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鋼鉄の夢広場に新たな揺らぎが加わった。マサミは驚き、おののきながらも、その揺らぎの、声の出所を探る。徐々にそれは明らかになった。鋼鉄の夢広場にある無数の彫刻の中から、一体の何かが現れた。
何か、と言ったのは、その者の姿形を表す言葉がマサミに上手く紡げないからだ。その者は人の様であり、獣の様であり、ここに存在する無数の彫刻の様であり、その内のどれかのようであり、どれでも無いとも思えたからだ。マサミに近付くにつれて、その者の姿は両手両足が存在する、人型となっていった。とても大きい。頭部は獣の様であった。両手には巨大な斧を持っている。
「お前は、歩けない」
先ほど聞いたものと同じ言葉を発した。マサミは後ろに一歩さがってしまった。さがりながらも、一歩で踏みとどまり、その者に問うた。
「何故、私は歩けないなんて言うの?」
「お前が、歩けないからだ」
マサミは思う。この者は一体何を言っているのか。私はここまで歩いてきた。クーゲルや老人に励まされ、助けられてきたが、自分の足で歩いてきたのだ。何故、歩けないなどと言うのか?
「あんた、一体何なの? 私は先を急ぐから、通らせてもらう」
マサミはそう言って、大きな姿の脇を通り抜けようとした。すると、その何者かは斧でマサミを弾き飛ばした。刃を受ける事は無かったが、マサミは大きく弾き飛ばされ、斧からの痛み、地面に打ち付けられての痛みで悶えてしまった。
「通さない。お前は通さない」
「な、なんで……」
マサミは痛みをこらえて立ち上がり、立ちふさがる何かを見た。その姿はとても大きく、自分一人では太刀打ちできそうもない。一体、何故自分を抑え込もうとするのか?
「あ、あんた、私に何か恨みでもあるの?」
「恨みは無い」
「じゃあ、何で邪魔するの?」
「お前の邪魔になるためだ」
どうにもやり取りが空回りしてしまう。マサミは言葉の応酬を切り上げることにした。その何者かの隙を突いて奥へ進もうとした。しかし、体の大きさだけではなく、動きの素早さ、隙の無さ、勘の鋭さなど、全てにおいて、その何者かはマサミの上を行っていた。マサミは弾き飛ばされ、投げ飛ばされ、何度も地面に倒れた。何時まで経っても、先へ進めなかった。
しだいにマサミの胸にはある感覚が現れた。今までの十五年の生涯において、いつしか芽生え、自分の内に存在した何か。マサミはそれを押さえ、どこにも表すことは無かった。それが今、かつてないほどに表に出かかっている。このどす黒い何かに身を任せ、この者に押し潰されることすら好ましく思えてしまう何かだ。そうなっても、何かを発し続けられるという確信があった。何時までも燃え続けることが出来るという盲信が生まれた。何故かそれを信じられた。もっと、あいつにぶつかっていきたい。もっと苦しめてやりたい。もっと自分の血を見たい。あいつの血も見たい。マサミは地面を拳で叩き続けた。
その何度目かの時、地面に滲む血を見た。自分の手の痛みを感じた。そして、マサミは手を止めた。
この光景には見覚えがあった。これを経験するのは初めてではない。どこで自分はこれを見たのか。どこで自分はこれをやったのか。しばらくして、マサミは思い出した。これは、この旅の始まりの時の事だ。和尚ワタナベとの戦いに敗れ、地に伏せ、今と同じことをしていた。そして、クーゲル・ズーセの言葉が響いた。
あの人に、何かを言われた?
それなら、それでいい。
もしも、ここで何かがあったなら、あの人の言葉を思い出してほしい。
これは、最後の餞別だよ。
マサミは思い出す。和尚は何と言っていたのか。
「お前に潜む憎しみは大きい。とても強いものだ。お前に、今までどのような人が、どのような力が関わってきたのかはわからない。そのいずれかの力がお前に宿ってしまっている。
どこかで見たかもしれない。暴力を振るう者達のこと。相手から何かを奪うために力を振るう。そのような者達から身を守るために力を振るう。楽しみの為に振るう。意味もなく振るう。他に何も方法が無いために、そのような道に走る事もある。相手をいたぶり、虐げる。そうすることで己を満たせると思う事もあるのだろう。
だが、お前に巣くうものは、そのどれでもないものだ。しかしながら、その全てに関わるものでもある。ひたすら破壊へと突き進むものだ。誰かに気付いてほしいためでもなく、誰かの上に立ちたいという欲望でもない。目に映るものを全て破壊し、その後に何も思わない何か。自らを消し去ることを全くためらわない何かだ。
その力は世界を壊してしまう。私はそれを止めたいと思う。しかし、止め方を知らないのだ。学び続けているが、甚だ未熟であるのだ。この後は、お前が自らそれを律する力を持つことを願う他ない。
すまないな」
マサミは和尚から、そんな言葉を貰ったのだ。自ら意を決して無茶をしたものの、どうにもならないと告げられたようなものだ。マサミはそれが悲しく、とても悔しかった。そして泣き叫んでいた。
それから、老人やクーゲルと出会った。その間に自分は何をしたのか。少し前に、この広場で座りながら、何かがわかったような気がした。それは何だったのか。どうすれば、この者を倒せるのか?
マサミは立ち上がり、自然体となって立ち塞がる何者かを見た。そして、問う。
「あんた、名前は?」
その者は答える。
「私に名前は無い」
マサミは、その答えを受け取り、こう言った。
「なら、私があんたに名前を付ける。あなたの名前はオニミだよ」
その者は、それを聞いてもじっとして動かなかった。
「オニミ。私はあんたに勝つ。ここを通る。奥にある森へ行く。塔を登る。さあ、続きをやろう」
マサミはオニミにそう言い、再び戦いを続けた。マサミは相変わらず弾き飛ばされ、地面に倒れていく。しかし、マサミは立ち上がり続けた。その繰り返しを続けることが出来た。周りの景色が全く見えないときもあった。相手の動きがゆっくりと見えるときもあった。相手の動きがわかることもあった。
ある時、マサミは緑あふれる森の中に立っていた。今まで戦っていたオニミは、どこにも存在していなかった。
何か、と言ったのは、その者の姿形を表す言葉がマサミに上手く紡げないからだ。その者は人の様であり、獣の様であり、ここに存在する無数の彫刻の様であり、その内のどれかのようであり、どれでも無いとも思えたからだ。マサミに近付くにつれて、その者の姿は両手両足が存在する、人型となっていった。とても大きい。頭部は獣の様であった。両手には巨大な斧を持っている。
「お前は、歩けない」
先ほど聞いたものと同じ言葉を発した。マサミは後ろに一歩さがってしまった。さがりながらも、一歩で踏みとどまり、その者に問うた。
「何故、私は歩けないなんて言うの?」
「お前が、歩けないからだ」
マサミは思う。この者は一体何を言っているのか。私はここまで歩いてきた。クーゲルや老人に励まされ、助けられてきたが、自分の足で歩いてきたのだ。何故、歩けないなどと言うのか?
「あんた、一体何なの? 私は先を急ぐから、通らせてもらう」
マサミはそう言って、大きな姿の脇を通り抜けようとした。すると、その何者かは斧でマサミを弾き飛ばした。刃を受ける事は無かったが、マサミは大きく弾き飛ばされ、斧からの痛み、地面に打ち付けられての痛みで悶えてしまった。
「通さない。お前は通さない」
「な、なんで……」
マサミは痛みをこらえて立ち上がり、立ちふさがる何かを見た。その姿はとても大きく、自分一人では太刀打ちできそうもない。一体、何故自分を抑え込もうとするのか?
「あ、あんた、私に何か恨みでもあるの?」
「恨みは無い」
「じゃあ、何で邪魔するの?」
「お前の邪魔になるためだ」
どうにもやり取りが空回りしてしまう。マサミは言葉の応酬を切り上げることにした。その何者かの隙を突いて奥へ進もうとした。しかし、体の大きさだけではなく、動きの素早さ、隙の無さ、勘の鋭さなど、全てにおいて、その何者かはマサミの上を行っていた。マサミは弾き飛ばされ、投げ飛ばされ、何度も地面に倒れた。何時まで経っても、先へ進めなかった。
しだいにマサミの胸にはある感覚が現れた。今までの十五年の生涯において、いつしか芽生え、自分の内に存在した何か。マサミはそれを押さえ、どこにも表すことは無かった。それが今、かつてないほどに表に出かかっている。このどす黒い何かに身を任せ、この者に押し潰されることすら好ましく思えてしまう何かだ。そうなっても、何かを発し続けられるという確信があった。何時までも燃え続けることが出来るという盲信が生まれた。何故かそれを信じられた。もっと、あいつにぶつかっていきたい。もっと苦しめてやりたい。もっと自分の血を見たい。あいつの血も見たい。マサミは地面を拳で叩き続けた。
その何度目かの時、地面に滲む血を見た。自分の手の痛みを感じた。そして、マサミは手を止めた。
この光景には見覚えがあった。これを経験するのは初めてではない。どこで自分はこれを見たのか。どこで自分はこれをやったのか。しばらくして、マサミは思い出した。これは、この旅の始まりの時の事だ。和尚ワタナベとの戦いに敗れ、地に伏せ、今と同じことをしていた。そして、クーゲル・ズーセの言葉が響いた。
あの人に、何かを言われた?
それなら、それでいい。
もしも、ここで何かがあったなら、あの人の言葉を思い出してほしい。
これは、最後の餞別だよ。
マサミは思い出す。和尚は何と言っていたのか。
「お前に潜む憎しみは大きい。とても強いものだ。お前に、今までどのような人が、どのような力が関わってきたのかはわからない。そのいずれかの力がお前に宿ってしまっている。
どこかで見たかもしれない。暴力を振るう者達のこと。相手から何かを奪うために力を振るう。そのような者達から身を守るために力を振るう。楽しみの為に振るう。意味もなく振るう。他に何も方法が無いために、そのような道に走る事もある。相手をいたぶり、虐げる。そうすることで己を満たせると思う事もあるのだろう。
だが、お前に巣くうものは、そのどれでもないものだ。しかしながら、その全てに関わるものでもある。ひたすら破壊へと突き進むものだ。誰かに気付いてほしいためでもなく、誰かの上に立ちたいという欲望でもない。目に映るものを全て破壊し、その後に何も思わない何か。自らを消し去ることを全くためらわない何かだ。
その力は世界を壊してしまう。私はそれを止めたいと思う。しかし、止め方を知らないのだ。学び続けているが、甚だ未熟であるのだ。この後は、お前が自らそれを律する力を持つことを願う他ない。
すまないな」
マサミは和尚から、そんな言葉を貰ったのだ。自ら意を決して無茶をしたものの、どうにもならないと告げられたようなものだ。マサミはそれが悲しく、とても悔しかった。そして泣き叫んでいた。
それから、老人やクーゲルと出会った。その間に自分は何をしたのか。少し前に、この広場で座りながら、何かがわかったような気がした。それは何だったのか。どうすれば、この者を倒せるのか?
マサミは立ち上がり、自然体となって立ち塞がる何者かを見た。そして、問う。
「あんた、名前は?」
その者は答える。
「私に名前は無い」
マサミは、その答えを受け取り、こう言った。
「なら、私があんたに名前を付ける。あなたの名前はオニミだよ」
その者は、それを聞いてもじっとして動かなかった。
「オニミ。私はあんたに勝つ。ここを通る。奥にある森へ行く。塔を登る。さあ、続きをやろう」
マサミはオニミにそう言い、再び戦いを続けた。マサミは相変わらず弾き飛ばされ、地面に倒れていく。しかし、マサミは立ち上がり続けた。その繰り返しを続けることが出来た。周りの景色が全く見えないときもあった。相手の動きがゆっくりと見えるときもあった。相手の動きがわかることもあった。
ある時、マサミは緑あふれる森の中に立っていた。今まで戦っていたオニミは、どこにも存在していなかった。
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