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【第21章 紡ぐ者】
第1節 決断
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「……紡ぎ人?」
「そう。」
「なにそれ?」
「世界のあらゆる出来事を束ねて、歴史を作る者のことよ。」
「それがなんで古代魔術と関係あるの?」
椿は虚空からコップヲ取り出すと、お茶を注ぐ。
「古代魔術を調べるには、紡ぎ人になる修行をしないといけないの。」
「だったらあんたがなればいいのに。」
「誰もが紡ぎ人になれるわけじゃない。まず、世界で起きた大きな出来事を"間近で"経験していないといけない。」
「じゃあ他の人に……」
「最後まで聞きなさい。」
椿はいつの間にかお茶を飲み干していた。
「次に、その出来事に心残りがある者。」
「心残り……」
「最後に、大事な人間を失った者。この3つの条件が揃っていないと紡ぎ人にはなれない。」
「他にも同じような人がいそうだけど?」
「3つ目のやつは少し複雑なのよ。ただ大事なだけじゃだめ。人生に大きな影響が出るくらい、大事な人間じゃないとだめなの。」
「………。」
美桜は黙り込んでしまう。
「あんたは、表面上は何もないように生きてるけど、内側には相当な苦痛が溜め込んである。」
「そんなこと……」
「自分に素直になりなさい。そのままだと、いずれ心が壊れてしまう。」
美桜は視線を逸らすが、すぐにもとに戻す。
「でも、話を聞く限りだと古代魔術と関係ないような?」
「古代魔術に詳しい人物が、紡ぎ人になるやつとしか話したがらないの。それに、完全な蘇生魔法を見つけるとなると相当な時間が必要になる。」
「時間の問題はどうするの?」
「紡ぎ人になれば時間なんて、いくらでも手に入るわ。なるのはすごく大変だけど、なればそれ相応の特権が得られる。」
「どんなもの?」
「寿命を好きなだけ伸ばせるようになるわ。」
「えっ……なんか、代償がありそうで怖い。」
「代償なんてないわよ。」
椿はコップをしまうと、立ち上がってドアに手をかける。
「私はしばらく、ここには戻らない。」
椿はドアを開けて部屋から出る。ドアが閉まると、部屋の中は沈黙に包まれる。
「これ……」
机の上に1枚の紙が置いてある。紙には文章がつづられている。
「覚悟ができたら、イギリス支部とアメリカ支部に向かいなさい。困ったら、この紙の裏にある紋章を見せればいいわ。追記 実力が足りないと思ったら、いろんな場所に行くといいわ。」
裏には見たことがない紋章が記されている。
「覚悟って………まず怪我が治らないと意味ないでしょ。」
美桜は窓の外に視線を移す。外にある1本の木に、小鳥が止まっていた。
「で?話ってなんですか?」
アーロンドは足を組んで玖羽に問いかける。
「何度も言ってるだろ。俺を降級処分にしてくれ。」
玖羽はそう言いながら自分の左腕を見せる。
「こんな腕じゃまともに戦えない。天級の肩書に相応しくない。上級くらいに下げてくれ。」
「それはできません。」
「なんでだよ!」
玖羽は机に片足を乗せて立ち上がって叫ぶ。
「あなたは自分を過小評価し過ぎでは?」
「いや正当な評価だろ!」
「そう思うなら証明してみてください。自分が天級に相応しくないということを。」
「………どうやって証明しろと?」
「誰かと模擬戦を行うことを推奨します。」
「今の状況じゃ、誰も戦う力なんてないだろ。」
「つまり、証明できないということですね?」
「いいや、団長と戦えば証明できる。」
「残念ですが、今の私も戦えるほどの力はありません。」
玖羽は足を下ろして、椅子に勢いよく座る。
「はぁ……最っ悪だ。」
「戦場に出ればわかりますよ。あなたがどれだけ強いのか。」
玖羽は立ち上がってドアノブに手をかける。 「あなたに伝言を任せてもよろしいですか?」
「なんだよ?」
「神宮寺 美桜君をこちらに呼んでいただきたいのです。怪我が治り次第来てくれば問題ありません。」
「わかったよ。」
玖羽はドアを開けて部屋から出る。
「さて……見送りに行きますか。」
アーロンドはしばらくしてから部屋を出て本部の入口に向かう。
「何?見送り?」
入口には本部から出ようとしている椿の姿があった。
「えぇ、そうです。当分、戻ってこないのでしょう?」
「何も話すことはないけど?」
「せめてどこに行くのかは教えて頂きたいのですが……」
椿は腰に手を当ててため息をつく。
「どっか。」
「具体的には?」
「どこでもいいでしょ。どこに行くかは、私の自由よ。」
「わかりました。これ以上は深追いしません。」
アーロンドは椿の頭から爪先までを視線でなぞる。
「あなたに憑いていた龍はどこに行きましたか?」
「美桜に渡した。元からそうするつもりだったわ。」
「そうですか。時間を取ってしまいましたね。」
アーロンドは椿に小さく手を振る。椿は少し歩いてから足を止めて振り返る。
「私を止めないんだ。」
「それがあなたの意思なら、私はそれを尊重します。」
「先に行っておくわ。私はこの先の未来、大罪を犯すことになる。」
「大罪かどうかは、私たちが決めますよ。」
「ふぅん。まぁいいわ。」
椿はアーロンドに背を向けて本部からゆっくりと姿を消す。アーロンドは顎に手を当てて椿の言葉について少し考える。
「大罪……ですか。あなたがそのようなことをするのには、何か理由があるはずです。」
「ん?…って、おい!」
玖羽は廊下を歩いていた美桜を見つける。美桜は手すりにすがりながらゆっくりと進んでいた。
「何してんだ!安静にしてろって言われただろ!」
「いや……ただ、お手洗いに行きたくて……」
「あ、すまん。手ぇ……貸すべきか?」
「……お願い。」
美桜は玖羽にもたれかかる。
「団長が怪我が治り次第、部屋に来いってよ。」
「あと何日かかるのやら……」
美桜は足を引きずるように歩いている。
(俺の知らないところで何があったんだ?)
「ふぅ……なんとか間に合った。」
美桜は涼し気な顔をして出てくる。
「あの調子だと、絶対間に合ってなかったな。」
玖羽は短剣の手入れをしていた。右腕しか使えないため、かなり苦戦している。
「やっぱり、腕が片方しかないと色々と不便なの?」
「そりゃな。服を着るのがかなり面倒だ。特にボタンを閉める時。本当にイライラする……」
「なんで生きてるの?」
「めっちゃ辛辣だな。」
玖羽は短剣をしまう。
「まぁ確かに、なんであの時死ななかったのかは、俺自身も不思議に思うぜ。」
「早く戻ろ。」
美桜は玖羽に肩にすがる。
「痛い……体中が……」
「わかったよ……ていうか、部屋にトイレはあっただろ?」
「えっ?そうなの?」
部屋についたら、玖羽は美桜にトイレの場所を教える。
「いや、わかるわけないでしょ!なんで壁の中にあるの?!」
「見栄えが悪くなるから隠し扉にしたらしい。文句を言うなら団長に言ってくれ。」
玖羽はそう言って部屋から出ようとするが、美桜に腕を掴まれる。
「食べ物持ってきて。」
「なんで?」
「なんでって……」
辺りに何かの音が響き渡る。同時に、美桜は顔を赤くする。
「いいから早く!」
「はいはい……」
玖羽は部屋から出て食堂に向かう。
(何か持ってこいと言われても、何を持っていけばいいんだ?消化に良いもの?それとも栄養価が高いもの?それともあいつの好物?いや、好物はなしだな。あいつの好物なんか知らん。)
「仕方ねぇ、あいつに聞くか。」
玖羽はスマホを取り出して誰かに電話をする。
「どうしたんだい玖羽?」
「春蘭、お前に聞きたいことがある。」
「なんでも聞いてくれ。」
「美桜の好物ってなんだ?」
「甘いものと苦いものだね。」
「何その対局の組み合わせ?まあいい、助かった。」
「礼には及ばないよ。僕の妹の面倒を見てくれてありがとう。」
「ただのパシリだけどな。」
「どんな形でもいいさ。今の美桜には面倒を見る者がいないといけない。そうだ。雫がちょうど暇をしている。掛け合ってみようか?」
「あぁ、頼むぜ。」
玖羽はそう言って電話を切る。
(甘いものと苦いものか。)
玖羽は食券機を見る。
「おっ、これとかいいんじゃないか?」
玖羽が選んだのはメロン大福と抹茶プリンだ。玖羽は2つを受け取ると、すぐに部屋へと向かう。
「買ってきたぞ。」
「あー、この2つね。」
美桜はあまり元気そうではないが、目を輝かせながら2つの食べ物を見つめていた。
「今回は俺の奢りだ。怪我人に金を払わせるような真似はしないぜ。」
「それはどうも。」
美桜が抹茶プリンを食べていると、部屋のドアが勢いよく開く。雫が肩で息をしながら部屋の入口に立っている。
「やっと見つけました。」
雫は美桜と玖羽の間に割って入る。
「優しい一面を見せて……そうやってお嬢様に近づこうとしてるんですよね?」
「ん?………ん?」
「とぼけても無駄ですよ。このケダモノが!」
玖羽は唖然とする。
(え~???そうなる~?!ただ大福とプリンを買っただけじゃん。)
「いや、おまっ、いくらなんでも強引過ぎないか?」
「口ではなんとでも言えますよ。しかし、あなたも男です。どこかに邪な考えがあるんじゃないんですか?!」
「あるわけねぇだろ!あと、喧嘩するなら外でやるぞ!あと、ついでに刀は持ってくぞ!」
玖羽は雫を部屋から連れ出す。その時に、春蘭の刀を部屋から持って出る。
(……うるさっ……)
美桜は大福とプリンを食べ終えると、布団を頭までかぶる。
「青、いる?」
「呼んだか?」
青が美桜の横から顔を出す。
「少し話をしよ。」
「少しだけだぞ。」
「赤は何してるの?」
「寝ているな。」
「やっぱり、疲れたのかな?」
「魔力を過剰に消費すると一気に疲れるからな。あと数日は休憩が必要だろう。」
「ふぅん。」
美桜は布団から顔を出す。
「あの2人の様子を見てきて。」
「わかった。」
青は美桜から飛び出すと、ドアを開けて廊下を覗く。
(いない?)
「だーかーらーっ、違うって言ってんだろ!」
「そんな言い訳は通用しないって、何度言ったら分かるんですか?!」
青はそっとドアを閉める。そして、ゆっくりと美桜の方を見る。
「喧嘩の仲裁はしないよ。そんな元気はない。」
「だろうな。」
青はそう言って美桜の中に戻る。すぐ後に、雫が部屋に入ってくる。
「お嬢様、あのケダモノはなんとか追い払いました。」
(さて……どう説明すればいいのやら。)
美桜は雫のしている誤解をどうやって解くか考えていた。
「おー、いたいた。」
玖羽がドアを開けて部屋に入ると、春蘭がベッドに座っていた。
「おや?僕の様子を見に来てくれたのかい?」
「あいつのことは雫に任せるぜ。面倒事は増やしたくないんでな。」
玖羽の右頬には叩かれたような跡がある。
(一体何があったんだ?)
「ほい、お前の。」
玖羽は春蘭に刀を差し出す。
「持ってきてくれたのか。ありがとう。」
春蘭は刀をベッドの横に置く。
「しかし、なんで僕がここにいるってわかったんだい?君には教えていないはずだ。」
「雫が来るのが異様に早かったからだ。お前に電話をした時、俺は食堂にいたんだ。そこで食い物を買ってあいつの部屋に戻った。そのすぐ後に雫が部屋に来たんだ。お前の家にいるんだったら、数分で来れるはずがない。」
「じゃあ、なんで僕の部屋がわかったんだい?僕に部屋の場所を聞いてこなかったけど?」
「簡単だ。お前に電話をしてから、あいつが部屋に来るまでの時間で距離を考えただけだ。俺の予想は見事に的中したってわけだ。」
「君の計算能力には感服するよ。」
「俺は時間から距離を割り出すのがとくいだからな。昔はこれをよく使ってたが、魔道士になってからは使う機会はめっきり減ったな。」
玖羽は背を向けてドアに手をかける。
「もう行くのかい?少し休んでいったらどうだ?」
「ちょっと用事があるんだ。」
玖羽はそう言って部屋から出る。
「確か集合場所は……」
玖羽は本部の入口に向かう。
3日後……
美桜は健診を受けていた。
「特に異常はありません。どこか痛むところはありませんか?」
「いえ、特にないです。」
しばらく話をしてから、美桜は検査室を離れる。
「やっと治った……」
美桜は、ふと、玖羽の言葉を思い出す。
(団長が来いって言ってたらしいけど……)
美桜は部団長室の前につくとノックをする。
「どうぞ。」
声がしたので美桜は部屋に入る。
「お待ちしておりました。怪我はもう治ったようですね。」
「私に何か用があるんでしょ?」
「えぇ、その通りです。そちらにおかけしてもらっても?」
美桜は椅子に座る。
「あなたはニグレードとの戦いで、多大な貢献をしていただきました。よって、あなたにこちらを贈呈したいと思います。」
美桜の前に、2人の従者が何かを持ってくる。
「さぁ、布を剥がして下さい。」
美桜は布を剥ぐ。布の下からは、1本の薙刀が現れる。
「これは……」
「あなたの中にいる2体の龍神と、あなた自身に合うように、特注で作成しました。持ってみればわかると思いますが、今まで使っていたものよりも遥かに軽いはずです。」
「確かに軽い。」
美桜は薙刀の刀身に目をやる。
「これ……普通の金属じゃない?」
「軽量であり、非常に頑丈な金属で作られています。」
美桜は薙刀を背中に背負う。
「ありがたくいただくわ。」
「ふむ……どこかに行かれるのですか?」
「ちょっとね。当分戻ってこないかも。」
「では安全に気をつけて。」
アーロンドは頭を下げて部屋から出る美桜を見守る。
「若いっていいですね。どこにでも行くことができる。」
アーロンドは美桜が見えなくなると、椅子に座ってコーヒーを飲みだす。
「どこに行く?」
青は美桜に行き先を聞く。
「イギリス支部。……どっちだっけ?」
美桜は本部の中で迷っている。
「なんでお前が知らないんだ?」
「だって、広すぎて分かんないんだもん。」
「こっちじゃないのか?」
赤が左側に美桜の顔を向ける。
「あ、こっちだ。」
赤と青は中に戻る。
「はいこれ。」
「確認しました。お通り下さい。」
美桜はゲートをくぐる。
「そう。」
「なにそれ?」
「世界のあらゆる出来事を束ねて、歴史を作る者のことよ。」
「それがなんで古代魔術と関係あるの?」
椿は虚空からコップヲ取り出すと、お茶を注ぐ。
「古代魔術を調べるには、紡ぎ人になる修行をしないといけないの。」
「だったらあんたがなればいいのに。」
「誰もが紡ぎ人になれるわけじゃない。まず、世界で起きた大きな出来事を"間近で"経験していないといけない。」
「じゃあ他の人に……」
「最後まで聞きなさい。」
椿はいつの間にかお茶を飲み干していた。
「次に、その出来事に心残りがある者。」
「心残り……」
「最後に、大事な人間を失った者。この3つの条件が揃っていないと紡ぎ人にはなれない。」
「他にも同じような人がいそうだけど?」
「3つ目のやつは少し複雑なのよ。ただ大事なだけじゃだめ。人生に大きな影響が出るくらい、大事な人間じゃないとだめなの。」
「………。」
美桜は黙り込んでしまう。
「あんたは、表面上は何もないように生きてるけど、内側には相当な苦痛が溜め込んである。」
「そんなこと……」
「自分に素直になりなさい。そのままだと、いずれ心が壊れてしまう。」
美桜は視線を逸らすが、すぐにもとに戻す。
「でも、話を聞く限りだと古代魔術と関係ないような?」
「古代魔術に詳しい人物が、紡ぎ人になるやつとしか話したがらないの。それに、完全な蘇生魔法を見つけるとなると相当な時間が必要になる。」
「時間の問題はどうするの?」
「紡ぎ人になれば時間なんて、いくらでも手に入るわ。なるのはすごく大変だけど、なればそれ相応の特権が得られる。」
「どんなもの?」
「寿命を好きなだけ伸ばせるようになるわ。」
「えっ……なんか、代償がありそうで怖い。」
「代償なんてないわよ。」
椿はコップをしまうと、立ち上がってドアに手をかける。
「私はしばらく、ここには戻らない。」
椿はドアを開けて部屋から出る。ドアが閉まると、部屋の中は沈黙に包まれる。
「これ……」
机の上に1枚の紙が置いてある。紙には文章がつづられている。
「覚悟ができたら、イギリス支部とアメリカ支部に向かいなさい。困ったら、この紙の裏にある紋章を見せればいいわ。追記 実力が足りないと思ったら、いろんな場所に行くといいわ。」
裏には見たことがない紋章が記されている。
「覚悟って………まず怪我が治らないと意味ないでしょ。」
美桜は窓の外に視線を移す。外にある1本の木に、小鳥が止まっていた。
「で?話ってなんですか?」
アーロンドは足を組んで玖羽に問いかける。
「何度も言ってるだろ。俺を降級処分にしてくれ。」
玖羽はそう言いながら自分の左腕を見せる。
「こんな腕じゃまともに戦えない。天級の肩書に相応しくない。上級くらいに下げてくれ。」
「それはできません。」
「なんでだよ!」
玖羽は机に片足を乗せて立ち上がって叫ぶ。
「あなたは自分を過小評価し過ぎでは?」
「いや正当な評価だろ!」
「そう思うなら証明してみてください。自分が天級に相応しくないということを。」
「………どうやって証明しろと?」
「誰かと模擬戦を行うことを推奨します。」
「今の状況じゃ、誰も戦う力なんてないだろ。」
「つまり、証明できないということですね?」
「いいや、団長と戦えば証明できる。」
「残念ですが、今の私も戦えるほどの力はありません。」
玖羽は足を下ろして、椅子に勢いよく座る。
「はぁ……最っ悪だ。」
「戦場に出ればわかりますよ。あなたがどれだけ強いのか。」
玖羽は立ち上がってドアノブに手をかける。 「あなたに伝言を任せてもよろしいですか?」
「なんだよ?」
「神宮寺 美桜君をこちらに呼んでいただきたいのです。怪我が治り次第来てくれば問題ありません。」
「わかったよ。」
玖羽はドアを開けて部屋から出る。
「さて……見送りに行きますか。」
アーロンドはしばらくしてから部屋を出て本部の入口に向かう。
「何?見送り?」
入口には本部から出ようとしている椿の姿があった。
「えぇ、そうです。当分、戻ってこないのでしょう?」
「何も話すことはないけど?」
「せめてどこに行くのかは教えて頂きたいのですが……」
椿は腰に手を当ててため息をつく。
「どっか。」
「具体的には?」
「どこでもいいでしょ。どこに行くかは、私の自由よ。」
「わかりました。これ以上は深追いしません。」
アーロンドは椿の頭から爪先までを視線でなぞる。
「あなたに憑いていた龍はどこに行きましたか?」
「美桜に渡した。元からそうするつもりだったわ。」
「そうですか。時間を取ってしまいましたね。」
アーロンドは椿に小さく手を振る。椿は少し歩いてから足を止めて振り返る。
「私を止めないんだ。」
「それがあなたの意思なら、私はそれを尊重します。」
「先に行っておくわ。私はこの先の未来、大罪を犯すことになる。」
「大罪かどうかは、私たちが決めますよ。」
「ふぅん。まぁいいわ。」
椿はアーロンドに背を向けて本部からゆっくりと姿を消す。アーロンドは顎に手を当てて椿の言葉について少し考える。
「大罪……ですか。あなたがそのようなことをするのには、何か理由があるはずです。」
「ん?…って、おい!」
玖羽は廊下を歩いていた美桜を見つける。美桜は手すりにすがりながらゆっくりと進んでいた。
「何してんだ!安静にしてろって言われただろ!」
「いや……ただ、お手洗いに行きたくて……」
「あ、すまん。手ぇ……貸すべきか?」
「……お願い。」
美桜は玖羽にもたれかかる。
「団長が怪我が治り次第、部屋に来いってよ。」
「あと何日かかるのやら……」
美桜は足を引きずるように歩いている。
(俺の知らないところで何があったんだ?)
「ふぅ……なんとか間に合った。」
美桜は涼し気な顔をして出てくる。
「あの調子だと、絶対間に合ってなかったな。」
玖羽は短剣の手入れをしていた。右腕しか使えないため、かなり苦戦している。
「やっぱり、腕が片方しかないと色々と不便なの?」
「そりゃな。服を着るのがかなり面倒だ。特にボタンを閉める時。本当にイライラする……」
「なんで生きてるの?」
「めっちゃ辛辣だな。」
玖羽は短剣をしまう。
「まぁ確かに、なんであの時死ななかったのかは、俺自身も不思議に思うぜ。」
「早く戻ろ。」
美桜は玖羽に肩にすがる。
「痛い……体中が……」
「わかったよ……ていうか、部屋にトイレはあっただろ?」
「えっ?そうなの?」
部屋についたら、玖羽は美桜にトイレの場所を教える。
「いや、わかるわけないでしょ!なんで壁の中にあるの?!」
「見栄えが悪くなるから隠し扉にしたらしい。文句を言うなら団長に言ってくれ。」
玖羽はそう言って部屋から出ようとするが、美桜に腕を掴まれる。
「食べ物持ってきて。」
「なんで?」
「なんでって……」
辺りに何かの音が響き渡る。同時に、美桜は顔を赤くする。
「いいから早く!」
「はいはい……」
玖羽は部屋から出て食堂に向かう。
(何か持ってこいと言われても、何を持っていけばいいんだ?消化に良いもの?それとも栄養価が高いもの?それともあいつの好物?いや、好物はなしだな。あいつの好物なんか知らん。)
「仕方ねぇ、あいつに聞くか。」
玖羽はスマホを取り出して誰かに電話をする。
「どうしたんだい玖羽?」
「春蘭、お前に聞きたいことがある。」
「なんでも聞いてくれ。」
「美桜の好物ってなんだ?」
「甘いものと苦いものだね。」
「何その対局の組み合わせ?まあいい、助かった。」
「礼には及ばないよ。僕の妹の面倒を見てくれてありがとう。」
「ただのパシリだけどな。」
「どんな形でもいいさ。今の美桜には面倒を見る者がいないといけない。そうだ。雫がちょうど暇をしている。掛け合ってみようか?」
「あぁ、頼むぜ。」
玖羽はそう言って電話を切る。
(甘いものと苦いものか。)
玖羽は食券機を見る。
「おっ、これとかいいんじゃないか?」
玖羽が選んだのはメロン大福と抹茶プリンだ。玖羽は2つを受け取ると、すぐに部屋へと向かう。
「買ってきたぞ。」
「あー、この2つね。」
美桜はあまり元気そうではないが、目を輝かせながら2つの食べ物を見つめていた。
「今回は俺の奢りだ。怪我人に金を払わせるような真似はしないぜ。」
「それはどうも。」
美桜が抹茶プリンを食べていると、部屋のドアが勢いよく開く。雫が肩で息をしながら部屋の入口に立っている。
「やっと見つけました。」
雫は美桜と玖羽の間に割って入る。
「優しい一面を見せて……そうやってお嬢様に近づこうとしてるんですよね?」
「ん?………ん?」
「とぼけても無駄ですよ。このケダモノが!」
玖羽は唖然とする。
(え~???そうなる~?!ただ大福とプリンを買っただけじゃん。)
「いや、おまっ、いくらなんでも強引過ぎないか?」
「口ではなんとでも言えますよ。しかし、あなたも男です。どこかに邪な考えがあるんじゃないんですか?!」
「あるわけねぇだろ!あと、喧嘩するなら外でやるぞ!あと、ついでに刀は持ってくぞ!」
玖羽は雫を部屋から連れ出す。その時に、春蘭の刀を部屋から持って出る。
(……うるさっ……)
美桜は大福とプリンを食べ終えると、布団を頭までかぶる。
「青、いる?」
「呼んだか?」
青が美桜の横から顔を出す。
「少し話をしよ。」
「少しだけだぞ。」
「赤は何してるの?」
「寝ているな。」
「やっぱり、疲れたのかな?」
「魔力を過剰に消費すると一気に疲れるからな。あと数日は休憩が必要だろう。」
「ふぅん。」
美桜は布団から顔を出す。
「あの2人の様子を見てきて。」
「わかった。」
青は美桜から飛び出すと、ドアを開けて廊下を覗く。
(いない?)
「だーかーらーっ、違うって言ってんだろ!」
「そんな言い訳は通用しないって、何度言ったら分かるんですか?!」
青はそっとドアを閉める。そして、ゆっくりと美桜の方を見る。
「喧嘩の仲裁はしないよ。そんな元気はない。」
「だろうな。」
青はそう言って美桜の中に戻る。すぐ後に、雫が部屋に入ってくる。
「お嬢様、あのケダモノはなんとか追い払いました。」
(さて……どう説明すればいいのやら。)
美桜は雫のしている誤解をどうやって解くか考えていた。
「おー、いたいた。」
玖羽がドアを開けて部屋に入ると、春蘭がベッドに座っていた。
「おや?僕の様子を見に来てくれたのかい?」
「あいつのことは雫に任せるぜ。面倒事は増やしたくないんでな。」
玖羽の右頬には叩かれたような跡がある。
(一体何があったんだ?)
「ほい、お前の。」
玖羽は春蘭に刀を差し出す。
「持ってきてくれたのか。ありがとう。」
春蘭は刀をベッドの横に置く。
「しかし、なんで僕がここにいるってわかったんだい?君には教えていないはずだ。」
「雫が来るのが異様に早かったからだ。お前に電話をした時、俺は食堂にいたんだ。そこで食い物を買ってあいつの部屋に戻った。そのすぐ後に雫が部屋に来たんだ。お前の家にいるんだったら、数分で来れるはずがない。」
「じゃあ、なんで僕の部屋がわかったんだい?僕に部屋の場所を聞いてこなかったけど?」
「簡単だ。お前に電話をしてから、あいつが部屋に来るまでの時間で距離を考えただけだ。俺の予想は見事に的中したってわけだ。」
「君の計算能力には感服するよ。」
「俺は時間から距離を割り出すのがとくいだからな。昔はこれをよく使ってたが、魔道士になってからは使う機会はめっきり減ったな。」
玖羽は背を向けてドアに手をかける。
「もう行くのかい?少し休んでいったらどうだ?」
「ちょっと用事があるんだ。」
玖羽はそう言って部屋から出る。
「確か集合場所は……」
玖羽は本部の入口に向かう。
3日後……
美桜は健診を受けていた。
「特に異常はありません。どこか痛むところはありませんか?」
「いえ、特にないです。」
しばらく話をしてから、美桜は検査室を離れる。
「やっと治った……」
美桜は、ふと、玖羽の言葉を思い出す。
(団長が来いって言ってたらしいけど……)
美桜は部団長室の前につくとノックをする。
「どうぞ。」
声がしたので美桜は部屋に入る。
「お待ちしておりました。怪我はもう治ったようですね。」
「私に何か用があるんでしょ?」
「えぇ、その通りです。そちらにおかけしてもらっても?」
美桜は椅子に座る。
「あなたはニグレードとの戦いで、多大な貢献をしていただきました。よって、あなたにこちらを贈呈したいと思います。」
美桜の前に、2人の従者が何かを持ってくる。
「さぁ、布を剥がして下さい。」
美桜は布を剥ぐ。布の下からは、1本の薙刀が現れる。
「これは……」
「あなたの中にいる2体の龍神と、あなた自身に合うように、特注で作成しました。持ってみればわかると思いますが、今まで使っていたものよりも遥かに軽いはずです。」
「確かに軽い。」
美桜は薙刀の刀身に目をやる。
「これ……普通の金属じゃない?」
「軽量であり、非常に頑丈な金属で作られています。」
美桜は薙刀を背中に背負う。
「ありがたくいただくわ。」
「ふむ……どこかに行かれるのですか?」
「ちょっとね。当分戻ってこないかも。」
「では安全に気をつけて。」
アーロンドは頭を下げて部屋から出る美桜を見守る。
「若いっていいですね。どこにでも行くことができる。」
アーロンドは美桜が見えなくなると、椅子に座ってコーヒーを飲みだす。
「どこに行く?」
青は美桜に行き先を聞く。
「イギリス支部。……どっちだっけ?」
美桜は本部の中で迷っている。
「なんでお前が知らないんだ?」
「だって、広すぎて分かんないんだもん。」
「こっちじゃないのか?」
赤が左側に美桜の顔を向ける。
「あ、こっちだ。」
赤と青は中に戻る。
「はいこれ。」
「確認しました。お通り下さい。」
美桜はゲートをくぐる。
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