73 / 108
四章
8話 王
しおりを挟む──青い満月が浮かんでいる夜中。俺は王城に到着して早々、国王である父親に呼び出された。
門前払いされることも覚悟していたので、少々意外な展開に面を食らったが、断る理由はない。ルビーだけを護衛として連れ立って、俺は父親の寝室へと向かう。物々しいのは歓迎されないはずなので、他の面々は客室で待機だ。
父親とは未だに、何を話せば良いのか分からないので、やや足が重い。俺を案内している使用人が、「陛下は次に眠れば、もう目を覚まさないでしょう」と教えてくれたので、肩まで重くなってしまう。
今際の際に立っている父との話し相手……。そんなの、俺には荷が重すぎる。
気を紛らわせるために、歩きながら魔法の光を浮かべて王城内を観察していると、なんだか懐かしさが込み上げてきた。しかし、『帰って来た』という実感は湧いてこない。俺の家と呼べる場所は、もう此処ではないのだと、改めて実感する。
「アルス殿下、ご無沙汰しております。どうぞ、お入りください。ルビー殿はこちらでお待ちを」
父の寝室の前には、俺に剣術を教えてくれた騎士団員の姿があった。
彼から学んだ基本に忠実な剣術は、今も忘れないよう定期的に形をなぞっているので、久しぶりという感じはしない……が、彼が装備している白銀のプレートアーマーには、『師団長』という階級を示すドラゴンの意匠が彫り込まれていた。俺が王城で暮らしていた頃は、そこまで高い階級ではなかったので、どうやら出世したらしい。
こうして見ると、確かな時の流れを感じる。
師団長が国王の寝室の扉を開けると、病の臭いが漂ってきた。人は病を患うと、体内の代謝に変化が生じて、独特な臭いを発することがあるのだ。
「……っ、父上……。お久しぶりです……」
一年振りに見た父親の姿は、全身の骨が浮き出るほど痩せ細っていた。寝台の上で、上体を起こしているその姿を見て、俺は一瞬だけ息を詰まらせてしまう。
だが、父の──いや、国王の鋭い眼光と、重苦しい強烈な覇気は、まるで衰えていない。
本当に最期の最後まで、一人の父親ではなく国王として、俺と接するつもりなのだろう。……もしかしたら、彼はそれ以外の生き方を知らないのかもしれない。
俺だって、前世の記憶があるせいで、子供らしい生き方なんて出来なかった。父親らしくない父親と、子供らしくない子供。ある意味では、似た者親子と言える。
そのことに、俺が遣る瀬無い気持ちを抱いていると──ふと、今と昔の大きな違いに気が付いた。
昔は国王の眼光と覇気を前にすると、身体が震えて足が竦んでいたが、俺の身体はもう、以前のように震えていないのだ。
理由は明白。今の俺には、背負っている者たちが大勢いる。牧場の皆の命を預かっている責任が重しとなって、俺の身体は国王の覇気を前にしても、微動だにしなくなっていた。
──しばらく視線を合わせていると、国王は憧憬と諦観が入り混じっているような声で、ぽつりと呟く。
「アルス、大きくなったな……」
そして、瞬き一つの間に、国王が小さくなったように見えた。
一体何を考えているのか、その心中を察することは出来ない。俺たちは親子なのに、理解し合える関係を育む時間を作らなかった……。そのことが、とても悲しく思えて、思わず視界が滲む。
俺はこの人の息子なのだから、もっと子供らしく、我儘に歩み寄っても良かったはずだ。
「父上……。国王とは、何ですか……?」
今からでも、ほんの少しだけでも、『父親』を理解したい。そんな思いが、自ずと俺の口から、この質問を引き出した。
脈絡のない俺の問いに、父は視線を宙に向けながら、重々しく口を開く。
「……その答えは、十人十色だろう。歴代の王と、余の考え方は、恐らく違う」
「では、父上の考え方を教えてください」
「それは──いや、簡単に教えては、お前の成長に繋がらんな……」
父の口から俺の成長を慮る言葉が出てきたので、俺は思わず目を丸くした。
父はそんな俺を見据えながら、静かに言葉を続ける。
「歴代の王は、己の死後、盛大な国葬を執り行うよう周囲の者に命じてきた。だが、余はそれを求めず、只この身を土に埋めるよう宰相に命じた。……アルスよ、これが何故だか分かるか?」
折角の父との問答を無駄にしたくはないので、俺は首を捻りながら必死に考えを巡らせた。
父が自分の死後に国葬をさせない理由として、真っ先に思い浮かぶのは、『騒がしいのが嫌いだから』──だが、そんな好き嫌いで物事を判断する人物だろうか?
もっと合理的な判断によって、物事を決定付けているように思える。……あるいは、そういう人物であって欲しいという俺の願望が、そう思わせているのか。
「──イデア王国では、活性化した魔物の被害が多発していると聞いています。その問題を解決するべく、国費を工面するために、父上は国葬を取り止めたのでしょうか……?」
「ほぅ、中々に良い視点を持っているな……。だが、違う。問題の有無に拘わらず、余は己の国葬をするなと命じていた」
「そう、ですか……。それなら……いや、でも……」
やっぱり騒がしいのが嫌いだからか、と俺が考えた矢先、父は咳込んで軽く吐血した。慌てて父の背中を擦ると、その身体がとても冷たい。もう本当に、僅かな時間しか残されていないのだと、嫌でも理解出来てしまう。
俺は助けを呼ぼうとしたが、父は頭を振って俺を制止した。
父の立場であれば、どんなポーションでも、どんな医師でも集められたはずだが、どれも効果が無かったということは、もう誰を呼んでも無意味なのかもしれない……。
「もっと考える時間を与えたかったが、答え合わせが出来なくなるな……。仕方ない、余の考え方を教えよう」
父はそこで、一旦言葉を区切る。そして、最後の力を振り絞るように、一言一句、力を込めて話し始めた。
「農民が田畑を耕し、商人が商いをするのと同じように、余は国王として政治を行っていたに過ぎん。人の役割には数多の違いがあれど、そこに貴賎はないのだと、余はそう考えている。国王とは、社会を形成している役割の一つでしかない」
数多の騎士を従えて、大きな城に住んでいることも、豪奢な玉座の上で偉そうにふんぞり返っていることも、政治の一環だと父は言う。
王が威を示すことで、国内の犯罪率が低下したり、他国や異民族の脅威を跳ね除けられたりするので、俺は父の言葉に「なるほど」と頷いて理解を示した。
つまり、『国王とは何か?』という問いに対する答えが、『社会の歯車』ということになる。
「……でも、そういうことなら、国葬もまた、王の権威を高める政治の一環になるのでは……?」
「いいや、そうはならない。権威とは、人々に多大な施しか恐怖を齎さなければ、高めることが出来ないものだ」
国葬はそのどちらでもない、極一部の者が一過性の悲しみに浸るか、あるいは己を特別な存在だと勘違いした王が行うような、至極無意味な浪費だと、父は咳込みながらそう吐き捨てた。
正直なところ、俺には理解することが難しい話だ……。困惑していることを表情に出さないよう努めていると、父は「だが──」と前置きして話を続ける。
「余の考え方に、正しさを見出すな……。何が正しくて、何が間違っているかなど、神ならぬ身では、決め付けることが出来ん……」
『王』も所詮は『人』だった。父は力無く、そう呟いてから、全てを出し切ったと言わんばかりに横たわる。
瞼を閉じて、次第に呼吸が浅くなっていく中で、父は声を出さずに、口だけを動かす。
『──お前が、どんな王になるのか、楽しみにしている』
11
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
才がないと伯爵家を追放された僕は、神様からのお詫びチートで、異世界のんびりスローライフ!!
にのまえ
ファンタジー
剣や魔法に才能がないカストール伯爵家の次男、ノエール・カストールは家族から追放され、辺境の別荘へ送られることになる。しかしノエールは追放を喜ぶ、それは彼に異世界の神様から、お詫びにとして貰ったチートスキルがあるから。
そう、ノエールは転生者だったのだ。
そのスキルを駆使して、彼の異世界のんびりスローライフが始まる。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。