99 / 108
四章
エピローグ
しおりを挟む──俺たちの牧場に新たな住人が増えてから、早いもので数週間が経過した。
不毛の大地の上空には冬の寒空が広がり始めたが、牧場内は俺の魔法のおかげで暖かいので、とても快適に過ごせている。
つい先日、住人全員を巻き込んで盛大にパーティーを行ったので、新顔も問題なく牧場に馴染むことが出来た。それと、身近な者に重大な隠し事はしておきたくなかったので、ルーミア、ルビー、ゼニスの三人には、この牧場が抱えている複数の火種について教えてある。
一つ目は『ウッキーでも分かる錬金術』という、読むだけで誰でも天職を増やせる書物。これは嘗て、人魔大戦の引き金になった『ウッキーでも分かる中級魔法』と、同じシリーズのマジックアイテムだ。これに関しては、ルビーとゼニスは元々知っていたので、ルーミアにだけ説明した形となっている。
二つ目は食べると若返る世界樹の果実──『仙桃』で、三つ目は『ルーミア=魔王』という図式。
ルーミアは一つ目の書物の下りで、ムンクの叫びのような反応を見せている。彼女はウッキーでも分かる中級魔法の書を燃やすために、人間に大戦を仕掛けた張本人なのだから、こういう反応をしてしまうのも無理はない。
ゼニスは二つ目の仙桃の下りで、思考が停止してしまったのか、目を見開いたまま微動だにしなくなった。想像を絶する金銭価値があると瞬時に理解したからか、それとも別の理由があるのか、何にしても酷く驚いていることは確かだ。
ルビーは三つ目の魔王の下りで、白目を剥いて天を仰いだまま微動だにしなくなった。人類種にとっての最大最強の敵が、こんな身近に居て、あまつさえ『これから仲良くするように』と俺に言われたものだから、頭が真っ白になってしまったのだろう。
「──まあ、各々に色々な葛藤があると思うけど、これからよろしくな」
俺はルーミアたちに軽く声を掛けてから、意識を別のところに移す。
大草原に住む獣人たちに関してだが、俺たちの牧場に取り込めなかった氏族とは、彼らが狩りで得た魔物の非可食部(骨や毛皮など)と、牧場産の食べ物を定期的に交換することになった。
こちらとしては無償で提供しても良かったのだが、最終的に交換レートは2:8くらいで落ち着いた。人間の俺から無償で何かを恵んで貰うというのは、心情的に嫌だったのだろう。
牧場産の食べ物で胃袋を掴んでしまえば、人間の俺に対する心象も大分良くなると思うので、本格的に懐柔するのはその後になる。
それから、これが一番重要なことなのだが、各氏族に対して、『どうしても子供を捨てる必要がある場合、アルス牧場で引き取って育てるので、必ずこちらに連れて来るように』という話を飲み込ませた。
これに関しては、俺が各氏族の集落に足を運んで説得した訳ではなく、レオナがインフィと共に足を運んで、砲艦外交(ドラゴン)を使って約束させたのだ。
砲艦外交によって、そのまま全ての獣人を牧場に取り込んでしまえば良いという意見もあったが、そこまですると禍根を残すことになりそうなので、俺は首を縦に振らなかった。
──当初の予定通り、俺たちはイデア王国の各地に牧場の遠隔地を作り、難民に食糧支援をする活動も開始した。
この慈善活動ではルーミアが率先して働いており、行く先々で大きな金盥を使って、配給用のスープを沢山作っている。そのため、一部の地域では『炊き出しの聖女ルーミア』とか呼ばれ始めた。三色メイドも当然、ルーミアと一緒に活動中だ。
ルーミアは俺たちの仲間になる前に、貴族同士の相互援助を目的とした『救援会』なる組織を立ち上げていたので、ホモーダにもヨクバールにも与さなかった中立派貴族の領地で活動する際は、色々と協力して貰うことが出来た。
一応、俺はイデア王国の王子だったのだが、そんな俺よりもルーミアの方が太いパイプを持っているのは、何だか釈然としない。……まあ、俺の肩書は追放されてから、ほぼほぼ無価値になったので、仕方のないことか。
ちなみに、パンツァーコッコーのコケちゃんは、引き続きルーミアの傍に付けてある。今度は監視ではなく、護衛だ。ルーミアは今まで通り、コケちゃんを大いに可愛がっており、コケちゃんは無愛想ながらもルーミアの傍から離れないので、この二人──もとい、一人と一羽は今後も仲良くやっていけるだろう。
慈善活動を行う上で、俺はこの機会に、人間と獣人の関係が良くなるようにと、一つ手を打った。それは、牧場に住む獣人から有志を募って、ルーミアが指揮する配給班に参加させることだ。
イデア王国の民は獣人を蛮族だと思って嫌厭しているが、窮地に陥っているところを獣人に助けて貰ったら、もう邪険には出来なくなるはずだ。種族の垣根を越えて、皆が仲良くなれるのなら、それに越したことはない。
「……アルス。これ、もっと飲みたい」
「ルゥ……。これは難民のために作ったスープなんだぞ。もう十杯も飲んだんだから、我慢しなさい」
俺とルゥには、ギャルから貰った豊穣の加護──『緑の手』があるので、ルーミアたちが配給を行っている横で、魔物に荒らされた田畑を豊かにしたり、新しく田畑を作ったりしていた。
一仕事終えた後は現地の難民たちと一緒に、配給用の具沢山スープを貰っているのだが、ルゥはいつも飲み食いし過ぎて、難民たちを苦笑させている。
まあ、その場に居る全員が満腹になるまで、スープを作り続けることにしているので、ルゥが幾ら飲み食いしても、難民の分が無くなる訳ではないのだが……。先日まで飢餓で苦しんでいた人たちに、『見ているだけでお腹いっぱいになる』と言わせるのは、流石にどうかと思う。
ちなみに、現地で魔物に襲われた際はルゥが一蹴しているので、俺たちの英雄様はあっという間に皆の人気者になった。モフモフな獣耳と尻尾が生えた美少女に命を救われて、完全に心がやられてしまった人間は少なくない。
「アルス様っ! こっちの貝殻倉庫の中身、無事に全部売れたのですぅ!!」
「おお、ご苦労様。メルもルーミアからスープを貰って、一緒に休憩しよう」
俺たちがスープを飲んでいると、商人たちとの商談を終わらせたメルが戻って来た。
メルには行く先々で、その地域一帯の商人たちに、牧場産の肉、卵、野菜、それからダンジョン産の塩や魚を卸して貰っている。
転売で大儲けしようとする悪徳商人を選別して弾いたり、地域一帯に満遍なく食料を行き渡らせるために、どの商人にどれくらいの量を売るのか等、その辺りのことを俺はメルに丸投げしたのだ。
イデア王国の行商人たちは、魔物が活性化しているこのご時世でも、護衛を付けて街や村を行き来してくれるので、感謝の意味も込めて、食料はタダ同然の値段設定にしてある。
難民からはお金を取っていないので、商人に卸す食料も無償で良かったのだが、多くの商人は『それだとプライドが許さない』と言っていた。このご時世に行商を続けているような商人たちなので、随分と気骨があるらしい。
商人と言えば、新たに仲間に加わったゼニスだが──彼女が扱う高級品は、このご時世だと中々売れなくなっている。そのため、今は転移魔法を使って、イデア王国の各地に食料を配って回っていた。
俺がこんなことを思うのは失礼かもしれないが、がめついゼニスが慈善活動に精を出す姿は、とても意外だ。
本人曰く、『感謝の買い時は今や!』『こういう活動が後から大金に化けるんやで!』とのことらしいので、純粋な善意という訳ではなさそうだが、偽善でも何でも助かる命があるのなら、それは素晴らしいことだろう。
ちなみに、沢山の白金貨を費やして、俺がゼニスを『有為な人材として買う』という話は、いつの間にか『お嫁さんとして買う』という話にすり替わっていた。
……なので、もう気にしないことにした。俺は最初から、有為な人材としてゼニスを欲していたのであって、別にお嫁さんのゼニスは求めていないのだ。
いつの日か、このことで大いに揉めそうだが、それは未来の俺に解決して貰おう。
──こうして、俺たちが寒空の下、毎日のように慈善活動に勤しんでいると、『ホモーダとヨクバールの王位継承争いに決着が付いた』という、重大な知らせが舞い込んできた。
結果から言えば、剣聖ホモーダは賢者ヨクバールに敗れてしまったらしい。
なんでも、死んだと思われていたショッパイーナ男爵が、実は生け捕りにされており、ヨクバールは彼を人質として使うことで、ホモーダを封魔の結界の外に誘き出したそうだ。
全裸で張り付けにされたショッパイーナ男爵を助けるために、ホモーダは全軍を率いて平地へ赴き、そこに布陣していたヨクバール軍に突撃。
ホモーダは総大将でありながら、誰よりも前に出て、むくつけき男たち(味方)に自らのお尻を見せつけ、彼らを大いに鼓舞したのだとか……。
ヨクバールが使う大魔法によって、両軍が激突する前にホモーダ軍は甚大な被害を受けたが、それでも激情♂に駆られたホモーダ軍は止まらず、ヨクバール軍を相手に大暴れした。
しかし、王国の各地から援軍を待つ立場だったホモーダ軍は、元々数が少なかったこともあって、戦局はヨクバール軍が終始優勢。
ホモーダは最後の一人になっても暴れ続け、満身創痍になりながらもショッパイーナ男爵のもとに辿り着き、二人は熱い抱擁と口付けを交わしながら、ヨクバールの大魔法によって火の海に沈んだ──。FIN
「何と言うか……まあ、その、頑張ったんだな……」
俺はホモじゃないから、感情移入が非常に難しい。けど、ホモーダが愛に生きて、壮絶な最期を遂げたことは伝わってきた。ここは素直に、ご冥福を祈ろう。
ちなみに、ホモーダ軍はホモの結束で纏まっていたので、降伏した者は誰一人として居なかったそうだ。そのせいで、ヨクバール軍の被害も甚大なものとなり、結果的に見ればイデア王国の軍事力は、途轍もなく弱体化したことになる。
つまり、魔物の活性化に対処出来るような力が、この国には殆ど残されていない。
……ああ、それと、ヨクバールが最終的な勝者になったことで、ホモバッカ王国は滅び、イデア王国が再興された。新生イデア王国は同性愛を固く禁じており、ヨクバールは『ホモ狩り』なる政策を施そうとしているらしい。きっと、国中の男たちに、良い男の絵を踏ませたりするに違いない。
──と、まあ、そんなこんなで、大きな動乱は決着を迎えたが、まだまだイデア王国は荒れそうだ。これは早急に、世界樹を生やしまくって、魔物の出現を抑制する必要がある。
※あとがき
書籍化が決定しました。3月下旬に刊行予定です。
書籍化に伴い、タイトルが少し変わります。
旧『第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ。』
新『ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ』
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
才がないと伯爵家を追放された僕は、神様からのお詫びチートで、異世界のんびりスローライフ!!
にのまえ
ファンタジー
剣や魔法に才能がないカストール伯爵家の次男、ノエール・カストールは家族から追放され、辺境の別荘へ送られることになる。しかしノエールは追放を喜ぶ、それは彼に異世界の神様から、お詫びにとして貰ったチートスキルがあるから。
そう、ノエールは転生者だったのだ。
そのスキルを駆使して、彼の異世界のんびりスローライフが始まる。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。