金の香種と黒の貴種 異世界中華オメガバース

ゆまは なお

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飛煌の誘い2

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 女性じゃあるまいし、二十五歳の男の裸を見てもどうということのないはずなのに、何でこんなに動揺するんだ。
「ノア、どうした?」
 血相を変えて剣を握っているペルルノアに、飛煌《フェイファン》は上半身裸のままで平然と寄ってくる。ペルルノアは視線を落として告げた。
「妖魔がいる。だがなぜか鞍がついてるんだが?」
「ああ、来たのか」
 来たのか?

 飛煌は慌てるでもなく、座っている妖魔に近づいた。
「お帰り、飛飛《フェイフェイ》」
 飛飛と呼ばれた妖魔が返事をするように首を上下した。
「まさか妖魔を飼ってるのか?」
「まあね。妖魔の中には訓練すれば使役できるものがいて、おれたちは益獣って呼んでる」
 飛飛はゆっくり立ち上がった。馬よりふた回りほど大きいが、迫力は馬の比ではない。思わず後ずさりそうになる。
「これは駁《はく》って妖魔だ。名前は飛飛《フェイフェイ》」
「フェイフェイ? フェイファンと似てるな」
「ああ。おれの益獣だから、おれの名から一字取った。フェイは飛ぶって意味だ」
「飛ぶ? フェイファンのフェイも?」
「そう。フェイは飛ぶで、ファンは煌くって意味だ」
 木の枝を拾って、飛煌は地面に文字を書いた。祠の札を見た時にも思ったが、難しい文字だ。

「知らなかった。すごく似合ってる」
 確かに煌いていると思い、ハッとして視線をそらした。飛煌はまだ上半身裸のままだ。
「飛煌、何か着てくれ」
「ああ、悪い。ノアには刺激が強かったか?」
 からかうように笑うが、刺激が強いどころの話じゃない。べつに男の裸なんて見てもどうも思わない。それなのに飛煌の体からはあまくて魅惑的な香りがして触れてみたくなる。オメガの体がこんなにも魅惑的な物だとは知らなかった。
 抱きしめて誰にも見せたくない、自分のものにしたい。
 こんな衝動を覚えたことがなくて、ペルルノアは戸惑いつつも深呼吸して落ち着こうとした。
 その間に飛煌は内衣(下着)と上衣を羽織って、ペルルノアに向き直った。

「ノア、手を出して」
「何をする気だ?」
「飛飛に匂いを覚えさせる。そうすれば攻撃しない」
 そう言われても虎のような鋭い牙は恐ろしい。噛まれたら確実に腕を失う。本気かと飛煌《フェイファン》を見ると、にこりと笑ってダンスを誘うかのように手を差し出してくる。
「怖い?」
「当たり前だろ」
 ペルルノアは眉を寄せて駮を観察した。飛煌は馬にするように気楽な様子でぽんぽんと首をたたいてやっている。
「おれの益獣だから平気だって。ほら」
 飛煌がにこりと笑って、ペルルノアは覚悟を決めた。
 伸ばしてきた飛煌《》の手を取る。しかし指が触れたその瞬間、不思議な感覚が体を貫いて、ペルルノアはビクッと肩を揺らして手を引いた。

「何だ、今のは?」
 触れたところから弾かれたような衝撃があったのだ。
 飛煌が驚いた顔でペルルノアを見上げている。信じられないと言いたげな表情でペルルノア見つめてつぶやく。
「お前が……? いや、まさか」
 眉を寄せて何か考えるように目を伏せた。
「今のは何だったんだ? 飛煌も感じたよな?」 」
 ペルルノアは弾かれた手を開いて確かめたが、手のひらに異変はなかった。
「ノア、どんな感じがした?」
「手から背筋にかけて何か通り抜けたみたいだったが」
 触れた指先から腕を通って全身に何かが走り抜けたようだった。

 飛煌は鋭い目つきで探るようにペルルノアを見つめてきた。
「なるほど、だからノアはいい香りがするのか」
「何だって?」
「いや、何でもない」
 話しているうちに、不思議な感覚は消えていた。一体、何だったんだろう?
「ほら、手を貸して」
 もう一度、飛煌が手を取ったが、さっきのようなことは起きなかった。
 自分より小さな手に手の甲を包まれるようにして、手のひらを駮の鼻面にかるく押しつけられる。
「飛飛、覚えて。ノアだ、おれの友人だから攻撃するなよ」
 駮はふんふんと手のひらの匂いを嗅いで、ぐるるとひと声、唸るように鳴いた。反射的に体がビクッとしたが、飛煌はそのまま手を重ねて駮の頭から首を撫でさせた。

「これで大丈夫。もうノアを攻撃することはない」
 そう言って飛煌は手を離した。ペルルノアはほっとして慌てて駮、いや飛煌から手を引く。
「どうだった?」
「……意外に温かい」
 妖魔の体温は予想したより高いらしく、手に温かかった。
 飛煌はそれを聞いてからりと笑う。
「なんだ、わりと冷静なんだな」
「いや。すごく動揺してるぞ」
 気持ちを顔に出さないよう抑えているだけだ。心臓はバクバクして、鼓動が飛煌《フェイファン》にまで聞こえそうな気がする。
 友人だって。俺は飛煌の友人なのか。
 もちろん、他に自分との関係を適切に表す言葉がなかったからかもしれないが、意外にもその言葉はうれしかった。


 泉のそばでウサギを解体するペルルノアの手元を飛煌がじっと見ている。
「どうした? 内臓は嫌か?」
 内臓も一緒に煮込むとうまいが嫌がる者もいる。
「いや、普通に入れるよ。ただ手際がいいなと思って」
「よく料理してたからな」
 ペルルノアは鍋に肉と内臓を入れ、飛煌が貯蔵庫から出してきた野菜も適当に切って放りこみ、塩とスパイスを入れて煮込み始める。
 煮込みができるのを待ちながら、飛煌がクルミを割り器で割っている。パキッ、パキッという音が草地に響いた。

 夕暮れ時の涼しい風が吹いて、気持ちがいい。
 空の低い位置に月が見えた。まもなく満月になる。
 月を眺めながら飛煌がさらりと言った。
「明日、出発する」
「明日? 急だな。仕事は終わったのか?」
「一段落ってところだ」
 取り出したクルミを口に放りこみ、ペルルノアの口にも入れてくる。
 たったそれだけのことにドキドキして、ペルルノアは鍋の中を見るふりで急いで視線をそらした。そっと飛煌の様子を伺うと、いたずらが成功したような笑みを浮かべている。
 わざとかよ。子供っぽさに呆れるがやはりかわいい。
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