40 / 46
異国の王子様1
しおりを挟む
ペルルノアが王宮に来て半月ほどが過ぎ、西の離れは異国の客が住んでいると王宮内の者たちにすっかり周知されて、滅多にない客人にざわついていた者たちも落ち着きを取り戻しつつある。
「李誠はどう思う?」
飛煌は行儀悪く出窓の格子に片足を上げてもたれていた。下ろした片足を子供のようにぷらぷらと揺らしている。
主の問いに、柔和な顔立ちの侍従は首を垂れて答えた。
「王宮内の評判は悪くありません。侍従や下働きにも態度が変わらず、勉強熱心で塔麗語を話そうとされますから」
初めは遠巻きにされていたペルルノアは、優しげな容貌と誰にでも話しかけていく気安い態度で徐々に受け入れられてきている。
「そうね。最初は殺したほうがいいって意見も多かったのに」
長いすに座った翠耀がくすりと笑う。
「異国人は余計な騒動を引き起こすと思ったけど、そうでもないわね」
手にはペルルノアから献上された首飾りを持っている。薔薇が彫りこまれた紅玉の飾りが美しく、眺めているだけでも楽しいのだ。
「王宮の変化を嫌う者も多いですからね」
先代の王から仕えている李誠はいつも通り、穏やかに返事をする。
鎖国状態で何百年も続いてきた塔麗国は閉鎖的な考えを持った者も少なくない。
「しかも武の国ソブラリアから来た貴種の王子ということで警戒されていましたが、誰に対しても驕った様子がありませんから」
「それにあいつ、護衛隊の訓練に参加してるだろ。だから護衛貴種たちは親しみを感じてるみたいだな」
ペルルノアが「体がなまってしょうがないから訓練に参加したい」と言い出したのは、彼が目覚めて五日ほど経った頃だった。瀟音の治療のおかげで肋骨の骨折がかなり良くなったこともあり、体を動かしたくなったらしい。
翠耀はあっさり「構わないわ」と許可を出し、その日からペルルノアは訓練に参加した。
全体的に小柄な塔麗人からすれば、ペルルノアは背が高いので堂々として見える。しかし護衛貴種たちは体格もよく力もあって、訓練に混ざっても違和感はなかった。
言葉が通じなくても関係がないのもよかったのだろう。まだ左腕の骨折は完治していないが、できる範囲で参加して護衛たちとは親しげに笑い合っている姿を見るようになった。
「香種たちも注目してるわ。次の発香期に誰が誘うか水面下で争ってるみたいよ」
「ノアには手出し無用だ」
「あら、そんなに王子との発香期がよかったの?」
「まあな」
何もかも初めてだったらしいペルルノアは、とても大切なものを扱うように飛煌の体に触れてきた。それは飛煌には新鮮でドキドキした。情熱的に熱心に抱きしめられて幸せな気持ちで過ごした。
翠耀にはまだペルルノアが伉儷とは知らせていない。
発香期を過ごしたから、確信がないわけではない。でもペルルノアはどう思っているんだろう? ソブラリアでは運命の番という言い方をすると聞いたが、ペルルノアがどう感じているのか飛煌にはわからなかった。
そもそもあいつ、初体験だったしな……。滅多に出会うものじゃないし、気づいてないってこともあり得るよな。
そして伉儷だとしても、それを公表していいのか? 異国人が相手でも?
「飛煌、どうしたの? 変な顔しちゃって」
「ノアがあんまり無防備でイライラするだけ」
翠耀は李誠と顔を見合わせて、くすりと笑った。香種が気に入った貴種に声をかけるなんていつものことで、普段の飛煌ならそんなことは歯牙にもかけない。
しかしこのまま放っておけば、他の香種たちがペルルノアを狙うだろう。誘うなといちいち言って回るような面倒はしたくない。
全員に手出し無用と思わせる機会はないものかと考えて、そういえばペルルノアが来てから公式行事を何もしていないと気づいた。
「翠耀、ノアの歓迎の宴を次の満月に開くのはどうだ?」
月見の宴を開こうと言うと翠耀と李誠は眉をひそめた。
「宴を開くのは構わないけど、わざわざ満月に?」
「ああ。他国の王子だし、礼儀として宴くらい開くべきだろ?」
「それはそうですが、何も満月じゃなくてもよろしいのでは?」
李誠もそう口を添えた。
塔麗国では香種が出席できない発香期には公式行事は開かないものだ。
「べつに欠席しても構わない。そんなに多くないだろ?」
言い張った飛煌に翠耀は呆れた顔でぴしゃりと言った。
「無茶言わないで。少数だろうと発香期は無理。王子の歓迎会なら抑制薬を飲んででも出席する者だっているでしょ。子が欲しい者もたくさんいるのに、その機会を奪えないわ」
確かにその通りだ。発香期は年に六回しかない。欠席していいと通知しても、参加してくる者もいるだろう。
「王子が恨まれても飛煌はいいの?」
子を望む者にとってはこの機会を奪われるのは恨みの種になりかねない。それは宴を開催した飛煌ではなくペルルノアに向かうことになる、翠耀はそう指摘したのだ。
「あー、そうか。そうだよな」
子を望んでいない飛煌は、そこまで思い至らなかった。
「ノアが恨まれるのは困るな」
せっかくみんなといい関係を作ろうと努力しているのに、その邪魔はしたくない。
「でしょ。どうせ来月の発香期は飛煌が指名するんでしょ。今月は誰かと番ってもいいじゃない」
しごくまっとうな意見だったが、飛煌は唇を尖らせた。
「それが嫌なんだろ」
「へえ。そんなに王子がよかったの? ほかの香種を抱かせたくないくらい?」
翠耀が興味津々の顔になったので飛煌は急いで釘を刺した。
「おれが指名するからな」
「えー、べつにいいじゃない。異国の貴種ならわたしも興味あるわ」
「だめだ。ノアはおれの」
強く主張すると、翠耀は驚きとからかいをにじませた。
「それで王宮にいるの? 誰かに取られちゃうんじゃないかって心配で、新月期の見回りにも出ないほど?」
数日前が新月だった。新月前後がもっとも妖魔の出現が少ない時期だから、いつも樹海の祠巡りはこの時期に行っている。それなのに王宮に留まっていることをからかうように言われて、思わずムッと唇を噛んだ。
李誠は口を挟まずに主人たちの様子を静かに傍観している。
「李誠はどう思う?」
飛煌は行儀悪く出窓の格子に片足を上げてもたれていた。下ろした片足を子供のようにぷらぷらと揺らしている。
主の問いに、柔和な顔立ちの侍従は首を垂れて答えた。
「王宮内の評判は悪くありません。侍従や下働きにも態度が変わらず、勉強熱心で塔麗語を話そうとされますから」
初めは遠巻きにされていたペルルノアは、優しげな容貌と誰にでも話しかけていく気安い態度で徐々に受け入れられてきている。
「そうね。最初は殺したほうがいいって意見も多かったのに」
長いすに座った翠耀がくすりと笑う。
「異国人は余計な騒動を引き起こすと思ったけど、そうでもないわね」
手にはペルルノアから献上された首飾りを持っている。薔薇が彫りこまれた紅玉の飾りが美しく、眺めているだけでも楽しいのだ。
「王宮の変化を嫌う者も多いですからね」
先代の王から仕えている李誠はいつも通り、穏やかに返事をする。
鎖国状態で何百年も続いてきた塔麗国は閉鎖的な考えを持った者も少なくない。
「しかも武の国ソブラリアから来た貴種の王子ということで警戒されていましたが、誰に対しても驕った様子がありませんから」
「それにあいつ、護衛隊の訓練に参加してるだろ。だから護衛貴種たちは親しみを感じてるみたいだな」
ペルルノアが「体がなまってしょうがないから訓練に参加したい」と言い出したのは、彼が目覚めて五日ほど経った頃だった。瀟音の治療のおかげで肋骨の骨折がかなり良くなったこともあり、体を動かしたくなったらしい。
翠耀はあっさり「構わないわ」と許可を出し、その日からペルルノアは訓練に参加した。
全体的に小柄な塔麗人からすれば、ペルルノアは背が高いので堂々として見える。しかし護衛貴種たちは体格もよく力もあって、訓練に混ざっても違和感はなかった。
言葉が通じなくても関係がないのもよかったのだろう。まだ左腕の骨折は完治していないが、できる範囲で参加して護衛たちとは親しげに笑い合っている姿を見るようになった。
「香種たちも注目してるわ。次の発香期に誰が誘うか水面下で争ってるみたいよ」
「ノアには手出し無用だ」
「あら、そんなに王子との発香期がよかったの?」
「まあな」
何もかも初めてだったらしいペルルノアは、とても大切なものを扱うように飛煌の体に触れてきた。それは飛煌には新鮮でドキドキした。情熱的に熱心に抱きしめられて幸せな気持ちで過ごした。
翠耀にはまだペルルノアが伉儷とは知らせていない。
発香期を過ごしたから、確信がないわけではない。でもペルルノアはどう思っているんだろう? ソブラリアでは運命の番という言い方をすると聞いたが、ペルルノアがどう感じているのか飛煌にはわからなかった。
そもそもあいつ、初体験だったしな……。滅多に出会うものじゃないし、気づいてないってこともあり得るよな。
そして伉儷だとしても、それを公表していいのか? 異国人が相手でも?
「飛煌、どうしたの? 変な顔しちゃって」
「ノアがあんまり無防備でイライラするだけ」
翠耀は李誠と顔を見合わせて、くすりと笑った。香種が気に入った貴種に声をかけるなんていつものことで、普段の飛煌ならそんなことは歯牙にもかけない。
しかしこのまま放っておけば、他の香種たちがペルルノアを狙うだろう。誘うなといちいち言って回るような面倒はしたくない。
全員に手出し無用と思わせる機会はないものかと考えて、そういえばペルルノアが来てから公式行事を何もしていないと気づいた。
「翠耀、ノアの歓迎の宴を次の満月に開くのはどうだ?」
月見の宴を開こうと言うと翠耀と李誠は眉をひそめた。
「宴を開くのは構わないけど、わざわざ満月に?」
「ああ。他国の王子だし、礼儀として宴くらい開くべきだろ?」
「それはそうですが、何も満月じゃなくてもよろしいのでは?」
李誠もそう口を添えた。
塔麗国では香種が出席できない発香期には公式行事は開かないものだ。
「べつに欠席しても構わない。そんなに多くないだろ?」
言い張った飛煌に翠耀は呆れた顔でぴしゃりと言った。
「無茶言わないで。少数だろうと発香期は無理。王子の歓迎会なら抑制薬を飲んででも出席する者だっているでしょ。子が欲しい者もたくさんいるのに、その機会を奪えないわ」
確かにその通りだ。発香期は年に六回しかない。欠席していいと通知しても、参加してくる者もいるだろう。
「王子が恨まれても飛煌はいいの?」
子を望む者にとってはこの機会を奪われるのは恨みの種になりかねない。それは宴を開催した飛煌ではなくペルルノアに向かうことになる、翠耀はそう指摘したのだ。
「あー、そうか。そうだよな」
子を望んでいない飛煌は、そこまで思い至らなかった。
「ノアが恨まれるのは困るな」
せっかくみんなといい関係を作ろうと努力しているのに、その邪魔はしたくない。
「でしょ。どうせ来月の発香期は飛煌が指名するんでしょ。今月は誰かと番ってもいいじゃない」
しごくまっとうな意見だったが、飛煌は唇を尖らせた。
「それが嫌なんだろ」
「へえ。そんなに王子がよかったの? ほかの香種を抱かせたくないくらい?」
翠耀が興味津々の顔になったので飛煌は急いで釘を刺した。
「おれが指名するからな」
「えー、べつにいいじゃない。異国の貴種ならわたしも興味あるわ」
「だめだ。ノアはおれの」
強く主張すると、翠耀は驚きとからかいをにじませた。
「それで王宮にいるの? 誰かに取られちゃうんじゃないかって心配で、新月期の見回りにも出ないほど?」
数日前が新月だった。新月前後がもっとも妖魔の出現が少ない時期だから、いつも樹海の祠巡りはこの時期に行っている。それなのに王宮に留まっていることをからかうように言われて、思わずムッと唇を噛んだ。
李誠は口を挟まずに主人たちの様子を静かに傍観している。
32
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
運命よりも先に、愛してしまった
AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。
しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、
2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。
その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
普通のβだった俺は
りん
BL
普通の大学生として過ごす白瀬凪が、αの先輩に絡まれる話
凪は普通の大学生だ。βで、容姿も中身も平均値ぐらいだと認識している。ある日、大学でもよく噂されている先輩に声をかけられる。先輩の独特の雰囲気と空気に、次第に巻き込まれていく凪。
※オメガバ系で結構ご都合な設定ありかもです!地雷だったらごめんなさい!!
やっぱり、すき。
朏猫(ミカヅキネコ)
BL
ぼくとゆうちゃんは幼馴染みで、小さいときから両思いだった。そんなゆうちゃんは、やっぱりαだった。βのぼくがそばいいていい相手じゃない。だからぼくは逃げることにしたんだ――ゆうちゃんの未来のために、これ以上ぼく自身が傷つかないために。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる