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第1章 水の研究者、異世界へ
第14話 解放の条件
しおりを挟む強い鉄の匂いが辺り一帯に広がっていった。
מים להלְהִתְ פּוֹצֵץ──人体の水分を全て掌握し、一気に弾けさせる魔法。我ながらとんでもなく凶悪な魔法を生み出してしまった。しかもそれを、ほとんど魔力消費なしで使う方法を同時に見つけることができた。
死んで間もない人の血液には魔力が残っている。俺はそれを操り、生きている人間に小さな怪我を負わせる。そして血液が僅かでも見えれば、その対象となった人物の体内の水分は全て俺の意のままに動かせる。先の魔法のように弾けさせることも、身体の自由を奪い自殺させることも容易。
こんな使い方ができてしまうから、水魔法は女神によって弱体化させられたのではないだろうか? そう思えるほど、水魔法は万能だった。
「……で、これからどうなるんだ?」
コロッセオの中は静まり返っている。狩られるはずだった奴隷剣闘士の中に魔法使いがいて、そいつが騎兵10人を殺してしまったのだから反応に困っているのだろう。
言葉が通じるなら、俺たちを解放しろと交渉したい。
しかし通訳が可能なミーナは気を失ったまま目を覚まさない。彼女の治療も急がなくては。どうしようかと悩んでいると、闘技場への入口付近で動きがあった。
ぞろぞろと騎兵が入ってきた。
その数およそ30。
俺たちが戦っていた騎兵より、装備が良いものになっている。万が一奴隷剣闘士側が騎兵10人に勝ったとしても、奴隷たちに待ち受けるのは絶望のみ──そんなシナリオだったのだろう。
しかし今の俺には、大量の水《武器》がある。
5人の騎兵から得た新鮮な血液。
コレを全部使わせてもらおう。
「מים להלְהִתְ ──」
彼らの血液を分離し、透明な水として俺の前に留めた。それを強く圧縮し、薄く延ばして勢いよく放射状に拡げるイメージで詠唱する。
「ז"ל!」
高速で放たれた水が、まだ陣形を展開する前で密集していた騎兵たちを馬ごと切り裂いた。馬は俺に危害を加えたわけじゃないのに……。申し訳ないことをした。
それにしてもこの魔法、対多数戦闘で使えるな。
特にこうした戦場であれば、魔力を含んだ血液はいくらでも手に入る。その血液を水にするのも、操作するのにもあまり魔力は消費しない。つまりほぼ無限に遠距離攻撃が可能な武器が手に入るんだ。
ミーナはこの世界で雷魔法が最強だと言っていたが、俺は違うと思う。
俺が使う水魔法こそ最強だ。
ちなみにコロッセオの観客たちは少しザワついていた。奴隷剣闘士を粛清する目的で送り出された騎兵たちが一瞬で真っ二つにされたのだから無理もない。
ただ、いくら魔力の消費が少ないとしても、これを繰り返せばいつかは魔力が尽きてしまう。それがバレる前に何とかこの状況を変えたい。
「מים להלְהִתְ תסתו 」
周囲の死体から拝借した血液から水の輪を作り高速で回転させる。それに俺とミーナを繋いでいる鎖を当てて切断した。
俺は自力で自由になれるのだということをアピールする。
観客たちの動揺が大きくなっている。先ほどまで彼らは人の死を見て喜んでいた。それが今は、俺の狂気が自分たちに向くのではないかと恐怖しているのだろう。
大いに恐れてしてほしい。
俺が奴隷にされて一時は自殺を考えたのも、とても優しいミーナがこんなに血を流すことになったのも。ここにいる観客たちに責任がある。全部が観客のせいだとは言わないが、剣闘士に血を流させて自分たちはそれよりましな立場だと自負して生きる。そんな奴らが数万人もいるから、人の死がイベントになってしまう。
それに観客の誰も俺たちを助けてくれようとはしなかった。だから今度は、自分たちが殺されるかもしれないという恐怖を感じてくれ。
「מים להלְהִתְ צָף 」
大量の血液を分離し、いくつかに分けて観客席の付近に配置しておいた。
「הַקפָּאָה!」
昨日ミーナから教わったいくつかの動詞の中に“動くな”があった。本来なら魔法で空中に水を保持できないかと思って詠唱のために聞いた単語だったが、今は観客たちを脅すための言葉として使っている。
俺の意図は観客たちに伝わったようだ。ざわめきが大きくなるが、逃げようとする輩はいなかった。逃げれば騎兵たちのように真っ二つにされるのではないか。そんな想像をしてしまい、動けないようだ。
さて。交渉を始めよう。
「誰か! 俺の世界の言葉が話せる者はいないか!?」
ここには数万人もいるんだ。それに国の研究機関に行けば、言葉が分かる人がいると聞いた。それならこの場に通訳できる人がいてもおかしくはない。
「だれか!!」
身体が痛くてあまり大きな声が出せない。魔法で支えて自分の足で立っているが、これもかなりしんどい。まずはミーナの傷を応急処置したように、自分の身体を治すべきかと考えていると、ひとりの男が近づいてきた。
「私、言葉、分かります。少し」
良かった。
俺の予想が当たった。
「出て来てくれてありがとう。まず、俺たちを今すぐ奴隷から解放しろ。断るなら観客の半数を殺す」
そう言って観客席の付近に設置した水塊を指さす。
通訳に来た男は慌てて走っていった。
その先にコロッセオの統括者がいた。
コロッセオ統括者が複数の興行師を雇って、この人殺しイベントを開催しているみたいだな。コイツも殺してやりたいが、実行するかは今後の対応次第。
通訳の男が走って戻ってきた。息を切らしながら統括者の意志を伝えてくれる。
「あなた、自由。好きな所、行っていい。他の奴隷も自由。だけど、その娘はダメ」
ミーナは解放されないらしい。彼女は主人を傷つけるという、奴隷としてのタブーに触れているのでダメなのだそうだ。
「そっか。じゃあやっぱり俺は、ここにいる観客全員殺してから逃げるよ」
青い顔をして、通訳の男が再び走っていく。
彼が俺の所へ帰って来た時、統括者がそれについてきた。自ら出てくるとは良い度胸をしている。まぁ、数万人もの観客を殺されれば自身の進退も危うくなるだろうから、当然の対応なのかもな。
かなり質の良い服を着た統括者が、通訳の男に自らの意志を話させる。
「אתה והבחופשיים」
「あなたたち、自由」
「גם לשלם」
「私、お金、支払う」
「שביעות רצון?」
「これで、満足か?」
「俺から、もうひとつ要求がある」
それだけは絶対に成し遂げようと決意したこと。
「מה?」
「それは、なに?」
「俺の担当をしていた興行師。そいつを殺したい」
少し困った顔をしながら、通訳の男は統括者に俺の言葉を伝えた。
「……אוהב את ז,הטוֹב」
「わかった、好きにして良い。そう言ってる」
物分かりが良くて助かる。
「הוא ברח」
「でもアイツ、逃げた」
「あ゛ぁ゛!?」
どうやら俺が魔法を使えると観客たちが気付いた時には既に姿をくらましていたらしい。アイツは俺に逆襲されると分かっていたんだ。
「לעבוד במ,דינה הזו」
「探すの、手伝う。お金も、たくさん出す」
「צא החוצה」
「だから、大人しく出て行って」
泣きそうな表情で統括者が両手を合わせて懇願してくる。
興行師が逃げたとしても、絶対に探し出して殺すと誓ったことを思い出した。逃げる側は常に恐怖を感じるはず。それも追跡者が騎兵を容易く屠る魔法使いなんだ。水の気配に怯えながら逃げ隠れする興行師を追いかけるのも良さそうだ。
俺は解放条件を受諾し、ミーナを抱きかかえてコロッセオから出た。
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