王国戦国物語

遠野 時松

文字の大きさ
127 / 148
本編前のエピソード

雲の行き先 65 酒飲みの気持ち

しおりを挟む
「何だ?」
 視線を感じたドロフは、風に当たりながら言う。
 閉店後の『馴染みの店』で身分を偽った者たちが動く中、この人はひたすら酒を飲んでいた。先ほど頭を抱えながら、『あの時は歯止めが効かなくなっていた』と言っていたが、正に言葉通りだった。誰とも何の情報も交わさずに、ただひたすら酒を酌み交わしていただけだった。
 誰に酒を注いだなどは、ほとんど覚えていないだろう。
「本当に大丈夫なのか、気になってしまいました」
「今は無理だ。しかしもう少し治れば、また飲みたくなる」
「そうなのですね」
 その顔を見てしまうと、にわかには信じられない。
「分からなかったかもしれんが、いずれ分かるようになる」
「そうならないように気を付けます」
「それはどういう意味だ?」
「特に深い意味はありません」
「そうか、そうなのだな。ならば仕方ない」
 ドロフは水筒のスープを飲み干す。次に水を含み、口の中を洗い流す。
「勘違いするなよ。調子が悪いからといって、何も考えられないわけではない」
「そうなのですね」
 気のない素振りを見せて、リュゼーは手綱を操る。道が悪くなっている所も速度を落とさずに通過する。それに伴って馬車は揺れる。
「そうくるか……」
「ハァッ!」
 リュゼーは他の音をかき消すように声を上げる。それによりドロフの言葉は、途中でかき消されてしまう。
 ドロフは顔を斜めにして頭を向け、目だけをリュゼーへと向ける。リュゼーはその視線を十分に感じているが、前を向いたままで手綱を操る。
「助かる。すでに揺れだけなら、気にならないほどに回復した」
「そうなのですね」
 口調がしっかりしてきた。揺らしたところで無駄なのだろう。
「このまま遅れを取り戻すのも悪くない。この速度ならすぐに前に追いついて、横道に逸れる時間が取れるな」
「そうした方がいいかと思いまして」
 このままだと危険だ。どうにかして再び気持ち悪くなってもらわないと、こっちが困る。
「後続は酒など飲んでいないからな」
「なぜそのような話を?」
 リュゼーは白々しく尋ねる。
 体調が戻ったのか、師は思い出してしまった。
「長テーブルでのお前の動きについて話をしていただろ。酒を飲む飲まないといったら、その話に決まっているだろうが」
 その話をしている途中で気持ち悪いと言い出して、うやむやになっていた。その続きが始まる。起きた事象を今後に活かすものだが、自分の至らないところを振り返るのはいつだって心苦しい。
「ご指導をお願いします」
 師の体調不良をいいことに、いつもより調子に乗ってしまったことを今になって後悔する。「しかしお前の、私は酒を飲めません、からのあの流れ。あれは素晴らしかったぞ、くだらなすぎてな」
 リュゼーは「そう思われても、しょうがないことをしました」と、答えてから手綱を操る。
「飲まないための何かがあるかと思ったら、『エルドレではそうだから、それでお願いします』の一手だったのだからな。それだけで対応を相手に委ねるにしては、あまりにも弱すぎる。終いには、杯を手に持ったままだから酒を注がれてしまう始末。訳が分からん」
 やはり口調が強い。どうせなら師には、ずっと酒を飲んでいてほしい。
「相手にとって生きていく上で少しも必要としない情報が、お前が頼りにしていたものだっと知った時は、我慢しきれずに笑い声が漏れてしまったぞ」
「笑われても仕方ありません」
「おっと、笑うのは失礼だな。耐えきれずに噴き出してしまったぞ」
 何かを言い返したいけれど、あの場で起こったことが全てだ。
「チャントールに酒を注いだのだからそのまま酒瓶を手に持っていればいいものを、なぜそれをしない。酒瓶を持っていれば、杯を持たずにその場にいられる。酒を注ぎながら話もできる。温くなる前に酒瓶を持ち替えれば、手持ち無沙汰にもならない。周りにはどのように映る?」
「中々気の利く若者だなと、皆に思われます」
「例外はあるが、自分に利がある者を人は攻撃しない。お前のことを知らない人がいる場での立ち位置は、自分で勝手に作ってしまえ。コイツはこういうヤツなのだなとわかった方が、相手をしやすい。勝負事ではないのだ、距離は自分で詰めていけ」
「はい」
 リュゼーはドロフに気付かれないように奥歯を噛む。
「酒好きの中には、酒を飲んだ時がそいつの本性だ、と考えるものがいる。イルミルズが良い例だ。そんなやつらは酒を飲ませたがる。それを回避するのに、お前の取った手は弱すぎる。規則や習慣を使うなら、重要性を先に説明した方がいい」
「その後、師はその話をしていました。実はそれでさえ、あの場で使うには弱いものだと、今となっては理解できます。他の家人が酒を絡めないのがそこで理解できました。」
「祝いの席だとゆるくなるのかもしれん。大事な荷はボウエーンにあるから、今は任務外なのかと思うかもしれん。テーブルの者は飲んでもいる。他にも色々と考え付くが、どれも思い付かないらしい」
「改めて考えると、視野の狭い策だと思います」
「酒飲みからしたら、『だからなんだ?』だからな。イルミルズが怒るのも理解できる」
「作り手のことを考えないのか? と、問われた時に激しく心が動きました」
「だから、後先考えずに酒を飲もうとしたのか?」
「それは……」
「食事会ではない、あれは晩餐会のひとつだ。酒を利用するにも色々あるが、あそこで飲もうとするかね。駄目だと思ったら諦めて退け。あの程度なら、幾らでも取り返せる。酒を飲んだ状態で、ヘヒュニと話すつもりじゃなかったよな?」
「次を考えていませんでした」
「使う手を間違えると、次に進めなくなる」
「後々それに気が付いた時、背筋が凍りました」
 与えられた仕事をこなすだけでは、それでおしまい。評価はそこまで。酒を飲んでしまったら、長テーブルの場に行くことはできなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。 選んだ職業は“料理人”。 だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。 地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。 勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。 熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。 絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す! そこから始まる、料理人の大逆転。 ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。 リアルでは無職、ゲームでは負け組。 そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。

勇者パーティのサポートをする代わりに姉の様なアラサーの粗雑な女闘士を貰いました。

石のやっさん
ファンタジー
年上の女性が好きな俺には勇者パーティの中に好みのタイプの女性は居ません 俺の名前はリヒト、ジムナ村に生まれ、15歳になった時にスキルを貰う儀式で上級剣士のジョブを貰った。 本来なら素晴らしいジョブなのだが、今年はジョブが豊作だったらしく、幼馴染はもっと凄いジョブばかりだった。 幼馴染のカイトは勇者、マリアは聖女、リタは剣聖、そしてリアは賢者だった。 そんな訳で充分に上位職の上級剣士だが、四職が出た事で影が薄れた。 彼等は色々と問題があるので、俺にサポーターとしてついて行って欲しいと頼まれたのだが…ハーレムパーティに俺は要らないし面倒くさいから断ったのだが…しつこく頼むので、条件を飲んでくれればと条件をつけた。 それは『27歳の女闘志レイラを借金の権利ごと無償で貰う事』 今度もまた年上ヒロインです。 セルフレイティングは、話しの中でそう言った描写を書いたら追加します。 カクヨムにも投稿中です

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...