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歓迎パーティーの招待状

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「お見合いは冗談としても、ねぇアンジェ、あなた、好きな殿方や気になる殿方はいらっしゃらないの?」

 そう言われて、一瞬でも脳裏をよぎった人物に動揺したのがいけなかったのか、リオノーラはアンジェから根掘り葉掘りと色々なことを聞き出した。
 聞かれるまま、言われるがままに答えていたアンジェがぐったりとし始めた頃、護衛の交代の時間だとヒルダとシェリーが来てくれなかったらアンジェは干物のように干からびてしまっていたかもしれない。
 そんなことがあってからの、翌日。
 リオノーラの行動はとても迅速だった。

「アンジェ! あなたにパートナーを用意したわ!」
「へっ?」

 第一騎士団の執務室で書類仕事の手伝いをしていたアンジェは、突然やってきたリオノーラに驚いて間抜けな声を上げた。
 同じ部屋にいる騎士達も驚き、アンジェのすぐ側にいたエドガーは迷惑そうにアンジェを見やった。
 そしてくいっと指で隣の休憩室を指差す。アンジェはとりあえずリオノーラを立たせたままでは悪いと思って別室への案内しようとしたら断られてしまった。

「今日はこれを渡しに来ただけなのよ。ふふ、受け取ってくれるわよね?」

 有無を言わせずアンジェの手に二つの手紙を渡すと、本当にリオノーラはそれだけの用だったようでそのまま去っていった。
 侍女に届けさせればいいのにわざわざリオノーラ自身から手渡されてしまっては断れるものも断れない。
 アンジェが渋々手紙の送り主を見れば、二つとも王太子の名前が書いてあった。
 席に戻ると、アンジェの手元をちらりと見やったエドガーが手紙の片割れに目を留めた。

「明日のパーティに出るのか」
「えっ?」
「そちらの封筒は招待状だろう」

 指摘してきたエドガーに、アンジェは実際に中身を空けてみて読んでみた。
 エドガーの言う通り、明日行われるファイサル王子の歓迎パーティーの招待状だった。
 微妙な顔をしたアンジェを、エドガーが鼻で笑う。

「滑稽なものだな。いよいよ騎士ごっこは終わりにするのか?」

 エドガーの物言いに、アンジェはカチンときた。

「あいにく、騎士ごっこではなくれっきとした騎士です」
「そんなことは言っても、どうせあのはた迷惑な王子に嫁ぐのではないか? だからパーティーに出席するのだろう。わざわざリオノーラ姫に招待状をねだってまで」
「別に招待状なんて不要です」
「どうだかな」

 ぶすっとした表情で否定するアンジェから興味が失せたとでも言うように視線を外すと、エドガーは再び手元の書類に視線を落とした。
 アンジェはもやもやとしたものを吐き出せる場を失ったまま、億劫そうにもう一通の手紙を開けてみる。
 そして、書かれていた内容に目を丸くした。


 ◇


「アンジェのことだから、ドレスはやっぱり持っていないと思ったのよ。かといってお相手の方にドレスを用意していただく時間もないから、わたくしのおさがりでごめんなさいね」
「い、いえ……むしろ姫様のものを着させていただけるのも恐縮なんですけど」

 パーティー当日、アンジェは出勤したところをハンナに拉致されて、リオノーラと供に全身をぴかぴかに磨き上げられることになった。
 風呂に入れられ、香油を身体に塗り込められ、化粧を施される。
 合間に果実水や軽食をつまませてもらいながら、アンジェは日が落ちてから始まる夜会のためにこんな早くから準備しないといけないのかとぐったりしていた。

「さぁ、今日はきっちりかっちりコルセットを締めますわ」
「ひっ……!」

 お茶会の時は動きやすさ重視でゆるく着けてくれたコルセットも、ハンナの手によって今日はがっつりと締めつけられる。
 ぎゅうぎゅう骨が軋むくらいお腹を圧迫されて、アンジェは鍛練並みの忍耐強さを強いられた。

「これでは動けませんよ……」
「ふふ。今日はお仕事はお休みなのだから良いのではないかしら?」
「私、午前中は勤務予定だったんですが……」
「大丈夫よ、お兄様がどうにかしてくださるわ」

 リオノーラの頼もしいような、不安なような解答に、アンジェはそれでいいのだろうかと不安になる。午後のシフトの変更はしてあるけれど、朝のシフトまでは変更していない。

「アンドレア様、こちらをどうぞ」
「はい……」

 リオノーラ付きの侍女の一人からドレスを差し出され、アンジェはもそもそと動いてドレスを纏う。

「仕上げにこちらの装飾品を着けたら完成です」

 ハンナがそう言って、アンジェに小粒の耳飾りと大粒のネックレスを一つ、身に付けさせた。
 そうして生まれた一人のご令嬢に、リオノーラと侍女達がきゃあと黄色い声を上げた。

「アンジェ、やっぱりあなたは素敵だわ! わたくし用にあつらえていたものだからと思っていたけれど、十分似合っているわ!」
「淡い薄紅の色も似合っておりましたのでこちらもと思いましたが……やはり深紅もよくお似合いでございますね」

 アンジェのドレスは薔薇のように真っ赤だった。
 首から鎖骨、肘のあたりまでを繊細なレースで覆い、胸から腰までは体に沿ったシルエット、もとはAラインのシルエットらしきスカートは左右に大胆なスリットが入っていた。
 最初にこの両腿の際どいところまでスリットの入ったドレスを見た時は、パニエなしで大きく動こうものならその中が簡単に露出してしまうことに気がついて辟易していたアンジェだけれど、それをカバーするようなストンと落ちたスカートのようなシルエットのパンツのお陰で難を逃れて安心した。

「これ、動きやすいです。スカートに見えますけど、パンツになってるんですね。丈も足首までですし、ドレスをさばかなくて良いのは嬉しいです」
「本当? よかったわ。本当はそれ、パニエを重ねるものなのよ。でも、パニエは歩きづらくなるじゃない? 一応、騎士の者は帯剣こそしないものの、もしもの時は動けるようにしないといけないのでしょう? だから動きやすいようにとパニエはやめてもらいましたのよ」

 リオノーラがうきうきとしながら、アンジェのために作らせた特製の仕立てについて語った。その横でハンナがアンジェを完璧な淑女として仕上げていく。
 髪もアップにし、化粧を施せば、普段のアンジェとはかけ離れた、衣裳の雰囲気も合間って、少しだけエキゾチックな女性が鏡の中でしきりに瞬きしている。
 完成したアンジェの姿に、リオノーラは満足そうに口許を弛めた。

「やっぱり女性騎士用のドレスデザインは増やすべきだわ。男性だって第一騎士団の者は特に見栄をはるのだから女性だって着飾るべきよね。男装でもよかったけれど……ドレスだけどドレスではないこの意匠はなかなかのものね。ふふふ」
「アンジェ様。このドレスですが、ご覧の通り裾を僅かに短くしております。足元が見えてしまうので踵のある靴を履いていただきましたが、問題ないでしょうか」
「大丈夫です。これくらいの高さなら問題ありません」

 ブーツではないけれど、そこまで高い踵でもないので許容範囲だ。ぴったりとアンジェの足のサイズに合う靴はよく馴染んで動きやすい。
 つい普段の癖で仕立ての具合だけではなく、全身の可動域を確かめるように身体を動かし始めたアンジェ。しなやかに伸びる手足は、ドレスを邪魔に思うことなく動いてくれる。

「姫様、ありがとうございます。ここまで色々としてくれて」
「ふふ、いいのよ。そのかわりね、アンジェには頑張ってもらわないとですもの」

 そう言って口許を羽扇で覆ったリオノーラはころころと笑った。
 そして羽扇を閉じると、リオノーラはアンジェを真っ直ぐに見つめる。

「きっとアンジェはこの国を変えられるわ。他国では既に女性の社会進出が始まっていると聞きました。この国も女性が活躍できる場所を作っていかないといけないもの。女性の可能性を、わたくしはアンジェに託しているのよ」

 そうリオノーラは話すと、側にいたハンナを見た。
 ハンナはその視線を受けて、目を細めるけれど何も言わずに佇んでいる。

「……騎士に限らず、女性の台頭が未だにならない職種は多い。それを後押ししたいのです。これは王女としてのわたくしの義務だと思っています。男性であるお兄様ではなく、この国唯一の王女であるわたくしの義務であると。そして義務であるのなら、自分で信ずるに値する人間を選びたいものでしょう? アンジェ、貴女はわたくしにとってそういう人物なのですよ」
「あの、それは、やっぱり、買いかぶりすぎでは……」
「そんなことありませんわ! ウィレミナのところで襲撃されたときのアンジェの実力は確かなものですもの!」

 そこまで言ったリオノーラは、ほぅとため息をつくと切なげに睫を震わせた。

「でもね、女としての幸せを選ぶというのなら早めに言って頂戴ね。もし、ファイサル王子のもとに嫁ぎたいというのなら……」
「いえ、私のなかでその選択肢は絶対にあり得ないので安心してください」
「そう、それなら良かったわ。でも、そうね。他国の殿方はちょっと困りますけれど、この国の殿方だったら貴女の恋路も応援いたします。さぁアンジェ。打倒、ファイサル王子ですわ! わたくしと共に、恋に! 仕事に! この国の女子の未来を輝かせるトップレディの座を目指しましょう!」
「へっ? えっ、はい……?」

 さっきまでの憂いの面持ちはどこへやら、リオノーラが興奮して高らかに声をあげた。
 アンジェはその気迫に気圧されてちょっとだけ後ろにのけぞるけれど、リオノーラの輝く瞳に肩の力を抜いて笑う。
 期待は重く感じるときもあるけれど、でも、自分を必要としてくれて、自分の力を認めてもらえるというのは、やっぱり嬉しいことだ。
 アンジェは気合いをいれる。
 とりあえず今日のところはこの後に控えるパーティを乗り切らなくては。
 リオノーラがいろんな人を巻き込んでアンジェに機会を与えてくれたのだから、アンジェはこのパーティーできっぱりと周囲に自分の立ち位置を示さなければならない。
 ファイサルには悪いが、アンジェは目前に迫る決着の瞬間に思いを馳せた。
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