悪役(アリオン)を殺したか

ひまたろう

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終章 空色の君を思う

87.黎明戦争①

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 ここから地上までは、かなりの距離がある。おおよそ8階分。そんな距離から転落すれば、健康体であっても生き延びることは難しい。
 背中から致命傷を受けていれば猶更だ。

「アリオン、駄目だ。見ては駄目だ!」

 和解は叶った、はずだった。だというのに、結末は変わらず。

 されど目の前の現実が受け入れられずに、私はさっきまでジェルドが立っていた場所に向かおうと、ふらふら進もうとする。

「アリオン!!」

 アウレリウスは私を強引に抱きしめ、口づけをした。荒々しいキスだ。こちらの呼吸に気遣わない、まるで人工呼吸のようなそれは、逆に私を酸欠状態にさせる。
 けれど、お陰で少しだけ落ち着いた。

「僕たちは今からやるべきことがある。先ほどの光の魔法の攻撃で結界は崩れ、魔物は殺到するだろう。アリオン、お願い。今は僕だけを見てほしい」

 懇願するような物言いに、私は頷いた。そう、私たちはやるべきことがある。だから、涙を流している余裕はない。死を悼む余裕も、今の私にはない。振り払うように頭を振った。そんな私の頭を、アウレリウスは優しく撫でた。

「体は、大丈夫?魔力は戻ってきてる?」
「・・・さっきまで寿命が迫っているのを感じていたが、それは解消されてきたよ。・・・あいつは本当に亡くなったんだな」
「でも姿は戻っていないね。あれ?」

 アウレリウスは私のそばかすを指でつつく。

「そばかすの数が減ってるね。ここにあったのに消えてる」
「・・・私のそばかすの数なんて数えてたのか?」
「ホクロも数えてるよ。それはともかく、アリオンの容姿、時間経過で元に戻っていくのかも」

 アウレリウスは私の顔を指で撫でたのち、すぐに私の腕を掴んでこの場を後にしようと歩き出す。大広間は、急襲を受けて、大混乱に陥っているだろう。アウレリウスの言う通り、この場を後にしなくては。

 後ろ髪を引かれるような気持になるのをこらえ、駆ける。悼む余裕なんてない。目の前の問題にかからねば。
 階段を急いで下り、元の場所に戻るために駆ける。ローブも取り出し、身にまとった。会場に近づくにつれ、悲鳴や怒号が飛び交っているのが離れていてもわかる。

「この場で一番身分が高いのは僕になる。けれど僕がいないことを察して、イヴリンとロージが請け負ってくれているね」

 両者は信頼できるとして、私から事前に話を通していた。そう、ジェルドが犯人と分かった段階で、ロージは信頼できると踏んだのだ。民主化と軍の乗っ取りの話をした時にロージは驚愕し、憤慨していた。

 男爵家と書類上は契約状態になっている子爵家も、関係者として裁きはくだる可能性はある、という旨は伝えたが、「自分はあの闇の支配者・ローゼルアリオンの弟です。あの人以上に恐ろしいことはありませんよ」と笑って答えてくれた。幽霊騒ぎの時に、兄が弟を守ったように。私の意志を継いで、ロージもまた学園を守るために奮闘していた。

 故に、人々は大聖堂の奥に集まっており、混乱は最小限に収まっている。

 アウレリウスが戻ってきたということで、指揮は彼に移る。
 ここでどのような号令をかけるか。これは、王の器が試される場面だ。どういう言葉をかけるかで、味方の士気が変わる。急襲を受けて戸惑いを隠せない面々の意志を統率するという、上に立つ者の実力が大いに問われる場面だ。

 人々の視線は、誰が呼び掛けるでもなくアウレリウスに集まる。何もせずとも視線が集約される才能。これが、次期王アウレリウス。

「現在、我々は外部から奇襲を受けている。ただいま入った情報では、この場の全員の虐殺を企む、

 こうして自信満々に宣言することで、軍部と立木心愛の両者に、強引に罪を作るという手腕だ。突然明かされた真実に周囲も息を呑んで驚く。

「諸君、この学園の歴史を思い出せ。我々の足元には、不敗の記録が積み重なっている!我々は勝つ!そして奴らは難攻不落の意味を知ることになるだろう!」

 フレーズは短く、けれど力強く。だからこそ、場の人間の心を勇気で塗り替えることができる。

 ここに立つのは聖盾のアウレリウス。守りにおいて右に出る者はいない。その称号は、包囲されているだろうこの場面で、これ以上輝く称号はないだろう!

 大聖堂全体から地面を揺るがすほどの、雄たけびが上がる。
 それはまるで、歴史の一ページのようだった。故に、全員の心に深く刻まれることになる。

「この大聖堂を中心に、入り口を中心にして広げるように一つずつ制圧していく!戦闘技術を有する教授は東西に分かれ、非戦闘魔法師の教授は、学園の防衛設備を展開しに向かうこと。非戦闘員や戦闘魔法に自信のない者はここに残って、治癒に長けたものは別室で傷病者に当たれ!」

 これだけの人数だ。全員の思いを束ねて、一丸になって動くのは難しいはずだ。だというのに、想定以上に混乱が少ない。民から人気を博しているというのは、窮地に置いて絶大な意義を持つのだ。爆音というのは恐怖を抱きやすい対象だというのに、鼓舞された面々は果敢に向こうを睨んでいた。

「マラカイ殿が以前、テロ騒ぎを起こしたことがあったよね。ここは士官学校に等しい場所。死の覚悟は常に持たなくてはならない。正論だったからこそ、あれは、皆の心に残っているんだと思う」
「マラカイもたまには役に立つんだな」

 あらかじめ備えていたローブを皆に配布する。もともとこれは、生徒を守るために頑強に作ったものだ。騎士で言う鎧に近い。故に、あれだけ私が強引に施行した制服に反発していた生徒たちも、これほど心強い衣装はないとばかりに袖を通す。戦闘員を引き連れてロージは駆けだし、治療のためにイヴリン嬢が別室で場を仕切る。

「さて、お前はここで非戦闘員を守っていてくれ」
「アリオンはどうするの?」
「心配するな。ここから身内の指揮を執る。もしここまで敵が来たら、この私が直々に守ってやるから」
「僕がアリオンを守りたいんだけどなぁ・・・」

 大聖堂には非戦闘員が場に残った。戦闘に自信のない者も、下手に前線に出れば結局は足手まといの可能性が高い。故に、誰も互いを責めない。それもまた、勇気ある選択肢の一つなのだから。
 アウレリウスは大聖堂を起点に、非戦闘員を包むように防護幕を張る。

「すごい、こんなに広げた防衛魔法を初めて見たわ・・・」
「これだけの大きさで、魔力は持つのか?」

 感嘆の声が上がる。

「どうなんだ?もつのか?」
「持たなかったらアリオンがキスしてくれると嬉しいな」
「大丈夫なんだな。良かったよ」

 私も次の行動に移ろうと巾着袋を上げたその時、アバラとレオが私たちの元へ走ってきた。二人ともローブに着替えている。

「アリオン、ロキが見つからない!」
「会場にいたのは見たんやけど、揺れた後に、人目を避けてどっかいったかもしれへん!」
「うーん、ここにいたほうが安全なのは彼にも分かるはずだよね。アリオン、心当たりはある?」
「ああ。大丈夫だ。こんなこともあろうかと、防衛設備の起点っぽそうなダミーを森に作っておいた。そこに向かっているだろうな。ほら」

 元来であれば闇魔法を使うことはご法度だが、今は非常事態。特別に許可は下りるだろうと推測する。
 私は闇魔法で水鏡を作る。監視カメラのような装置で、魔塔主時代に学園にあらかじめ用意しておいたものだ。闇の眷属である蝙蝠を放っておくことで出来るもの。
 周囲は私の闇魔法使用に驚愕しつつも、初めて見る監視カメラを興味深そうに見ていた。そこにロキも映っており、奮闘している。

「・・・この水鏡、確かにすごいんやけどさ。なんかおチビ、口調おかしない?偉そうっていうか・・・」
「おかしくない。早く行ってこい」
「いやいやいや、なんかおチビ、髪の色が気持ち薄くなって来とらん?脱色始めたん?」
「脱色などしとらん。早く行ってこい」

 私の異変よりも、ロキの方が優先だろうが。
 置いた装置はダミーだが、勿論別の場所には本物がある。そちらを壊されると本当にまずい。故に、気を取られているうちに捕縛する必要があるのだ。

「ああ、くっそ。おチビの異変がめっちゃ気になるんやけど、行ってくるわ!」
「なんか身長も少し伸びてない?本当に大丈夫?」
「お前たちの雄姿をここから見ているよ。この私が自ら修業をつけてやった今のお前たちなら大丈夫だ。あの腐れボンボンをしばいてこい」
「勇気もらえる半分、なんかおチビの性格が黒くなってやだわー!!」

 そうして二人は紫紺の森に向かって去っていた。
 水鏡にはロキだけではなく、各所の重要防衛地点を映し出す。すると、戦えない面々は興味深そうに見上げる。周辺で轟音が響いて状況が把握できないよりも、リアルタイムで見られる方が落ち着くだろう。

 ロージは防衛装置を手早く作動させ、魔法のバリケードを作る。すると魔物は突然現れた障害に衝突することになり、その隙に戦える者たちが各々で攻撃魔法を放っていた。

 爆音が響く。

「僕らの勝利条件は敵大将、つまり心愛の制圧だろうね。ここは転移が使えないから、助けも呼べないし、自分たちで相手を無力化するしかない。まあ、事前の想定通りではあるけれど」
「・・・ふむ。確かに転移は難しそうだな。けれど念話は使える。まあ、マラカイもロギルジョーもやることが多いから、こちらに意識を避けるだけの余裕はないがな」
「ん?念話相手にロギルジョー?」

 おっと、ロギルジョーを弟子に取った話は内緒だった。急いで話題を変える。

「こちらの声を撮影地点に届けることもできる。お前はここからロージたちに指令を出してくれ。私は知り合いの面々の指示に忙しいからな」
「うん、わかった」







 アバラとレオは、ロキのいる場所に向けて紫紺の森を駆け抜ける。あらかじめ詳しい地形を教わっており、またロキを抑えるための戦闘訓練を積んだ。

「おチビ、様子おかしかったなあ」
「多分あれが本来のアリオンなんだろうね。なんか怪しいとは思ってたけど、絶対同年代じゃないよ」
「でも、友達やからな。友達に年齢も秘密も関係ない」
「ふふ、そうだね」

 魔物の生息地を潜り抜け、やがて二人は開けた場所についた。そこは入試の際に三人で窮地に陥り、生徒会長が助けに来てくれた場所。

 アリオンが置いておいた囮に向かって、ロキは一生懸命歌っていた。破壊するつもりなのだろう。ヒビが微かに入っていた。

「おやおや、春告げの儀から尻尾巻いて逃げたロキさんやーん。こんなところで偶然お会いできるとはな~」
「・・・お前は誰だ?俺のことを知ってるのか?」

 以前にアリオンたちと揉めた記憶は消されている。故に、ロキはアバラとレオのことを覚えてはいない。

 けれど、アバラとレオの両者は、そのときにロキに完封されて手も足も出なかったトラウマをよく覚えている。

「・・・なるほど。つまり、俺の邪魔をしに来たっつーわけか。なら殺さねえとなぁ?」

 魔法学園を中心とした一連の戦いは、のちに黎明戦争と名付けられる。
 そしてその幕は切って落とされた。
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