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七章 新生活の始まり
216話 レイヴンソード
しおりを挟む──数日後。私は晴れやかな早朝から、幼児退行させたイーシャと、助け出した赤ちゃんを連れて、レイヴンソード公爵家の本拠地である大都市レイヴンまでやってきた。
帝国の中央に広がっている皇族の直轄領と、東部諸侯の領地の間に挟まっているのが、レイヴンソード公爵家の領地だよ。
物凄く広くて、土地は肥沃。しかも、四方八方が味方に囲まれているという、素晴らしい場所だね。
ただ、味方は『同じ帝国貴族』というだけの話で、実際は政敵やら何やら、裏向きの敵を抱えているかもしれない。
なんにしても、表向きは素晴らしい場所なんだ。
『大都市レイヴン』──そこは、巨大な山を大々的に開発して、造られていた。
山頂に領主のお城が建っており、これはアクアヘイム王国の王城に匹敵するほど大きい。
そこから下へ下へと、段差が幾つかあって、赤い煉瓦の街並みが広がっている。
領内には暮らしやすい平地が幾らでもあるのに、態々暮らし難い山地に大都市がある理由。それは、この山の中腹付近に、鉱石を産出するダンジョン、『ドワーフの万年王国』が存在するからだよ。
私は認識阻害の効果がある仮面を付けて、スラ丸を従えながら、街の門番を務めている男性に話し掛ける。
「旅の途中で、とんでもないモノを拾ってしまったのですが、預かっていただけませんか?」
「とんでもないモノ……? とりあえず、見せてみなさい」
「まずは、この二人の赤ちゃんです。それから、これらの遺体と遺留品ですね」
訝しげに首を傾げている門番に、私は赤ちゃんをそっと手渡した。
その後、そそくさとスラ丸の中から、遺体と遺留品を取り出していく。
豪奢な馬車と貴族の女性の遺体。この二つを並べたところで、門番は気絶しそうになってしまう。
騎士や刺客が装備していたマジックアイテムも、きちんと全て提出した。
強そうな装備が多いから、ネコババすることも一瞬だけ考えたけど、泥棒はもうしないって決めたんだ。
「な、なぁ──ッ!? こ、この方は……っ、公爵閣下の第二夫人!? 俺の手には余る一大事だ!! 誰かっ、隊長を呼んできてくれ!!」
門番が慌てふためき、応援を呼んだ。彼は女性の遺体を見て、『公爵夫人』だとハッキリ口にしたよ。
正妻ではなく、第二夫人だけど……まぁ、全然悪くないかな。
ただの愛人だったらどうしようかと、少し心配していたんだ。
私は拘束されたくないから、事情を口早に説明する。
「その二人の赤ちゃんは、公爵夫人が出産しました。女の子の名前はイーシャだそうです。男の子の名前は分かりません」
「ま、待て待てっ、待ってくれ!! 俺にそんな話をされても困る!!」
「私も旅の途中で、急いでいるので……。公爵夫人が襲撃された現場は、あちらの方角にある山道です。事件現場にあったものは回収しましたが、見落としがないとは言い切れません」
「だから待てと──」
私は衛兵が集まってくる前に、影の中からティラを呼び出して、颯爽とその場を後にする。ここから先は、なるようにしかならない。
『二人の赤ちゃんは、公爵夫人が産みました』という証言は、私のものしかないからね。
信じて貰えるか分からないし、血統を調べる方法が公爵家にあるのかも不明。
ただ、少なくとも男の子の赤ちゃんは、確実に血が繋がっている訳だから、顔立ちで判断出来るんじゃないかな。
イーシャの方は顔立ちが似ていないので、信じて貰えずに捨てられるかも……。
まぁ、そうなったとしても、大きな損失は出ない。上手くいけば儲けもの、くらいの気持ちでいよう。
「──よし、誰も追い掛けてこないね」
私は後ろを確認して、人気がないことを確かめてから、スラ丸の【転移門】で帰宅した。
イーシャの視点では、衛兵たちが右往左往しているのが分かる。
無反応だと、不気味な赤ちゃんだって思われるかもしれないので、一頻りオギャっておいたよ。
──しばらくして、イーシャは男の子の赤ちゃんと共に、お城へ連れて行かれた。
そこでは、まず最初に採血されて、銀の天秤や水晶玉など、幾つかのマジックアイテムで、血の検査が行われたよ。
こういう代物があるかも……とは思っていたけど、案の定だったね。
私は自分自身にスキル【偽装】を使って、『レイヴンソード家の血統』という、偽りの情報を仕込んでいたので、問題なく検査が終わった。
その後、執務室のような場所で、レイヴンソード公爵様と面会する。
公爵様は三十代半ばの痩せこけている男性で、身長は二メートル前後。肌が青白くて、髪と瞳は真っ黒だ。
髪型はオールバックで、前髪の一房だけが白銀色になっている。
服装は黒い詰襟の軍服で、金糸の飾りが細部にあしらわれており、ワインレッドのマントを羽織っているよ。
彼の表情や目付きから、人柄を分析しようと思ったけど……残念ながら、よく分からなかった。
瞳のハイライトが消えているので、喜怒哀楽を窺うことが出来ない。
彼の真っ暗な目を見つめていると、深淵を覗き込んでいるような気分になってしまう。
「これが、余の息子と娘か……。猿のような顔をしているな」
公爵様は私たちを見下ろして、微妙な感想を述べた。
彼の声色は物凄く重たい感じがして、耳にするだけで気が滅入りそうだよ。
正直に言えば、根暗っぽいかな。
「クルーエル閣下! そのようなことを仰られると、亡きシオン様が悲しまれますよ!」
この部屋にいるお婆さんメイドが、キンキンした声で公爵様に文句を言った。
「フン、許せ。他意はない」
公爵様の名前は、クルーエル。そして、第二夫人の名前は、シオンと言うらしい。
今度はこの場に立ち会っている老執事が、おずおずと口を開いた。
「この赤子たちは、閣下のお子様として育てる……ということで、宜しいのでしょうか……?」
「ああ、そのつもりだ。ある程度まで育てて、凡庸ならば斬り捨てる」
「畏まりました。では、使用人一同に、そう通達させていただきます」
クルーエル様──いや、もうパパと呼ばせて貰おう。パパの話を聞いて、私は内心で顔を顰めた。
凡庸なら切り捨てるって、酷くない? 不出来ならともかく、凡庸程度なら許して貰いたいよ。
「閣下、ご子息のお名前は、如何なさいますか?」
「グリムだ。グリム=レイヴンソード。……さて、どう育つのか見物だな」
パパはメイドさんに問い掛けられて、男の子の赤ちゃんの名前を決めた。
グリムくん、よろしくね。私がお姉ちゃんだよ。
隣で眠っている弟の手をギュッと握ると、か弱い力で握り返してくれた。
可愛すぎて、思わずキャッキャと笑ってしまう。
こうして、イーシャ=レイヴンソードの公爵令嬢としての物語が、ぬるっと幕を開けた。
しばらくは赤ちゃんとして、お乳を貰いながら排泄を繰り返すだけの、退屈な日々を過ごすことになる。
イーシャの物語に焦点を当てるのは、まだまだ先の話だろうね。
これは余談だけど、【再生の祈り】を使った若返り効果は、一日で一歳分若返る。
イーシャを幼児退行させるのに掛かった数日間、私はグリムくんの子育てをしていたんだ。当然、私の胸からお乳は出ない。
そこで活躍したのが、ファングトマトのレアドロップ、万能健康トマトジュースだよ。これが、お乳の代わりになったんだ。
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