上 下
14 / 40
第1章(序章)絶望の果て

第13話 絶対絶命

しおりを挟む
 俺は分からなかったが、ベアスは、見覚えがあるようだ。しかも、かなり動揺している。

「イース、あいつは …。 3年前にムートを追われたトラフだ!」

 ベアスに言われて思い出した。俺がムートに入った時、Eクラスのボスだった奴だ。
 俺はトラフと直接関わった事はないが、ベアスはさんざんイジメられたようで、その時のトラウマで怯えていた。


「ベアス、恐れる事はない。 おまえはCクラスに上がった。 トラフはDクラスにさえ上がれなかった情け無い奴だ」

 俺は、小声でベアスを励ました。彼も理解したのか、落ち着きを取り戻した。

 そんな俺達に対し、トラフは、ズケズケと踏み込んで来て、俺の顔を舐めるように見た。


「3年前の事だけど、イースという女子が、カザフ達に乱暴されてよ。 俺も奴らの仲間として同罪にされたんだ。 それで、ムートを追放された。 当時、俺は、男子のボスで女子と不可侵条約を結んでいた。 そりゃ、有罪なら刑に服すのは当然だが …。 だが、なんとイースは、男だったって言うじゃねえか。 男なら罪に問えねえから、完全に冤罪だったんだ。 俺の人生、どうしてくれるんだ!」

 カザフは俺を睨みつけて来たが、事実だから反論できない。


「ところでさ。 恐ろしいナーゼは、ムートを卒業したんだってな …。 今日は、おまえに償ってもらうけど、もう、ナーゼに助けちゃもらえねえぞ!」

 トラフは、不敵に笑った。


「冤罪だった事は謝る。 でっ、俺にどうしろと?」

 俺がトラフに答えると、彼はニヤけた。


「背が高くなったが、顔は相変わらず女見てえだな。 可愛いぜ、まずはキスさせろ!」

 トラフは、顔を赤くした。どうやら、男色があるようだ。凄く、気持ち悪い。


「イースは、今ではBクラスに上がった。 トラフでは勝てっこないぞ!」

 ベアスが言葉で攻撃すると、トラフは虫ケラでも見るような表情をした。


「おめえよお。 ベアスだよな。 逃げ回っていた奴が、出世したもんだ。 テメエには関係ねーだろ。 どっかに失せろ!」

 トラフは、凶悪な顔で凄んだ。


「どこにも、逃げない。 俺は、イースに加勢する」
 
 ベアスは、ビビリながらもハッキリと答えた。俺は、その言葉を聞いて、涙が出るほど嬉しかった。


 しばし感激していると、どこからか、男女が連れ立って現れた。


「私はトラフに加勢するけど、ベアスは、逃げるなら今のうちよ」

 ソニアだった。彼女は、薄気味の悪い笑みを浮かべた。


「俺も、トラフに加勢するぜ。 イースよ、おまえ、人を騙すなんて最低な奴だな! トラフを冤罪に陥れたんだから、殺されても文句を言えねえよな」

 ジダンも現れ、トラフの横に立った。

 そして2人は、剣を下段に構えた。間違いなく俺を殺そうとしている。
 どうあがいても、勝ち目はなかった。


「ベアス、逃げてくれ!」

 俺が叫んだ瞬間、ソニアの剣が俺の胸を突いて来た。
 俺は丸腰だったが、何とか避けた。


「イース、応援を呼んで来る!」

 そう言うと、ベアスはどこかに走って行った。
 俺は、彼が逃げても仕方がないと思った。


シュッ

ボムッ


 ジダンの放ったノーモーションの剣先が、右肩を突いて来たが、その瞬間、陽気を肩に集め凝縮し、剣を弾き飛ばした。
 この陽気のコントロールは、ナーゼから教わったものだ。


「凄いじゃないか! その発勁はAクラスでも通用するぞ。 じゃあ、俺も剣に陽気を通すとするか」

 ジダンは、剣に集中した。すると、剣先から赤い光が出て来た。通常はオレンジ色の光を発するのだが、赤色はかなり強力な陽気を意味する。
 さらに上を行くと青色になるのだが、この色はナーゼにしか出せなかった。

 トラフは、部外者のように呆気にとられている。彼も陽気を扱えるが、次元が違い過ぎるのだ。

 ジダンが本気を出した段階で、他の2人は距離を取って離れた。
 赤い光が制御を失うと、近くにいる物を滅多やたら切断するからだ。

 ジダンは、言葉を発せず集中した。そして、剣と共に赤い光を飛ばす。
 俺は、自分の持てる陽気を最大限に発勁し防御に徹した。それでも肉を斬られ、削がれて行く。まさに、なぶり殺しだ。
 そして、俺の持てる陽気が弱まり、骨まで切断されそうになった時である。
 ジダンは、なぜか攻撃をやめた。


「さあ、トラフ。 コイツにトドメを刺せ。 おまえが刺すんなら大義名分が立つ。 つまり、誰も文句を言えねえ。 万が一、ナーゼに知られても、復讐されねえ」


「えっ、俺がかトドメを? 嫌だ、ナーゼが怖えよ」

 トラフは、泣きごとを言った。
 俺には優しいが、ナーゼはそれほどまでに、恐れられていた。


「何、ビビってるんだ。 男だろ!」

 ソニアが、トラフの尻を剣で突いた。
 

「ひえっ」

 情け無い声を上げた後、言われるままに、俺の左胸に剣を向けた。このまま、振り下ろせば終わりだ。
 逃げようとしても、俺の血だらけの身体は動かない。
 ナーゼに陽気を使い切ってはならないと教わっていたが、実践では余裕がなかった。

 俺は、身体が動かせない状態で、トラフが振り下ろそうとしている剣先を、茫然と眺めるしかなかった。


「ああ、イース! なんて事なの。 来るのが遅れてごめんなさい」

 意識が薄れて行く中で、ナーゼの懐かしい声が聞こえた気がした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

嘘を囁いた唇にキスをした。それが最後の会話だった。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:70

メガネの彼女は野獣に捕まる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:170pt お気に入り:166

マッチングアプリの狼とレンタル彼氏のうさぎちゃん

恋愛 / 完結 24h.ポイント:220pt お気に入り:86

sweet!!-short story-

BL / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:618

【R18】竿付きお姉さんに飼われて?ます

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:1

【完結】 嘘と後悔、そして愛

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,592pt お気に入り:319

処理中です...