ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林

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四章

20話 残りの問題

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 赤色のドラゴンが、ルゥ、アルティ、クルミ、それから獅子獣人の少女を乗せて、俺たちの牧場に下り立った。

 皆で出迎えると、瞳を輝かせたルゥが暗黒の魔剣を雑に放り投げ、俺に向かって飛び付いてくる。先程までは人間の姿になっていたルゥだが、今は元通りの狼獣人の姿だ。

「……アルス、おかえり。……ルゥ、寂しかった」

「ああ、ただいま。牧場を守ってくれて、ありがとな」

 俺はルゥの頭を撫でながら、家畜ヒールと一緒に労いの言葉を掛けた。その最中、放り投げられた魔剣を慌てて回収したアルティが、それをピカッと光らせてアホ毛に変化させ、自分の頭頂部に植えている姿を目撃してしまう。

 ……あのアホ毛、そういう仕組みだったのか。

 それから、アルティもこちらに駆け寄って来て、勢い良く俺に抱き着いてくる。

「主様っ! 褒めてたも! 我も褒めてたも!! これっ、これルゥに貸したの我だから!! 我の角が大活躍だったから!!」

 自分のアホ毛を指差して功績をアピールするアルティに、俺は「良くやった」と声を掛けて、アホ毛を労わるように撫でてやった。

 触った感じだと、何の変哲もないアホ毛なのだが……まあ、ファンタジー世界だし、こういうこともあるのだろう。俺が自分をそう納得させていると、ルゥとアルティの後からやって来たクルミが、心なしか嬉しそうな雰囲気を滲ませて口を開く。

「安堵。お帰りなさいませ、マスター。ご無事で何よりです」

「ただいま、クルミ。俺は帰って来たばっかりだから、一通りの事情を説明して貰っても良いか?」

 俺の要望に、クルミは「了解」と返事をしてから、赤色のドラゴン『インフィ』と、獅子獣人の少女『レオナ』が襲来してからの一連の流れを教えてくれた。

 ルゥとレオナの戦闘シーンは映像として、クルミが一部始終を記録していたので、俺はクルミの話を聞きながら、ルゥの活躍ぶりを目で見て思い知る。それと同時に、レオナの脅威度も理解することが出来たので、その処遇をどうするべきか、熟考しなければならない。

 インフィは降参して、自分の命と引き換えにレオナの助命を願ったが、レオナ本人が降参した訳ではないので、まずはレオナとの話し合いが必要不可欠だろう。

 肝心のレオナは、インフィの手の平の上で力尽きていた。目立った外傷はないが、刻一刻と生気が抜けていくように見えるので、回復してやらないと話し合いも出来ない状態だ。

 こいつ、回復した途端に再び暴れたりするんじゃないのか……? と、俺が訝しげにレオナを見つめていると、インフィがレオナを庇うように声を荒げる。

「だ、駄目だからな!? レオナを殺すのだけは勘弁してくれッ!!」

「うーん……。そうは言っても、そいつ……ルゥを殺すつもりで戦っていたよな?」

 幾ら温厚な俺でも、仲間を殺そうとした奴をそう簡単に許せはしない。そんな想いを知って貰うべく、俺が剣呑な目付きでインフィを睨むと、インフィはたじろぎながらも言葉を重ねる。

「あ、ああ、そうだ……それは認める……。こっちから仕掛けといて、負けたから見逃して欲しいなんて、筋が通らねェのは重々承知の上だ……!! だからっ、オレ様の命をくれてやるっつってんだよ!! ドラゴンの素材は黄金の山よりも貴重だろ!? オレ様のスゲェ角だって、お前らの物になるんだぜ!? レオナ一人の命を奪うより、よっぽどお得じゃねェか!!」

 インフィは頑として譲らない気勢で、必死にレオナを守ろうとしていた。そういう姿を見せられると、インフィが『良い奴』に思えてくるから、殺意が湧かなくなってしまう。

「参ったな……。落としどころが思い付かない」

 ルゥが危ない目に遭った以上、無罪放免というのは流石にどうかと思うし、何らかの形で落とし前はつけて貰いたい。さて、どうしたものか……と、俺が思い悩んでいると、モモコが一つの提案を出す。

「ねぇ、アルス。命を懸けて戦ったのはルゥなんだから、ルゥの意見を聞いてみたら?」

「あー、なるほど。それもそうだな。……で、ルゥはどうしたい?」

「……レオナ、強かった。……アルスの群れ、入れるべき」

 ルゥはレオナを罰するのではなく、仲間にしてしまおうと言い出した。

 牧場の戦力を増強するという意味では、この上なく最良の選択肢だが……俺としては、レオナの人間性──もとい、獣人性を確かめなければ、頷くことは出来ない。

「ルゥの意見だから、出来るだけ前向きに考えてみる。……けど、最終的に決定を下すのは、レオナの回復を待って、話し合いをしてからにしよう。それで構わないか?」

 俺がインフィにそう問い掛けると、インフィはブンブンと首を大きく縦に振った。

「一生恩に着るぜ……!! レオナを許してくれて、ありがとよォ……!!」

「いや、気が早いぞ。許せるかどうかは、話し合いの行方次第だ」

「それなら大丈夫に決まってンだ!! レオナは良い子だからよ!!」

 どこか親馬鹿っぽい雰囲気を滲ませているインフィを尻目に、俺はドクターコッコーとナースコッコーを呼び出して、インフィから預かったレオナの治療を任せた。

 診察の結果、完治までに三日は掛かるそうなので、しばらくはドクターコッコーとナースコッコーたちが営む病院に入院させる。この病院は俺が留守にしている間に、クルミが主導して用意したものらしい。……まあ、病院とは言っても、ゲルを建てて羽毛布団やポーションを運び込んだだけの場所だが。

 レオナが持っていた赫灼の魔剣は、途轍もなく危険な代物なので、こちらで預からせて貰う。それと、獣王という天職の能力をクルミから聞いて、レオナは魔剣が無くても十二分に脅威だと分かったので、ルゥにはレオナの見張りを頼んでおいた。

「──となると、白百合騎士団を奪還するために、ルゥの力は借りられないのか」

 三日間は動けないはずのレオナだが、戦闘映像を見た感じ、こいつには常識では測れない強さがあると、俺は確信してる。だから、『三日間だけならルゥを自由に動かせる』とは、思わないでおこう。

「アルス様……。あの子たちは色々な覚悟を決めた上で、わたくしに仕えていますわ。ですから、こちらでの問題を片付けてからの救出でも、構いませんわよ?」

 ルビーは努めて冷静にそう伝えてきたが、誰よりも白百合騎士団の者たちを心配しているのは、その顔を見れば察することが出来た。取り繕おうとしても隠し切れない不安が、表情から滲み出しているのだ。

「あいつらは俺たちのために働いてくれた訳だし、あんまり蔑ろにはしたくない。だから、後回しって言うのは無しだ。……インフィ、もし良かったら、お前の力を貸してくれないか?」

「オレ様の……? 何をすれば良いのか分からねェが、レオナを助けて貰う手前、全然構わな──あっ、待ってくれ!! レオナが面倒見てるチビたちを放っておくと、レオナが悲しんじまう!!」

 インフィは俺の協力要請を快諾しようとしたが、今すぐには手を貸すことが出来ない事情があるらしい。『チビたち』という言葉から察するに、それが子供のことだと言うのなら、俺は無理を言えなくなってしまう。

「にゃにゃっ!? おチビの面倒なら、みゃーが見てやるのにゃ!! そいつらは何処に居るのかにゃあ?」

「お、おお……! お前が誰だか知らねェが、助かる……!! 場所は大草原の向こう側にある、山岳地帯の盆地だぜ。湯気が出ている大きな湖がある場所なンだが、分かるか?」

 子供たちの面倒見が良いミーコが名乗りを上げて、インフィが住処の大まかな場所を教えてくれた。だが、俺たちは行ったことがない場所なので、さっぱり分からない。

 と、ここで、今まで黙っていたルーミアが、おずおずと俺に近付いて来た。そして、クルミを指差しながら、俺の耳元で囁いてくる。

「アルスよ……。あの者は……まさか、プレデター・クルミかのぅ……?」

 どうやら、ルーミアはクルミのことを知っているらしい。……まあ、クルミは勇者イデアが魔族を滅ぼすために作った兵器なので、人魔大戦のときに戦ったことがあるのだろう。

「今はプレデター・クルミじゃなくて、優しいクルミだけど、それがどうかしたのか?」

「どうもこうも、王城に取り残されている者たちを救出したいのであれば、クルミを使えば解決じゃろう……?」

「いや、クルミを王城に連れて行くと、返せって言われるかも──ああいや、もうホモーダとは敵対しているから、気にしなくて良いのか」

 クルミを返せと言われても、普通に突っ撥ねてしまえば良い。俺とホモーダの関係性は、どうせ今以上に悪くなることはないだろう。そもそも、ホモーダはホモなので、クルミには関心を向けない気もする。

 そこまで思い至った俺は、手早く班分けを行うことにした。

 まずは白百合騎士団の救出に向かう班だが、これは俺、アルティ、クルミ、ルビーの四人だ。次に、レオナが面倒を見ているという子供たちの保護。こちらはインフィとミーコ、それからゼニスに任せる。

 残りのメンバーは牧場に残って、防衛兼レオナの監視となった。

「モモコ。ルーミアに牧場のこととか、俺たちのこととか、色々と教えてやってくれ。あいつは新しい仲間なんだ」

「え、ええ、別に良いけど……あの子って、魔王よね……?」

「ああ、魔王だな。でも悪い奴じゃないから、怖がらないでやってくれ」

「ふぅん……。ま、アルスがそう言うなら、異論はないわ! あたしに任せといて!」

 俺はルーミアのことをモモコに任せてから、アルティたちと共に王都郊外の森へと転移した。それから、本気モードになって貰ったアルティの背中に乗って、疎らに雲が浮かんでいる王都の上空へ飛び立つ。

 ──そこで、俺たちは、無数の旗を掲げた大軍勢が、南方から王都に迫っている光景を目撃する。

 風に靡く旗の意匠は、白い剣と青い剣が交差しているだけの、とてもシンプルなもの。

 そして、その旗こそ、この大陸の誰もが知っている象徴──イデア王国の国旗だった。
 
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