悪役王子に転生したので推しを幸せにします

第５章：龍の花嫁

救いの紋章は02

それでもいつかは、僕のもとに戻ってきてくれるだろう。
きっと目移りしているのは今だけで、必ず最後には僕を選んでくれるからと、元婚約者を信じこもうとした。

キスをするたびに深く傷ついて、顔を合わせるたびに僕ではなく、彼女を見つめる交わらない視線に息苦しさを感じながら。

いくら自分を騙したって、それでもいつかは現実と向き合う時がくる。
僕がどれだけ世間知らずで馬鹿な王子であっても。
もはや、僕の命は僕だけの問題ではなくなっていたから。

「……好きも愛しているも、口ではなんとだって言えるものな」

無自覚に呟いていた言葉は、温度を感じさせない無機質なものだった。

愛していない者に「愛している」と囁き口付けようとも、その心の在処は別の誰かの元に在る。

そんなこと、なにも珍しいことではない。

だからこそうんざりしていた。
こうして過去を思い返して傷ついている僕にも。
それでも結局のところ、愛を欲している貪欲さにも。

「……ジョシュアは我の想いも偽りであると言いたいのか？」
「それは、」
「ジョシュアは我ではない。なのになぜ好きという思いを勝手に否定するのだ」

大きな声ではないのに不思議と強く響いた。
まっすぐに向けられる視線が、いつの日かの僕と重なる。

ベルデ領に来たばかりの頃。
スーちゃんにどれだけ好きだと伝えようとしても、信じてもらえなかった僕の姿と。

「……っ、ごめん。今のは僕が悪かった」

過去を思い返して、シェンの想いまでもを同じだと決めつけた。
どうせくだらないものなのだろうと、僕が勝手に判断していいものではない。

誰かの気持ちを勝手に決めつけるのはあまりにも傲慢なおこないだ。

だというのに僕は……。

「ほんとうにごめん。今の言葉を言うべき相手はシェンじゃないのに、昔を思い出して八つ当たりしたんだ」
「そ、そんなに落ち込まないでおくれ！　我は怒っておらんぞ？　ほら元気をだすのだ」

なにより信じてもらえない痛みを知っている僕が言うべきことではなかった。
反省する心に引きずられて、耳がしおしおとぺちゃんこになる。

シェンはそんな僕を見て、困ったように手を上げたり下げたりと忙しなく動かした。

「……我はジョシュアの涙を拭いてやりたかった。だから涙を流させたくない。ジョシュアには笑顔が似合うからな」

シェンは眉を下げてかすかに微笑むと、幼子を相手にするように一度だけ、僕の頭を優しく撫でた。

「なあジョシュアよ。もしも今もなお独りきりで泣いているのならば我と共に生きてほしい」
「──っ！」
「なにに傷つき涙を流してきたのかを我はずっと見てきた。そして、大切なもののために強くあろうとしてきた姿も。だからこそもう一度伝える。我はジョシュアが好きだ」