幼なじみ彼女と俺の距離

茜色蒲公英

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好きで溢れた家

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静音の家は隣にある。
なので引っ越しをするかのように着替えの準備やシャンプー等も要らない。
しかし、だからといって夏休みもまだ遠い五月に、しかも一か月静音の家に泊まることになるとは思っていなかった。
特別静音の両親に嫌われているだとかこっちが嫌っているとかそういうことは一切ない。
むしろ静音のお母さんは俺を一か月家にいさせるということすら言っているのだ。
だが待ってほしい。
静音が俺の家に来たことは何度も、何十度もあれど俺が静音の家に行ったことは一度もない。
というのも昔から女子の家に上がるのが恥ずかしくて行けなかっただけなのだが。

始めて入る静音の家に早くなる鼓動。
お隣で彼女の家だとしても手土産の一つでも持っていけばと思ってしまう。
こんなところをだっこにでも見られたら「早く入れ」と言われるのだろう。
もしくは不審者だと思われる。
意を決してインターホンを鳴らすと静音のお母さんである紫水さんが出てきた。
「お世話になります」と挨拶をすると何も言わずこくりと頭を下げる。

紫水さんは静音と同じで物静かな人だ。
この人と話している時は周りの時間が緩やかになる。

「静音はあっちの書斎に。あら、二階だったかしら?」

いくつかの部屋を開けては首をかしげて「あら?」と呟く。

「お母さん…そこ書斎じゃなくてお父さんの作業部屋…」

開けていた部屋とは全く違う場所から出てきた静音。
何年も住んでいる家で迷うこの人も凄いが普通の一軒家でリビングとトイレを除いて四部屋もあるのもどうなんだ。

紫水さんは「夕飯ができたら呼ぶね」とリビングへ行き、俺は静音に「こっち」と二階へ連れられた。
二階に上がると会談を囲むように部屋が三部屋あった。

「お客さん呼ぶことないから…その…私の部屋で一緒に寝るんだけど…大丈夫?」

自分の部屋であろう扉のドアノブに手をかける静音。
質問の意味がよく分からず二つ返事で答えて部屋の中に入れてもらった。

「これは…凄いな」

壁の前に天井ギリギリまでの高さの本棚。
クローゼットの前にも本棚。
勉強机の棚にも本が埋まっている。
極めつけにはベッドの下にも本棚が埋め込まれているかのようにある。
静音らしいと言えば静音らしいがこれほどまでとは思わなかった。

「あんまり女の子らしくないよね…ぬいぐるみもないし服だって…」

「静音は静音だろ。自分の好きで覆われた部屋なんてむしろ憧れるくらいだ」

俺も思い切ってこんな部屋を作れたら毎日家に帰るのが楽しみになるだろう。
それだけのお金があればの話だが。

「私らしい…あっ、それでね…寝る場所なんだけど…」

ベッドを指さす静音。
俺は「布団でいい」と言うと首を振る。

「い…一緒に二人で寝るの…ダメ?」

そうきたか。
しかしベッドの大きさからして二人で寝るのは難しい。
お互い身を寄せ合ってでもないと…
まさかそこまで考えているのか。
誰がそんな入れ知恵をしたのか。
旅館の時と言いやたら積極的なのはだっこの小説だけではない。

「ダメじゃない…が俺とくっつくことになるぞ?」

分かっているだろうが一応言葉を投げる。
これで「分かってる」とでも返ってきたら俺も覚悟を決めなければいけないだろう。
逆に「じゃあいい」と帰ってくればそれはそれで傷つくが。

「そこまで…ベッド小さくない…」

どうみても二人用には見えないのだが。
一週間は慣れそうにない…が恐らく静音の方からやっぱりきついから床で寝てくれと言い出すだろう。
俺はベッドで寝ることを了承してどこが誰の部屋なのかを案内してもらい、一階にある静音がいた書斎へと入った。

天井にはほのかに明るい電球が一つだけあり、小さな窓一つと本棚で埋められた部屋。
しかしこまめに清掃しているのかどの棚も埃一つない。

「椅子、一つだけなのか」

日の当たる場所に置かれた木製の椅子。
誰かが座ればそれだけで絵になりそうだ。

「ここ…元々物置でお父さんと私が本を集めたから書斎になったの。でもお父さんはここで本を読むことがないから」

静音のお父さんは作業部屋、もしくは自室で本を読むらしい。
紫水さんはリビング絵を描くことが趣味らしく普段は三人別々の部屋で過ごしているそうだ。

「作業部屋はお母さん使えないのか?リビングだと描けるものも限られるだろう」

「あの部屋はお父さんが集中して小説を書くための部屋だから…外からほとんど音は聞こえないし携帯で連絡しないといけないの」

その部屋をさっき何の躊躇もなく紫水さんが開けていたが大丈夫なのだろうか。
怒鳴り声も聞こえなかったので誰もいなかったのだろうが。

静音の部屋に戻り適当に本を読ませてもらっているとドアをノックされ静音が開けるとご飯の準備ができたとのことだった。
下に降りてリビングに行くとどこかに行っていたのだろうか、ワイシャツを着た静音のお父さんが椅子の前に立っている。

「妻と娘が無茶を言ってすまない」

「いえ。お世話になります…」

静音のお父さんとは話したことがない。
こうして顔を合わせること自体数か月ぶりで緊張してしまう。

「宗栄さん作業部屋開けてごめんなさい。執筆中だったでしょう」

「もう慣れてしまったよ。それより紫水さん、今日担当から電話がなかったか?」

静音のお父さん「宗栄(そうえい)」という名前だったのか。
互いにさん付けというのに他人行儀だと思ってしまうがそういうことには触れないほうがいいだろう。

ご飯を食べ始めると会話はなくテレビもつけていないので俺からするとかなり気まずい。
宗栄さんが食べ終えるとお茶を飲んで一息つく。

「どこまで進んだのか聞かせてもらって構わないか?」

吹き出しそうになる。

「進んだというと…」

「無論二人の関係のことだ。何かのネタにされそうというのなら心配ない。そういったものは書かない」

そういう問題なのか。
しかし話して殴られるようなことはしていない。
俺は静音が家に来て本を読んでいることと旅館へ泊りへ行った頃について話すと宗栄さんは興味津々に聞いてくれる。
静音のリュックにあの小説が入っていたことは話せるわけがなかったのだが。
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