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第2章の2 新天地
第29話 マサンの捜索
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サイモン伯爵は、タント王国の南方に領地を有し、ベルナ王国と国境を接していた事から、王命により、その守備を任されていた。
タント王国は平和ボケした国である事から、これまでは、さして何もせずに来た。しかし、5年ほど前から、ベルナ王国と、南の大国であるサイヤ王国との間で小競り合いが発生するようになってからは、警戒レベルを上げて国境守備にあたるようになっていた。
このため、国都から指示や命令等が頻繁に来るようになり、以前と違い忙しい日々を送っていた。
今日も、総務当局の官僚から指示の書簡が、サイモン伯爵宛に届いた。
「伝説の魔道士ジャームの2番弟子であるマサン様の捜索指示? なんだ、これは? 確か、彼女は、師匠のジャーム様が亡くなってから行方しれずだったよな。 それから …。 マサン様の、マイドナンバーカードの登録は無いのか …」
サイモンは、思わず声に出してしまった。そして、直ぐに部下の憲兵隊長のアトムを呼びつけた。
「伯爵、お呼びですか?」
「ああ。 国都より指示書が来たんだ」
「また、ですか。 それで、今回はどのような?」
「6年前に、ジャーム魔道士が亡くなられた時に、その事を2番弟子のマサン様が国都で公表しただろ。 その後、マサン様は行方知れずになったが、その彼女の捜索指示だ。 ちなみに、彼女のマイドナンバーカードへの登録はない。 無宿人の中に混じってないか確認してくれ」
「無宿人の中にですか? 強制労働に回した者は200人ほどいますが、女は10人程度です。 それに、マサン様のように美しい人はいません。 だから、違うと思いますが …。 あっ、昨夜捕まえた女が1人いました。 でも、その女は、髪がボサボサで汚らしいから違います」
「思い込みは良くない。 汚らしい格好をしていると、それが隠れ蓑になる。 全ての女性を風呂に入れて、再度、確認せよ!」
「ハッ! 畏まりました」
サイモンの命令に対し、アトムはビシッと敬礼した。
◇◇◇
牢の中での事である。
俺が、髪がボサボサの汚らしい格好をした女性と話していると、先程の3人の憲兵と、身なりの良い騎士が入ってきた。
そして、身なりの良い騎士が牢の前に立つと、俺を食い入るように見た。
「そなたは、女性だな」
「フェッ?」
俺は驚いて、間の抜けた声を出してしまった。
しかし、それより、目の前の女性が、かなり不機嫌な顔をしている。
「失礼な事を言うねえ! こっちが女だよ。 そいつは男さ。 あんた、目が腐ってるのかい?」
「こらっ、控えよ! 憲兵隊長のアトム様だぞ!」
先程、俺に尋問した憲兵が、大声で注意した。
「まあ、良い。 そなたは女なのか。 顔を良く見せろ?」
「そんな事をしなくたって、あたしゃ女だよ。 もう、しょうが無いねえ …」
女は、髪を上げて顔を見せた。
すると、憲兵隊の連中がざわついた。
「そなたの、名前は何と申す?」
アトムは、食い入るように女を見ながら質問した。
「エッと …。 名前は、ミシンって言うんだ。 それが何だよ。 昨夜の尋問で、そこの憲兵に話したさ」
ミシンの話を聞くと、側にいる憲兵が頷いた。
「そうか、ミシンか …。 何か素性を証明するような物はあるか?」
「何もないさ。 だから捕まったんじゃないか」
「そりゃ、そうだな」
アトムは笑顔を見せた後、部下を引き連れて部屋を出て行った。
誰もいなくなると、女が真剣な眼差しで俺を見つめて来た。なんか、少し照れてしまう。
「イースって言ったよな。 あたしゃ、ここを逃げるけど、あんたは、どうする?」
「エッ。 逃げるって、どうやって?」
「とぼけるんじゃ無いよ。 あんただって、魔法を使えば逃げられるだろ。 グズグズするんなら、置いてくよ」
パンッ ガチャ
ミシンが牢の鍵穴の付近を叩くと、開錠する音が聞こえた。
「さあ、行くよ!」
ミシンに続き、俺も牢を出た。
「もっと、近くに寄りな」
彼女は、いきなり俺を抱きしめるように引き寄せた。
「ちょっ …」
俺は、いきなりの事で、驚いて声を発した。
しかしミシンは、そんな事はお構い無しに、おもむろに汚いマントを脱ぐと、俺を一緒に入れて被った。
「うっ」
マントの中は、ツーンと鼻をつく臭いがしたが、何とか我慢した。
そして、二人三脚のように肩を寄せ合って、部屋の端に向かった。
「この長剣は、あんたのだろ」
「ああ」
ミシンは、立て掛けてあった剣を拾うと、マントの中に入れた。
その後2人は、マントを被ったまま、ドアを開けて通路へ出た。そして何食わぬ顔で屋敷の出口へ向かった。
しばらく歩き、正面玄関に着いた。
そこには、体格の良い門番が立っている。しかし、不思議な事にこちらに気づく様子がない。
ミシンが気にせずに進むので、俺もそれに習った。
◇◇◇
その頃、サイモン伯爵の執務室に憲兵隊長のアトムが入室していた。
「伯爵、マサン様がおりました」
「本当か? 何処にいたのだ!」
「昨夜、捕らえた背の高い女がマサン様でした。 ミシンなんて偽名を名乗ったけど、マサン様に間違いありません。 伯爵が仰った通り、髪がボサボサで汚い格好をしていたから、気がつきませんでしたが、顔を見て分かりました。 間違いなく王都で見た、マサン様です」
アトムは、得意げに話した。
「直ぐに、私を案内せい!」
「ハッ!」
サイモンの言葉に、緊張した面持ちでアトムは答えた。
タント王国は平和ボケした国である事から、これまでは、さして何もせずに来た。しかし、5年ほど前から、ベルナ王国と、南の大国であるサイヤ王国との間で小競り合いが発生するようになってからは、警戒レベルを上げて国境守備にあたるようになっていた。
このため、国都から指示や命令等が頻繁に来るようになり、以前と違い忙しい日々を送っていた。
今日も、総務当局の官僚から指示の書簡が、サイモン伯爵宛に届いた。
「伝説の魔道士ジャームの2番弟子であるマサン様の捜索指示? なんだ、これは? 確か、彼女は、師匠のジャーム様が亡くなってから行方しれずだったよな。 それから …。 マサン様の、マイドナンバーカードの登録は無いのか …」
サイモンは、思わず声に出してしまった。そして、直ぐに部下の憲兵隊長のアトムを呼びつけた。
「伯爵、お呼びですか?」
「ああ。 国都より指示書が来たんだ」
「また、ですか。 それで、今回はどのような?」
「6年前に、ジャーム魔道士が亡くなられた時に、その事を2番弟子のマサン様が国都で公表しただろ。 その後、マサン様は行方知れずになったが、その彼女の捜索指示だ。 ちなみに、彼女のマイドナンバーカードへの登録はない。 無宿人の中に混じってないか確認してくれ」
「無宿人の中にですか? 強制労働に回した者は200人ほどいますが、女は10人程度です。 それに、マサン様のように美しい人はいません。 だから、違うと思いますが …。 あっ、昨夜捕まえた女が1人いました。 でも、その女は、髪がボサボサで汚らしいから違います」
「思い込みは良くない。 汚らしい格好をしていると、それが隠れ蓑になる。 全ての女性を風呂に入れて、再度、確認せよ!」
「ハッ! 畏まりました」
サイモンの命令に対し、アトムはビシッと敬礼した。
◇◇◇
牢の中での事である。
俺が、髪がボサボサの汚らしい格好をした女性と話していると、先程の3人の憲兵と、身なりの良い騎士が入ってきた。
そして、身なりの良い騎士が牢の前に立つと、俺を食い入るように見た。
「そなたは、女性だな」
「フェッ?」
俺は驚いて、間の抜けた声を出してしまった。
しかし、それより、目の前の女性が、かなり不機嫌な顔をしている。
「失礼な事を言うねえ! こっちが女だよ。 そいつは男さ。 あんた、目が腐ってるのかい?」
「こらっ、控えよ! 憲兵隊長のアトム様だぞ!」
先程、俺に尋問した憲兵が、大声で注意した。
「まあ、良い。 そなたは女なのか。 顔を良く見せろ?」
「そんな事をしなくたって、あたしゃ女だよ。 もう、しょうが無いねえ …」
女は、髪を上げて顔を見せた。
すると、憲兵隊の連中がざわついた。
「そなたの、名前は何と申す?」
アトムは、食い入るように女を見ながら質問した。
「エッと …。 名前は、ミシンって言うんだ。 それが何だよ。 昨夜の尋問で、そこの憲兵に話したさ」
ミシンの話を聞くと、側にいる憲兵が頷いた。
「そうか、ミシンか …。 何か素性を証明するような物はあるか?」
「何もないさ。 だから捕まったんじゃないか」
「そりゃ、そうだな」
アトムは笑顔を見せた後、部下を引き連れて部屋を出て行った。
誰もいなくなると、女が真剣な眼差しで俺を見つめて来た。なんか、少し照れてしまう。
「イースって言ったよな。 あたしゃ、ここを逃げるけど、あんたは、どうする?」
「エッ。 逃げるって、どうやって?」
「とぼけるんじゃ無いよ。 あんただって、魔法を使えば逃げられるだろ。 グズグズするんなら、置いてくよ」
パンッ ガチャ
ミシンが牢の鍵穴の付近を叩くと、開錠する音が聞こえた。
「さあ、行くよ!」
ミシンに続き、俺も牢を出た。
「もっと、近くに寄りな」
彼女は、いきなり俺を抱きしめるように引き寄せた。
「ちょっ …」
俺は、いきなりの事で、驚いて声を発した。
しかしミシンは、そんな事はお構い無しに、おもむろに汚いマントを脱ぐと、俺を一緒に入れて被った。
「うっ」
マントの中は、ツーンと鼻をつく臭いがしたが、何とか我慢した。
そして、二人三脚のように肩を寄せ合って、部屋の端に向かった。
「この長剣は、あんたのだろ」
「ああ」
ミシンは、立て掛けてあった剣を拾うと、マントの中に入れた。
その後2人は、マントを被ったまま、ドアを開けて通路へ出た。そして何食わぬ顔で屋敷の出口へ向かった。
しばらく歩き、正面玄関に着いた。
そこには、体格の良い門番が立っている。しかし、不思議な事にこちらに気づく様子がない。
ミシンが気にせずに進むので、俺もそれに習った。
◇◇◇
その頃、サイモン伯爵の執務室に憲兵隊長のアトムが入室していた。
「伯爵、マサン様がおりました」
「本当か? 何処にいたのだ!」
「昨夜、捕らえた背の高い女がマサン様でした。 ミシンなんて偽名を名乗ったけど、マサン様に間違いありません。 伯爵が仰った通り、髪がボサボサで汚い格好をしていたから、気がつきませんでしたが、顔を見て分かりました。 間違いなく王都で見た、マサン様です」
アトムは、得意げに話した。
「直ぐに、私を案内せい!」
「ハッ!」
サイモンの言葉に、緊張した面持ちでアトムは答えた。
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