91 / 108
四章
19話 決着
しおりを挟む──勇者イデアの研究室から抜けて、俺たちは王都の郊外にある森の中に出た。
随分と久しぶりに思える外の空気を満喫しながら、俺は一応、迷子になった奴が居ないか点呼を取っておく。ルビー、ゼニス、ルーミア、三色メイド。それから、コケちゃんとシーコッコー。……よし、全員居るな。
確認を終えてから、何の変哲もない茂みと一体化している出口のハッチを閉じると、『イデア様、行ってらっしゃいませ』という機械音声が聞こえてきた。
この音声の主──研究室を守っているのであろうシステムには、最初から最後まで、俺が勇者イデアだと勘違いされたままだったが、結果的には大いに助かったので良しとする。
「一時はどうなるかと思ったけど、これで俺のお尻は守られた……。良かった。本当に良かった」
「アルスはん! 白百合騎士団の子らを助けに戻らなあかんから、安心するのはまだ早いで!」
俺が肩の力を抜いたところで、まだ残っている問題をゼニスが思い出させてくれた。
「ああ、そうだったな。一旦牧場に戻って、戦力を整えたら王城に乗り込もう。ゼニス、転移魔法を──ああいや、ここに牧場を作れば、俺の転移で帰れるのか」
俺はこの森に、遠隔地となる小さな牧場を作ることにした。足元に牧草を生やして、ペリカンの口から出したミミズの魔物、サンドワームを放し飼いにしておけば、それだけで完成だ。
サンドワームが野生の魔物に倒されたり、生やした分の牧草が無くなってしまったら、この場所は俺の牧場ではなくなるのだが、半日もしない内に戻ってくる予定なので、それまで維持されていれば問題ない。これで、俺が使える牧場内転移によって、本拠地と遠隔地の行き来が出来るようになった。
ルゥとアルティの二人を連れて来ることさえ出来れば、白百合騎士団の奪還は容易いはずだ。以前までの王城には伝説級の天職を持つ者が、俺の父、長男、次男と三人も居たが、今では長男しか残っていないので、負ける気がしない。
「アルス様……。わたくしの騎士たちがご迷惑をお掛けして、大変申し訳ありませんわ……。あの子たち、特に大した働きもしていないのに……これでは足を引っ張っているだけで……」
「いやいや、白百合騎士団の子たちは良くやってくれたよ。部屋の警備とか、不審者の捕縛とかさ」
ルビーがしょんぼりと肩を落として謝罪したが、俺は全く気にしていなかった。
白百合騎士団の対応力を越える事態に発展してしまったのは、彼女たちの責任ではないし、ホモーダが有する戦力を打倒出来ないからと言って、それを力不足だと責めるのは、余りにも理不尽だ。
と、ここで、ルーミアが俺の服の裾を引っ張り、耳元に口を寄せてくる。
「アルスよ。本当にわしも、付いて行って良いのかのぅ……? わしを匿うということは……その、分かっているんじゃろ……?」
「勿論、分かっているとも。色々な問題を考えた上で、匿うって言っているんだ。その代わりに、仕事はきちんとしろよ」
魔王であるルーミアを匿うとなると、いつか人類連合と敵対することになるかもしれない。
ルーミアはそれを危惧して、俺に最終確認を取ってきたが、俺の意思は変わらなかった。何もその場の勢いだけで、考えなしにルーミアを匿うと言っている訳ではないので、安心して貰いたい。
もしも、人類連合が勇者や聖女と共に、俺たちの牧場に攻めて来たとしても、俺には皆の命と生活を守るための手段──『第十三の牧場魔法』がある。
「一応、言うておくが……姦しい三色メイドのオマケ付きじゃぞ……?」
「それも全然構わないけど、三色メイドには自分の正体を隠したままで良いのか……?」
「それは……折を見て、話してみるかのぅ……」
俺とルーミアの内緒話が終わり、サンドワームも地中に腰を落ち着けたところで、俺たちは本拠地に帰還する。
一瞬で風景が切り替わり、次に見えたのは、いつも通りの牧場の風景──ではなく、牧草地の真ん中で牧場の皆が一丸となって、凄まじい大きさの声援を送っている姿と、燃えるように赤く染まっている空だった。しかも、牧場から多少離れている空の向こうには、見覚えのない赤色のドラゴンの姿まである。
「な、なんやこの状況!? 祭りでもやっとるんか!?」
「どう見ても、『楽しい』という雰囲気ではありませんわよ!? 皆さんの声が必死過ぎますわ!!」
ゼニスとルビーが愕然として叫び、ルーミアは急展開に付いて行けずに目を白黒させている。
三色メイドたちは場の雰囲気にすぐさま便乗して、「「「頑張れぇ!!」」」と、誰に向けているのかも分からない声援を一緒になって送り始めた。このノリの良さこそが、モブキャラの生存戦略なのかもしれない。
「ああくそっ、よりにもよって俺が不在のときに問題か!?」
俺が牧場の住人たちの人混みを掻き分けて前に進むと、その中心にはテレビとマイクが置いてあって、モモコ、ピーナ、メル、ミーコの姿があった。
そして、テレビ画面には人間の姿形をしているルゥが、アルティ(ドラゴン形態)の角を小型化したような魔剣を握って、狸獣人の少女と戦っている様子が映し出されていた。……あ、違う。尻尾がライオンのものなので、戦っている相手は狸獣人ではなく、獅子獣人の少女だ。
その少女は赫灼の魔剣を持っており、明らかに天職が覚醒していると思しき赤色のオーラを身に纏っているので、画面越しでも強敵であることが窺えた。
情報量が多すぎて俺の頭はパンクしそうになったが、一先ずは『ルゥが敵と戦っている』という認識で良いだろう。
「アルス!? 帰って来てくれたのねっ!! 見ての通り、ルゥが今っ、牧場のために戦っているわよ!!」
「詳しい話は後回しだな。まずはルゥを助けてくる! この戦場は何処に──」
俺が帰還したことに気が付いて、喜び混じりの声を掛けてきたモモコに、俺はルゥの居場所を尋ねようとした。だが、答えを聞く前に──獅子獣人の少女が神速の一撃を放ち、ルゥがそれを弾いて追撃を加えるべく迫る。
このタイミングで、赤色のドラゴンが突然上空から、二人の戦闘に割り込むように突っ込んで来た。ルゥは宙を蹴って、素早く後方に飛び退く。決着が付きそうだったのに邪魔をされたことで、牧場の住人たちの憤る声や嘆く声が、あちこちから聞こえてきた。
この後の赤色のドラゴンの動きが気になって、俺たちがテレビを凝視していると、赤色のドラゴンは獅子獣人の少女を守るように両手で包み込み、足元の溶岩に鼻先を擦り付けて、ルゥに深く頭を下げた。
『レオナの負けだ。降参する。オレ様の命を差し出すから、レオナの命だけは、勘弁してやってくれ。……頼む』
獅子獣人の少女の代わりに、赤色のドラゴンが敗北を認めたことで、どうやら決着が付いたようだ。
ルゥはこくりと頷いて降参を受け入れると、赤色のドラゴンに歩み寄り、その頭の上によじ登る。そして、拳を天に向かって高々と突き上げ、お得意のマウントを取った。
次の瞬間──。この牧場から、空の彼方まで響き渡る大歓声が沸き起こった。
11
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
才がないと伯爵家を追放された僕は、神様からのお詫びチートで、異世界のんびりスローライフ!!
にのまえ
ファンタジー
剣や魔法に才能がないカストール伯爵家の次男、ノエール・カストールは家族から追放され、辺境の別荘へ送られることになる。しかしノエールは追放を喜ぶ、それは彼に異世界の神様から、お詫びにとして貰ったチートスキルがあるから。
そう、ノエールは転生者だったのだ。
そのスキルを駆使して、彼の異世界のんびりスローライフが始まる。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。