【神とも魔神とも呼ばれた男】

初心TARO

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第1章(序章)絶望の果て

第4話 弱者の立ち回り

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 カザフ達の言葉は、俺の自尊心を深く傷つけた。
 もうどうにでもなれと投げやりになったその時である。
 俺の事を自慢する妹や、期待してくれた両親や村人の顔が脳裏に浮かんだ。すると、勇気が湧いて来た。

 俺は、いきなり立ち上がると、カザフに向かって、力いっぱい体当たりをした。

 彼は尻もちをついたが、直ぐに起き上がると、見たこともない動きで近づいて来て俺の脇腹を殴った。

 俺は息ができず、また、崩れ落ちてしまった。


「おい、良い気になるな!」

 カザフは、俺の背中を蹴った。


「カザフ、そろそろ夕食に行かないと無くなるぞ」


「そうだな。 おいっ、また鍛えてやるからな!」

 彼らは、笑いながら食堂へと消えて行った。

 意気消沈し起き上がる事もできずにいると、誰かが近づいてきた。


「イース、大丈夫か?」

 見上げると、そこにはベアスがいた。


「何で、今頃だよ。 それに、何で、俺を置いて先に行ったんだ」

 俺は、悔し涙を必死に堪え、ベアスを睨んだ。


「置いて行ったと言うが、ついてこれない方が悪いんだ。 ここは弱肉強食の世界なんだ。 教官だって味方じゃない。 俺も7歳でムートに来て、沢山のイジメにあってる。 殺るか殺られるかだ。 さっき、おまえをイジメたカザフだが、背が低いがあれでも13歳だ。 あいつは、さして強くない。 だけど、同じ歳の連中と徒党を組んでるから厄介なんだ。 ある程度の実力がつくまでは、目立たず騒がずに徹するのが一番なんだ」

 ベアスは、情けなさそうな顔をした。言ってて辛そうだ。


「カザフが徒党を組んでるって言うなら、ベアスは俺と組まないか?」

 俺は、目を輝かせて話したが、ベアスは露骨に嫌な顔をした。


「俺より弱いイースじゃ、組むメリットが無いだろ。 だから無理だ。 それより、早く夕食を食べに行きな。 料理が無くなっちまうぞ」

 自分の事ばかり言うベアスだが、多少は心配しているようだ。
 

「ベアスは食べたのか?」


「ああ、俺はいつも高等クラスの修習生がいる時に紛れ込んで食べてる。 初等クラスの連中といると因縁を付けられかねない。 要領良くやらないとな」

 ベアスの話を聞いて、ここは地獄だと思った。
 俺の住んでる村では、イジメとか争いが無かったからだ。


「俺と組めないなら、ここで生きるコツを教えてくれ。 なあ、頼むよ」

 俺はベアスに、手を合わせて懇願した。


「分かった。 皆がいる前では無視するが、食堂か浴場に2人でいる時に教えてやる。 俺は、これから浴場に行くがどうする?」


「俺も行く」


「そうか、分かった。 但し、浴場に入るまでは、一定の距離を置いて関係ないフリをしろ」

 ベアスは、用心深い弱者のようだ。
 臆病者同士、親近感が芽生えた。
 
 俺は、一定の距離を置いてベアスについて行った。


◇◇◇


 ムートの施設は、どこも大きい。
 浴場もご多分に漏れず大きいのだが、大人の体格をした高等クラスの修習生でごった返していた。とても俺たちが湯船に浸かる余地はない。


「イース、早く来い」

 ベアスが手招きすると、彼は湯船の角の方にスルッと潜り込んだ。
 そして、頭だけちょこんと出した。
 一見すると、大人が入っているように見える。まるで、違和感がない。

 ベアスは早く来いと、再び手招きをした。
 俺は、周囲に誰もいない事を確認し、ベアスの真似をしてスルッと入り、頭だけ出した。


「イース、うまいじゃないか?」

 ここまでする必要があるのか疑問だが、ベアスから真顔で言われ、少し可笑しくなった。


「浴場では、暖まったらサッと上がるんだ。 あまり長くいると、見つかって殴られる時がある」


「えっ、大人が子どもを殴るのか?」


「ああ。 虫のいどころが悪い連中がいるからな。 最も、あの連中に本気で殴られたら、陽気を使えないと死ぬぞ。 だから、イースは特に気をつけな」

 ベアスの話を聞いて、宮殿で魔法使いの教官が、陽気の事を言ったのを思い出した。


「なあ、陽気ってなんだ?」


「体の中を巡る、不思議な力とでも言おうか …。 達人と呼ばれる騎士は剣ではなく陽気の力で切るんだ。 凄い人だと神殿の石柱も切断するんだぞ!」


「本当なのか? 俺も、早く陽気を身につけたい。 どうすれば良い?」


「まずは、体を鍛えて筋肉を付ける事だ。 教官が良いと判断したら、魔法使いが解放魔法をかけてくれる。 そこで発現したら、修練で大きく育てるんだ。 俺の陽気はまだ小さいが、それでも、おまえを倒したカザフに負けない」

 そう言うと、ベアスは立ち上がった。確かに、彼の身体は筋骨隆々で少年のものでは無かった。
 俺は、それを見て、ひ弱な自分が恥ずかしくなってしまった。


「何をボサボサしてる。 上がるぞ!」

 ベアスは、言葉を投げ捨てて、サッサと上がってしまった。



 次に、俺とベアスは、目立たないように、誰もいない修練場に入った。

 暗がりで顔も見えないが、ここで、さっきの続きを話す事にした。


「なあ、イース。 おまえは就寝場に行かない方が良いと思う。 多分、カザフ達のイジメで寝かせてもらえないぞ。 それに、食堂に行っても、料理は全て無くなってるはずだ」


「えっ …。 夕食抜きで、ここで寝るって事か?」

 ムートに来る道中、2~3日食べない事や野宿した事もあったから、正直に言って、そんなに苦ではなかった。


「これも、ここで生きるコツだ。 明日、ここで修練するから、遅刻する事もないし丁度いいんじゃないか?」

 ベアスは、無責任に笑った。


「分かった。 君が言うなら、そうする」


「おまえ、…。 素直だな」

 ベアスの口調が、少し柔らかくなった。
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