クローバー

鹿ノ杜

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本田泰久と四ツ橋すみれ 8

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 夜中に目が覚めて、今が何時かも確認せずに夜の散歩に出て、空の様子で大体の時間を推し量って、途中立ち寄ったコンビニの時計で答え合わせをする。誰もいない通り、夜のアスファルトを走り抜ける自由な瞬間。深夜の街は静かで木々の寝息まで聞こえてきそうなほどだ。自分の足音だけが響いている。
 とてもやわらかくて、それでいて、とても重たいものが頭の上に乗っているようだった。
 ある夜にジュンが言った。
「僕はいつもいっぱいいっぱいだ。目の前で起きていることに向き合うだけで精一杯で、そのことの本当の意味を考えたり、それにふさわしいだけの余裕だったり、そういったものは一切なかった」
 悔しそうだった。ジュンやすみれには悔やむこともたくさんあって、じゃあおれには悔しがることも今ではそんなにないのだった。
 目を閉じると見える、光と闇が入り混じったもの。他者を理解しよう、知ろうという気持ち。夜に浮かんで消えていつまでたっても自分のものにならない。変わっていくもの、いつまでも変わらないもの、変わってほしくないもの。夜に散歩なんかしているとそんなことばかり考えて、余計に眠れなくなるのだった。

 すみれを下高井戸駅まで迎えに行くとうってかわって元気そうで、手なんか振っている。
「暗い顔してたら皆さんに失礼ですから。それに、せっかくかなこさんに会えるんですし」
「そっか。おなかすかせてきた?」
「もちろん。たくさん食べられますよ」
「それは頼もしい」
 駅から住宅街を抜けていくとすぐにクローバーが見えてくる。エントランスを抜けるとエレベーターを待つ小柄な女性がいた。三人で乗り込むとその女性はおれたちの部屋がある階のボタンを押したから、もしやと思って声をかける。
「もしかして、かなこさん?」
 するとその人は、ぴくりと肩を震わせておれを見上げる。
「もしかしてヤスさんですか?」
「ケントさんとの二択で、よく当てたね」
「なんとなく、雰囲気で」
 雰囲気、とつぶやきながらすみれが笑いをこらえている。
「どんな雰囲気?」
 そう聞けば、
「うーん、美容にいい生活をしてそうな」
 と、言うから笑ってしまう。
 この人が、という興奮を抑えきれなくて、エレベーターを降りて小走りになる。
「連れてきたよ」
 玄関を開けてジュンとケントさんを呼んだ。
「なんだ、二人とも連れてきたのか」
 ケントさんが笑っている。
 かなこさんを見ながら、
「そこでばったり。ねっ」
 そう言うと、
「ねっ」
 と、返してくれる。
 思っていた通りかわいらしい人で、そして、無意識のうちに人との距離を縮められる人だと感じた。男三人で料理の準備をしているとリビングでは早くもすみれと打ち解けて、何やら楽しげな声が聞こえてくる。すみれはこう見えて内弁慶で実は人見知りだったりするから、余計にかなこさんってすごいなと感じる。
 乾杯の後で五人揃ってくだらない話を続けていると、昔からの友人同士みたいで心地いい。ただ少し気になったことがあって、かなこさんはお酒が好きだと聞いていたけど今日はお茶しか飲んでいないようだから、なんとなく、妊娠しているんじゃないかと察しがついた。それはつまり、ジュンとはこれまでのように気軽に会えなくなることを意味していて、ジュンはこのことに気づいているのだろうか。
 そんなことを考えているとふいにすみれが立ち上がり、ベランダに出ていった。
「すみれ、ちょっと飲み過ぎじゃない?」
 追いかけて声をかける。
「大丈夫ですって」
 すみれは手すりにもたれてうなだれている。
「あのですね、少し悲しくて」
 組んだ腕にあごを乗せて景色を眺めている。横に並んで顔をのぞき込むと、こちらを見据えてつぶやく。
「かなこさんとジュンくんの胸には同じ色の煙がありました。相手を愛おしそうに見つめる悲しげな色」
 それはどんな色だろうか、と想像した。想像が及ばないことが多すぎて困惑する。それでもただ立ちすくんでいるだけではいられなくて、だから人は言葉や行動で示そうとするのだろうか。日々の変化の先にある未来を。
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