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乳母の告白2
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「まさか」
そんなことがあり得るか?
リーノは覚悟を決めたのか、落ち着いた声で続けた。
「本当のことです。……今から二十二年前のお話です。ここディサはソブラリアとエルドに挟まれた小国でした。当時、ソブラリアはエルドと争っていて、ディサを足掛かりにしたかったのです。ブラッシア王はディサに、ソブラリアと戦うか味方につくか選択を迫りました」
ディサの国王は侵略されるよりは属国となるほうがいいとエレナ姫を嫁がせることに決めたが、それを聞いたエレナ姫は悲しみのあまり寝込んでしまった。オメガだったエレナ姫は、幼なじみのアルファの騎士とすでに婚約していたのだ。
「私は乳母として心が痛みました。どうにかしてエレナ姫を助けられないかと考えていました。そんな時、一人の少女を見つけたのです」
少女は森の中で怪我を負って倒れていたという。
「獣に襲われたらしくかなりの大怪我でしたので、急いで城に運んで手当てをしました。命を落とすかと思いましたがどうにか取りとめ、ふた月ほどの療養で少女は元気になりました」
それは驚くほどの回復ぶりだったという。
「改めて見てみますと、エレナ姫と同じ年ごろでとても可愛らしいお顔をしていました。どこの誰か尋ねましたが、怪我をした衝撃で記憶を失くしておりました。そして何より驚いたことに少女はオメガでした」
所有者のいないオメガの若い娘などそうそういるものではない。
「身元不明のオメガの少女が現れたことは、この上ない幸運のように思えました。いえ、ふと心に魔が差したのです。私は少女にお願いしました。どうかエレナ姫になって、ソブラリアに行ってくれないでしょうかと。私も付き添いますし、一生、エレナ姫と思ってお守りしますからと誠心誠意、お願いしたのです」
必死で頭を下げる乳母を、少女はきょとんとした顔で眺めていたという。
「断られて当然の申し出でした。発覚したらその場で首を刎ねられるような提案ですから。でも驚いたことに少女は承知してくれたのです」
そんな稚拙な策はとうてい通らないだろうと、話を聞いた国王は渋い顔をした。でも乳母はどうしてもエレナ姫を助けたかった。
ブラッシア王の残虐さは有名だったし、思い合った騎士と添い遂げたいというエレナ姫のささやかな願いを叶えてやりたかった。父親である国王も娘の涙を見ると胸が痛んだ。
「国王は、少女が絶対に秘密を洩らさないと誓約してくれるならソブラリアで困らないだけの財を持たせると約束しました」
「それが母上?」
ふと、母のいたずらっぽい微笑みを思い出した。いつも楽しそうに笑っている人だった。そんな茶番に乗ってソブラリアまでやって来たのか。
なんと大胆なことをしたんだろう。大国ソブラリアのブラッシア二世をだましたなんて。
「はい。少女はエレナ姫になって輿入れしました。ディサの姫が欲しかっただけのブラッシア王はエレナ姫にはまったく興味を持たなかったので、私たちは後宮で目立たないように静かな日々を過ごしました。幸い、すぐにお子さまに恵まれたエレナ姫は平穏にお暮しでした」
確かに母は平穏そのものの暮らしぶりだった。
後宮の片隅の小さな宮で、庶民のように自分で料理をしてペルルノアと食卓を囲んで、一緒に野山を散歩したり小動物を飼ってみたりした。
王族らしくないと言えばそうだが、小国の姫なんて庶民とさほど変わらないと周囲も思い込んでいた。
「結婚から二年後、約束は破られディサは滅ぼされましたが、処刑前に書いたディサ国王からの書簡が届き、その遺言に従ってエレナ姫はソブラリア王宮に留まることになりました。そして最後までエレナ姫として過ごして、ソブラリアで亡くなられたのです」
「本物のエレナ姫は?」
「ディサを離れた土地で婚約者と結婚しました。平民として静かに暮らしているはずです」
嘘かもしれないし本当かもしれない。ペルルノアはただうなずいた。
「そう、よかったね」
「はい。とても感謝しております。いえ、感謝などしてもしきれません。私はこの秘密を墓まで持っていくつもりでおりました」
すでにディサ王家は滅ぼされ、エレナ姫を騙った母も亡くなっている。本物のエレナ姫は身の安全のために絶対に秘密を漏らすことはない。だからリーノ以外に秘密を知る者はもういないのだ。
「ですが、ペルルノア様がトウレイ国に向かわれると聞いて、これはお話しておかねばと思ったのです」
乳母は悲壮な顔で告げる。確かにここで別れたらもう二度と会うことはないだろう。別れに際して、リーノは人生最大に秘密を打ち明けてくれたのだ。
「ペルルノア様、覚えていらっしゃいますか? 母上様はすこし風変わりな方でした」
「風変わり? どのへんが?」
ペルルノアが覚えている母親は料理上手で歌が好きでいつも笑っていた。風変わりだったという印象はない。
「何というか、色々な感覚が鋭いと申しますか。例えば天気の変化をとても敏感に感じ取れたり、鳥や小動物と会話できる感じがしたり」
それはペルルノアと同じだ。ふと思う。母も魔力持ちだったのか。自分がそうだったから、弱い魔力を持ったペルルノアに内緒にしておきなさいと言ったのか。
「それから実は狩りが得意で弓と剣の腕は大したものでした」
「それは覚えてるよ。ずいぶん教えてもらったからね」
母からは剣も弓も教わった。後ろ盾もなく財産もないため、食料を手に入れるにはディネマ山で狩りをするのが手っ取り早いと思ったらしく、罠の掛け方も教えてもらった。実際、それが今も役に立っている。
子供の頃からそんなふうだったので何も思わなかったが、確かに王族にしてはいささか変わっている。
「そうでしたね。母上様は鳥や兎はもちろん、鹿や猪まで捕らえて来られて驚きました。おまけに大きな獲物は運べないからと言ってあっという間にさばいてしまったので、私は気絶しそうになりました」
その時のことを思い出したのか、乳母は表情をやわらげた。
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ディサの国王は侵略されるよりは属国となるほうがいいとエレナ姫を嫁がせることに決めたが、それを聞いたエレナ姫は悲しみのあまり寝込んでしまった。オメガだったエレナ姫は、幼なじみのアルファの騎士とすでに婚約していたのだ。
「私は乳母として心が痛みました。どうにかしてエレナ姫を助けられないかと考えていました。そんな時、一人の少女を見つけたのです」
少女は森の中で怪我を負って倒れていたという。
「獣に襲われたらしくかなりの大怪我でしたので、急いで城に運んで手当てをしました。命を落とすかと思いましたがどうにか取りとめ、ふた月ほどの療養で少女は元気になりました」
それは驚くほどの回復ぶりだったという。
「改めて見てみますと、エレナ姫と同じ年ごろでとても可愛らしいお顔をしていました。どこの誰か尋ねましたが、怪我をした衝撃で記憶を失くしておりました。そして何より驚いたことに少女はオメガでした」
所有者のいないオメガの若い娘などそうそういるものではない。
「身元不明のオメガの少女が現れたことは、この上ない幸運のように思えました。いえ、ふと心に魔が差したのです。私は少女にお願いしました。どうかエレナ姫になって、ソブラリアに行ってくれないでしょうかと。私も付き添いますし、一生、エレナ姫と思ってお守りしますからと誠心誠意、お願いしたのです」
必死で頭を下げる乳母を、少女はきょとんとした顔で眺めていたという。
「断られて当然の申し出でした。発覚したらその場で首を刎ねられるような提案ですから。でも驚いたことに少女は承知してくれたのです」
そんな稚拙な策はとうてい通らないだろうと、話を聞いた国王は渋い顔をした。でも乳母はどうしてもエレナ姫を助けたかった。
ブラッシア王の残虐さは有名だったし、思い合った騎士と添い遂げたいというエレナ姫のささやかな願いを叶えてやりたかった。父親である国王も娘の涙を見ると胸が痛んだ。
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「それが母上?」
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「はい。少女はエレナ姫になって輿入れしました。ディサの姫が欲しかっただけのブラッシア王はエレナ姫にはまったく興味を持たなかったので、私たちは後宮で目立たないように静かな日々を過ごしました。幸い、すぐにお子さまに恵まれたエレナ姫は平穏にお暮しでした」
確かに母は平穏そのものの暮らしぶりだった。
後宮の片隅の小さな宮で、庶民のように自分で料理をしてペルルノアと食卓を囲んで、一緒に野山を散歩したり小動物を飼ってみたりした。
王族らしくないと言えばそうだが、小国の姫なんて庶民とさほど変わらないと周囲も思い込んでいた。
「結婚から二年後、約束は破られディサは滅ぼされましたが、処刑前に書いたディサ国王からの書簡が届き、その遺言に従ってエレナ姫はソブラリア王宮に留まることになりました。そして最後までエレナ姫として過ごして、ソブラリアで亡くなられたのです」
「本物のエレナ姫は?」
「ディサを離れた土地で婚約者と結婚しました。平民として静かに暮らしているはずです」
嘘かもしれないし本当かもしれない。ペルルノアはただうなずいた。
「そう、よかったね」
「はい。とても感謝しております。いえ、感謝などしてもしきれません。私はこの秘密を墓まで持っていくつもりでおりました」
すでにディサ王家は滅ぼされ、エレナ姫を騙った母も亡くなっている。本物のエレナ姫は身の安全のために絶対に秘密を漏らすことはない。だからリーノ以外に秘密を知る者はもういないのだ。
「ですが、ペルルノア様がトウレイ国に向かわれると聞いて、これはお話しておかねばと思ったのです」
乳母は悲壮な顔で告げる。確かにここで別れたらもう二度と会うことはないだろう。別れに際して、リーノは人生最大に秘密を打ち明けてくれたのだ。
「ペルルノア様、覚えていらっしゃいますか? 母上様はすこし風変わりな方でした」
「風変わり? どのへんが?」
ペルルノアが覚えている母親は料理上手で歌が好きでいつも笑っていた。風変わりだったという印象はない。
「何というか、色々な感覚が鋭いと申しますか。例えば天気の変化をとても敏感に感じ取れたり、鳥や小動物と会話できる感じがしたり」
それはペルルノアと同じだ。ふと思う。母も魔力持ちだったのか。自分がそうだったから、弱い魔力を持ったペルルノアに内緒にしておきなさいと言ったのか。
「それから実は狩りが得意で弓と剣の腕は大したものでした」
「それは覚えてるよ。ずいぶん教えてもらったからね」
母からは剣も弓も教わった。後ろ盾もなく財産もないため、食料を手に入れるにはディネマ山で狩りをするのが手っ取り早いと思ったらしく、罠の掛け方も教えてもらった。実際、それが今も役に立っている。
子供の頃からそんなふうだったので何も思わなかったが、確かに王族にしてはいささか変わっている。
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