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七章 新生活の始まり
215話 大事な仕込み
しおりを挟む──女性の遺体と、産まれ立ての赤ちゃん。
その二人を何度も見比べて、私は盛大に狼狽えてしまう。
「えぇっ、えぇぇ……っ!? ど、どうしよう!? スラ丸っ、どうしたらいいの!? 赤ちゃん! 赤ちゃんだよ!!」
「!?」
思わずスラ丸に掴み掛かったけど、この子はプルプルしているだけで、頼りにならない。
一先ず、深呼吸を挟んでから、状況を推理してみる。
恐らく、刺客は貴族の女性と一緒に、胎児も殺そうとしたんだ。
しかし、奇跡的に刃が外れたのか、胎児だけは無事だった。
瀕死の重傷を負った女性は、最後の力を振り絞って、出産したのかもしれない。
「……だとすれば、凄いね。母親って偉大だよ」
まぁ、出産してから殺された可能性もあるし、刺客が態と赤ちゃんを見逃した可能性もある。
スラ丸の視点から、私の本体のスキル【過去視】を使えば、答え合わせが出来るけど……必要ないかな。
残酷な光景は見たくないので、過去を覗き見するのはやめておこう。
「見捨てる訳にもいかないし……スラ丸、この子を保護してあげて」
私はスラ丸を保育器の代わりにして、赤ちゃんを入れておく。
念のために、赤ちゃんにポーションを与えてから、へその緒を切っ──れない!
へその緒が硬いとかじゃなくて、【他力本願】のデメリットである『攻撃不可』に、引っ掛かってしまったんだ。
仕方がないので、スラ丸に消化して貰ったよ。
それから、遺体の回収もしておく。
貴族の女性だけじゃなくて、騎士や刺客の遺体、ついでに遺留品も、全部纏めてスラ丸に回収させた。
ちなみに、赤ちゃんの性別は男の子だ。髪と瞳は真っ黒で、左の側頭部に一房だけ、白銀色の髪が生えている。
「この子、全然泣かないなぁ……。元気がない訳じゃ、なさそうだけど……」
赤ちゃんは随分と大人しくて、ジーーーッと私を見つめているよ。
余りにも可愛すぎて、何時間でも見つめ合えそうだ。
私が指を差し出してみると、ギュッと握り締めてくれた。
「くぅーーーっ!! か、可愛い!! うちの子にしたい!!」
とりあえず、一旦帰還して、これからのことを考えよう。
赤ちゃんを連れて、イーシャを帰還させた後、私はローズに相談を持ち掛けた。
「──と、そんな訳で、どうしたらいいと思う?」
「どうもこうもなかろう。家に帰してやるべきなのじゃ。母親は既におらずとも、父親はおるかもしれん」
「あー、そっか……。そうだね……。そうだよね……」
母性本能が刺激されていたから、私は自分で育てる気満々になっていたけど、確かに家に帰してあげるべきだ。
赤ちゃんの命の恩人ということで、イーシャをメイドにして貰えるかもだし。
「うーむ……。折角助けたのに、これではイーシャが下手人の一味だと、思われ兼ねないのぅ」
「えっ、そうなの? 命の恩人なのに?」
「刺客の襲撃を受けて、赤子だけが生き残ったのじゃ。その赤子をダシにして、貴族家に取り入ろうとするメイド……。冷静に考えて、怪しさ満点であろう」
ローズに指摘されて、確かに……と私は納得した。
客観的事実を並べると、どう考えても怪しさ満点だね。
「でも、私にはスキル【偽装】があるから、審問官の追及を躱せるよ?」
ここで私は、ローズに伝えていなかったスキルの詳細を説明した。
彼女は感心したものの、意見を変えることはしない。
「其方は怪しさ満点の状態で、尋問を受けるのじゃぞ。であれば、審問官に身の潔白を証明しても、様々な憶測が飛び交うのではないかの?」
ローズはそう言って、一本ずつ指を折りながら、飛び交うであろう憶測の例を挙げた。
審問官が嘘を吐いているとか、私が無自覚なまま敵に手を貸しているとか、犯罪者としての記憶が封印されているとか、色々と考えられるみたい。
レイヴンソードは帝国貴族の中でも、かなりの権勢を誇る公爵家なので、無数の搦め手を警戒している。というのが、ローズの予想だよ。
「うーん……。それじゃあ、イーシャを公爵家に入れるのは、諦めた方がよさそう……?」
「そうじゃの。今回ばかりは、難しいのじゃ」
そっか、と私は肩を落として──ふと、悪魔的な発想が脳裏を過った。
助け出した赤ちゃんを双子ということにして、イーシャを生後一週間くらいまで若返らせ、その双子の片割れにする。……これ、どうだろう?
『赤ちゃんを助けた人間が、メイドとして取り入ろうとしている』と、この構図は怪しさ満点なので、採用出来ない。
でも、『赤ちゃんを助けた人間が、颯爽と立ち去る』だったら、裏があるようには思われないよね。
思われたとしても、私はすぐに立ち去る訳だし、尋問は出来ない。
赤ちゃんイーシャは返却という体で、公爵家に押し付ける訳だけど……赤ちゃんに尋問はしないでしょ。
この搦め手は、どんな警戒の網だって擦り抜ける気がする。
とりあえず、ちょっとしたカバーストーリーを考えてみよう。
あんまり難しくすると、自分が忘れてしまうから、出来るだけ簡単なやつがいい。
『私は貴族の女性を助けたけど、彼女は既に致命傷を負っており、赤ちゃんを産んでから力尽きた』
『私は貴族の女性から、赤ちゃんを公爵家のお屋敷に送り届けるよう、最期に頼まれた』
『赤ちゃんは双子だった』
これなら、イーシャをレイヴンソード公爵家の人間に出来る。
幸いにも、髪と瞳の色は似ているんだ。私の黒髪黒目は光の当たり方次第で、深みのある綺麗な濃紺色に見えるけど……誤差の範疇だと信じよう。
当然、容姿は似ていないので、疑われる可能性は低くない。
しかし、血統を調べるマジックアイテムを使われたとしても、イーシャには【偽装】があるから問題ないよ。
公爵家の娘という身分が手に入ったら、ルチア様に接触する機会が一気に増えると思う。
保護した赤ちゃんの成長も見守れるし、一石二鳥の名案かもしれない。
……一つ、大きな問題があるとすれば、心情的に躊躇われることだよね。
人様の家族の中に、異物として混入する訳だし、日に日に罪悪感が募りそう。
「で、でも、赤ちゃんが刺客に襲われたら、結界で守ってあげられるし……!!」
私は大義名分を振り翳して、自分の心に『やれ!』と命じた。
貴族の女性が刺客に狙われた以上、彼女の子供も狙われるかもしれない。
そんなときに、私が双子のお姉ちゃんとして、この子の傍にいたら、結界で守ってあげられるよ。
赤ちゃんが複数のスキルを持っているのは、かなり不自然なので、【対物結界】を先天性スキルということにして、他のスキルは【偽装】で隠そう。
ルチア様に接触するには、イーシャの成長を待つ必要があるから、数年の時を要するかな。
まぁ、ルチア様の美しさが陰るまでは、ルークスも暴走しないと思うし、きっと十年以上の猶予はある。
並行して、早期解決の手段も探すけど、イーシャを公爵家の令嬢にする計画は、仕込んでおこう。
「ええっと、今後の注意事項は──」
本体では常に、スキル【光輪】を使っておく必要がある。並列思考を維持して、イーシャを動かさないとね。
結界師と音楽家、【対物結界】と【偽装】、これらの職業とスキルは、数年間も本体に戻せない。
それと、自由に使える分身の数が減ってしまう。
並列思考にも慣れてきたので、分身をもう一人増やして、動かす練習を始めようかな。
あいうえお順で、ウーシャまでは出しているから、次はエーシャだよ。
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