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第1章(序章)絶望の果て

第18話 仕組まれた罠

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 翌日の昼休みに、俺はサーナに会いに行った。
 声をかけると、彼女は、いつになく機嫌が良かった。今までの冷たい対応が嘘のように、出会った時のような気遣いを感じた。


「あのう、話ってなんだろう?」


「ずっと、イースに謝りたかったの。 実は、私、子爵の娘なんだ。 無駄に気位が高くてさ …。 素直じゃないの。 だから、長い間、言えなかった」

 俺は、サーナが貴族の家柄だと聞いて驚いたが、彼女のプライドの高さから納得できた。


「俺も女子だと騙して、本当に反省してたんだ。 平民の俺に騙されるなんて、サーナのプライドを傷つけたんだよな」


「イースは、何度も謝ったわ。 それを拒否して …。 私が、素直になれなかっただけ。 これからは、気軽に話ができる関係になりたいな」

 俺は、サーナの心の内を聞けて嬉しかった。嫌われてから雪解けまで5年もの歳月を要した。


 この日を堺に、サーナから頻繁に連絡が来るようになった。俺も、ベアスとの仲を取り持つため機会を伺っていた。

 何回か2人で会っていたが、そんなある日、ベアスが好意を持っている事を伝えた。
 すると、以外な答えが帰ってきた。


「ベアスの気持ちは嬉しいけど、受けられないわ。 私の気持ちは分かるでしょ。 イース、あなたの事が好きなの」

 俺は、サーナの告白に驚いたが、不誠実な事はできない。
 だから、正直に話した。


「実は、俺には将来を誓い合った恋人がいるんだ。 サーナの気持ちは嬉しいけど、ゴメンな」


「信じられない …。  じゃあ、その人は誰なの?」


「ビクトリアなんだ」


「えっ、魔法使い修練場のSクラスにいるビクトリア? ムートの女神と言われてる、あの美しい娘。 本当なの?」


「ああ、本当なんだ。 実は、2度も命を救われて、それで仲良くなったんだ。 俺は、弱々しい彼氏さ」


「相手がビクトリアだと、私じゃとても敵わない。 イースの事は諦めるけど、だからと言って、ベアスと付き合えない。 友達の顔を潰してゴメンね」

 サーナは、正直に自分の気持ちを話してくれた。


 その後ベアスには、サーナとのやり取りを包み隠さず全て伝えた。
 彼は、悲しそうな顔をしたが、もっと素敵な女性を見つけてやると胸を張って見せた。
 それを見て、彼の男らしさに深く感動した。

 ちなみに、サーナとは仲直りをしたのだが、違う意味で、以前より気まずくなってしまった。

 厳しいムートにおける、青春の一コマであった。


◇◇◇


 ビクトリアは、3ヶ月の長い遠征を終え、やっと帰って来た。
 俺は、腕輪に逢いに行くと思いを伝え、2人の家に向かった。

 家の中に入ると、ビクトリアはすでに来ていた。
 よほど遠征がきつかったのか、疲れ切った様子で、リビングの椅子に腰掛けていた。

 それでもビクトリアは、美しく愛らしい。俺は、直ぐに手を取って、キスをしようとした。


「やめて!」

 しかし、ビクトリアに拒否されてしまった。


「どうしたの? 具合が悪そうだけど、だいじょうぶ?」


「具合は、悪くない …」

 ビクトリアは、ポツリと呟いた。
 そして、しばらくの沈黙の後、重い口を開いた。


「私は15歳の時、イースと初めて結ばれて、約1年が経ったわ。 16歳の今でも、あなたの事を堪らなく愛してる。 でも、イースの気持ちはどうなの?」


「決まってるさ。 命をかけてビクトリアを愛してるよ。 この気持ちは一生変わらない」


「嘘よ。 私と逢えない3ヶ月の間に、何をしたの? 私が知らないとでも思ってるの?」

 俺は、訳が分からなかった。しかし、ビクトリアの危機迫る様子に、本気なのは分かった。


「俺が、何をしたって言うんだ? 分からないよ!」

 俺は、いつになく声を荒げてしまった。


「Cクラスのサーナって娘よ。 イースが妊娠させたと聞いたわ。 私がいるのに、なんで、そんな事ができるの?」

 ビクトリアは、泣きそうな声で淡々と話した。


「誰が、そんなデタラメを言ったんだ。 嘘を信じるなんて、ビクトリアらしくないよ」

 俺は、聡明なビクトリアの言葉とは思えなかった。


「軍の参謀である、シモンから聞いたわ」


「違う! ガーラが言ってたが、シモンがビクトリアに気があるから、俺から奪おうとしてるって …。 だから、奴が嘘を吐いてるんだ。 なんて男だ!」

 俺は、ガーラの言葉を思い出し、戦慄した。あの話は、本当だったのだ。


「何なの? イースがガーラに会ったなんて、あり得ないわ! 彼女は、自分にメリットがないと動かない冷徹な人よ。 それに、シモンは皆に信頼されてる善意の人よ。 私とイースが結ばれる事を応援してくれていたわ。 ナーゼが地方出身で、素性が悪いというだけで、Sクラスに入れなかった事は知ってるよね。 だからシモンは、イースの素性が悪くても、ちゃんと成績が良ければ子爵になれるよう根回しをしてくれていた。 それだけに、イースが浮気して子どもまで身籠らせた事を知って、とても残念がってたわ。 シモンは、私達2人の事を思って、心を鬼にして教えてくれたの。 サーナって言う娘も、イースの子どもを妊娠したと証言してるのよ。 それに、あなたとサーナが隠れて会ってる姿が魔法の水晶に記録されていて、私も見せてもらった。 証拠があるのだから、見苦しい言い訳はしないで。 私たちは、もう、おしまいなの。 別れましょう」

 ビクトリアは、冷静さを失い、嗚咽を上げて泣き出した。


「違うよ。 確かにサーナと会って話したけど、ベアスとの仲を取り持つためだったんだ」

 俺は正直に弁明したが、ビクトリアは首を横に振って信じてくれなかった。


「裏切られてもイースの事を守りたい。 だから、あなたが罪に問われないよう、シモンにお願いしたわ。 私との縁は切れるけど、自分の道を、誠実に生きて! 私には、それしか言えない」


「違うよ。 ビクトリアはシモンに騙されてるんだ」

 俺は、泣きながら訴えた。
 しかし、最後まで言い終わらないうちに、ビクトリアの姿は消えてしまった。
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