誰が悪役(アリオン)を殺したか

ひまたろう

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終章 空色の君を思う

90.黎明戦争④

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「マラカイは二つ目のアジト撃破、レオとアバラもロキの制圧を完了。よし、順調だな」
「みんなちゃんと自分の仕事を達成してくれていて嬉しいよ。おっと」

 魔物の勢力は戦線をこっそりと抜けて、ここまで襲い掛かってくるものもいる。アウレリウスの防護幕があるために安心ではあるものの、その都度アウレリウスは遠隔攻撃魔法で魔物を仕留めていた。

「ロージ率いる戦線も維持できてるよ。教授陣はさすがだね。突然の戦闘だっていうのに、あっという間に連携を取って魔物を倒しているから。生徒達も備え付けのバリスタを上手に操って、ゴーレムを打ち抜いてるし」
「当然だ、学園の人間たるもの、それくらいやってもらわねば困る」

 アウレリウスの決起から一時間弱が経とうとしている。しかし怪我人は運ばれ、こちらの戦線維持も無限に持つわけではない。敵はまるで無限かのように湧いてきて、どこまで戦えば終わるのか、果てが見えない。ゴールが見えないマラソンはつらいように、長引くほど精神的負荷が積もっていく。

 どうしてもこういう時、他からの信頼の厚いジェルドがいて戦線の管理をしてくれたら、と思ってしまう。けれどそれはもう出来ない話。あいつは命を落とし、私が生き残った。私が二人分働かなくてはならないのだ。

「アウレリウス、私は・・・」
「駄目だよ。ここにいて」

 即答された。魔力は時間に比例して回復している。まだ元の姿には戻れていないが、髪も少し伸びてきている。故に、前線に行っても十分無事でいられるくらいには余裕がある。

「この魔物の急襲を抑えていれば、次に計画が狂ったとして慌てた平民たちが殺到してくるだろう。私はそれを早めたいんだ」

 と言ってみたものの、いや、本当は少し違う。
 ジェルドは最後に飛び降りて亡くなった。すると、その亡骸は下にあるはず。あの下は川だった気がするが、もし地面にたたきつけられたと考えると、あいつの体は魔物たちに貪られるだろう。

 こんな最中であっても、それは、嫌だった。想像もしたくない。それが、生きているものを優先しなければならない今のような状況であったとしても。
 だからせめて亡骸を別の場所に移してから弔ってやりたい。私であったら数秒で出来るんだ。例え戦いの最中であっても、せめてそれだけはしてやりたかった。

「駄目。アリオンは僕と一緒に・・・」

 その時、地面が大きく揺れた。

 衝撃が起こり、バランスが保てずに倒れそうな私をアウレリウスは咄嗟に支えた。周囲の非戦闘員も、体制を崩して小さく悲鳴を上げていた。
 ここは魔法学園で、建築には頑強になるように複雑な術式が組み込まれている。簡単には崩壊しないはずだが、今の揺れは一体。

「無事?」
「ああ・・・すまない。アウレリウ、ス・・・」

 場が暗くなる。上に、何かいる。
 大聖堂の上はガラス張りになっている箇所があるが、そこから爬虫類のゴツゴツした、岩肌の如き皮膚が見える。何か類推するまでもない。そんなスケールの赤茶の皮膚を持つ生物など、この世でただ一つ。

「ドラ・・・ゴン・・・?」

 これほど間近で見たのは初めてだ。爪の一本だけで成人男性ほどのサイズはあり、鋭利に尖っている。ここに隠れている私たちを獲物と認識しているよう。
 ただ屋根より上を跳ぶだけで、夜のとばりが落ちたかのように太陽を覆い隠す。恐怖の存在に、非戦闘員は悲鳴を上げた。

「ドラゴンまで持って来るのか・・・。殺意が高いな」

 流石知性ある生き物だ。この大聖堂に人が最も集まっていることを分かっているのだろう。その眼を窓に近づけ、こちらの中を凝視した。周辺からは恐れの余り、失神する者さえ現れた。
 けれど、ドラゴンはどこかに飛び去る。危難が去ったわけではないだろう。これは、嫌な予感がするな。

「アリオン、水鏡を見て。ドラゴンが映ってるよ」

 アウレリウスの防護幕は突破できないと踏んだのだろうか。最前線にいる魔法使いたちに向かって炎のブレスを吐いていた。熱気がすさまじく、私の配置しておいた使い魔も蒸発し、水鏡の一つが割れた。

「これは、まずいな」

 ドラゴンとは伝説の存在。そしてそれを倒したものにはドラゴンスレイヤーという称号が与えられる。

 称号が与えられるとはつまり、歴史上で達成できた人物は数限られているのだ。

「そういば昔、聖女の中にドラゴンを従えられた人がいるって聞いたことがある。・・・心愛、まさかね」
「いや、そのまさかだろうな」

 聖女以外に出来うる人間がいない。立木心愛は本気でこの学園を壊しに来ている。おそらく、この学園の結界を破壊した魔法も彼女だろう。あれだけの範囲攻撃、相当実力を伸ばしている。小説を読んだこともあって、原作以上に早くコツを掴んだのだろう。

 別の水鏡からは、負傷者の苦悶の声が聞こえる。

 避難している面々も、ドラゴンに怯えパニックが起こりかけていた。けれどアウレリウスの魔法への信頼が上回っているため、なんとか一線を越えずに済んでいる。

 けれども、時間の問題だ。外にいる面々では、ドラゴンに太刀打ちできるだけの人材はいない。時間経過で我々の分は悪くなっていく一方なのだ。

「アウレリウス、もし私が敵の司令官なら、真っ先にお前を狙うよ。お前を崩せば、全体の士気は下がり、この場にいる面々を守れる者がいなくなるからな」
「そうだね」
「一方我々の目的は敵殲滅もしくは敵大将の撃破。そいつを潰すまで、この戦いは終わらない」

 もちろん倒すべきは立木心愛だ。軍の関係者が矢面に出れば、万が一失敗したときに共倒れになる。そして彼女はこの戦場に現れた。

 大聖堂周辺の戦いは苛烈さを増している。水鏡には煙が映り込み、轟音も鳴り響く。

 立木心愛はアウレリウスに懸想していて、殺したがっていない。

 アウレリウスはここで非戦闘員を守っていて、動くことが出来ない。

 私はアウレリウスが嫌がるために、ここから動くことが出来ない。

「ロギルジョー、聞こえるか?お前のところは今どういう状況だ?」
『どういう状況もクソもねえよ!!俺の私室に突然証拠書類が大量に飛んできたんだけどよー!!もう適当に雑に転移で放り込まれてるんだけど、告訴に使える奴をピックアップするのにどれだけ大変だったと思うんだよ!?』

 それは、マラカイの仕業だ。まあ、あいつも敵地の中心で証拠の移動をしたのだから多少雑なのは仕方がないか。脳内のあいつがテヘペロしているのが非常に腹立つが。

『でもおかげで、証拠はそろった。関係者もこれで舞台に引きずり出すことが出来る。こっちのことは気にするな。全部俺と母上に任せとけ!!』

 念話は切れる。次に連絡があるときは、決着がついた後だろう。
 さて、我々はこの膠着状態をどうすべきか。そう思っていると、ドラゴンが飛んだであろう方向から衝撃が巻き起こる。

 炎のブレスだ。

 轟音と共に、熱気が襲い掛かる。防護幕で守られていようが、温度は完全に防ぎきれるものではない。命に関わる熱ではないが、しかし、ブレスの衝撃波によって大聖堂は半壊し、床が抉れ、ここまで即席の道が出来ていた。

 しかしさすがはアウレリウスの盾。びくともしない。・・・が、よく見ると彼は少し汗をかいている。防御魔法とは無事に防ぎきれても、衝撃を受けると少なからず魔力を持っていかれるものだ。それがドラゴンの大技を防いだのだから一層辛い。数回受けてもびくともしないだろうが、けれど長期戦はアウレリウスの体が心配だ。

 どうする、どうすればいい・・・!!

「アウレリウス様」

 そんな中、避難していた一人の女性が、我々に声をかける。三年生だろう、綺麗なドレスを着ていた。そしてその女性に続き、他の面々も、続いてぞろぞろと続く。

 そして、全員で頭を下げた。

「我々戦闘に加われない者どもを、お守りいただき、ありがとうございます。貴方様がいなければ、我々は命を落としておりました」
「・・・・・・それが王族の務めだからね」
「私たちは戦う力を持ちません。例えば私の魔法力は乏しく、学力も特段優れておりません。私だけではなく、この場にいる他の方々も、そう劣等感を感じている人は少なくないでしょう。そう感じているからこそ、今ここにこうして立っている」

 頭を下げ続けながら、女性は喋る。

「紫紺の森の立ち入り禁止、夜間の外出禁止、制服の施行、そのほか諸々。こうして窮地に陥って、自分たちが危険な目に直面して、やっと前魔塔主が一生懸命私たちを守ろうとしたことが理解できました。ご自身が嫌われてでも、私たちを守ろうとしてくれた。これまで学園が平和だったのは、あのお方の尽力が故だった。だというのにそれに気が付かず、不平不満を垂れ、自分の能力の無さを棚に上げて他を叩いていた。そして、それは今もこうして守られてるだけであれば、結局何も変わらないのです」

 女性はゆっくりと顔を上げた。上げて、決意のこもった表情をする。

「殿下。私たちはこれ以上足を引っ張りたくありません。ずっと守られていたのなら、窮地こそ勇気を出す必要があります。殿下の魔法は、ご自身にお使いください。我々は我々に出来ることを探します」
「・・・けれど」
「大丈夫です。ドラゴンが襲ってこようが、この世にローゼルアリオン様程恐ろしい存在はおりません。行ってください」

 アウレリウスは渋々うなずき、そして防護幕は解かれる。
 立木心愛の狙いがアウレリウスであるなら、決着の為にはこの子が表に立つ必要がある。

 水鏡には案の定、立木心愛が映っていた。後ろには彼女を守るように、ドラゴンが飛んでいる。まるで、神話のような光景だ。周囲の面々も、圧倒的存在感に気圧されていた。

 非戦闘員の面々は自分たちで防御魔法を展開し、救護エリアを守るように立ちはだかってる者もいれば、前線で戦っている者たちの援護に、勇気を出して走っていくものもいる。けれど、どいつも悲観には暮れていない。自分に出来ることをして、最善の選択を選ぼうとしていた。

 その場で自分が何を出来るか考えること。そういう人材を作ることが出来たのなら、私が魔塔主としてやってきたことは決して無駄ではないのだろう。

「行こう」
「うん」

 大聖堂を二人で抜けると、まるで建物は吹き抜けのように上階まで壊れていた。ここまで崩されるともはや外と大差ない。

 やがて前方から一人の少女が歩いてくる。

「久しぶりね、王宮以来だわ」

 立木心愛だ。革命の旗印として、真っ白なマントを羽織っていた。
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