紡ぐ者

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【第23章 変革の時】

第7節 転魂の儀

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 ニグレードは黒い炎でカーネリアの鎖を破壊する。爆風の中からユニウェルの弾丸がニグレードに向かって飛んでくる。ニグレードは剣で弾丸を弾き落とす。フレイリアはニグレードの周囲を飛行し、ニグレードの気を散らす。ニグレードは黒い炎でフレイリアを追う。フレイリアは鳥から飛び降り、ニグレードの顔に水を被せる。ニグレードが瞼を閉じた瞬間、ブレインは集めた魔力を一気に放つ。
「視界を封じられたからなんだ?」
 ニグレードは黒い炎で魔力を相殺する。
(魔力の感知能力が高い。視界を潰した程度ではだめか。)
 爆風が辺りを包む中、カーネリアの鎖がニグレードに襲いかかる。ニグレードは鎖を掴み、そのまま引き千切る。
(ちっ……、僕の鎖は効かないと思ったほうがいいな。隙を作るくらいならできそうだけど。)
 ユニウェルは魔力の弾丸と、魔力を込めた弾丸をニグレードに向かって同時に放つ。ニグレードは全ての弾丸を容易く防ぎ切る。
(見切られた……?!数が多いだけじゃだめなのか?)
「呪いや魔法が効かねえなら……、近接戦だよなぁ?!」
 白兎はニグレードに向かって大剣を振り下ろす。視界を取り戻したニグレードは、白兎の大剣を剣で受け止める。
「おいおいまじか。片手で受け止めるのかよ……。」
 ニグレードは白兎を振り払い、剣を白兎に向かって投げる。白兎は武器を槍に変え、剣を弾き落とす。
「小賢しいな。」
 ニグレードはグレイ・ローズの姿がないことに気づく。
(奴はどこに行った?)
 幹部たちはニグレードに向かって、再び総攻撃を仕掛ける。
「何度やっても……」
 しかし、今回は2人同時に攻撃を仕掛けてきた。フレイリアは周囲から水の光線を、白兎は無数の剣をニグレードに向かって放つ。ニグレードは剣を弾きつつ、水の光線を躱す。その最中、ユニウェル、カーネリア、ブレインの3人はニグレードの挟み込むようにして攻撃を仕掛ける。ユニウェルは銃に大量の魔力を込めて、無数の魔力の弾丸を、カーネリアは鎖で作った拳を、ブレインは特大の魔力弾を放つ。3人の攻撃が命中し、凄まじい規模の爆発を起こす。しかし、ニグレードは爆風を吹き飛ばす。爆風が吹き飛ばされた瞬間、ニグレードの腹部にグレイ・ローズが杖を押し当てる。
「消し飛べ。」
 次の瞬間、杖の先端に魔力が集まり、ニグレードを中心にして幹部たち以上の大爆発を起こす。
「はぁ……君1人で、僕たち何人分の戦力になるんだ?」
「喋っている暇はない。次が来るぞ。」
 グレイ・ローズの警告通り、爆風の中から黒い炎が撒き散らされる。
「ふっ…、多少はやるようだな。だが、この程度では俺に傷をつけることはできない。」
 ニグレードの手には黒い炎の塊がある。
「私の結界の範囲から出るな。」
 ニグレードが黒い炎を投げる瞬間、グレイ・ローズは周囲に結界を張る。ニグレードが腕を振った瞬間、黒い炎が直線上に周囲の物を跡形もなく破壊する。
(くっ……なんて威力なんだ…。これが魔法だって言うのか……?!威力が桁違いだな……。)
「おいおい、なんで無傷なんだ?」
 ニグレードは不思議そうに結界を観察する。
「あぁ……、お前、英雄の怨念か。今気づいたぜ。」
「随分と遅かったな。私の結界は、いくらお前の黒い炎でも破れないだろう。」
「そうだな。結界さえも貫通する俺の黒い炎でも、お前ら英雄が生み出した結界だけは破れねえ。でも……、何回耐えられるかは試したことないよなぁ?!」
 ニグレードは黒い炎の衝撃波を何度も放つ。衝撃波が発生するたびに、グレイ・ローズの魔力が大きく削られる。
(さっさとケリをつけないとまずい……。)
 ニグレードは炎を止め、グレイ・ローズたちの体に重圧をかける。グレイ・ローズは結界で防ぐが、持ち堪えることができず、幹部たちもろとも地面に押し付けられる。
「こしゃくな……」
 幹部たちは立ち上がろうとするが、重力に逆らうことができない。
「さてと、次は威力を上げるぜ!」
 ニグレードが衝撃波を放とうとした瞬間、剣を取り出して椿の刀を受け止める。
「ちっ、もう追いついたか。」
「あんたを逃がすとでも?」
 椿の魔力がニグレードに襲いかかる。ニグレードは黒い炎を放って椿を追い払う。椿は魔力で黒い炎を防ぐ。
「黒い炎がなんだ……。」
 椿は黒い炎を突き破ってニグレードの腕を貫き、壁に貼り付ける。
「逃げてみろよ。まぁ、無理だがな!」
 椿は手に魔力を集めてニグレードに押し付ける。魔力はニグレードと椿の間で爆発し、周囲の物体を吹き飛ばす。椿は瓦礫を斬り刻みながら地面に着地する。
(流石に効いたか。)
 爆風を吹き飛ばし、ニグレードが姿を現す。だが、確実に椿の攻撃が効いている。
「まさか青い炎意外で、俺を傷つけるとは……。貴様、本当に人間か?」
 椿はニグレードに斬りかかる。ニグレードは刀を避け、後方に大きく飛ぶ。
「だが、もう遅い。もはやこの肉体は必要ない。」
 ニグレードは懐から欠片を取り出し、上空に向かって放り上げる。椿は欠片を破壊しようとするが、アリスがそれを阻止する。
「くっ……、邪魔だ!」
 椿はアリスを振り払うが、すでに遅かった。ロビンの体から、ニグレードの黒い炎が欠片に乗り移る。
「まずい……、私の後ろから出るな。出れば、命を失うと思え。」
 欠片から黒い炎が溢れ出し、欠片を覆い尽くして巨大な球体になる。やがて球体が収束し、中から黒い炎を身に纏う青年が現れる。青年が体を広げた瞬間、周囲を強烈な魔力の波が襲う。椿は勢いに押されて地面に墜落する。
「さぁ…、世界を再び、絶望に染める時だ!」
 ニグレードは上空に向かって黒い炎を放つ。空が黒く染まり始め、徐々に世界中に広がっていく。
「このままだと、世界が………闇に……。」
 椿はニグレードに刀を振り下ろす。しかし、黒い炎に阻まれて刀が届かない。
「どけ。」
 ニグレードと目が合った瞬間、椿は建物を何度も貫通して地面に打ち付けられる。
「試しに、こいつをくれてやる。」
 ニグレードは目の前に黒い炎を集め、集めた炎を地面に打ち落とす。黒い炎は地面に落ち、収束したのち大爆発を起こす。グレイ・ローズは結界を張るが、なすすべなく吹き飛ばされる。爆風により、周囲は一瞬で更地と化してしまった。
「あぁ……素晴らしい。これこそ、俺の完全な力。」
 椿は瓦礫の中から這い出てくる。体中に激痛が走る。何箇所か骨折してしまっている。
(間違いない。今この瞬間、ニグレードは自身の体を取り戻した。同時に、完全な力も。)
 ニグレードは視界がぼやける。アリスはふらつくニグレードを支える。
「やはり、力にまだ馴染めないか。しかしそれは、時間が解決してくれる。」
 ニグレードが立ち去ろうとしたとき、美桜たちが青と赤から飛び降りてくる。
「その体……まさかすでに…。」
「ようやくか。だが、今は貴様らの相手をしている暇はない。」
 美桜と玖羽がニグレードに攻撃を仕掛けるが、ニグレードは黒い炎で巨大な壁を作る。2人は壁の前で立ち止まる。壁は空高くまで伸びている。
「くそっ……!」
 玖羽が苛立ちを見せる中、美桜はロビンに触れる。
(ロビン……やっと、再会できた……。でもまだ、久しぶりとは言えない。)
 美桜のもとにグレイ・ローズが歩み寄る。
「彼を運んでくれないか?私の指示通りに動いてほしい。」
 美桜はロビンを背負う。グレイ・ローズは地面に線を引き、魔法陣を描き始める。やがて、魔法陣が完成した。
「この大きい魔法陣のほうにロビンを置いてくれ。」
 美桜は大きな魔法陣にロビンを置く。グレイ・ローズは小さな魔法陣の上に立つ。
「お前たち、出番だ。」
 幹部たちはそれぞれ、グレイ・ローズの左右に2つずつある小さな魔法陣の上に立つ。しかし、グレイ・ローズが立つ魔法陣よりかは小さい。
「今から蘇生を始める。蘇生を始めた瞬間、魔獣どもが押し寄せてくる。任せたぞ。」
 その場の全員が武器を手にする。グレイ・ローズは深呼吸をして空を見上げる。
(そろそろだ。最後に、もう一度、お前と話がしたかった。アブルート…お前もそう思うだろ?)
 グレイ・ローズが地面と垂直に杖を立てる。少ししてから、杖の先端を地面に打ちつける。その瞬間、幹部たちとグレイ・ローズの魔力が、魔法陣を辿ってロビンの下にある魔法陣に集まりだす。それと同時に、周囲から大量の魔獣が現れる。
「青、赤。蹴散らせ!」
「「その言葉を待っていた!」」
 青と赤は上空に飛び、回転しながら魔力を一点に集める。集まった魔力から、魔獣に何度も雷が落ち、竜巻で上空に打ち上げる。
(これが龍神の力……。やっぱ、えげつないな。)
 玖羽は魔人の力を駆使しつつ、魔獣を蹴散らしていく。その途中、何か強大な存在の気配を感じる。
「来たな……。」
 玖羽が警戒した途端、空から無数の針が降ってくる。玖羽は短剣で全てを弾き落とす。
「いいねぇ。君なら面白い相手になりそうだ。」
 玖羽の目の前に、竜の特徴を持つ悪魔が現れる。美桜もその姿を捉える。
「クエレブレ……!」
 美桜は無意識にクエレブレに向かって薙刀を投げる。クエレブレは薙刀を尻尾で弾き返す。美桜は薙刀を回収し、玖羽の横に降り立つ。
「あら、君かぁ。あの2体の龍神はもらってもいいかな?」
 美桜は無言で薙刀をクエレブレに向ける。
「おっと、そんなに怒らなくてもいいから。冗談で言ったんだよ。」
「違う。……セレストはどうした?」
 美桜は瞳孔全開でクエレブレに問う。
「セレスト……もしかして、あの竜の女の子かな?だったら……、殺したよ。」
 美桜は目を見開く。
「わかった……。もういい。」
「おいちょっと待て!」
 玖羽は美桜を止める。美桜の体から魔力が溢れ出しているのだ。
「一回その魔力をなんとかしろ。」
「今はいい。あいつを殺すのが先!」
 美桜は玖羽の振り払ってクエレブレに接近する。
「君、自分が私より弱いってわかってるよね?」
 クエレブレは美桜の薙刀を受け止める。
「だったら、さっさと死んでくれないかな?」
 クエレブレは爪を振り下ろそうとするが、腕の感覚がないことに気づく。腕を見ると、肘から先が斬り落とされている。
(えっ……?誰が斬った?あの男?でも気配はなかった。)
 クエレブレが呆然としていると、翼に痛みを感じる。今度は両翼を斬り裂かれた。
(何をされた?まあいい、こいつをこ……)
 いつの間にか、美桜の姿が消えていた。それどころか、美桜の気配をまったく感じない。
「どこに行った?!」
 クエレブレは美桜を探すが、まったく見当たらない。
「私はここだ。」
 クエレブレの背後から美桜が薙刀を振る。クエレブレは反撃するが、もう遅い。美桜の薙刀はクエレブレの首を斬り落とす。
「かはっ……?!」
 クエレブレは頭部を両手で掴み、美桜を尻尾で突き飛ばす。しかし、尻尾が当たる前に美桜は姿を消す。クエレブレはすぐに頭部と胴体を繋げる。
(くそっ……、完全に油断した。それにしても……あの斬り方、そして首のこの気持ち悪い感覚。私の推測が正しければ、ハデスの言う通り、最優先で殺すべき人間だ……!)
 クエレブレの脳裏に、セレストの言葉が蘇る。


 少し前……
「私を……どうする……気だ…?」
「ちっ、まだ喋れるのか……。」
「私を服従させる……つもりか……?」
「まだ使えるからな。」
「別に……好きにしろ……。ただ……私の使命は……終わった。私が死ぬことにより……ピースが…………1つ……手に入った。あとは……太陽が燃え盛り……慈愛が消えるだけ……。そうすれば……私たちの勝利に必要な……ピースは……全て揃う。私の使命は……眠れる…百花の力を…呼び覚ますこと。」
 クエレブレは足を止め、セレストを地面に叩きつける。
「百花の力……だと?」
「あぁ……そうさ。私が彼女を庇ったのは……この力を……失わせないため……。私が死ぬことで……彼女は……自身の眠れる力を呼び覚ますことができる。」
 クエレブレはセレストの顔を殴る。セレストは咳き込んで口から血を吐く。
「蹴るなる殴るなり……好きにしろ……。どうせ、私には……死しか、残っていない。」
 クエレブレは歯を食いしばる。
「仕方ない、私がそいつを殺してやる。」


(間違いない、百花の力だ……。)
 クエレブレの目には、美桜とある男の姿が重なって見える。
「ふざけるな……調子に乗るな……。百花の力がなんだ?!肉体はただの人間。その力に何度も耐えられるはずがない!お前の肉体が壊れるまで、私が耐えればいいだけだ!」
 クエレブレは自身の3本の尻尾で美桜を押し潰す。しかし、無数の閃光が走ったと思ったら、クエレブレの尻尾を斬り刻んで美桜がクエレブレの胸に薙刀を突き刺す。
「お前はっ……、なんなんだ!私のプライドをことごとく踏みにじりやがって!」
 美桜は薙刀を引き抜いて、クエレブレの四肢を切断する。
「くっ……その冷酷な視線……到底人間とは思えない。」
「やっぱり悪魔の言葉は、説得力が段違いねぇ。でも……、誰もそれは信じない。だってあんたは、悪魔なんだから。」
 美桜はクエレブレの胸を抉り、首を斬り落とす。
(これでしばらくは無害ね。)
 美桜が隙を見せた瞬間、四方八方から無数の刃が飛んでくる。美桜は薙刀で全ての刃を弾き落とす。
「やはり…、力を覚醒させたか。」
「あんたの相手は……、私だ!」
 美桜の後方に、激しくぶつかり合うハデスと椿が突っ込んでくる。美桜はすぐに距離をとる。
「悪魔だからあれだけで死ぬとは思ってなかったけど……、ほんとに生きてるやつがいる?!」
「不完全とはいえ、私をあそこまで追い詰めたことは讃えましょう。ですが、私は更に力を取り戻しました。今のあなたでは、かなり苦しいでしょう。」
 ハデスの攻撃が椿を怯ませる。その隙を狙うように、ハデスは続け様に攻撃を行う。椿はすぐに立て直すが、攻撃を防ぐので手一杯になってしまう。
「先程までの威勢はどうしました?私に対抗したければ、力を全て解放することです。」
(いいや、まだここで、力を限界まで使うわけにはいかない。)
 椿はハデスの攻撃を退ける。
「全ての力ねぇ…。今の私に、昔ほどの力は残っていない。だけど、これだけは言える。」
 迫りくるハデスの魔力を、椿は薙刀で一刀両断する。
「あんたを潰すくらないなら、私1人で十分!」
 ハデスが瞬きをした直後、椿の薙刀がハデスの視界を奪う。
(目をやられた…。)
 ハデスが反撃したころには、椿によって体を斬り刻まれていた。
(まさか……この私が……押されている?前よりも力が戻ったはずだ…。)
 椿は薙刀をハデスの顔に向ける。
「なぜ…、あの時、本気を出さなかったのですか?これほどの力があるのであれば、あの時に私に深手を負わされることができたはず。」
「確かにそうね。だけど、あの場に、あんた以外の悪魔がいないとは限らない。そんな状況で、私の底を見せるとでも?というか、あの場にはもう一体、悪魔がいたんでしょ?今あんたがここにいるのが、何よりの証拠よ。」
「すでに気づかれていましたか。確かに、あの場には私以外の悪魔がいました。その悪魔は、すでにあなたを狙っているようですが?」
「あぁ、わかっている。だから、もう手は打ってある。」
 椿は薙刀を後方に向かって振り下ろす。突然、椿の背後に巨大な瓦礫が現れる。薙刀は瓦礫を切断する。
「時間を止めて瓦礫を投げた。時間が動いたことで、私の後ろに瞬間移動したかのように見える。違う?」
「なぜ……理解できる……?」
 ハデスは椿の言動に困惑している。
「私は禁術を使える。私は、"運命を見る瞳(ミラー・アイ)"を使うことができる。」
「それは確か……、あらゆる未来を知ることができる禁術。そうか……、であれば、私が勝てないわけだ。」
「ちゃんと欠点もある。格上の相手に勝つ未来は、知ることができない。あくまで、現実的なことしか知ることができない。」
「ですが、あなたは私に勝てると、その力で確信している。すなわち、私よりも、あなたが格上ということになる。」
「それで、諦める?」
「まさか……。あなたの魔力が尽きるまで、持ち堪えればいいだけです。」
「やれるものなら……。」
 ハデスの体が元に戻り、魔力の波が周囲を覆い尽くす。椿は魔力を地面のように駆け抜け、ハデスの首を狙って薙刀を振る。ハデスは腕を身代わりにする。
「小賢しい……」
 椿は薙刀を捨て、刀を鞘から引き抜く。刀身が光った直後、ハデスは首と四肢を斬り落とされる。
(このままでは……)
 ハデスは体を再生するが、椿の猛攻に徐々に追い込まれる。
(再生が追いつかいない。反撃すら許されない。それほどまでに圧倒的な力を持っているにも関わらず、まだ底に達していないというのか?)
 椿はハデスに刀を振り下ろそうとした時、ハデスと目が合い、瞳の中で蠢く何かに気づく。
「あなは、死から逃れることはできない。」
 ハデスの言葉で何かを察し、咄嗟に距離をとるが、足元から無数の棘が突き出してくる。椿は刀で棘を斬るが、息をつく暇もないほどの勢いで棘が襲ってくる。棘同士の間に隙間はほとんどなく、人が隙間を掻い潜るのは不可能だ。気づけば、棘はハデスの周囲広範囲を覆い尽くしていた。大きいものは、建物とさほど変わらない大きさだ。
「やはり、あなたには効きませんね。」
「死の禁術トートルティ……。死の悪魔だから使えるわけ?」
「何があったの……」
 美桜は瓦礫をかき分けて這い出て、辺りの惨状に言葉を失う。街が完全に壊滅している。
「美桜……。」
「あなたも生き延びたのですね。というより、範囲外にいたから助かった、と言うべきですね。」
 椿は美桜から赤を引きずり寄せる。
「すぐに美桜連れて離れろ。」
「お前は大丈夫なのか?」
「さぁね。力の大半を取り戻した死の悪魔が相手だ。多少の怪我は目を瞑る必要があるかもしれない。」
 ハデスからは人間を超える圧倒的な威圧感を肌で感じる。赤は、自分では敵わないと直感で感じ取った。
「……わかった、任せるぞ。」
 赤は美桜を掴み、上空に飛び立つ。
「1人で私の相手をするのは、少々無謀に近いと思います。」
「忘れたの?私は、まだ力を隠している。」
 椿の刀からおぞましい量の魔力が溢れ出す。
「あんたの足止め程度、私が本気を出す必要もない。」
「そうですか……。ですが、敵が……」
 椿の背後から、ディファラスが槍を突き出す。
「私だけではないとしたら?」
 椿は槍を防ぎ、ディファラスに斬りかかるが、ディファラスは瞬時に椿の背後に移動する。
(時間を止められた……。)
 椿はディファラスに刀を振るが、刀身が自身の首元に現れる。
「時間を止めるだけのやつだと思ったか?俺は空間を捻じ曲げることもできる。今俺を攻撃すれば、その攻撃は全てお前に返ってくる。その意味がわかるな?」
「理解する気はない。お前は、私には勝てないからな!」
 椿はディファラスに向かい刀を振る。刀は椿の体に傷をつける。それでも椿は刀を振るのをやめない。
「おいおい、気でも狂ったか?それでは自殺行為と同じだ。」
「まだわからいないの?悪魔も大した事ないわね。」
 椿はディファラスを攻撃し続ける。しかし、傷を負うのは椿だけ。ディファラスに攻撃は当たっていない。ディファラスは椿が死ぬのを余裕を持ちながら待っていた。だが、腹部に痛みを感じ、ぬるい何かが体から流れ出る。
「これは……?」
 腹部から自分の血液が溢れていた。どうやら誰かに刺されたらしい。ディファラスの視線はすぐに椿のほうに向く。
「何をした?」
「何って、自分の腹に刀を突き刺しただけよ。」
 ディファラスは椿の言葉に驚きを見せる。
(こいつ……狂っている……。自傷をまったく恐れていない。一歩間違えれば、自らで命を絶っていたというのに。)
「やはり、並の精神ではない。彼女の相手は任せます。」
 ハデスはディファラスを残してどこへと向かう。椿はすぐにハデスを追いたかったが、ディファラスに背を向けるわけにはいかない。
(速攻で追い払うしかないか……。)



 美桜はグレイ・ローズのもとに駆け寄る。
「あとどれぐらい?」
「あと……少しだ……。」
 グレイ・ローズは地面に両膝をつき、今にも倒れそうな状態だった。
「私のことより、あいつを足止めするんだ……。」
 グレイ・ローズが指を差した先で、何度も爆発が起こる。そこでは、玖羽とグリモワールが争っていた。
「魔人の力を使ってるのに、君って意外と大した事ないないね。」
「うるせえな!てめぇは呪いに頼ってんじゃねえ!」
 玖羽はグリモワールを地面に叩きつける。しかし、グリモワールは玖羽を掴んで逆に地面に押し付ける。
「僕のほうが力が強いみたいだね。」
 玖羽はグリモワールの顔を殴る。グリモワールは遠くに吹き飛ばされる。
「痛っ……君、やってくれたねぇ…。」
「殺れ、天垣!」
 グリモワールの頭上から、天垣が大剣を振り下ろす。しかし、グリモワールの姿はすでになかった。
「どこに行った……。」
 辺りを見渡すが、グリモワールの気配はない。しかし、美桜は別の存在の気配を感じる。その存在はロビンのもとに向かっている。
(まずい……!)
 美桜はロビンを庇うように武器をとって飛び出す。美桜の前方にハデスが姿を現す。
「さぁ、その者を渡してもらいましょう。」
「絶対に渡さない。」
 美桜は薙刀を構えるが、手は小刻みに震えている。
「……そうですか。では…、あなた方には死んでもらいます。」
 ハデスは上空に飛び立ち、地上に向かって無数の魔力弾を放つ。青と赤を呼び出して魔力弾を撃ち払うが、圧倒的に手数が足りない。
「消えなさい。」
 ハデスが手を振り下ろすと、巨大な魔力の塊が地上に激突する。
「うっ……」
 魔力の塊が衝突した瞬間、地上は爆風に包まれる。ハデスは地上に降り、ロビンに歩み寄る。その間に、美桜は勢いよく割り込む。
「まだ動けるのですか…。」
「ロビンには……絶対に……触れさせない!」
 美桜は薙刀に魔力を集め、ハデスに向かって振る。ハデスは薙刀を受け止め、美桜に魔力をぶつける。
「っ……!」
 グレイ・ローズはその様子を視界に捉えた。しかし、ハデスは手応えを感じなかった。爆風が晴れると、美桜は誰かに守られている。美桜は何か温かいものに包まれていることに気づく。目を開けると、青い炎が目の前をチラつく。
「……遅かったか。」
 ロビンは距離をとろうとするハデスの腕を斬り落とす。
「ロビン…。」
 ロビンは美桜のほうに視線だけを向け、ハデスの前に無言で立ちはだかる。
「青い炎……間違いない……。」
 ハデスはロビンに手を向け、魔力砲を放つ。ロビンは魔力砲を正面から受ける。ハデスが状況を確認していると、青い炎の斬撃がハデスの体を斬り裂く。
「これは……あなたすでに、魔人となっていたか。」
ロビンの体には青い炎と橙の炎が溢れている。その姿は、前にニグレードと戦った時に似ている。
(……魔人にしては、妙な神聖さを感じる。)
ロビンは刀身を指でなぞる。
「それで、俺と殺り合うのか?」
ハデスはロビンから圧倒的な実力を感じる。それは人間とは程遠く、神のような別次元の力だった。
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