幼なじみ彼女と俺の距離

茜色蒲公英

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主役のいない夜

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部屋に戻り女将の話を聞いてしまった俺達はどうしたものかと二人で話し合っていた。
話し合ってどうにかなる問題ではないというのは分かっているのだがタダでいい部屋に宿泊させてもらうのだしさっきの話を聞いてしまったので無視できない。

「そうだ…外食して作らなくてもいいって思わせるのはどうかな?」

「作らせないってことか。それもいいがそれじゃここの飯がマズそうみたいにならないか?」

「だって何が届かないのか話には出てこなかったでしょ。魚一匹だったらまだしも一回作る食材まるごと届かないんだったらそもそも何も作れないよ」

そうだったら悲惨という言葉が甘いくらいに酷い状況だろう。
俺が女将の立場でそんなことになっていたら厨房はお通夜同然もいいところだ。
しかし何も届かなかったとしても旅館に来るのはなにも予約だけというわけではないだろう。
俺達がそうなのだし二人しかいないから目玉焼きと味噌汁しかできないなんてことはありえない。

「大丈夫だろう。なんの根拠もないが数品と米さえあれば旅館っぽい食事にはなるだろうしな」

「カレーが出てきたら面白いよね…」

ネガティブな思考はやめて「こんな料理が出てきたら」という話で盛り上がり、部屋に置いてあったトランプや持ってきた本で食事が運ばれてくるまでの時間を潰し、戸の外から「失礼致します」という声が聞こえるとついに来たかと俺達は何故か緊張して正座になった。

「お食事をお持ちしました。お取り込み中でしたか?」

「いえそんなことはないです!俺達二人で旅館来るのが初めてなんで緊張してるんです」

「そうでしたか…ですがご期待に添えず申し訳ございません。本日お出ししようとしていた魚がご用意できず他の者と話し合った結果こちらをご用意させていただきました」

女将が一度部屋を出ると中居さんと女将が天ぷらの盛り合わせや一人前の小さな鍋などさっきの心配がいらないほど美味しそうなものが運ばれてきた。
鍋は台の上に置かれ、女性の中居さんが固形燃料に火を点け「沸騰してすこししたくらいが食べごろです」とこちらに笑いかけ、それを見た静音がこちらを睨む。

「食後の甘味は一時間後にお持ちしますのでごゆっくりと召し上がてください」

そう言うと女将は一礼して部屋を出ていった。

「杞憂だったね…」

「そうだな。届かなかったのは魚だけだったみたいだしこうして美味しそうな料理も食べられるからな」

天ぷらは玉ねぎのかき揚げを始めさつまいもやかぼちゃ、れんこんにゴーヤまであり、食べてみると甘い。

「野菜だけの天ぷらっていうのもいいもんだな。田舎の旅館って感じがする」

「からあげも美味しい。お鍋早くできないかな」

「まぁそう焦らなくても他に食べるものあるだろ。えっとご飯は…」

無い。
白米がない。

「嘘…だろ?」

立って出てきたすべての料理を確認したが茶碗に入った白米が見当たらない。

「何かの間違いだ。これだけおかずが揃っていて白米がないのは拷問じみているぞ」

「お米も届かなかったのかな…それかもしかしたらこのお鍋は雑炊なのかも」

静音が蓋を開けてみるがそっと蓋を閉じているのを見ると入っていなかったのだろう。

「仕方ない。致命傷も致命傷だが鍋の中がご飯のいらないものだと祈るとするか」

それにしても天ぷらはまだしもご飯なしで唐揚げはダメだろう。
薄く味付けされた煮物を口に運んでご飯は後にも出てこなのだと味わっていると鍋が沸騰し、蓋を開けると贅沢に使われた牛肉と味が染みてそうな豆腐に白滝が…

「すき焼きじゃねーか!」

「ご飯欲しい…」

生卵も用意されておらず生き地獄もいいところだ。
食べている間頭と腹の中は「白米をよこせ」と訴え続け食べきったあとも食べたけれど食べていない感が否めない。
しばらくして女将が食後の甘味を運んできてくれた。

「お食事はいかがでしたでしょうか?」

「美味しかったです…ご飯がなかったのがちょっと残念でしたけど…」

ちょっとどころではないだろう。
唐揚げを食べるたびご飯を食べようとして「ないんだった…」と呟いてる静音は見ていられなかったぞ。

「申し訳ございません!明日の朝食には必ずご用意しますので…」

泣きそうになりながら頭を下げる女将。
静音は慌てて女将を見たりこちらを見てくるが俺だってどうすればいいかわからない。

「あー…とりあえず甘味もらっていいですか?」

「は、はい!」

若干震えた手で机の上に置かれた蓋付きの皿を開けると苺が乗ったショートケーキが出てきた。

「ここを少し上がっていくと洋菓子店がありましてそこで作ってもらったんです。昭和からある老舗で味が変わらず美味しいんですよ」

笑顔で部屋を出ていった女将。
既に食べている静音は笑顔で満ちており、俺も美味しく頂いた。

「このあと…もう一回お風呂入らない?」

「入るとしたら今度は別だぞ」

「意地悪」

「裸を見られて恥ずかしがっていたのは静音だろ?風呂上がった時もずっと隠してたし」

「…見てたんだ」

「えっ」

「えっち…」

静音は後ろを向いてしまい、立ち上がると布団の敷いてある隣の部屋に行ってしまった。
拗ねてしまったのかと見に行くと離れているものの並んで敷いてある布団の間で端を持って屈んでいた。

「何してるんだ?」

「お…襲われそうだからもっと離さないとって…思って…」

その割には並べた時より近づいている気がするのだが。
俺が布団を持って遠ざけようとすると引っ張ってきた。

「なんで遠ざけようとするの…」

「離したいんだろ?」

「嫌だ…」

こんなやりとりが数分続き、お茶を飲みに離れた隙に布団は近づくどころはくっついていた。
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