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乳母の告白1
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夜になって寝台に横になってから、ふと思い出して皮袋から小刀を取り出した。布団の中で見るとやはり輝きが増している。特に磨いたわけでもないのに?
母の形見という小刀は手のひらに入る大きさで、柄の表面に細かく装飾が刻まれている。持ち手には翡翠が埋め込まれていて、いわゆる御身刀だろう。
ペルルノアは、リーノからこれを渡された時のことを思い返した。
元ディサのメリオン領に入った日だった。
ここが母の故郷だと思うとやはり特別な気持ちになって、ペルルノアは馬車の窓から外を眺めていた。
同じようにリーノが身を乗り出してじっと外の景色を見つめている。リーノにとっては約二十年ぶりの祖国だ。しかし死ぬまで帰ることはないと覚悟して出てきた祖国への帰郷とは思えないほど、リーノの表情は冴えない。
「やっぱり、だいぶ変わった?」
ソブラリアの侵攻で様子が一変したのかと心配したがリーノはかぶりを振った。
「案外、そうでもありません」
ディサは広い草原と山岳地帯が広がる自然豊かな土地で、馬や羊の産出で有名だった。小国のわりに豊かだったのは軍馬としてディサの名馬が求められたからだ。
「懐かしい風景です。子供の頃、毎朝、乳搾りをしたことを思い出します」
ディサの王はソブラリアが侵攻してきた時、一切抵抗せずに王城を明け渡した。おかげで町は破壊されず、牧草地を荒らされることもなかった。王は処刑され、その地は二つの領地に分割された。
会ったこともない祖父は素晴らしい王だったとペルルノアは思う。抵抗しても征服されるなら破壊を免れたほうがいいと、民の生活のために戦わないことを選んだのだ。
領主の館も昔の王城をそのまま使っているという。
石造りの堅牢な建物を、感慨深い目でリーノは見つめていた。リーノはここからエレナ姫の嫁入りに付き添ってソブラリアに向かったのだ。
あと数日でリーノともお別れだと思うと何とも言えない寂しさがこみ上げる。生まれた時から一緒だったのですでに家族のような存在だ。
旅に出る前、リーノはトウレイ国までお供しますと主張した。
「私はエレナ姫にペルルノア様を終生、お守りすると誓ったのです。そもそも帰ろうにもディサなどすでにないのですから」
リーノはそう訴えた。主が去ったソブラリア王宮に留まる気はないという。とはいえ、生きてたどり着けるか怪しい過酷な旅には連れて行けない。
ペルルノアは仕方なく元ディサのメリオン領までの同行を許した。そこまで見送れば満足するだろうし、その地にはまだ妹一家が残っていると聞いたからだ。王宮では気苦労の多い生活だったから、故郷で親族とゆっくり余生を過ごして欲しい。
「ようこそお越しくださいました、ペルルノア殿下」
メリオン領の領主は人の好さそうな小太りの五十近い男で、ペルルノアにも親しみやすく話しかけてきた。
「殿下の母上様はこちらで育った方ですので、母上様のお部屋をご用意しております」
「ありがとうございます。幼い頃の母が住んでいた城だと思うと不思議な感じがしますね」
母の部屋は三階の南側にあった。家具なども当時の物が残っているらしく、リーノが懐かしそうに目を潤ませてそっとハンカチで目元をぬぐった。
「よろしければ、城内や庭もご覧になって構いませんよ」
このままトウレイ国への旅に出て、おそらく生きて帰ってこないと思っているのだろう。領主は同情めいた顔をしてペルルノアに申し出た。領主の言葉に甘えてペルルノアはリーノと一緒に城内を回った。
「母さんはどんな子供だったの?」
「姫は、そうですね。とても元気なお子様でした。この回廊でご兄弟でよく駆けっこをされていました。歌や踊りがお好きで、チェンバロの演奏もお好きでした。あちらの庭がお気に入りで、あの木の下で妹姫とよくままごとをしておりました」、
リーノはいくつか思い出話を聞かせてくれたが、徐々に顔色が悪くなっていった。滅亡した祖国を思い出すのが辛かったのかもしれない。気遣いが足りなかったと反省した。
夕食は領主夫妻と使節団の者と一緒に済ませ、部屋に戻ってきたペルルノアは青白い顔のリーノに迎えられた。
「大丈夫? 顔色が良くないけど疲れた?」
「大丈夫です。久しぶりの王宮で緊張しただけです」
領主の館をリーノは王宮と呼んだ。リーノにとっては今も王宮なんだろう。
「ペルルノア様にお礼を申し上げます。もう二度とここに来る機会などないと思っておりました。最後に懐かしい場所を見ることができて本当に嬉しいのです」
そんなこと言うわりにリーノの表情はこわばっている。どうしたのかと心配していると、リーノが真っすぐに視線を向けてきた。
「ペルルノア王子殿下、お話しておかねばならないことがございます」
かしこまった乳母の声には、今まで聞いたことのない緊張した響きがあった。
「どうしたの? そんな顔をして」
ペルルノアは驚いて、青ざめた乳母の顔をのぞき込んだ。
「私はとんでもない罪を犯しました」
直立不動の乳母が口にした言葉を聞いて、ペルルノアは眉を寄せた。人が良くて世話好きなリーノが罪を犯すなんてあり得ない。
「罪? 一体どうしたんだ?」
「こちらをご覧ください」
そう言って差し出した手には小さな布袋と小刀があった。布袋はソブラリアの神殿で授けてもらうお守り袋だ。小刀には見覚えがない。
「エレナ姫の遺品です」
「母上の?」
二つの品を受け取りながら、意外な思いで乳母の顔を見る。乳母は今にも泣きそうな顔で小さく震えていた。
「これからお話することは、決して誰にも話さないでくださいませ。この年寄りの首が刎ねられるのは構いませんが、ペルルノア様やエレナ姫にご迷惑をかけるつもりはないのです」
首を刎ねられる? 物騒な言葉にペルルノアは困惑した。一体、何をしたんだ?
「母上様は、本物の姫ではありませんでした」
リーノは押し殺した声で告白した。
意味をつかめずにペルルノアは首をかしげた。
「本物ではない? どういうこと?」
「母上様は身代わりだったのです。エレナ姫とは縁もゆかりもない少女が、エレナ姫に成り代わってソブラリアに輿入れしたのです」
予想をはるかに超えた告白にペルルノアは息を飲んだ。
母の形見という小刀は手のひらに入る大きさで、柄の表面に細かく装飾が刻まれている。持ち手には翡翠が埋め込まれていて、いわゆる御身刀だろう。
ペルルノアは、リーノからこれを渡された時のことを思い返した。
元ディサのメリオン領に入った日だった。
ここが母の故郷だと思うとやはり特別な気持ちになって、ペルルノアは馬車の窓から外を眺めていた。
同じようにリーノが身を乗り出してじっと外の景色を見つめている。リーノにとっては約二十年ぶりの祖国だ。しかし死ぬまで帰ることはないと覚悟して出てきた祖国への帰郷とは思えないほど、リーノの表情は冴えない。
「やっぱり、だいぶ変わった?」
ソブラリアの侵攻で様子が一変したのかと心配したがリーノはかぶりを振った。
「案外、そうでもありません」
ディサは広い草原と山岳地帯が広がる自然豊かな土地で、馬や羊の産出で有名だった。小国のわりに豊かだったのは軍馬としてディサの名馬が求められたからだ。
「懐かしい風景です。子供の頃、毎朝、乳搾りをしたことを思い出します」
ディサの王はソブラリアが侵攻してきた時、一切抵抗せずに王城を明け渡した。おかげで町は破壊されず、牧草地を荒らされることもなかった。王は処刑され、その地は二つの領地に分割された。
会ったこともない祖父は素晴らしい王だったとペルルノアは思う。抵抗しても征服されるなら破壊を免れたほうがいいと、民の生活のために戦わないことを選んだのだ。
領主の館も昔の王城をそのまま使っているという。
石造りの堅牢な建物を、感慨深い目でリーノは見つめていた。リーノはここからエレナ姫の嫁入りに付き添ってソブラリアに向かったのだ。
あと数日でリーノともお別れだと思うと何とも言えない寂しさがこみ上げる。生まれた時から一緒だったのですでに家族のような存在だ。
旅に出る前、リーノはトウレイ国までお供しますと主張した。
「私はエレナ姫にペルルノア様を終生、お守りすると誓ったのです。そもそも帰ろうにもディサなどすでにないのですから」
リーノはそう訴えた。主が去ったソブラリア王宮に留まる気はないという。とはいえ、生きてたどり着けるか怪しい過酷な旅には連れて行けない。
ペルルノアは仕方なく元ディサのメリオン領までの同行を許した。そこまで見送れば満足するだろうし、その地にはまだ妹一家が残っていると聞いたからだ。王宮では気苦労の多い生活だったから、故郷で親族とゆっくり余生を過ごして欲しい。
「ようこそお越しくださいました、ペルルノア殿下」
メリオン領の領主は人の好さそうな小太りの五十近い男で、ペルルノアにも親しみやすく話しかけてきた。
「殿下の母上様はこちらで育った方ですので、母上様のお部屋をご用意しております」
「ありがとうございます。幼い頃の母が住んでいた城だと思うと不思議な感じがしますね」
母の部屋は三階の南側にあった。家具なども当時の物が残っているらしく、リーノが懐かしそうに目を潤ませてそっとハンカチで目元をぬぐった。
「よろしければ、城内や庭もご覧になって構いませんよ」
このままトウレイ国への旅に出て、おそらく生きて帰ってこないと思っているのだろう。領主は同情めいた顔をしてペルルノアに申し出た。領主の言葉に甘えてペルルノアはリーノと一緒に城内を回った。
「母さんはどんな子供だったの?」
「姫は、そうですね。とても元気なお子様でした。この回廊でご兄弟でよく駆けっこをされていました。歌や踊りがお好きで、チェンバロの演奏もお好きでした。あちらの庭がお気に入りで、あの木の下で妹姫とよくままごとをしておりました」、
リーノはいくつか思い出話を聞かせてくれたが、徐々に顔色が悪くなっていった。滅亡した祖国を思い出すのが辛かったのかもしれない。気遣いが足りなかったと反省した。
夕食は領主夫妻と使節団の者と一緒に済ませ、部屋に戻ってきたペルルノアは青白い顔のリーノに迎えられた。
「大丈夫? 顔色が良くないけど疲れた?」
「大丈夫です。久しぶりの王宮で緊張しただけです」
領主の館をリーノは王宮と呼んだ。リーノにとっては今も王宮なんだろう。
「ペルルノア様にお礼を申し上げます。もう二度とここに来る機会などないと思っておりました。最後に懐かしい場所を見ることができて本当に嬉しいのです」
そんなこと言うわりにリーノの表情はこわばっている。どうしたのかと心配していると、リーノが真っすぐに視線を向けてきた。
「ペルルノア王子殿下、お話しておかねばならないことがございます」
かしこまった乳母の声には、今まで聞いたことのない緊張した響きがあった。
「どうしたの? そんな顔をして」
ペルルノアは驚いて、青ざめた乳母の顔をのぞき込んだ。
「私はとんでもない罪を犯しました」
直立不動の乳母が口にした言葉を聞いて、ペルルノアは眉を寄せた。人が良くて世話好きなリーノが罪を犯すなんてあり得ない。
「罪? 一体どうしたんだ?」
「こちらをご覧ください」
そう言って差し出した手には小さな布袋と小刀があった。布袋はソブラリアの神殿で授けてもらうお守り袋だ。小刀には見覚えがない。
「エレナ姫の遺品です」
「母上の?」
二つの品を受け取りながら、意外な思いで乳母の顔を見る。乳母は今にも泣きそうな顔で小さく震えていた。
「これからお話することは、決して誰にも話さないでくださいませ。この年寄りの首が刎ねられるのは構いませんが、ペルルノア様やエレナ姫にご迷惑をかけるつもりはないのです」
首を刎ねられる? 物騒な言葉にペルルノアは困惑した。一体、何をしたんだ?
「母上様は、本物の姫ではありませんでした」
リーノは押し殺した声で告白した。
意味をつかめずにペルルノアは首をかしげた。
「本物ではない? どういうこと?」
「母上様は身代わりだったのです。エレナ姫とは縁もゆかりもない少女が、エレナ姫に成り代わってソブラリアに輿入れしたのです」
予想をはるかに超えた告白にペルルノアは息を飲んだ。
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