愛したいと獣がなくとき。

あじ/Jio

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一章

03

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 その時、狼の尻尾が不機嫌そうに揺れた。
 たし、たし、と銀色の瞳にアダムを映して、大きな前足でふくらはぎをパンチする。

「なんだよー。もしかして、俺のために怒ってくれるのか?」
「ガゥガゥ!」
「ははっ。何言ってるか分からない」

 アダムはケラケラと笑い、狼のマズルにキスをした。そして、太い首に腕を回すと、そのもふもふな胸毛に顔を埋める。

「はぁー。最高。……お前のおかげで嫌なこと忘れられそうだ」

 うっとりと瞼を閉じて囁くと、少しだけ狼の尻尾がご機嫌そうに揺れた。



 翌日。
 アダムは再び頭を悩ませる。

「おい」

 調理場に呪われた宰相がやってきたのだ。
 そしてあろう事か、下っ端であるアダムを呼びつける。血の気の多い料理長は、ギンッと視線だけで射殺せそうな瞳で行けと指示した。
 おずおずとアダムが調理場から離れる。その後ろを宰相がついてきた。
 そして、昨日と同じく壁に追い込まれたアダムは、眉をハの字に垂らして眼前に迫る顔を見上げる。
 肩まで伸びた黒髪に、月と同じ色をした切れ長の瞳。右目の下には黒子があり、宰相の美しい顔をやけに色っぽく見せた。

「おい」
「はい……」
「昨日の続きだが、お前は俺にあんな事をしておいてどういうつもりだ?」
「あんな事……?」

 なんのことだ。いったい何をしたというんだ。
 アダムは冷や汗を垂らしながら、指先を擦り合わせる。
 宰相の瞳がアダムの指先を見下ろし、そして手に取った。
 ぎょっとして自分の手を奪い返そうとするが、なんとか踏みとどまる。
 反抗をして生意気だと折檻でも受けたら困るからだ。何が起きるのかと、緊張に息を詰めて見守るアダムだが、次の瞬間唖然とした。

「俺の体をこうして好き勝手にしただろ」
「はい?!」

 宰相はアダムの手に自身の手を重ねて動かす。宰相の美しい白皙の顔をなぞり、徐々に下へと降りていくと今度は首元をするすると撫でる。そして、あろうことか、シャツの襟から手を忍ばせて鎖骨に到達した。

「あれほど図々しく俺を撫で回しておいて、知らんぷりすとはどういうつもりだ?」
「な、なんのことを言っているのか、私には理解できませんっ!」

 手のひらから伝わる艶かしい温度と肌触りに、アダムは顔を赤くして叫んだ。
 そして、素早く宰相の脇の下をくぐり抜けると、頭を下げる。

「私には仕事があるので失礼致します! よく分かりませんが、宰相様は人違いをしているのでは? もしくは、病院に行くことをおすすめします!」

 一息に言うとアダムは脱兎のごとくその場を離れた。
 握りしめた手のひらに汗が滲む。
 ドッ、ドッ、と心臓が煩くて目眩がしそうだ。
 平民が、それも異国からやってきたオメガの自分が、尊き身である宰相の肌に触れた。
 感じとった熱と少しだけ早かった鼓動を思い返すたび、アダムの全身が湧き上がった。
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