44 / 56
三章
23
しおりを挟む「はあ、すみませんね」
「……いえ、宰相様の言う通りです。自分の行いが恥ずべきことだと気づけなかったのが情けないです」
ノエが気遣わしげに声をかけてくる。だが今は、その優しさを受け取ることさえ恥ずかしい。
「そんなに落ち込まないでください。あの人は言葉が足りないんです。確かに言っていることに間違いはありませんが、大事なことをあの人は伝え忘れているんですよ」
「大事なこと、ですか?」
「ええ。あの人はね、貴方が心配なんですよ。……すみません、僕がアダム君と会うのは今日が初めてではないんです」
ノエは緩く首を振って笑んだ。初めてアダムと会ったのは、ヒート中で意識がない時だったそうだ。イサクに呼ばれて仕事を運んだり、薬草を買うために帝都に下りたのは自分なのだと語る。
「あの時は、色々と迷惑をかけてすみませんっ!」
「それはいいんですよ。困った時はお互い様です。ただね、その時アダム君のお腹の傷跡が見えちゃいまして。その傷だとかなり痛みを伴うでしょう? 薬草だって値が張る。きっとケチって使っているに違いないと宰相様が言っていましたよ」
「あ……」
「あの人は頑張り方が不器用な君を心配してるんです」
「でも、凄く怒ってました。あんな姿見るの初めてで……それに呆れられてしまいました」
心配しているから怒っていたようには思えなくて、言葉を素直に受け取れない。さきほどの、こちらを顧みることなく去ってしまった姿が、拒絶されたかのようで。
「ひと月でも傍にいたら分かりますよ、呆れてなんか居ないって。……さて、気を取り直してどうです? 仕事していきますか? それとも、恥ずかしくて居た堪れないからこのまま逃げますか?」
「ノエさん……」
「ふふっ。売られた喧嘩は倍にして叩き返してやるべきでしょう。僕に考えがありますから、ひとまず昼食を作ってください」
ノエが悪い笑みを浮かべる。そんな風に言われたら、動くしかないじゃないか。
いつまでもうじうじしているのも女々しくて、アダムは料理をすることにした。
調理場はさきほどの話をしていた部屋の隣にある。小さくとも機能性はいい。説明するノエの後に続きながら、食材を見て作るものを考えた。
ノエ達は忙しくてまともに食べる時間が取れない。そして、部屋に所狭しと置かれている書類や本。机の上は書類の山だ。
もちろん、食べる場所はそれぞれの机の上になる。今いる部屋はイサクの自室みたいなものなので、部下である彼等が入ることは殆どないそうだ。
ふと、ノエはいいのかと疑問に思うが、考えを読んだかのように完璧な笑みを向けられて目を逸らした。
多分、ノエには逆らってはならない。本能がそう警告している。
「どうですかね作れそうですか?」
「はい、大丈夫です。ただ私が作るものなんて本当に大したことないんですが……」
「気にしなくていいですよ。高・尚・な料理を作られても迷惑ですし、胃に収まればなんでもいいです」
「……」
食に無頓着なのだろう。これは確かに、料理に命をかけてる人との相性は悪かったに違いない。長く勤まらないのも納得である。
「じゃあ取り掛かります。作り終えたら皆さんがお仕事をしてる部屋に呼びに行けばいいですか?」
「お願いします」
ノエが仕事に戻ると、早速料理に取り掛かった。
帝国の国土は広く、食文化はその地域で異なる。アダムは帝国にきて初めて食べた米を思い返した。モチモチしていて、噛めば噛むほど味わい深い不思議な食べ物。サミーは味のある米が好きだが、アダムは何もつけない炊きたてのご飯が好きだ。
だが、残念ながら今ここにあるのは米ではなく小麦粉。
パンを焼くには時間が惜しいし、魔力の少ないアダムには困難である。ベータ以上の者なら、魔道具に魔力を流して、ちゃちゃっと作れるのだが仕方ない。
アダムは卵に牛乳を少しずつ加えてよく混ぜると、そこに小麦粉を加えた。粉っぽさがなくなるまで混ぜたら、溶かしバターも加える。
とろとろーっと流れるくらいになるとタネは完成だ。フライパンをとろ火でよく熱してタネを流し込む。
普段は薄くするが、今日は少しだけ多めに生地を流して厚めに。そうするとパリパリが、もちっとした生地になるのだ。
タネが無くなるまで全て焼くと、次は中に包む具材に取り掛かった。
具は、甘辛いソースが食欲を引き立てる鶏肉と、ほぐしただけの鶏肉。バターで炒めた卵、生ハムやチーズなど。ちゃんと野菜も忘れずに、みずみずしいトマトやレタス、人参も用意した。
そしてこの具材をくるくると生地に巻いていく。
ガツンと胃にたまる食材のものと、サラリとした食べ心地のものを作った。食べるかどうかは分からないが、羊獣人の女性が一人いたのをアダムは見逃さなかったのだ。
男性が多いためつい食べ応えのあるものを作りそうになるが、中にはさっぱりしたものが好きな人も居るだろう。
アダムが今回この料理を作ったのは、片手で食べることが出来るからだ。
書類を見ながらでもパクパクっと食べることの出来る昼食。本来の貴族なら慎ましく優雅に食事をとるだろうが、彼らはきっとそれを求めてはいない。
仕事で溢れかえった机に、お上品な料理が出されたどう思うだろうか?
そして、暖かいうちに召し上がれなんて言われて、フォークとナイフを差し出されたら……。
「冷たくても美味しいもの、片手で食べられるもの、胃にたまるもの」
気に入ってもらえるかは分からない。でも、僅かにでも負担を軽く出来たら上々だ。
味や技能については、ここに送り込んだ張本人である料理長にお世話になることにしよう。
料理を作り終えた頃には、不思議とそんなことを考えていた。まだ「やる」と返事なんてしていないのに。
けれど、それこそが素直な答えなのだろう。
17
あなたにおすすめの小説
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ/Ⅱ
MITARASI_
BL
I
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。
揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。
不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。
すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。
切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。
Ⅱ
高校を卒業し、同じ大学へ進学した陸と颯馬。
別々の学部に進みながらも支え合い、やがて同棲を始めた二人は、通学の疲れや家事の分担といった小さな現実に向き合いながら、少しずつ【これから】を形にしていく。
未来の旅行を計画し、バイトを始め、日常を重ねていく日々。
恋人として選び合った関係は、穏やかに、けれど確かに深まっていく。
そんな中、陸の前に思いがけない再会をする。
過去と現在が交差するその瞬間が、二人の日常に小さな影を落としていく。
不安も、すれ違いも、言葉にできない想いも抱えながら。
それでも陸と颯馬は、互いの手を離さずに進もうとする。
高校編のその先を描く大学生活編。
選び続けることの意味を問いかける、二人の新たな物語。
続編執筆中
恋が始まる日
一ノ瀬麻紀
BL
幼い頃から決められていた結婚だから仕方がないけど、夫は僕のことを好きなのだろうか……。
だから僕は夫に「僕のどんな所が好き?」って聞いてみたくなったんだ。
オメガバースです。
アルファ×オメガの歳の差夫夫のお話。
ツイノベで書いたお話を少し直して載せました。
好きだと伝えたい!!
えの
BL
俺には大好きな人がいる!毎日「好き」と告白してるのに、全然相手にしてもらえない!!でも、気にしない。最初からこの恋が実るとは思ってない。せめて別れが来るその日まで…。好きだと伝えたい。
運命よりも先に、愛してしまった
AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。
しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、
2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。
その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
やっぱり、すき。
朏猫(ミカヅキネコ)
BL
ぼくとゆうちゃんは幼馴染みで、小さいときから両思いだった。そんなゆうちゃんは、やっぱりαだった。βのぼくがそばいいていい相手じゃない。だからぼくは逃げることにしたんだ――ゆうちゃんの未来のために、これ以上ぼく自身が傷つかないために。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる