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花祭り4
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それから白木蓮を見に行った。ふわりと優雅な香りが漂ってくる。
「ノア、あれが白木蓮だ」
「変わった花だな。全部、上向きに咲くのか?」
「うん、きれいだろ? 塔麗国では春を象徴する花だ。紫木蓮もあってそれもすごくきれいなんだ」
ペルルノアは初めて見る花だった。木の枝にいくつも上向きに咲く白い花はとても美しかった。塔麗国では気高い心を意味する花だという。
飛煌と肩を並べて白木蓮の並木の下を歩く。青い空が見えて、気持ちのいい春の午後だ。風に吹かれて花の香りが空気に混じっている。
ペルルノアはふいに泣きたいような気持になった。
こんなに美しい春の午後を飛煌と散歩している。そのことに言葉にできないくらいの幸福を感じた。もうすぐこの時間も終わってしまう。
いつまでも一緒にいられたらいいのに。白木蓮を見上げている飛煌の横顔を目に焼きつける。
その後も町をぶらぶら歩いた。飛煌と祭りの屋台を冷やかして歩く。祭りの雰囲気で町は浮き立っている。つられてうきうきしてしまう気持ちを抑えなければと思うが、やはりうれしい。
「若様方、玉飾りはいかがですか? 守り石の玉飾りですよ」
店主の男が声を掛けてくる。たくさんの石の玉飾りが下がった露店では数人の客が品定めしていた。
「飛煌、あれはお守りなのか?」
「ああ。こうやって玉佩につけたり腰帯につけたりする」
腰に下げた装身具にはいくつかの玉飾りがついていた。
今日の記念に飛煌に一つ贈りたかったが、また断られるだろうか。でもこんな機会はもうない気がして、それなら好きにしようとも思った。
「飛煌、ひとつ選んで」
「え?」
「出会った記念とお礼に贈りたい」
もうすぐお別れだから。口に出さなかった言葉が聞こえたみたいに飛煌はじっとペルルノアを見上げて「じゃあこれを」と黒真珠の玉飾りを選んだ。
「ノアの瞳の色みたいだろ」
ペルルノアは驚いてそれを見たが、飛煌は意味を分かっていないようだ。
「俺の名前だ」
「え?」
「ペルルノアって黒真珠って意味なんだ」
「そうなのか? 知らなかった」
瞳の色にちなんで母親がつけた名前だ。それを聞いて飛煌が言った。
「塔麗国では黒真珠は邪気や悪霊から守る意味をもつ。いい名前だな」
ソブラリアではそんな意味を持たないが、塔麗国での意味を知ってうれしかった。邪気や悪霊から守ってくれるなら、飛煌のお守りにはちょうどいいと思う。
ペルルノアが黒真珠を飛煌に渡すと、飛煌は翡翠の玉飾りを一つ買った。飛煌の目の色にそっくりな翡翠がペルルノアに渡される。
「ほら、出会った記念なんだろ」
ぞんざいな手つきは照れ隠しだと知っている。
「翡翠は幸福や長寿を意味する石だ。魔除けとしてお守りに持つから、ペルルノアにはちょうどいいだろ。持っておけ」
「ありがとう、大事にする」
互いの瞳の色の宝玉を持つことになり、ペルルノアはうれしさを噛みしめた。
「そろそろ食事に行こう。火鍋がうまい店があるんだ」
連れていかれたのは宿の近くの店だった。貴種の気配はつかず離れずついてきたが、食堂の手前で消えてしまった。一体、誰が何のためにつけているんだろう。
山の夜は昼間よりかなり冷え込むが、猪の肉や野菜やキノコがたっぷり入った辛い鍋は体を温めた。麦酒を飲みながらどんどん具を入れてどんどん食べる。
「明日、おれは仕事に戻る。王宮に行く手前に大事な祠があるんだ」
最後に麺を鍋に入れて、飛煌がさらりと告げた。
肉を口に運んでいたペルルノアの手が止まる。
「そうか」
何と答えていいかわからず、言葉が出てこない。
「あとはまっすぐ道を行くだけだ。迷うこともないだろ」
そう言われると、王宮まで来て欲しいなんて言えるわけもなく、うなずくしかなかった。
「そうだな。わかった」
途中まで一緒に行って、飛煌が回りたい祠があるという場所で別れることになる。
さっきまでおいしかった鍋の味もよくわからない。
気持ちがすうすうしてとても寂しい。本当は離れたくない。ずっとそばにいて欲しい。でもそんなことを言えるはずがない。
「そんな顔、するなよ」
「どんな顔?」
飛煌は困ったように手を伸ばして、ペルルノアの頬をなでた。触れた手は温かくて、この手を握って抱きしめたことを思い出す。発香期のあまい夜。もうすでに夢のようだ。
「捨てられた犬みたいな顔」
ムッとして一瞬、顔を上げたけれど、その通りだと思った。
だけど最初からわかっていたはずだ。ずっと一緒にいられるわけじゃない。わかりきっていたのに、いざ離れるとわかると気持ちが落ち込んでしまう。
何か言いたい、言うべきだ。この香種は特別な存在だ。絶対に手放してはいけない。
でも今、この状況で何を言える? ソブラリアの王子としてまずは自分の使命を果たさなければ。
「そんな顔、してない」
ペルルノアは無理やり口角を上げて、強く手を握りしめた。
ここで離れて本当にいいのか? 国中を回っているという飛煌の居場所を見つけるのはきっと困難だ。
だが今の状況で「一緒にいて欲しい」と頼んでも飛煌はうんと言わないだろう。
発香期を一緒に過ごしたけれど、好かれているわけではないことは知っている。いや、顔が好みだって言われたっけ。……顔だけなのか?
モヤモヤした気持ちを抱えたまま、小さくため息をつく。何を考えても結局、離れるしかないのだ。
飛煌からは今もふわりとあまい香りが漂っている。飛煌が本当に運命の番なら、ここで別れてもきっとまた会えるはず。それまでこの縁が切れませんように。翡翠の玉飾りを握ってそう祈った。
「ノア、あれが白木蓮だ」
「変わった花だな。全部、上向きに咲くのか?」
「うん、きれいだろ? 塔麗国では春を象徴する花だ。紫木蓮もあってそれもすごくきれいなんだ」
ペルルノアは初めて見る花だった。木の枝にいくつも上向きに咲く白い花はとても美しかった。塔麗国では気高い心を意味する花だという。
飛煌と肩を並べて白木蓮の並木の下を歩く。青い空が見えて、気持ちのいい春の午後だ。風に吹かれて花の香りが空気に混じっている。
ペルルノアはふいに泣きたいような気持になった。
こんなに美しい春の午後を飛煌と散歩している。そのことに言葉にできないくらいの幸福を感じた。もうすぐこの時間も終わってしまう。
いつまでも一緒にいられたらいいのに。白木蓮を見上げている飛煌の横顔を目に焼きつける。
その後も町をぶらぶら歩いた。飛煌と祭りの屋台を冷やかして歩く。祭りの雰囲気で町は浮き立っている。つられてうきうきしてしまう気持ちを抑えなければと思うが、やはりうれしい。
「若様方、玉飾りはいかがですか? 守り石の玉飾りですよ」
店主の男が声を掛けてくる。たくさんの石の玉飾りが下がった露店では数人の客が品定めしていた。
「飛煌、あれはお守りなのか?」
「ああ。こうやって玉佩につけたり腰帯につけたりする」
腰に下げた装身具にはいくつかの玉飾りがついていた。
今日の記念に飛煌に一つ贈りたかったが、また断られるだろうか。でもこんな機会はもうない気がして、それなら好きにしようとも思った。
「飛煌、ひとつ選んで」
「え?」
「出会った記念とお礼に贈りたい」
もうすぐお別れだから。口に出さなかった言葉が聞こえたみたいに飛煌はじっとペルルノアを見上げて「じゃあこれを」と黒真珠の玉飾りを選んだ。
「ノアの瞳の色みたいだろ」
ペルルノアは驚いてそれを見たが、飛煌は意味を分かっていないようだ。
「俺の名前だ」
「え?」
「ペルルノアって黒真珠って意味なんだ」
「そうなのか? 知らなかった」
瞳の色にちなんで母親がつけた名前だ。それを聞いて飛煌が言った。
「塔麗国では黒真珠は邪気や悪霊から守る意味をもつ。いい名前だな」
ソブラリアではそんな意味を持たないが、塔麗国での意味を知ってうれしかった。邪気や悪霊から守ってくれるなら、飛煌のお守りにはちょうどいいと思う。
ペルルノアが黒真珠を飛煌に渡すと、飛煌は翡翠の玉飾りを一つ買った。飛煌の目の色にそっくりな翡翠がペルルノアに渡される。
「ほら、出会った記念なんだろ」
ぞんざいな手つきは照れ隠しだと知っている。
「翡翠は幸福や長寿を意味する石だ。魔除けとしてお守りに持つから、ペルルノアにはちょうどいいだろ。持っておけ」
「ありがとう、大事にする」
互いの瞳の色の宝玉を持つことになり、ペルルノアはうれしさを噛みしめた。
「そろそろ食事に行こう。火鍋がうまい店があるんだ」
連れていかれたのは宿の近くの店だった。貴種の気配はつかず離れずついてきたが、食堂の手前で消えてしまった。一体、誰が何のためにつけているんだろう。
山の夜は昼間よりかなり冷え込むが、猪の肉や野菜やキノコがたっぷり入った辛い鍋は体を温めた。麦酒を飲みながらどんどん具を入れてどんどん食べる。
「明日、おれは仕事に戻る。王宮に行く手前に大事な祠があるんだ」
最後に麺を鍋に入れて、飛煌がさらりと告げた。
肉を口に運んでいたペルルノアの手が止まる。
「そうか」
何と答えていいかわからず、言葉が出てこない。
「あとはまっすぐ道を行くだけだ。迷うこともないだろ」
そう言われると、王宮まで来て欲しいなんて言えるわけもなく、うなずくしかなかった。
「そうだな。わかった」
途中まで一緒に行って、飛煌が回りたい祠があるという場所で別れることになる。
さっきまでおいしかった鍋の味もよくわからない。
気持ちがすうすうしてとても寂しい。本当は離れたくない。ずっとそばにいて欲しい。でもそんなことを言えるはずがない。
「そんな顔、するなよ」
「どんな顔?」
飛煌は困ったように手を伸ばして、ペルルノアの頬をなでた。触れた手は温かくて、この手を握って抱きしめたことを思い出す。発香期のあまい夜。もうすでに夢のようだ。
「捨てられた犬みたいな顔」
ムッとして一瞬、顔を上げたけれど、その通りだと思った。
だけど最初からわかっていたはずだ。ずっと一緒にいられるわけじゃない。わかりきっていたのに、いざ離れるとわかると気持ちが落ち込んでしまう。
何か言いたい、言うべきだ。この香種は特別な存在だ。絶対に手放してはいけない。
でも今、この状況で何を言える? ソブラリアの王子としてまずは自分の使命を果たさなければ。
「そんな顔、してない」
ペルルノアは無理やり口角を上げて、強く手を握りしめた。
ここで離れて本当にいいのか? 国中を回っているという飛煌の居場所を見つけるのはきっと困難だ。
だが今の状況で「一緒にいて欲しい」と頼んでも飛煌はうんと言わないだろう。
発香期を一緒に過ごしたけれど、好かれているわけではないことは知っている。いや、顔が好みだって言われたっけ。……顔だけなのか?
モヤモヤした気持ちを抱えたまま、小さくため息をつく。何を考えても結局、離れるしかないのだ。
飛煌からは今もふわりとあまい香りが漂っている。飛煌が本当に運命の番なら、ここで別れてもきっとまた会えるはず。それまでこの縁が切れませんように。翡翠の玉飾りを握ってそう祈った。
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