あの日、北京の街角で4 大連デイズ

ゆまは なお

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 去年の夏、父親がふらりと中国まで会いに来たことがある。
 少し農村部にある工場と交渉をしていた時で、それにも同行したのだが、荒涼とした農村の風景や市場や食堂や中国人の家を見た父親は「日本の戦後ってこんな感じだったのかもな」と言っていた。

 農村部では都市部と違ってまだまだ物が少なく、停電や断水も頻発する。各家庭に電話がないのは当り前で、テレビがない家も多いのか食堂前の歩道にテレビを出してみんなで観賞したり、外で夕涼みしている姿がそう思わせたのかもしれない。

 その一方で携帯電話は急速に普及して、どこの農村でも持っている人は多い。アンバランスなような一気に発展しているような不思議な感覚だ。

 櫻花公司の仕事で農村部に行くこともわりとあるので、そう感じるのかもしれない。孝弘は日本の高度経済成長と言う時代は知らないが、こんな空気感だったのかなと思う時がある。

 もっとも都市部と農村の格差は経済発展とともに広がっていて、一般民衆の不満は大きくなっているから、今の発展速度が一概にいいとは言えないようだ。

「なんか不思議だよね。テレビで言うなら白黒からカラーテレビ、液晶っていう段階は全部すっ飛ばして、白黒からいきなりプラズマを買う感じだよね。レコードもカセットテープもCDもウォークマンも知らなくて、最初がレーザーディスクとかDVDから始まるみたいっていうか」

 青木は赴任当時、そんなふうに言っていた。

 家電コーナーには最新のテレビや洗濯機、冷蔵庫などがずらりと並んでいた。家電は壊れないと評判の日本ブランドの人気が高く、価格も中国製よりかなり高いのによく売れている。

「こういうの、使ってる人いるのかな?」
 新商品と大きなポップがついたワッフルメーカーを見て、祐樹が首を傾げた。

「どうだろ。新しい物好きな人多いからいるかもな」
 小麦粉に卵に砂糖だから、家でもワッフルくらい作れるだろう。

「うちで作る?」
「ワッフル? …うーん」

 祐樹は「そう言えばホテルの朝食以外で食べたことないかも」とあいまいな顔だ。

「広州時代?」
「そう。香港のホテルとか。朝食バイキングの洋食、わりとおいしかったな」

「そうか。…また香港、行きたいな」
 今年の夏、祐樹と行った香港を思い出した。初めての二人きりの旅行で、途中色々アクシデントというか予想外のことは起きたけれど、でもとても楽しかった。

「いいね。なんか大連からだとすごく遠く感じる」
「まあなあ。広州や深センに比べたらな」

 歩いているうちに、食器コーナーに辿りついていた。

 赴任したばかりのころは食器を選んだり鍋を買い足したりすることが結構あった。生活に密着した物を選ぶって、生活に対する習慣や価値観がかいま見える気がする。

「あ、ちょっと待ってて。欲しいVCDあったんだ」
 祐樹がそう言って、VCDコーナーに入っていく。


 こうして買い物に来ると二人で暮らしているみたいな錯覚をおこす。実際、ほとんど一緒に暮らしている状態だけれど、いつか本当に一緒に暮らせたらいいなとも思う。

 見るともなくVCDのパッケージを眺めながら祐樹の買い物を待っていると「上野さん」と声を掛けられた。

「ああ、水元さん。こんにちは」
 同じビル内に事務所を構えている日本企業の駐在員だ。

 昼時の食堂でもよく会うし、10月の駐在員ゴルフコンペでも一緒になったので時々会話する仲だった。

 すこし小太り(大連に来て太ったと本人は言っている)で垂れ目のせいかにこにこした感じが周囲を和ませる。32歳と聞いているが雰囲気のせいか若く見えた。

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