128 / 148
本編前のエピソード
雲の行き先 66 狙いと願い
しおりを挟む
「起死回生を狙える手は、最後まで取っておけ。寧ろ、そんな手は使わない方が好ましい。今ある手は隠したままで、その場から新たな手を見つけ出せ。そんなものその辺に転がっている。隠してた手が後々、大化けするなんてことが多々ある」
「すみません。ありがとうございます」
「謝る必要はない、身内だろ。分かってる。あの動きで、任務を妨害しているわけじゃないんだろ?」
その言葉を受けて、リュゼーの手が、ピクリと動く。手綱を介して馬に気持ちが伝わるのを、リュゼーは必死に堪える。
「こちらの常識で動いてしまいました。ここは他国です。その土地の者を口説き落とすには、その土地の者になって考えなければ駄目だということを学びました。そのためには知識も蓄えないといけないことも、痛感しました」
「相手はこちらの都合よく動いてくれないからな。会話でもそうだ。話の流れが変わったとしたら、言おうとしていたことを堪えろ。流れなど一言で変えられる」
「ありがとうございました」
あの時、師はいつの間にかチャントールの横に位置し、『女の子ですか?』の一言で孫の話へと流れを持っていった。
「それなのにお前っていうやつは」
「ため息を吐かれても、しようがありません。チャントール様が酒を注ぎ始めたのに、杯を手にしたままで輪に入っていました」
「勘が良いのか、悪いのか。あれをやられてしまっては、さすがに見ているだけではいられなくなった。本心ではあの後、俺にどう動いてほしかったのだ?」
「それはですね、その。つまり……」
どう動いて欲しかったと問われれば、全てがうまくいって褒めてほしかった。
勢い勇んでチャントールに挑んだ結果、自分ではどうにもできずに師に助けてもらったのだ。そんなことは言えるはずがない。
「どう動いてほしいというのは無く、話の流れに乗って用意した品を勧めるつもりでした」
「欲に目が眩む、というやつだな。やってることは、神話の世界そのままではないか」
「それについて教わっているはずなのに、活かすことができませんでした」
「誰に教わったのか知らんが、場面が変わったらできなくなるでは、そんなやつ、使い物にならないな。全て勝つ必要はない。目的のものを手に入れるためなら、他は全て負けたっていい。情けない姿が上手いお前にとっては、それの方が得意だろ。その師とやらにやり方を教えてもらえ。俺は仕事といえ、そんなやつ教えるのは勘弁してもらいたい」
ドロフの声に生気が戻ってくる。これ以上は、スープを飲まなくても平気そうな顔になってきている。
「安易に動いてしまったのを後になって悔やんでいます。あの時動かなかったら良かったと、考えています」
「若さゆえの過ちというやつか?」
「そうなのかもしれません」
「それなら問題ない」
「えっ?」
「何もやらないやつより、何かをやるやつの方がこちらとしては動かしやすい」
「どういうことでしょうか?」
「酒のことを考えたら、ぶり返してきた。あとは自分で考えろ」
気持ち悪いのが戻ってきたのか、ドロフは眉根を寄せて深く息を吐く。
「ありがとうございました」
「感謝するのはチャントール様に、だ」
自分には必要ないと、ドロフは手を振る。
その通りである。他国のエルメウス家が勝手に決めた制度を破った時の罰の深さなど、知らないだろうに重く受け止めてくれた。だからこそ、あそこで師が酒を飲んだことが利いた。
人は思い通りに動かない。当たり前のことが、あの時は頭から抜けていた。自分で会話の流れを作る難しさもそうだ。馬車の横で使用人と交わす、四方山話とはわけが違う。
リュゼーの馬車を操る手が、段々と拙いものへと変わっていく。
「飲まないためにどうすればよいかなど考えずに、自分は酒を飲まない前提で物事を考えていました。そのことにより、当初の想定が何ひとつ上手くいかなかったです。酒を飲まないことなど、どうにでもできると思ってました。ところが、現実は違うものでした」
リュゼーの手綱を握る手が少し膨らむ。
感情を表に出すなという教えを守っているのだろうが、悔しい気持ちを抑えられないらしい。ドロフはそれを素知らぬふりで盗み見る。
「頭の中では、何もかもうまくいっていました。相手に通じない時のことを考えていませんでした。自分ひとりで何でもできると思い込んでいました。相手がいることなのに、その考えをこちらの都合で決めつけていました」
ここでリュゼーは息を吸う。次が続くのかと思われたが、歯を食いしばって言葉を止める。それから、眉を顰めて鼻から息を吐き出す。
馬が落ち着かない様子で馬車を引く。
「狙いが願いになってしまっている。当たればデカいが、外せば終わる。あの場で使う手ではなかったかもな」
「おっしゃる通りです」
「でもいいんじゃないか。どんなものでも、狙いが当たれば上手くいく。たまたまでも当てれば、すぐに偉くなれる」
「同じようなことはしません」
リュゼーが黙ると、ドロフは水を飲んでから外を向く。
「ありがとうございます」
次に続く言葉がなくなり、リュゼーは話しかける。
「さっきから、何にだ?」
「はい、助けていただいたのもそうですが、茶の知識など色々と、です」
考えると、全てにおいて操られていたのではないかと思ってしまう。何も考えずながむしゃらにやった結果が良かった、というものではないのは身に染みて分かる。
「お前の師というのは難儀だな。師と仰いでさえいれば、助けてもらえると思われているんだろうな」
「そうではありません」
「口だけで言われてもな。そんなのは何とでも言える」
「申し訳ありません」
「気にするな、俺は師などではないからな」
これを言われてしまうと、何も言い返せない。
「しかし、ヘヒュニのやつ。面白いことをするな」
「何がです?」
次だ。
頭を切り替えなければ、師の話に乗り遅れる。
「すみません。ありがとうございます」
「謝る必要はない、身内だろ。分かってる。あの動きで、任務を妨害しているわけじゃないんだろ?」
その言葉を受けて、リュゼーの手が、ピクリと動く。手綱を介して馬に気持ちが伝わるのを、リュゼーは必死に堪える。
「こちらの常識で動いてしまいました。ここは他国です。その土地の者を口説き落とすには、その土地の者になって考えなければ駄目だということを学びました。そのためには知識も蓄えないといけないことも、痛感しました」
「相手はこちらの都合よく動いてくれないからな。会話でもそうだ。話の流れが変わったとしたら、言おうとしていたことを堪えろ。流れなど一言で変えられる」
「ありがとうございました」
あの時、師はいつの間にかチャントールの横に位置し、『女の子ですか?』の一言で孫の話へと流れを持っていった。
「それなのにお前っていうやつは」
「ため息を吐かれても、しようがありません。チャントール様が酒を注ぎ始めたのに、杯を手にしたままで輪に入っていました」
「勘が良いのか、悪いのか。あれをやられてしまっては、さすがに見ているだけではいられなくなった。本心ではあの後、俺にどう動いてほしかったのだ?」
「それはですね、その。つまり……」
どう動いて欲しかったと問われれば、全てがうまくいって褒めてほしかった。
勢い勇んでチャントールに挑んだ結果、自分ではどうにもできずに師に助けてもらったのだ。そんなことは言えるはずがない。
「どう動いてほしいというのは無く、話の流れに乗って用意した品を勧めるつもりでした」
「欲に目が眩む、というやつだな。やってることは、神話の世界そのままではないか」
「それについて教わっているはずなのに、活かすことができませんでした」
「誰に教わったのか知らんが、場面が変わったらできなくなるでは、そんなやつ、使い物にならないな。全て勝つ必要はない。目的のものを手に入れるためなら、他は全て負けたっていい。情けない姿が上手いお前にとっては、それの方が得意だろ。その師とやらにやり方を教えてもらえ。俺は仕事といえ、そんなやつ教えるのは勘弁してもらいたい」
ドロフの声に生気が戻ってくる。これ以上は、スープを飲まなくても平気そうな顔になってきている。
「安易に動いてしまったのを後になって悔やんでいます。あの時動かなかったら良かったと、考えています」
「若さゆえの過ちというやつか?」
「そうなのかもしれません」
「それなら問題ない」
「えっ?」
「何もやらないやつより、何かをやるやつの方がこちらとしては動かしやすい」
「どういうことでしょうか?」
「酒のことを考えたら、ぶり返してきた。あとは自分で考えろ」
気持ち悪いのが戻ってきたのか、ドロフは眉根を寄せて深く息を吐く。
「ありがとうございました」
「感謝するのはチャントール様に、だ」
自分には必要ないと、ドロフは手を振る。
その通りである。他国のエルメウス家が勝手に決めた制度を破った時の罰の深さなど、知らないだろうに重く受け止めてくれた。だからこそ、あそこで師が酒を飲んだことが利いた。
人は思い通りに動かない。当たり前のことが、あの時は頭から抜けていた。自分で会話の流れを作る難しさもそうだ。馬車の横で使用人と交わす、四方山話とはわけが違う。
リュゼーの馬車を操る手が、段々と拙いものへと変わっていく。
「飲まないためにどうすればよいかなど考えずに、自分は酒を飲まない前提で物事を考えていました。そのことにより、当初の想定が何ひとつ上手くいかなかったです。酒を飲まないことなど、どうにでもできると思ってました。ところが、現実は違うものでした」
リュゼーの手綱を握る手が少し膨らむ。
感情を表に出すなという教えを守っているのだろうが、悔しい気持ちを抑えられないらしい。ドロフはそれを素知らぬふりで盗み見る。
「頭の中では、何もかもうまくいっていました。相手に通じない時のことを考えていませんでした。自分ひとりで何でもできると思い込んでいました。相手がいることなのに、その考えをこちらの都合で決めつけていました」
ここでリュゼーは息を吸う。次が続くのかと思われたが、歯を食いしばって言葉を止める。それから、眉を顰めて鼻から息を吐き出す。
馬が落ち着かない様子で馬車を引く。
「狙いが願いになってしまっている。当たればデカいが、外せば終わる。あの場で使う手ではなかったかもな」
「おっしゃる通りです」
「でもいいんじゃないか。どんなものでも、狙いが当たれば上手くいく。たまたまでも当てれば、すぐに偉くなれる」
「同じようなことはしません」
リュゼーが黙ると、ドロフは水を飲んでから外を向く。
「ありがとうございます」
次に続く言葉がなくなり、リュゼーは話しかける。
「さっきから、何にだ?」
「はい、助けていただいたのもそうですが、茶の知識など色々と、です」
考えると、全てにおいて操られていたのではないかと思ってしまう。何も考えずながむしゃらにやった結果が良かった、というものではないのは身に染みて分かる。
「お前の師というのは難儀だな。師と仰いでさえいれば、助けてもらえると思われているんだろうな」
「そうではありません」
「口だけで言われてもな。そんなのは何とでも言える」
「申し訳ありません」
「気にするな、俺は師などではないからな」
これを言われてしまうと、何も言い返せない。
「しかし、ヘヒュニのやつ。面白いことをするな」
「何がです?」
次だ。
頭を切り替えなければ、師の話に乗り遅れる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
秘書と社長の秘密
廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。
突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。
ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる