21 / 46
飛煌の誘い2
しおりを挟む
女性じゃあるまいし、二十五歳の男の裸を見てもどうということのないはずなのに、何でこんなに動揺するんだ。
「ノア、どうした?」
血相を変えて剣を握っているペルルノアに、飛煌《フェイファン》は上半身裸のままで平然と寄ってくる。ペルルノアは視線を落として告げた。
「妖魔がいる。だがなぜか鞍がついてるんだが?」
「ああ、来たのか」
来たのか?
飛煌は慌てるでもなく、座っている妖魔に近づいた。
「お帰り、飛飛《フェイフェイ》」
飛飛と呼ばれた妖魔が返事をするように首を上下した。
「まさか妖魔を飼ってるのか?」
「まあね。妖魔の中には訓練すれば使役できるものがいて、おれたちは益獣って呼んでる」
飛飛はゆっくり立ち上がった。馬よりふた回りほど大きいが、迫力は馬の比ではない。思わず後ずさりそうになる。
「これは駁《はく》って妖魔だ。名前は飛飛《フェイフェイ》」
「フェイフェイ? フェイファンと似てるな」
「ああ。おれの益獣だから、おれの名から一字取った。フェイは飛ぶって意味だ」
「飛ぶ? フェイファンのフェイも?」
「そう。フェイは飛ぶで、ファンは煌くって意味だ」
木の枝を拾って、飛煌は地面に文字を書いた。祠の札を見た時にも思ったが、難しい文字だ。
「知らなかった。すごく似合ってる」
確かに煌いていると思い、ハッとして視線をそらした。飛煌はまだ上半身裸のままだ。
「飛煌、何か着てくれ」
「ああ、悪い。ノアには刺激が強かったか?」
からかうように笑うが、刺激が強いどころの話じゃない。べつに男の裸なんて見てもどうも思わない。それなのに飛煌の体からはあまくて魅惑的な香りがして触れてみたくなる。オメガの体がこんなにも魅惑的な物だとは知らなかった。
抱きしめて誰にも見せたくない、自分のものにしたい。
こんな衝動を覚えたことがなくて、ペルルノアは戸惑いつつも深呼吸して落ち着こうとした。
その間に飛煌は内衣(下着)と上衣を羽織って、ペルルノアに向き直った。
「ノア、手を出して」
「何をする気だ?」
「飛飛に匂いを覚えさせる。そうすれば攻撃しない」
そう言われても虎のような鋭い牙は恐ろしい。噛まれたら確実に腕を失う。本気かと飛煌《フェイファン》を見ると、にこりと笑ってダンスを誘うかのように手を差し出してくる。
「怖い?」
「当たり前だろ」
ペルルノアは眉を寄せて駮を観察した。飛煌は馬にするように気楽な様子でぽんぽんと首をたたいてやっている。
「おれの益獣だから平気だって。ほら」
飛煌がにこりと笑って、ペルルノアは覚悟を決めた。
伸ばしてきた飛煌《》の手を取る。しかし指が触れたその瞬間、不思議な感覚が体を貫いて、ペルルノアはビクッと肩を揺らして手を引いた。
「何だ、今のは?」
触れたところから弾かれたような衝撃があったのだ。
飛煌が驚いた顔でペルルノアを見上げている。信じられないと言いたげな表情でペルルノア見つめてつぶやく。
「お前が……? いや、まさか」
眉を寄せて何か考えるように目を伏せた。
「今のは何だったんだ? 飛煌も感じたよな?」 」
ペルルノアは弾かれた手を開いて確かめたが、手のひらに異変はなかった。
「ノア、どんな感じがした?」
「手から背筋にかけて何か通り抜けたみたいだったが」
触れた指先から腕を通って全身に何かが走り抜けたようだった。
飛煌は鋭い目つきで探るようにペルルノアを見つめてきた。
「なるほど、だからノアはいい香りがするのか」
「何だって?」
「いや、何でもない」
話しているうちに、不思議な感覚は消えていた。一体、何だったんだろう?
「ほら、手を貸して」
もう一度、飛煌が手を取ったが、さっきのようなことは起きなかった。
自分より小さな手に手の甲を包まれるようにして、手のひらを駮の鼻面にかるく押しつけられる。
「飛飛、覚えて。ノアだ、おれの友人だから攻撃するなよ」
駮はふんふんと手のひらの匂いを嗅いで、ぐるるとひと声、唸るように鳴いた。反射的に体がビクッとしたが、飛煌はそのまま手を重ねて駮の頭から首を撫でさせた。
「これで大丈夫。もうノアを攻撃することはない」
そう言って飛煌は手を離した。ペルルノアはほっとして慌てて駮、いや飛煌から手を引く。
「どうだった?」
「……意外に温かい」
妖魔の体温は予想したより高いらしく、手に温かかった。
飛煌はそれを聞いてからりと笑う。
「なんだ、わりと冷静なんだな」
「いや。すごく動揺してるぞ」
気持ちを顔に出さないよう抑えているだけだ。心臓はバクバクして、鼓動が飛煌《フェイファン》にまで聞こえそうな気がする。
友人だって。俺は飛煌の友人なのか。
もちろん、他に自分との関係を適切に表す言葉がなかったからかもしれないが、意外にもその言葉はうれしかった。
泉のそばでウサギを解体するペルルノアの手元を飛煌がじっと見ている。
「どうした? 内臓は嫌か?」
内臓も一緒に煮込むとうまいが嫌がる者もいる。
「いや、普通に入れるよ。ただ手際がいいなと思って」
「よく料理してたからな」
ペルルノアは鍋に肉と内臓を入れ、飛煌が貯蔵庫から出してきた野菜も適当に切って放りこみ、塩とスパイスを入れて煮込み始める。
煮込みができるのを待ちながら、飛煌がクルミを割り器で割っている。パキッ、パキッという音が草地に響いた。
夕暮れ時の涼しい風が吹いて、気持ちがいい。
空の低い位置に月が見えた。まもなく満月になる。
月を眺めながら飛煌がさらりと言った。
「明日、出発する」
「明日? 急だな。仕事は終わったのか?」
「一段落ってところだ」
取り出したクルミを口に放りこみ、ペルルノアの口にも入れてくる。
たったそれだけのことにドキドキして、ペルルノアは鍋の中を見るふりで急いで視線をそらした。そっと飛煌の様子を伺うと、いたずらが成功したような笑みを浮かべている。
わざとかよ。子供っぽさに呆れるがやはりかわいい。
「ノア、どうした?」
血相を変えて剣を握っているペルルノアに、飛煌《フェイファン》は上半身裸のままで平然と寄ってくる。ペルルノアは視線を落として告げた。
「妖魔がいる。だがなぜか鞍がついてるんだが?」
「ああ、来たのか」
来たのか?
飛煌は慌てるでもなく、座っている妖魔に近づいた。
「お帰り、飛飛《フェイフェイ》」
飛飛と呼ばれた妖魔が返事をするように首を上下した。
「まさか妖魔を飼ってるのか?」
「まあね。妖魔の中には訓練すれば使役できるものがいて、おれたちは益獣って呼んでる」
飛飛はゆっくり立ち上がった。馬よりふた回りほど大きいが、迫力は馬の比ではない。思わず後ずさりそうになる。
「これは駁《はく》って妖魔だ。名前は飛飛《フェイフェイ》」
「フェイフェイ? フェイファンと似てるな」
「ああ。おれの益獣だから、おれの名から一字取った。フェイは飛ぶって意味だ」
「飛ぶ? フェイファンのフェイも?」
「そう。フェイは飛ぶで、ファンは煌くって意味だ」
木の枝を拾って、飛煌は地面に文字を書いた。祠の札を見た時にも思ったが、難しい文字だ。
「知らなかった。すごく似合ってる」
確かに煌いていると思い、ハッとして視線をそらした。飛煌はまだ上半身裸のままだ。
「飛煌、何か着てくれ」
「ああ、悪い。ノアには刺激が強かったか?」
からかうように笑うが、刺激が強いどころの話じゃない。べつに男の裸なんて見てもどうも思わない。それなのに飛煌の体からはあまくて魅惑的な香りがして触れてみたくなる。オメガの体がこんなにも魅惑的な物だとは知らなかった。
抱きしめて誰にも見せたくない、自分のものにしたい。
こんな衝動を覚えたことがなくて、ペルルノアは戸惑いつつも深呼吸して落ち着こうとした。
その間に飛煌は内衣(下着)と上衣を羽織って、ペルルノアに向き直った。
「ノア、手を出して」
「何をする気だ?」
「飛飛に匂いを覚えさせる。そうすれば攻撃しない」
そう言われても虎のような鋭い牙は恐ろしい。噛まれたら確実に腕を失う。本気かと飛煌《フェイファン》を見ると、にこりと笑ってダンスを誘うかのように手を差し出してくる。
「怖い?」
「当たり前だろ」
ペルルノアは眉を寄せて駮を観察した。飛煌は馬にするように気楽な様子でぽんぽんと首をたたいてやっている。
「おれの益獣だから平気だって。ほら」
飛煌がにこりと笑って、ペルルノアは覚悟を決めた。
伸ばしてきた飛煌《》の手を取る。しかし指が触れたその瞬間、不思議な感覚が体を貫いて、ペルルノアはビクッと肩を揺らして手を引いた。
「何だ、今のは?」
触れたところから弾かれたような衝撃があったのだ。
飛煌が驚いた顔でペルルノアを見上げている。信じられないと言いたげな表情でペルルノア見つめてつぶやく。
「お前が……? いや、まさか」
眉を寄せて何か考えるように目を伏せた。
「今のは何だったんだ? 飛煌も感じたよな?」 」
ペルルノアは弾かれた手を開いて確かめたが、手のひらに異変はなかった。
「ノア、どんな感じがした?」
「手から背筋にかけて何か通り抜けたみたいだったが」
触れた指先から腕を通って全身に何かが走り抜けたようだった。
飛煌は鋭い目つきで探るようにペルルノアを見つめてきた。
「なるほど、だからノアはいい香りがするのか」
「何だって?」
「いや、何でもない」
話しているうちに、不思議な感覚は消えていた。一体、何だったんだろう?
「ほら、手を貸して」
もう一度、飛煌が手を取ったが、さっきのようなことは起きなかった。
自分より小さな手に手の甲を包まれるようにして、手のひらを駮の鼻面にかるく押しつけられる。
「飛飛、覚えて。ノアだ、おれの友人だから攻撃するなよ」
駮はふんふんと手のひらの匂いを嗅いで、ぐるるとひと声、唸るように鳴いた。反射的に体がビクッとしたが、飛煌はそのまま手を重ねて駮の頭から首を撫でさせた。
「これで大丈夫。もうノアを攻撃することはない」
そう言って飛煌は手を離した。ペルルノアはほっとして慌てて駮、いや飛煌から手を引く。
「どうだった?」
「……意外に温かい」
妖魔の体温は予想したより高いらしく、手に温かかった。
飛煌はそれを聞いてからりと笑う。
「なんだ、わりと冷静なんだな」
「いや。すごく動揺してるぞ」
気持ちを顔に出さないよう抑えているだけだ。心臓はバクバクして、鼓動が飛煌《フェイファン》にまで聞こえそうな気がする。
友人だって。俺は飛煌の友人なのか。
もちろん、他に自分との関係を適切に表す言葉がなかったからかもしれないが、意外にもその言葉はうれしかった。
泉のそばでウサギを解体するペルルノアの手元を飛煌がじっと見ている。
「どうした? 内臓は嫌か?」
内臓も一緒に煮込むとうまいが嫌がる者もいる。
「いや、普通に入れるよ。ただ手際がいいなと思って」
「よく料理してたからな」
ペルルノアは鍋に肉と内臓を入れ、飛煌が貯蔵庫から出してきた野菜も適当に切って放りこみ、塩とスパイスを入れて煮込み始める。
煮込みができるのを待ちながら、飛煌がクルミを割り器で割っている。パキッ、パキッという音が草地に響いた。
夕暮れ時の涼しい風が吹いて、気持ちがいい。
空の低い位置に月が見えた。まもなく満月になる。
月を眺めながら飛煌がさらりと言った。
「明日、出発する」
「明日? 急だな。仕事は終わったのか?」
「一段落ってところだ」
取り出したクルミを口に放りこみ、ペルルノアの口にも入れてくる。
たったそれだけのことにドキドキして、ペルルノアは鍋の中を見るふりで急いで視線をそらした。そっと飛煌の様子を伺うと、いたずらが成功したような笑みを浮かべている。
わざとかよ。子供っぽさに呆れるがやはりかわいい。
13
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
運命よりも先に、愛してしまった
AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。
しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、
2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。
その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
普通のβだった俺は
りん
BL
普通の大学生として過ごす白瀬凪が、αの先輩に絡まれる話
凪は普通の大学生だ。βで、容姿も中身も平均値ぐらいだと認識している。ある日、大学でもよく噂されている先輩に声をかけられる。先輩の独特の雰囲気と空気に、次第に巻き込まれていく凪。
※オメガバ系で結構ご都合な設定ありかもです!地雷だったらごめんなさい!!
やっぱり、すき。
朏猫(ミカヅキネコ)
BL
ぼくとゆうちゃんは幼馴染みで、小さいときから両思いだった。そんなゆうちゃんは、やっぱりαだった。βのぼくがそばいいていい相手じゃない。だからぼくは逃げることにしたんだ――ゆうちゃんの未来のために、これ以上ぼく自身が傷つかないために。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる