【神とも魔神とも呼ばれた男】

初心TARO

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第1章(序章)絶望の果て

第17話 不穏な空気

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 俺が、ビクトリアと会うのは、修練が終わった夕方から早朝にかけての時間帯だ。
 2人の家には、なんでも揃っているから、家からムートに通っているようなものだった。

 Sクラスのビクトリアは、軍の遠征に随行するため、1週間程度いない日があった。
 そんな日は、ムートで1人寂しく過ごすのだが、今日は、2人の家に向かう事にした。ムートにいるより、ビクトリアの匂いがするベッドで寝る方が落ち着くのだ。

 いつものように、魔法の門の中に入って歩き出すと、前方に人影のようなものが見えた。
 影の付近を見ても誰も立っていない。
 この不思議な光景に目を凝らすと、影の色が次第にクッキリと濃くなり、そこに、女性の姿が浮かび上がった。

 俺より少し背が高いその女性は、美しいのだが、どこか鋭利な刃物を彷彿とさせるような威圧感があった。また、近寄っただけで、精気を吸い取られてしまうような恐怖を抱かせた。
 恐らくは、途方もなくデカい魔力を発しているのだろう。ビクトリアと深い仲になれたからこそ、感じ取る事ができた。

 その女性は、俺の顔を食い入るように見た。そして、興味深そうに話しかけて来た。


「あなたがイースね。 ビクトリアの心を掴むなんて、どんなに強い男かと思ったけどガッカリだわ」


「あなたは、誰ですか? 俺の事を知っているようだけど、俺は知らない。 それじゃ不公平だ」


「分からないの、頭も鈍いのかな? 魔力の圧力は弱かったかしら?」

 俺は、分かった。
 Sクラスレベルの魔力だ。ビクトリアじゃない、もう1人の女子だ。


「ガーラ様ですね。 俺に何のようですか?」


「そう、ガーラよ。 これでも、私は優しいのよ。 あなたに忠告しに来たの。 ビクトリアと直ぐに別れなさい。 そうしないと後悔するわよ」

 ガーラの雰囲気は刺々しいが、口調は穏やかだ。


「ビクトリアに言われるなら、まだしも、あなたに言われる筋合いはない。 帰ってくれ!」


「まあ、可愛い。 力が無くて頭が悪そうだけど、心は純粋なのね。 それに、顔は女の子見たいに綺麗だし、ファンになっちゃいそうだわ」


「揶揄わないでくれ。 別れなくちゃならない理由を教えてくれ!」


「シモンが、ビクトリアを狙ってるからよ。 あの男の悪知恵は天下一品よ。 例えば、自分より遥かに強い相手であっても、心の隙につけ込んで自分の意のままに操る。 ビクトリアの力は発展途上だけど、絶世の美女だから、欲しくなった見たい」


「意味が分からないけど、ガーラもシモンに操られているんだろ! だから、別れろって言うんだ」


「格下のくせに、私を呼び捨てにするなんて失礼ね。 でも、可愛いから許してあげる。 シモンと私は対等よ。 お互い、利用して利用される関係。 あの偉大なナーゼの事があったから、イースさん、あなたに忠告しに来たのよ」


「ナーゼが、どうしたんだ?」

 俺は、身内の事を言われた気がして、思わず声を荒らげてしまった。


「ナーゼは、シモンや私をはるかに超える天才で、魔力も強い。 それなのに、ナーゼはシモンに隷属するしかなかった。 馬鹿げた話だわ。 あなた、ナーゼに目をかけてもらってたんでしょ。 だから、ヒントをあげるわ。 シモンは、『感情の鎖』を使えるの。 それが、どう言う意味かは、自分で調べなさい。 もう一度言うわ。 ビクトリアと別れなさい。 これは、偉大なるナーゼの意思と同じと心得なさい」

 自分勝手に喋った後、ガーラの姿は影に戻り、やがて消えて行った。

 俺は、かつてナーゼが、シモンの事を忌々しい奴と言っていた事を思い出した。そして、ガーラの言った『感情の鎖』の意味が知りたくなったが、ビクトリアが遠征でいないため、知るすべがなかった。

 その後、ビクトリアが遠征から帰ってから、2人の間には何の障害もなく、交際は順調に進んで行った。
 だから、ガーラの言った事も気にならず『感情の鎖』の意味も知らないまま、いつしか忘れてしまった。


◇◇◇


 約1年が過ぎ、俺が15歳、ビクトリアは16際になった。
 晩春の頃、ビクトリアは軍の長期遠征に随行する事になり、3ヶ月間も逢えなくなってしまった。

 あまり友人のいない俺は、親友のベアスと過ごす日が多くなっていた。
 だから、今日も、一緒に夕食を食べている。


「なあ、イース。 サーナの事なんだが …」

 ベアスは、一旦、言いかけてやめた。


「サーナが、どうかしたのか?」


「それじゃ、言うが …。 彼女は、Cクラスのボスで人望もあるんだが、なぜか最近、彼女の事を悪く言う奴が増えて困ってるんだ。 確かに性格はキツイけど、正義感の裏返しみたいに思えるんだ。 イースは、どう思う?」

 なぜ、この話題なのか不思議に思ったが、ベアスの真剣な表情から本気度が伝わってきた。

  
「俺はサーナに、一方的に嫌われてるからな。 その事は、ベアスも知ってるだろ。 だから、正直、分からない。 確かに、正義感は強いと思うけど、それは、女子を優先する前提があっての事だろ。 じゃあ聞くが、男子に優しくする事はあるのか?」


「女子の優先は昔の話さ。 イースは、Bクラスで普段会わないから知らないだろうけど、サーナは男女平等に接してるよ。 少なくとも俺は、そう思う」

 ベアスは、顔を赤くして熱弁している。俺は、そんな彼の姿を見てピンと来た。


「ベアス、もしかして …」

 俺は、一旦、言おうとしてやめた。


「何だよ、最後まで言えよ!」


「じゃあ言う。 おまえ、サーナの事が気になってるんだろ!」


「やはり、分かったか。 なんつうか、彼女の事を思うと胸が熱くなるんだ」

 その症状に心あたりがあった。俺がビクトリアを思った時と同じだ。
 まさに、恋の病だった。


「それで、俺にどうしろと?」


「仲を取り持って欲しいんだ」


「協力してあげたいが、サーナは俺を嫌ってるから無理だろ」

 サーナの冷たい顔が脳裏に浮かび、悲しくなった。実は、仲直りしたいのだが、心が無理だと否定していた。


「それが違うんだ。 先日、サーナからイースと話したいから、誘ってほしいと言われたんだ。 恐らく、仲直りしたいんだと思う。 その時に、俺との仲を取り持って欲しいんだ」


 俺は、耳を疑ったが、ベアスの、いつになく真剣な顔を見た時、本当だと思えた。
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