金の香種と黒の貴種 異世界中華オメガバース

ゆまは なお

文字の大きさ
34 / 46

乳母の告白3

しおりを挟む
「角鹿や猪をさばくなんてそこらの町娘にはできないことです。上手に保存用の干し肉まで作られて。母上様は山育ちでいらしたのかもしれませんね」
「そうかもしれないけど、なんでそんなことをしてたんだ? 食事が足りなかったのか?」
 後宮住まいの姫君のすることとはとても思えない。
「それには当時の事情が絡んでいるのです。王妃さまの指示で料理人や侍従から……意地悪されたのです」
 乳母は言いにくそうに言葉を探した。つまり毒殺されかけたのだ。

「なるほど。それで狩りをして食事を作ってた?」
「はい。危険だから厨房の食事は食べないようにと。内緒で王宮を抜け出して「ソブラリアの市場は楽しいわ」と野菜を買って来られたり。それに不思議なことですが「毒入りはわかるのよ」と決して罠にかかりませんでした」
「手料理を食べてた記憶はあるけどそんな事情だとは知らなかったな。料理が好きなんだと思ってた」
「お好きだったと思いますよ。家庭料理というより野趣あふれる感じではありましたが。王宮の料理は口に合わないからちょうどいいのと笑っておられました。私はこの方はここに来るべくして来られたのだと思ったものです。本物のエレナ姫だったら私ともども、半年ともたずに病気になったか暗殺されたでしょう」

「そういうことを父上には話した?」
「いいえ。一切何も告げるなとおっしゃって陛下とは接触を避けておられました。偽物の姫ですから当然の用心ですが。でも後から思ったことですが、母上様は案外、伸び伸びと後宮での生活を楽しまれていたのではないかと」
「どういう意味?」
「エレナ姫は側妃なので公式行事に出なくて済みましたし、王子を生んだと言っても領地もなく親族もいないのでペルルノア様のお披露目もなくて。おかげで親子そろって好きなように暮らせるわね、と喜んでおられましたから」
 母の言いそうなことだとペルルノアはくすりと笑った。

「もっとも母上様が生きていらした頃には、私はそうは思っておりませんでした。こんな目に合ってお可哀そうにと事あるごとに怒ったり泣いたりする私を母上様は「私は今の生活を楽しんでるわ」と慰めてくださいました」
 母がいた頃の生活は、ペルルノアには明るく楽しい思い出しかない。それは母の楽観的な性格によるものだった。
「母上は、本当はどこの誰だったんだ?」
 その質問にリーノは困った顔で首を横に振った。
「それがわからないのです。最後まで何もおっしゃいませんでした。本当のお名前すら、私は知りません。記憶は戻らないようでしたが、思い出していたのではないかと思うことは多々ありました」
「狩りや料理のこと?」

「はい。それ以外にも色々と。もしかしたら最初から記憶はあったのではと疑うこともありましたが、詳しく訊ねたことはございません」
 日々の生活の中で、今さらだと思ったのだろう。エレナ姫を守ってくれた恩もある。
「読み書きは得意ではありませんでしたが、山の動植物の知識は豊富でした。おそらく山育ちか農村に近い山岳狩猟地の出身かと思いますが、物腰は意外と品がある時もあって、身元が分かりづらい方でした」
「狩りが得意だったし、ディサから近い山の集落出身だったのかもな」
「そう思います。ですが、死ぬまでエレナ姫でいいわと母上様は笑っていました。これも運命でしょうと。そして亡くなる前に、私にこれを渡しておっしゃいました。もしいつかペルルノア様がソブラリアを出ていく事態になったらこれを渡して欲しいと。私はてっきり戦場に出る日が来るのだと思ったのですが。母上様は不思議な力をお持ちでした。ペルルノア様がトウレイ国に行く日が来ると知っていたような気がするのです」
 手にしたお守り袋と小刀を、ペルルノアはじっと見つめた。

 母が亡くなって十年が経つ。大事にしまわれていたせいか、お守り袋はほつれもなく色鮮やかなままだ。
 小刀は鞘全体に複雑な模様が刻まれ、持ち手には翡翠を使った装飾がある。かなり凝った細工だ。女性の手のひらほどの大きさで護身用にしても小さい。
「それは実用品ではないようです。抜けませんから」
「装飾品だろうね。きれいな細工だ」
「ええ。おそらく身元に繋がる物なのだと思います」
 母の身元。死ぬまで名前すら明かさなかった母はどこの誰だったのか。
「この話、セルリアは知ってるのか?」
 事情を知らされていてもおかしくないと思ったが、乳母は首を横に振った。
「知らないと思います。私は話しておりませんし、母上様は誰にも話さないと誓約されましたから」
「そう。場合によっては話してもいいか? ディサに迷惑がかかる?」
「ペルルノア様にお任せ致します。もうディサはございませんし、今さらエレナ姫の行方を追う者もいないでしょう」
「うん。……まだ眠くない? 母上の話をもっと聞いておきたいんだ」
「もちろんですとも。母上様には本当にたくさん驚かされたことがありますから」
 乳母はにっこり笑って、手にしたハンカチで目元に浮かんだ涙を拭いた。

 ペルルノアが覚えている母は明るく朗らかでいつも手仕事などしている人だったが、乳母から見た母はすこし印象が違っていたようだ。
 年頃の娘なのに川に行って全裸で泳いでいたのでびっくりして叱ったこと、素手で魚を捉えることができたこと、薬草に詳しくたいていの病気は自力で治したこと、騎射の腕が素晴らしかったこと。
 王宮に来てからも、険しいディネマ山に登って山菜をどっさり採ってきたり、野生の馬を手懐けて乗ったりしたそうだ。発情期には自分で薬草を調合して抑制薬を作っていたらしい。
 母がそれほど野性味にあふれていたとは知らなかった。
 その晩は、夜更けまで母の思い出話をたくさん聞いたのだった。

 リーノは元気かな。乳母と別れてひと月近く経ったが、その間に状況は激変した。
 使節団と騎士団は姿を消し、セルリアも行方不明だ。その代わり、飛煌という香種の巫術師に出会った。この先は一体、どうなることやら。
 どうか無事に、王宮にたどり着けますように。
 小刀を皮袋にしまったペルルノアは、母の形見のお守り袋を握って眠りについた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

鳥籠の夢

hina
BL
広大な帝国の属国になった小国の第七王子は帝国の若き皇帝に輿入れすることになる。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

運命よりも先に、愛してしまった

AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。 しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、 2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。 その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

普通のβだった俺は

りん
BL
普通の大学生として過ごす白瀬凪が、αの先輩に絡まれる話 凪は普通の大学生だ。βで、容姿も中身も平均値ぐらいだと認識している。ある日、大学でもよく噂されている先輩に声をかけられる。先輩の独特の雰囲気と空気に、次第に巻き込まれていく凪。 ※オメガバ系で結構ご都合な設定ありかもです!地雷だったらごめんなさい!!

やっぱり、すき。

朏猫(ミカヅキネコ)
BL
ぼくとゆうちゃんは幼馴染みで、小さいときから両思いだった。そんなゆうちゃんは、やっぱりαだった。βのぼくがそばいいていい相手じゃない。だからぼくは逃げることにしたんだ――ゆうちゃんの未来のために、これ以上ぼく自身が傷つかないために。

処理中です...