あの日、北京の街角で4 大連デイズ

ゆまは なお

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 祐樹が心残りだったように、きっと孝弘もずっと引っかかっていたのだ。毎年思い出したのは孝弘も同じだったと知って、歓喜に似た感情が湧いてくる。
 
 傷つけた自覚は嫌ほどある。それなのに、まるい月を祐樹が切なく見上げていた時に、孝弘も同じように感じていたと知って、どこか喜ぶ気持ちがある自分は身勝手だろうか。

 どういう感情であれ、忘れずにいてくれた。祐樹のことを思い出してくれる日が、一年のうちに確実に一日はあった。

 そう思うと、それが負の感情にまつわる記憶だとしても心のどこかで喜んでいる自分がいる。自分勝手なのは百も承知だ。

「…一つ訂正する。忘れたかったんじゃない、大事にしまっておきたかっただけ」
「うん?」

 さっきの言葉だ。
 忘れたいのに嫌でも思い出したなんて嘘だ。

「ただこっそり思い出に取っておこうと思ったんだ。孝弘からもらった内緒の思い出にしようって。毎年、中秋節はこんなに大騒ぎするなんて、あの時は知らなかったから」

「そっか。そんなふうに思ってたんだな。同情したのかと思ってた」

「そんなんじゃない。同情なんかでセックスしない。ただおれが孝弘に抱いてほしかっただけだよ」

「言ってくれたらよかったのに。そのままの気持ち」
「言えないよ、未成年の学生さんに。そんなわがままなこと…」

 顔を上げることはできなくて、ゆらゆら揺れる水面を見つめている。孝弘の視線がじっと自分を見ているのを感じた。

 湯の中で両手を握られる。それに励まされるように言葉を重ねた。

「それと、ごめんね。どんな形でも孝弘がおれを忘れてなかったの、ちょっとうれしかった」

 怒るかもしれないと思いながら、打ち明けた。こんなふうにめんどくさい事を考えているなんてわざわざ知らせるのもバカだと思うけれど、なんとなく黙っているのは卑怯な気がしたから。

「恨まれてもいいから忘れないでって、たぶん、どっかで思ってた」

 一睡もできずに寝顔を見つめて、この夜を覚えていて欲しいと痛いくらいに願っていた。臆病な祐樹の精一杯だった。せめて孝弘の記憶に残りますようにと。

「ごめんね、孝弘」

 濡れた両手で頬を挟まれて、正面を向かされた。恐る恐る目線を合わせたら、孝弘は怒った気配はなく慈しむような表情で祐樹を見つめていた。

 照れくさくて急激に心臓の音が速くなる。


「謝らなくていいよ。あの時断ったのは俺のためだったって、もう祐樹の気持ちはわかってるし、あの夜のことも怒ってるわけじゃない」

「でも黙っていなくなって傷つけたのは事実だし……。それについては自分勝手で悪かったって本当に思ってる」

 祐樹の言葉に、孝弘はちょっと思案気な顔つきになる。
 そしてすぐに明るい声で笑いかけた。

「じゃあ、上書きしようか」
「上書き?」

「そう。楽しい記憶で上書きしよう?」
「え?」

 そう言うと手を伸ばしてシャワー栓をひねって湯を出した。ざあざあと頭上から湯が降ってきて、戸惑っている祐樹を立たせる。あっという間に泡を流して風呂を出た。

「今からすごく気持ちいいセックスしよう」

 真面目な顔でそんなことを言われて、祐樹は戸惑って孝弘を見上げた。バスタオルを頭からかぶって、手早く拭きながら孝弘は祐樹を見た。視線はまだ穏やかだ。

「それでこれから毎年、中秋節はセックスしよう」
「毎年?」

「そう、毎年。楽しいセックスで上書きしてくの」
「…楽しいセックス?」

「そう。初エッチ記念日だろ? ずっと一緒にお祝いして、更新していこう?」

 そんなことを真顔で言うなよと思ったけれど、毎年とかずっととか言ってくれるその気持ちがうれしくて祐樹はうなずいた。
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