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後日談 片翼をもがれた不死鳥
A15.再会
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「よし、ここで野宿するぞ」
「え~。村の中に折角宿あるのに~?」
「つべこべ言うな!!まだ日は明るいが、準備を始めろ!!」
ロギルジョーは駄々をこねつつ薪拾いに出向く。岩壁を抜け、池の近くに野宿が出来そうなエリアがあった。村からさほど離れてはいないが、私たちはここで一泊することにする。流石に一晩経てばレオ達は学校から撤収してくれるだろう。
ジェルドの動向を確認するという、目的の一つは達成できた。ただ、正直不完全燃焼ではある。私がいない方があいつは幸せだった。それを目の当たりにし、振り払うように頭を振った。未練を解消しに来たはずなのに、思い知らされたような苦い気持ちだけが残る。
忘れよう。それが互いの為になる。それが分かっただけでも収穫はあったのだ。
足元には温泉、湯気がたっていた。魔法を使って水を掬い、触れてみる。そういえば書物で見たが、このあたりには湯治に人が来ることもあると聞いたな。
「ややぬるめだが、気分転換をしたいな。ふむ、久々に湯あみでもするか」
いや待て、妊婦が外で湯あみってどうなんだ。まあ、誰もいないし、文献にはここの泉質はリラックス効果が云々とか書かれていたな。私は自分が着ていたローブを脱ぐ。ロギルジョーはまだ帰ってこないだろうし、仮に見られても男同士だし、問題はない。腹帯を取る以上は少し膨らんでいるこの腹を見られることになるが、まあ、あいつもまじまじと見てくるわけでもないからいいか。
次に上を脱ごうとボタンをはずし、衣服を脱ごうと肩を出している段階で、後ろから誰かがやってくる足音がした。
「もう帰ってきたのか。私は今から湯あみを・・・」
「・・・ローゼルアリオン」
低い声。ロギルジョーの声ではない。懐かしい声だ。すこし震えているその声は、私の背中に向けられた。
「ジェルド・・・?」
私の後ろには、ジェルドがいた。ジェルドは、私の姿を驚愕の表情で見ている。
どうして、こいつがここに?
服を脱ごうとしていた手を止め、私はまじまじとジェルドを見る。
「お前、どうしてここに・・・。さっきまで村の中に、子供たちと一緒にいたはずじゃ・・・?」
「・・・・・・」
ジェルドはバツが悪そうに視線を逸らす。こちらに目を合わせない。ただ、苦悶の表情を浮かべていた。
・・・やはり、私とは会いたくなかったのだろう。けれど、知り合いが明らかに自分を探して村をうろついていたのだ。普通であれば探し出して、余計なことをする前に事情を聞こうとするだろう。
私はここに来てやっとそれを察して、静かにここを去ろうとしていたこと、もう二度とお前の前に姿を現さないことを説明しようと近づく。しかし、ジェルドはますます顔を背けた。
「ジェル・・・」
「その、すまない。目のやり場がないから、服を・・・着てくれないか?」
私の発言を遮り、ジェルドは声を捻りだす。私は脱ぎ掛け途中で、肩や胸が外気に晒されていた。
「・・・あのな、私は男だから別にそこまで羞恥心はない」
流石にまじまじと見られるのは気が引けるが、あくまで温泉のようなものと思えば恥ずかしがるものでもない。しかし、ジェルドは顔を背けながら私に手を伸ばし、手探りで服を整えてボタンを留めていく。そして、私の衣服をすべて戻し、やっと視線を戻した。
「こんな外で肌を晒すなど、貴様は馬鹿か!!」
「いや、湯あみをしようと・・・」
「誰かに見られたらどうするんだ!!来い!!」
ジェルドは私の腕を引っ張る。村の方向へ進んでいるため、村の中に連れて行こうとしているのだ。
おかしいな。私が湯あみをしようとしたせいで、妙な方向に話が拗れてきたぞ。
ジェルドに引きずられるまま村に戻っていき、海岸沿いの家に辿り着く。
「身を清めたいのなら、この家のを使え」
「ここは、お前の家か?」
「・・・ああ」
ジェルドは扉を開き、私を招き入れる。ごく普通の民家だ。しかし生真面目な性格が反映され、きちっと掃除がされている。私は食卓らしき机の椅子に座らされ、ジェルドは湯を沸かしに別室に行った。すると、遠くから念話がつながる。
『おーい、薪を拾い終えたんだが、あんた今どこにいるんだ?』
『ロギルジョーか。すまない。ジェルドに捕まった』
『なんで?え?なんで?人に仕事を命じた後に何してんの?』
じゃあ薪拾い無駄だったじゃねえか!!という声も聞こえたが、無視をする。別に、ここで少し話をしたらまた野宿の地点へと戻る。無駄ではないのだ。
ジェルドはあとは湯がたまるのを待つだけなのか、戻ってくる。そして、今度は茶の準備を始めた。
「いや、いい。別に私は長居する気はない」
「・・・、すぐに帰るのか?」
ジェルドは少し落ち込んだような表情をした。私の知っている厳格な姿とは異なり、その見慣れぬ姿に、私は大いに動揺する。前髪を下ろしていて、モノクルも外していて、だからこそいつもより幼く見えることも相まって、こちらのペースが崩れるのだ。
「泊まる場所はあるのか?」
「い、いや、野宿をしようと・・・」
「前の家の持ち主から譲ってもらったときより内装を変えていないから、ベッドは二つある。泊まって行って欲しい」
私に近づき、手を優しく握る。そして切実な目で見てくる。
懇願された。くそ、こいつめ。以前とは全然キャラが違うせいで本当に調子を崩される!!こいつはもっと命令口調で言ってくるような奴だっただろうが!!
私がこくりと頷くと、ジェルドは嬉しそうに笑った。髪型も相まって、本当に別人としか思えない。
湯が沸き、私は厚意に甘えて湯あみをする。別に身を清めたかったわけではなく、綺麗な湯があったから入りたかっただけの日本人的習性があっただけのため、意外に早く帰って来た私にジェルドは目を丸くした。
丁度茶の準備も出来たらしい。私は椅子に座り、目の前のカップには茶が注がれる。
「・・・苦いな」
「ああ、この村は物流が悪いから、外部から届く品はどうしてもアークランドの王都に比べて数段劣る」
ジェルドは同様に自分のカップに茶を注ぎ、前に座った。
・・・聞きたいことは山ほどある。しかし私が口を開く前に、ジェルドが口を開く方が早かった。
「ここは、俺の母方の親戚が治めている村だ。母の墓もこの村の高所にある。俺は川に落ちた後、目が覚めたらこの村の砂浜にいた」
こちらが一番疑問に思っていたことを自分から語り始める。
「村長とは顔見知りだったから、あっという間に俺を受け入れてくれたよ。だから、今は村の小さな学校の先生としてやっている」
「ああ、子供たちは幸せそうだった。お前も」
学園時代よりも、ずっと、幸せそうだった。けれど今のジェルドこそが本当の姿なのだろう。
「だが、つい先日見慣れぬ軍人がこの村に押し寄せてきた」
「ああ、統制領ガイストからの斥候だな」
ジェルドはコクリと頷く。やはり、こいつは一人で並みいる軍人を制圧したのだ。さすがは曲がりなりにもあのアークランド魔法学園で教鞭をとっていた猛者だ。
「ローゼルアリオン。お前は、俺を探してくれていたのか?」
「・・・まあ。元気でやっていればいいと、一目見に来ただけだ。だから目的は達成したから帰ろうと思ったんだ」
「そのまま話しかけてきてくれれば良かっただろう。何もせずに帰るなど、流石の俺も寂しい。だからおまえらしき特徴の人物がすぐに村から出ていったと聞いて、心の底から焦ったよ」
実際にこうしてこいつと会うと、想像以上に上手く喋られなくなる。けれど、私の口下手を誰よりも知っているジェルドは、ただ柔らかく微笑んで見守っていた。今だからこそ、本心を言えるのだ。そんな優しさに少し気まずくなって、誤魔化すように茶を口に含む。
「そういえば聞いたよ。お前、妊娠しているんだってな」
「ブフォッ!!ゴホ、ゴホ・・・」
「お、おい。大丈夫か・・・?」
突然の話題にむせてしまった。村で出会ったあの子供か。あいつが私の身重の情報をこいつにしゃべったのだろう。なんという余計なことを・・・!!
き、気まずい・・・!!曲りなりにもこいつは元婚約者。いや、書類で撤回出来ていない以上は、現在も一応は婚約者ということになろう。すると、私の妊娠は完全なる浮気になる。特に長年婚約者として歩み寄ろうと機会を伺っていた男に対して、この真実はあまりにも酷すぎる!!
一方のむせる私をジェルドは心配そうに背中をさすっていた。
「ああ、俺のことを気にしてくれているのか。・・・正直、全く気にしないというわけにはいかない。いや、めちゃくちゃ気にしている。本当は俺がお前の隣に立ちたかった。今でもそう思っているよ」
「・・・・・・」
「でも、それ以上にお前が幸せだったらそれでいい。散々闇魔法の適性で差別されてきたんだ。家族を持って幸せになってくれれば、俺の未練は一つ整理できる」
なによりも俺にお前を夫婦として幸せにする権利はない、と寂しそうに、そう告げた。私を一方的に殺したことを悔いているのだ。悔いているからこそ、ただ一方的に祈っているのだ。
「・・・私こそ、お前の幸せを祈っている。だから、私を殺したことなど、忘れてほしい。私はもう気にしていないんだ。それこそ、一度あんなことがあったからこそ、気が付けたことも多かった。卑下も自重もいらない。ただ、心のままに生きてくれ。私の未練はそこにあるのだから」
ジェルドは少し眩しそうに私を見る。そして私の前髪に手を伸ばして。そして指に絡める。
「美しいな。本当に、俺では手の届かない美しさだ」
そして名残惜しそうに指を離した。
「腹の子供の父親、誰か聞いてもいいか?」
「・・・アウレリウス」
「アウレリウス、殿下・・・?」
渋々答えた私に、ジェルドは驚愕に目を見開く。視線は動き、明らかに動揺していることが伝わる。こう言ってはなんだが、私とアウレリウスは他から見ても仲睦まじかった。それはこいつだって認識していたはずだ。故に、誰もが父親のことを知ると最初は驚いてもやがて納得していたのに、ジェルドだけは視線が泳いでいる。驚愕よりも、それは困惑に近いだろう。
アリオンではなく、ローゼルアリオンがあの子と関係を持ったことに戸惑っている。
そして、何かを言おうとして、けれど口を閉じる。
やがて目を閉じると、決意したように口を開いた。
「・・・そうか。お前達なら仲睦まじい夫婦になれるだろうよ」
実際には今こうして追われていて、仲睦まじい関係にはなれていないため、否定の言葉を言おうとしたが、まるでこの話はここで終わりとでもいうようにジェルドは席を立った。
ジェルドは私の長い髪を丁寧にブラッシングし、夕食を用意してくれるなどしてくれた。まるで家族のような時間だ。用意されたベッドで私は体を横にし、やがて朝が来た。
一晩経てば、おそらく学園にも戻っても大丈夫だろう。ジェルドが用意してくれた朝食を食べ、帰り支度の準備をする。ロギルジョーはまだ宿から起きていないようで、念話で喋りかけているが応答はない。宿を取ったらしいが、宿に寄ってたたき起こす必要があるだろう。
「もう、行くのか?」
「ああ、統制領ガイストがここに攻め入ってくる可能性が高い。お前やアウレリウスの為に、絶対に阻止してみせるから、お前はここで幸せに生きていてくれ」
本当であれば、もっといたかった。けれど、アウレリウスから追われている身の私がここに長くいて、ジェルドに危険しか及ばない。
「そういえばロージの奴、お前の弟子になりたがっていたぞ」
「そうか」
「そうか、って・・・」
私はお尋ね者。けれど、もしジェルドがロージを弟子に取ってくれるのであれば、きっと力になってくれると思う。しかし、ジェルドの食いつきは悪かった。
「悪いが、俺は兄の方が好きなんだ。だから、兄から嫉妬されるようなことは慎みたい。例え弟であってもな」
恥ずかしいセリフを、さらりと言う。・・・つまりは、弟子に取る気などさらさらないということだ。
・・・いや、違う。ロージなら助けになると思ったから、本当は言ったんじゃない。ちぎれそうなほど微かな縁を、少しでも繋ぎたかった。だから、私が仲介しようとした。それだけだ。
予感があった。
これが、ジェルドと話せる最後の機会だろう。こうして面と向かって話せるのも、これが最後だ。
そしてジェルドもなんとなくそれを悟っているようで、私の袖を震えながら掴んでいる。
「本当であれば、俺はあの学園で死んでいた」
「ああ、そうだな」
「だからこうして、こうやって喋っているのは、いわば奇跡なんだと思う」
同様に私も、不死鳥の守りが無ければ、もっと前に死んでいた。学園に入って、ジェルドの真相に辿り着けたこともまた、奇跡というのだろう。
エンドロールのその先の、起こり得ないはずの奇跡に、私たちは立ち会っているだけなのだ。
ジェルドの双眸から、涙がこぼれる。そして、私を抱きしめた。
「ローゼルアリオン、俺が恋した最初で最後の婚約者。俺はお前の幸せを、ここから祈っている」
声は嗚咽に満ち、けれど力強い祈りが込められていた。
「私も、お前の幸せを心から祈っているよ」
窓から朝日が差し込み、優しく私たちを照らしていた
「え~。村の中に折角宿あるのに~?」
「つべこべ言うな!!まだ日は明るいが、準備を始めろ!!」
ロギルジョーは駄々をこねつつ薪拾いに出向く。岩壁を抜け、池の近くに野宿が出来そうなエリアがあった。村からさほど離れてはいないが、私たちはここで一泊することにする。流石に一晩経てばレオ達は学校から撤収してくれるだろう。
ジェルドの動向を確認するという、目的の一つは達成できた。ただ、正直不完全燃焼ではある。私がいない方があいつは幸せだった。それを目の当たりにし、振り払うように頭を振った。未練を解消しに来たはずなのに、思い知らされたような苦い気持ちだけが残る。
忘れよう。それが互いの為になる。それが分かっただけでも収穫はあったのだ。
足元には温泉、湯気がたっていた。魔法を使って水を掬い、触れてみる。そういえば書物で見たが、このあたりには湯治に人が来ることもあると聞いたな。
「ややぬるめだが、気分転換をしたいな。ふむ、久々に湯あみでもするか」
いや待て、妊婦が外で湯あみってどうなんだ。まあ、誰もいないし、文献にはここの泉質はリラックス効果が云々とか書かれていたな。私は自分が着ていたローブを脱ぐ。ロギルジョーはまだ帰ってこないだろうし、仮に見られても男同士だし、問題はない。腹帯を取る以上は少し膨らんでいるこの腹を見られることになるが、まあ、あいつもまじまじと見てくるわけでもないからいいか。
次に上を脱ごうとボタンをはずし、衣服を脱ごうと肩を出している段階で、後ろから誰かがやってくる足音がした。
「もう帰ってきたのか。私は今から湯あみを・・・」
「・・・ローゼルアリオン」
低い声。ロギルジョーの声ではない。懐かしい声だ。すこし震えているその声は、私の背中に向けられた。
「ジェルド・・・?」
私の後ろには、ジェルドがいた。ジェルドは、私の姿を驚愕の表情で見ている。
どうして、こいつがここに?
服を脱ごうとしていた手を止め、私はまじまじとジェルドを見る。
「お前、どうしてここに・・・。さっきまで村の中に、子供たちと一緒にいたはずじゃ・・・?」
「・・・・・・」
ジェルドはバツが悪そうに視線を逸らす。こちらに目を合わせない。ただ、苦悶の表情を浮かべていた。
・・・やはり、私とは会いたくなかったのだろう。けれど、知り合いが明らかに自分を探して村をうろついていたのだ。普通であれば探し出して、余計なことをする前に事情を聞こうとするだろう。
私はここに来てやっとそれを察して、静かにここを去ろうとしていたこと、もう二度とお前の前に姿を現さないことを説明しようと近づく。しかし、ジェルドはますます顔を背けた。
「ジェル・・・」
「その、すまない。目のやり場がないから、服を・・・着てくれないか?」
私の発言を遮り、ジェルドは声を捻りだす。私は脱ぎ掛け途中で、肩や胸が外気に晒されていた。
「・・・あのな、私は男だから別にそこまで羞恥心はない」
流石にまじまじと見られるのは気が引けるが、あくまで温泉のようなものと思えば恥ずかしがるものでもない。しかし、ジェルドは顔を背けながら私に手を伸ばし、手探りで服を整えてボタンを留めていく。そして、私の衣服をすべて戻し、やっと視線を戻した。
「こんな外で肌を晒すなど、貴様は馬鹿か!!」
「いや、湯あみをしようと・・・」
「誰かに見られたらどうするんだ!!来い!!」
ジェルドは私の腕を引っ張る。村の方向へ進んでいるため、村の中に連れて行こうとしているのだ。
おかしいな。私が湯あみをしようとしたせいで、妙な方向に話が拗れてきたぞ。
ジェルドに引きずられるまま村に戻っていき、海岸沿いの家に辿り着く。
「身を清めたいのなら、この家のを使え」
「ここは、お前の家か?」
「・・・ああ」
ジェルドは扉を開き、私を招き入れる。ごく普通の民家だ。しかし生真面目な性格が反映され、きちっと掃除がされている。私は食卓らしき机の椅子に座らされ、ジェルドは湯を沸かしに別室に行った。すると、遠くから念話がつながる。
『おーい、薪を拾い終えたんだが、あんた今どこにいるんだ?』
『ロギルジョーか。すまない。ジェルドに捕まった』
『なんで?え?なんで?人に仕事を命じた後に何してんの?』
じゃあ薪拾い無駄だったじゃねえか!!という声も聞こえたが、無視をする。別に、ここで少し話をしたらまた野宿の地点へと戻る。無駄ではないのだ。
ジェルドはあとは湯がたまるのを待つだけなのか、戻ってくる。そして、今度は茶の準備を始めた。
「いや、いい。別に私は長居する気はない」
「・・・、すぐに帰るのか?」
ジェルドは少し落ち込んだような表情をした。私の知っている厳格な姿とは異なり、その見慣れぬ姿に、私は大いに動揺する。前髪を下ろしていて、モノクルも外していて、だからこそいつもより幼く見えることも相まって、こちらのペースが崩れるのだ。
「泊まる場所はあるのか?」
「い、いや、野宿をしようと・・・」
「前の家の持ち主から譲ってもらったときより内装を変えていないから、ベッドは二つある。泊まって行って欲しい」
私に近づき、手を優しく握る。そして切実な目で見てくる。
懇願された。くそ、こいつめ。以前とは全然キャラが違うせいで本当に調子を崩される!!こいつはもっと命令口調で言ってくるような奴だっただろうが!!
私がこくりと頷くと、ジェルドは嬉しそうに笑った。髪型も相まって、本当に別人としか思えない。
湯が沸き、私は厚意に甘えて湯あみをする。別に身を清めたかったわけではなく、綺麗な湯があったから入りたかっただけの日本人的習性があっただけのため、意外に早く帰って来た私にジェルドは目を丸くした。
丁度茶の準備も出来たらしい。私は椅子に座り、目の前のカップには茶が注がれる。
「・・・苦いな」
「ああ、この村は物流が悪いから、外部から届く品はどうしてもアークランドの王都に比べて数段劣る」
ジェルドは同様に自分のカップに茶を注ぎ、前に座った。
・・・聞きたいことは山ほどある。しかし私が口を開く前に、ジェルドが口を開く方が早かった。
「ここは、俺の母方の親戚が治めている村だ。母の墓もこの村の高所にある。俺は川に落ちた後、目が覚めたらこの村の砂浜にいた」
こちらが一番疑問に思っていたことを自分から語り始める。
「村長とは顔見知りだったから、あっという間に俺を受け入れてくれたよ。だから、今は村の小さな学校の先生としてやっている」
「ああ、子供たちは幸せそうだった。お前も」
学園時代よりも、ずっと、幸せそうだった。けれど今のジェルドこそが本当の姿なのだろう。
「だが、つい先日見慣れぬ軍人がこの村に押し寄せてきた」
「ああ、統制領ガイストからの斥候だな」
ジェルドはコクリと頷く。やはり、こいつは一人で並みいる軍人を制圧したのだ。さすがは曲がりなりにもあのアークランド魔法学園で教鞭をとっていた猛者だ。
「ローゼルアリオン。お前は、俺を探してくれていたのか?」
「・・・まあ。元気でやっていればいいと、一目見に来ただけだ。だから目的は達成したから帰ろうと思ったんだ」
「そのまま話しかけてきてくれれば良かっただろう。何もせずに帰るなど、流石の俺も寂しい。だからおまえらしき特徴の人物がすぐに村から出ていったと聞いて、心の底から焦ったよ」
実際にこうしてこいつと会うと、想像以上に上手く喋られなくなる。けれど、私の口下手を誰よりも知っているジェルドは、ただ柔らかく微笑んで見守っていた。今だからこそ、本心を言えるのだ。そんな優しさに少し気まずくなって、誤魔化すように茶を口に含む。
「そういえば聞いたよ。お前、妊娠しているんだってな」
「ブフォッ!!ゴホ、ゴホ・・・」
「お、おい。大丈夫か・・・?」
突然の話題にむせてしまった。村で出会ったあの子供か。あいつが私の身重の情報をこいつにしゃべったのだろう。なんという余計なことを・・・!!
き、気まずい・・・!!曲りなりにもこいつは元婚約者。いや、書類で撤回出来ていない以上は、現在も一応は婚約者ということになろう。すると、私の妊娠は完全なる浮気になる。特に長年婚約者として歩み寄ろうと機会を伺っていた男に対して、この真実はあまりにも酷すぎる!!
一方のむせる私をジェルドは心配そうに背中をさすっていた。
「ああ、俺のことを気にしてくれているのか。・・・正直、全く気にしないというわけにはいかない。いや、めちゃくちゃ気にしている。本当は俺がお前の隣に立ちたかった。今でもそう思っているよ」
「・・・・・・」
「でも、それ以上にお前が幸せだったらそれでいい。散々闇魔法の適性で差別されてきたんだ。家族を持って幸せになってくれれば、俺の未練は一つ整理できる」
なによりも俺にお前を夫婦として幸せにする権利はない、と寂しそうに、そう告げた。私を一方的に殺したことを悔いているのだ。悔いているからこそ、ただ一方的に祈っているのだ。
「・・・私こそ、お前の幸せを祈っている。だから、私を殺したことなど、忘れてほしい。私はもう気にしていないんだ。それこそ、一度あんなことがあったからこそ、気が付けたことも多かった。卑下も自重もいらない。ただ、心のままに生きてくれ。私の未練はそこにあるのだから」
ジェルドは少し眩しそうに私を見る。そして私の前髪に手を伸ばして。そして指に絡める。
「美しいな。本当に、俺では手の届かない美しさだ」
そして名残惜しそうに指を離した。
「腹の子供の父親、誰か聞いてもいいか?」
「・・・アウレリウス」
「アウレリウス、殿下・・・?」
渋々答えた私に、ジェルドは驚愕に目を見開く。視線は動き、明らかに動揺していることが伝わる。こう言ってはなんだが、私とアウレリウスは他から見ても仲睦まじかった。それはこいつだって認識していたはずだ。故に、誰もが父親のことを知ると最初は驚いてもやがて納得していたのに、ジェルドだけは視線が泳いでいる。驚愕よりも、それは困惑に近いだろう。
アリオンではなく、ローゼルアリオンがあの子と関係を持ったことに戸惑っている。
そして、何かを言おうとして、けれど口を閉じる。
やがて目を閉じると、決意したように口を開いた。
「・・・そうか。お前達なら仲睦まじい夫婦になれるだろうよ」
実際には今こうして追われていて、仲睦まじい関係にはなれていないため、否定の言葉を言おうとしたが、まるでこの話はここで終わりとでもいうようにジェルドは席を立った。
ジェルドは私の長い髪を丁寧にブラッシングし、夕食を用意してくれるなどしてくれた。まるで家族のような時間だ。用意されたベッドで私は体を横にし、やがて朝が来た。
一晩経てば、おそらく学園にも戻っても大丈夫だろう。ジェルドが用意してくれた朝食を食べ、帰り支度の準備をする。ロギルジョーはまだ宿から起きていないようで、念話で喋りかけているが応答はない。宿を取ったらしいが、宿に寄ってたたき起こす必要があるだろう。
「もう、行くのか?」
「ああ、統制領ガイストがここに攻め入ってくる可能性が高い。お前やアウレリウスの為に、絶対に阻止してみせるから、お前はここで幸せに生きていてくれ」
本当であれば、もっといたかった。けれど、アウレリウスから追われている身の私がここに長くいて、ジェルドに危険しか及ばない。
「そういえばロージの奴、お前の弟子になりたがっていたぞ」
「そうか」
「そうか、って・・・」
私はお尋ね者。けれど、もしジェルドがロージを弟子に取ってくれるのであれば、きっと力になってくれると思う。しかし、ジェルドの食いつきは悪かった。
「悪いが、俺は兄の方が好きなんだ。だから、兄から嫉妬されるようなことは慎みたい。例え弟であってもな」
恥ずかしいセリフを、さらりと言う。・・・つまりは、弟子に取る気などさらさらないということだ。
・・・いや、違う。ロージなら助けになると思ったから、本当は言ったんじゃない。ちぎれそうなほど微かな縁を、少しでも繋ぎたかった。だから、私が仲介しようとした。それだけだ。
予感があった。
これが、ジェルドと話せる最後の機会だろう。こうして面と向かって話せるのも、これが最後だ。
そしてジェルドもなんとなくそれを悟っているようで、私の袖を震えながら掴んでいる。
「本当であれば、俺はあの学園で死んでいた」
「ああ、そうだな」
「だからこうして、こうやって喋っているのは、いわば奇跡なんだと思う」
同様に私も、不死鳥の守りが無ければ、もっと前に死んでいた。学園に入って、ジェルドの真相に辿り着けたこともまた、奇跡というのだろう。
エンドロールのその先の、起こり得ないはずの奇跡に、私たちは立ち会っているだけなのだ。
ジェルドの双眸から、涙がこぼれる。そして、私を抱きしめた。
「ローゼルアリオン、俺が恋した最初で最後の婚約者。俺はお前の幸せを、ここから祈っている」
声は嗚咽に満ち、けれど力強い祈りが込められていた。
「私も、お前の幸せを心から祈っているよ」
窓から朝日が差し込み、優しく私たちを照らしていた
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