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しおりを挟む「楽しそうだね。おれの誕生日はモンブランのホールケーキ買ってたな」
「モンブランのホールなんてあるんだ」
「うちの近くのケーキ屋で秋限定で出してたんだ」
「丸ごとモンブランて贅沢な感じ」
「そうだね。毎年定番だったからそんなもんだと思ってたんだけど、おれが高校生のとき、法事で母親が誕生日にいなかったことがあったんだ」
「うん」
「で、父親がみんなで食事に行こうって晩ごはんに焼肉連れて行ってくれて」
「男5人の焼肉ってすごそうだな」
「うん。滅茶苦茶食ったよ。食べ放題だったけど、高校生とか大学生だから肉の質よりもとにかく量だしね」
「想像つくわー」
男兄弟4人の焼肉食べ放題を想像して孝弘が笑う。男ばかり賑やかな食卓が目に浮かんだのだろう。
「で、帰りにイチゴの誕生日ケーキ買ってくれて。それもうまかったし嬉しかったけど、帰って来てから母親が3日遅れだけどって、週末にわざわざちゃんといつもの料理作って、モンブランも買ってくれて。それが意外と嬉しかったの今でも覚えてる」
「いいお母さんじゃん」
孝弘の台詞に祐樹は、胸の中ではっとした。
孝弘の実の母親は小学3年生のとき離婚して家を出て行ったらしい。うかつに母親自慢みたいな話をして気遣いがなかっただろうか。
離婚理由は聞いていないが、まだ小学生の子供を母方が引き取らない事情があったのなら、突っ込んではいけないかも。内心焦ったが、孝弘はべつに何の屈託も見せずに笑っている。
離婚当時、仕事に忙しい父親は孝弘の世話をするために家政婦さんを雇っていたそうだし、近所のお祖母ちゃんが孝弘に料理を教えたりと実の孫のように可愛がってくれたことも聞いている。
母親と連絡をしているかも知らないし、あるいはもう10何年も前に別れた母親のことをあれこれ考えたりすることはないのかもしれない。
それでも一人っ子だった孝弘が寂しくなかったかどうかは分からない。母親を恋しく思ったことがあったのかもしれない。
孝弘が高1のとき父親は再婚して、今の母親とは2年半しか一緒に住んでいないが、関係は悪くないらしい。小学生の義弟は親戚の子って感じと言うが、ほとんど一緒に住んでいないからそれも無理はないだろう。
再婚当時、仲が悪かった(と言うより一方的に突っかかられたらしい)義妹とも最近はそうでもないようだ。離れて暮らしているから突っかかりようもないだろうが…。
心に浮かんだ家族のことは口に出さず、週末の買い物の予定を話しながら食べているうちにアクアパッツァはほぼ空になっていて、祐樹はバゲットでソースの残りをきれいにさらった。
「あ、そうそう、もうすぐ犬鍋の季節だから誘われるかも」
孝弘が少し気遣うように言い出した。日本人は犬を食べることに抵抗感を持つ場合が多い。だから心配したようだ。
「あー…、犬はまだ食べたことないな」
大連には街中に狗鍋《ゴウグオ》と看板の上がった店があちこちにある。
広州も大概色々な食材があるし、当然、犬肉もあったが口にする機会はなかった。というか何となく避けていた。
特別な嫌悪感はないが、やっぱり犬と聞くとなんとなく味が落ちる気がしていたからだ。食べるのは日本でペットとして飼うような犬ではないと知っているけれど。
「無理して食べる必要ないよ。日本人は犬を食べる習慣がないんだって断ればいいだけだから」
「うん…。わかってる」
はっきり言わないと何度も誘われるので、そこを孝弘は心配したようだ。もっとも自分の意見を表明することに慣れている中国人は「犬は食べたくない」と正直に断っても「そうなのか」と大抵はあっさり受け入れて気を悪くしたりはしないので気が楽だ。
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