幼なじみ彼女と俺の距離

茜色蒲公英

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一秒でも長く

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俺の手にはとある高級温泉旅館のチケット。

「あら!それ私にくれるの!?けどパパも私もそのチケットに書いてある日ってお仕事だから二人で行ってらっしゃい。交通費ならこっちで出すしそこは安心してちょうだい!」

平日に学校を休み隣の県に温泉旅行に行くことになった俺と静音。
このチケットを手に入れたのは母さんと話す数時間前のこと。
母さんに買い物を頼まれて静音とメモを頼りにスーパーに行き、会計をしていた時に福引券を十枚もらった。

「一等が温泉旅行だって」

「十枚で当たるわけないだろ。ハズレがティッシュ箱四箱セットなのは普通にいいな」

抽選器のある場所に行き、福引券を渡すと十回回すように言われ、まず一回目。

「白だな」

「残念、ティッシュ箱です」

その後もティッシュ箱、十枚くらい入りそうなCDケースなど使えるものが当たり、最後の一回。

「当たりますように…」

「当たっても遠いし俺らは行けないだろ…」

抽選器の方を見ないで回しているとベルが鳴った。
まさかと思い出た玉の色を見てみると金色。

「あの…これ何等ですか?」

「おめでとうございます!一等です!」

引いてしまった。周りで拍手が起こっているのでめちゃくちゃ恥ずかしい。

「当たったね…」

「当たっちまったな…」

そして現在俺と静音はほとんど人のいない電車に揺られ、温泉のある駅へと向かっている。
そこの駅までは特急で行けば一時間もかからないのだが静音が「おみやげを多めに買いたいから」と普通列車で二時間もかけて行くことになった。
向かい合った席に座り、カーテンを下ろして本を読み始める静音。

「読まないの?」

「ああ、大丈夫だ」

俺は乗り物酔いが酷いというわけではないが車のなかや電車の中で本を読んだりスマホをいじると確実に酔うので静音のように電車の中で時間つぶしができる人が羨ましい。
少しの間寝ようと思ったが乗り換えまではそんなに時間があるわけでもなく外の景色をずっと眺めることにした。

乗り換えをする駅に着き、電車が来るまで三十分程あるので昼食を駅弁で済ますことに。
俺は千円の三色そぼろ弁当、静音は二千五百円の牛カルビ弁当を購入した。

「随分と豪華なもの買ったな」

「妥協したくないから…」

じゃあ電車も妥協せずに特急にすればいいじゃないか。
ベンチに座りテーブルがないので膝に置いて黙々と食べる俺達。
売店のおばちゃんがこっちを見て微笑んでいるのが少々気になるが弁当は美味しい。

「なぁ、そのカルビ一つ貰っていいか?」

「あげない」

よく見ると六枚乗っていたカルビは半分以上のご飯を残して一枚となっていた。

「もっとバランスよく食えよ…」

「美味しかったから…たくあんちょうだい」

俺が返事をする前にをまとめてかっさらっていき、俺が水を飲んでいる隙に小松菜も取られた。

「カルビだけじゃバランス悪いから…」

「俺のバランスが悪くなるんだけど!?鶏と卵の二色になっただろ!」

「親子丼だね」

「やかましいわ」

弁当を食べ終えスマホで通知の確認をしているとアナウンスが流れ、今度は人がまぁまぁいる電車に乗り込んだ。
とはいっても俺たちみたいな学生はおらず、おじいさんおばあさんばかり。

「座るところは…あった」

乗った電車には向かいの席が無く、各駅に止まるごとに乗車する人は増えていき、目的の駅に着くとこれから乗車する人が何十人も見える。

「観光客じゃないよな。これから仕事ってわけでもなさそうだし」

「もしかしてここから別の場所に旅行かな…」

ドアが開くと俺達しか降りる人はおらず、ドアが閉まる時には座る場所が無くなり、立つ人が何人もいた。
この先で何かのお祭りをやっているのだろうかと気になるが目的はここの駅の近くに有る温泉旅館。
改札を通って駅を出るとタクシー乗り場には五台止まっており、ツアー客用のバスが三台も止まっていた。

「結構有名な観光地なんだね…」

「降りる人があまりにも少ないから大丈夫かと心配したが杞憂だったな」

温泉旅館までは徒歩で数十分。俺は構わないが静音は体力が皆無なのでタクシーを使うことに。
しかしタクシーに向かおうとすると静音が俺の肩を掴んだ。

「お金がもったいないから…徒歩で行く」

「さっき牛カルビ食ってたのにここで節約するのか!?母さんから交通費とか貰ってるんだしここで使わないでいつ使うんだよ」

「美味しいもの食べるのに使う…」

普段は本にお金使うからと言ってタピオカとか流行に乗らず駄菓子を買っている静音がこんな事を言うとは。
旅行先だと静音はこんなにも変わるのか。電車内ではいつもどおり本を読んでいたが。

車通りも人も少ない道を「この建物いいね」とかそんな話をしながら歩くこと十数分、静音の歩くペースは明らかに落ちていた。

「体力がないって分かってただろ。少し休憩したら駅まで戻るかタクシー呼んで…」

「ダメ…旅館まで歩く…」

俯きながらも、静音の声は力強かった。

「無理するなよ。せっかくの旅行なんだし我慢することないんだぞ」

「我慢じゃない…けどちょっと休ませて…」

荷物を座布団替わりにして休むと落ち着いたのか静音は話し始めた。

「私達、いつも一緒にいるけどこうして二人だけでどこかに行ったりしたことがなかったでしょ?」

「まぁ、付き合って間もないしな」

「その前から…付き合う前からも私が進の家に行くだけで本を読んでいるだけで遊びに行ったりすることってなかったよね」

「そうだったな。俺も親もインドアだし外に出るっていったら仕事か買い物だったな」

「だからこうやって進と二人でどこかに行けるってなったとき、とても嬉しかったの。いつも以上に二人でいられるから」

これ以上俺が何かを聞くのは男としてダメだろう。
俺は立ち上がり、手を後ろにしてしゃがむ。

「ほら」

「え?」

「おんぶしてやるよ」

「いいの…?私重いかも…」

「じゃあ自分で歩くか?」

「ううん!」

嬉しそうに背中に抱きつく静音。
彼女の体は心配になるほど軽かったが旅館に着くまで俺の意地との戦いだろう。
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