20 / 46
飛煌の誘い1
しおりを挟む
次の日もペルルノアは樹海の見回りにつき合った。飛煌は森や草原を歩きながら危険な妖魔の対処法や食べていい木の実や果実なども教えてくれる。
それを聞いていると樹海は危険ではあるが、状況を把握していればそれなりに安全に移動できるとわかってきた。
鹿のような青い妖魔が出てきた時にはペルルノアも斬魔剣を振るって戦ったが、飛煌一人でも倒せただろう。
飛煌の小柄な体でああも軽々と剣を扱えるのはどういうからくりなんだ? 使い手を選ぶ特注品だと聞いても不思議で仕方ない。
ソブラリアではオメガは体力も知力も劣ると言われていたが、飛煌《フェイファン》はまったく違う。香種上位の国で育つとこうなのか? それとも巫術師が優秀なのか?
倒した妖魔の弱点や性格を聞きながら、飛煌の声は耳に心地いいと思う。
「飛煌はいつも一人で回ってるのか?」
「いや、普段は組んでる奴がいるんだ」
魔の樹海に入る時は二人以上で行くのが巫術師の鉄則だという。だから自分を連れ歩いているのかと納得した。
何となくピンときて「相手はアルファ?」と訊ねた。
「ああ。貴種の護衛でめちゃくちゃ強い。でも今は用事で離れてる」
それを聞いた途端、ペルルノアは胸がモヤモヤした。慣れない物を食べて飲み下せない時みたいに胸がつかえる。
いつも組んでいるアルファがいるのか。こんなふうに毎日一緒に樹海を見回りしたり、食事を食べたりしてる相手がいるのか。
「そいつは飛煌《フェイファン》の番《つがい》なのか?」
モヤモヤを抑えきれなくて訊いたら、飛煌はきょとんとした。
「つがいって何だ?」
「ここでは違う言い方をするのか? 発情期にアルファがオメガのうなじを噛むと番関係になる。番ができればフェロモンが抑えられて、ほかのアルファを誘わなくなるだろう?」
「ああ。そういう関係をおれたちは伴侶って言うけど、呉、彼は伴侶じゃない」
それを聞いてペルルノアはほっとした。
……なんだ、ほっとしたって。飛煌《フェイファン》が番持ちだろうが、そうじゃなかろうがどうでもいいのに。
「そうか。伴侶というのか」
だがそれなら自分にもチャンスはあるのか? そう思ってハッとする。何を考えているんだか。
ペルルノアにはやるべきことがある。目標は彼じゃない。飛煌《フェイファン》が香種だからって彼と番うなんてことは考えないほうがいい。
第一、ここは香種上位の国だ。「香種の許可がなければ寝台に上がってはいけない」と飛煌《フェイファン》は言っていた。
発情したオメガを前にしてアルファが理性を保つのは難しい。色々なことがソブラリアと違うので不安になるが、発情期のことはやはり訊ねにくい。
もしこの国のオメガが抑制薬を飲まないなら物理的に離れているしかない。時期が来れば、アルファの自分は隔離されるだろう。
「フェイファンは女王を見たことあるのか?」
木がまばらに生えた林の中を歩きながら、ペルルノアが問いかけた。
ソブラリアでは王都に住んでいても、庶民が国王の顔を見る機会はほぼない。国の式典や出陣の時、凱旋した時などに運がよければ沿道で見えるかもしれない。その代わり肖像画はどこにでもある。
「あるよ」
気軽に答えるあたり、巫術師はやはり貴族以上の階級らしい。
「どんな方?」
「顔はきれいだ」
香種の女性なら容姿が美しいのは当然だ。
「ほかには何か知ってるか? 年は?」
「年は二十五」
「二十五? ずいぶん若い女王だな」
ペルルノアは「他には?」と続けた。
「んー、腕がいい巫術師だよ」
「は? 巫術師?」
「そうだよ。塔麗国の国王は代々、巫術師だ」
「へえ、巫術師の国王なのか。じゃあ飛煌みたいに強いのか?」
まさかと思いながら訊ねたらあっさりうなずいた。
「うん、女王はめちゃめちゃ強いよ」
ペルルノアは驚いて足を止めた。
陽射しが木の隙間から差し込んで、飛煌の金の髪を照らしている。
「女王は戦闘の場に出るのか?」
「もちろん出る。国王だから」
当然だろうという態度で返事があり、ペルルノアは自分の思い違いを知った。オメガの女王を侮ったつもりはないが、ソブラリアの感覚で美しくか弱いオメガの想像をしていたことを自覚した。
「そうか。国王か」
やはり想像とはまったく異なる国だと、ペルルノアは気を引き締めた。
夕食用の狩りを終えて、ウサギを片手に戻ってきたペルルノアは、丸太の横に妖魔が座っているのを見て息を飲んだ。
見た目は馬に似ているが体が白く尾は黒い。頭には一本角があり、虎のような牙と爪を持っていて、襲われたらひとたまりもないだろう。
緊張で鼓動が速くなる。
結界の中に妖魔は入れないと聞いていたが、なぜ?
とっさ斬魔剣を抜いて、いつでも斬れる態勢になる。
しかし、妖魔はペルルノアが剣を構えたのを見ても座ったまま、襲うような気配は見せない。ただグルルルルと威嚇するように低く唸っているだけだ。
理知的な目を見たペルルノアはそのまま後ずさり、泉で洗濯している飛煌を呼んだ。
「フェイファン」
洗濯していたはずの飛煌は、ついでに体を拭いていたらしく上半身裸だった。
ペルルノアがあわてて視線をそらした。ほんの一瞬なのに、きれいに筋肉のついた肩や胸が目に入って、鼓動がさらに跳ね上がった。
それを聞いていると樹海は危険ではあるが、状況を把握していればそれなりに安全に移動できるとわかってきた。
鹿のような青い妖魔が出てきた時にはペルルノアも斬魔剣を振るって戦ったが、飛煌一人でも倒せただろう。
飛煌の小柄な体でああも軽々と剣を扱えるのはどういうからくりなんだ? 使い手を選ぶ特注品だと聞いても不思議で仕方ない。
ソブラリアではオメガは体力も知力も劣ると言われていたが、飛煌《フェイファン》はまったく違う。香種上位の国で育つとこうなのか? それとも巫術師が優秀なのか?
倒した妖魔の弱点や性格を聞きながら、飛煌の声は耳に心地いいと思う。
「飛煌はいつも一人で回ってるのか?」
「いや、普段は組んでる奴がいるんだ」
魔の樹海に入る時は二人以上で行くのが巫術師の鉄則だという。だから自分を連れ歩いているのかと納得した。
何となくピンときて「相手はアルファ?」と訊ねた。
「ああ。貴種の護衛でめちゃくちゃ強い。でも今は用事で離れてる」
それを聞いた途端、ペルルノアは胸がモヤモヤした。慣れない物を食べて飲み下せない時みたいに胸がつかえる。
いつも組んでいるアルファがいるのか。こんなふうに毎日一緒に樹海を見回りしたり、食事を食べたりしてる相手がいるのか。
「そいつは飛煌《フェイファン》の番《つがい》なのか?」
モヤモヤを抑えきれなくて訊いたら、飛煌はきょとんとした。
「つがいって何だ?」
「ここでは違う言い方をするのか? 発情期にアルファがオメガのうなじを噛むと番関係になる。番ができればフェロモンが抑えられて、ほかのアルファを誘わなくなるだろう?」
「ああ。そういう関係をおれたちは伴侶って言うけど、呉、彼は伴侶じゃない」
それを聞いてペルルノアはほっとした。
……なんだ、ほっとしたって。飛煌《フェイファン》が番持ちだろうが、そうじゃなかろうがどうでもいいのに。
「そうか。伴侶というのか」
だがそれなら自分にもチャンスはあるのか? そう思ってハッとする。何を考えているんだか。
ペルルノアにはやるべきことがある。目標は彼じゃない。飛煌《フェイファン》が香種だからって彼と番うなんてことは考えないほうがいい。
第一、ここは香種上位の国だ。「香種の許可がなければ寝台に上がってはいけない」と飛煌《フェイファン》は言っていた。
発情したオメガを前にしてアルファが理性を保つのは難しい。色々なことがソブラリアと違うので不安になるが、発情期のことはやはり訊ねにくい。
もしこの国のオメガが抑制薬を飲まないなら物理的に離れているしかない。時期が来れば、アルファの自分は隔離されるだろう。
「フェイファンは女王を見たことあるのか?」
木がまばらに生えた林の中を歩きながら、ペルルノアが問いかけた。
ソブラリアでは王都に住んでいても、庶民が国王の顔を見る機会はほぼない。国の式典や出陣の時、凱旋した時などに運がよければ沿道で見えるかもしれない。その代わり肖像画はどこにでもある。
「あるよ」
気軽に答えるあたり、巫術師はやはり貴族以上の階級らしい。
「どんな方?」
「顔はきれいだ」
香種の女性なら容姿が美しいのは当然だ。
「ほかには何か知ってるか? 年は?」
「年は二十五」
「二十五? ずいぶん若い女王だな」
ペルルノアは「他には?」と続けた。
「んー、腕がいい巫術師だよ」
「は? 巫術師?」
「そうだよ。塔麗国の国王は代々、巫術師だ」
「へえ、巫術師の国王なのか。じゃあ飛煌みたいに強いのか?」
まさかと思いながら訊ねたらあっさりうなずいた。
「うん、女王はめちゃめちゃ強いよ」
ペルルノアは驚いて足を止めた。
陽射しが木の隙間から差し込んで、飛煌の金の髪を照らしている。
「女王は戦闘の場に出るのか?」
「もちろん出る。国王だから」
当然だろうという態度で返事があり、ペルルノアは自分の思い違いを知った。オメガの女王を侮ったつもりはないが、ソブラリアの感覚で美しくか弱いオメガの想像をしていたことを自覚した。
「そうか。国王か」
やはり想像とはまったく異なる国だと、ペルルノアは気を引き締めた。
夕食用の狩りを終えて、ウサギを片手に戻ってきたペルルノアは、丸太の横に妖魔が座っているのを見て息を飲んだ。
見た目は馬に似ているが体が白く尾は黒い。頭には一本角があり、虎のような牙と爪を持っていて、襲われたらひとたまりもないだろう。
緊張で鼓動が速くなる。
結界の中に妖魔は入れないと聞いていたが、なぜ?
とっさ斬魔剣を抜いて、いつでも斬れる態勢になる。
しかし、妖魔はペルルノアが剣を構えたのを見ても座ったまま、襲うような気配は見せない。ただグルルルルと威嚇するように低く唸っているだけだ。
理知的な目を見たペルルノアはそのまま後ずさり、泉で洗濯している飛煌を呼んだ。
「フェイファン」
洗濯していたはずの飛煌は、ついでに体を拭いていたらしく上半身裸だった。
ペルルノアがあわてて視線をそらした。ほんの一瞬なのに、きれいに筋肉のついた肩や胸が目に入って、鼓動がさらに跳ね上がった。
23
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
運命よりも先に、愛してしまった
AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。
しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、
2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。
その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
普通のβだった俺は
りん
BL
普通の大学生として過ごす白瀬凪が、αの先輩に絡まれる話
凪は普通の大学生だ。βで、容姿も中身も平均値ぐらいだと認識している。ある日、大学でもよく噂されている先輩に声をかけられる。先輩の独特の雰囲気と空気に、次第に巻き込まれていく凪。
※オメガバ系で結構ご都合な設定ありかもです!地雷だったらごめんなさい!!
やっぱり、すき。
朏猫(ミカヅキネコ)
BL
ぼくとゆうちゃんは幼馴染みで、小さいときから両思いだった。そんなゆうちゃんは、やっぱりαだった。βのぼくがそばいいていい相手じゃない。だからぼくは逃げることにしたんだ――ゆうちゃんの未来のために、これ以上ぼく自身が傷つかないために。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる