王国戦国物語

遠野 時松

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本編前のエピソード

未来の将達

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 カノの甲高い鳴き声が三度聞こえる。
 獲物に気取られないように身を潜めていた二人は、目を合わせて頷く。
「あっちは準備できたみたいだな」
「おう」
 声変わり前の囁き声が草木に溶ける。
「いくか」
「よし」
 ファトストの呼びかけにリュートは口に手を当てる。そして二度、カノの鳴き声を真似る。
 それを合図に反対側に待機していたリュゼーがロウの鳴き声を真似ながら、草木を叩き音を立てる。
 草を食んでいたイノの群れは、物音がする方に顔を上げる。天敵のロウが現れたと勘違いをしたイノは、群れで一番大きい個体を先頭に逃げ出す。
 時を同じくして、二人は草木の間から体を現しリュートは矢を弓に番える。
「今だ!」
 ファトストが右手を挙げると、それを合図に引き絞られた矢はリュートの馬手から離れる。矢は狙い通り獣道上に張られた綱を切断すると、仕掛けられた板が跳ね上がる。
 道を塞がれて分断されたイノの群れは、逃げ道を探すように草むらから再び姿を現す。その内の何頭かは場所を変えたリュートの立てる物音により、導かれるようにファトスト達の方へと逃げてくる。
「おい、ファトスト。上手くいったな」
 そう言うとリュートは再び矢を番える。
「子供は逃がせよ」
「分かってるよ。まずはあいつだな」
 リュートは自分達の存在に気が付いたのか、急に進路を変えたイノの脳天を撃ち抜く。
「よし、あともう一頭」
 続け様にこちらに向かってくる、大きめの個体に狙いを定める
「くそ、しくじった」
「おい、何やってんだよ。滅多にないぞ、こんな良い機会は」
 同じく頭を狙った矢は、狙いが外れ背に刺さる。
「わるい、許せ」
「許すも何も、このまま逃したらあいつはロウの餌食になっちまう。何としてでも狩るぞ」
 リュートを急かすために小突いたファトストだが、その表情は一瞬にして曇る。「おい、あいつこっちに向かってくるぞ」
 背を撃たれたイノは身の危険から逃れるためか、狂ったようにファトストの方へと突っ込んでくる。
 大型のイノは突進力が強く、ぶつかればただでは済まない。口の横には小型ながら牙もあり、毎年、不意に出会したイノにより重大な怪我をする者が後を絶たない。
「なんで俺なんだよ」
 ファトストは慌てて弓を射るが、イノの動きを止めることはできない。
「っくそ。おい、どうする?」
 二人のいる場所は森の中ということもあり、大きく横に逃げることは難しい。イノがファトストに向かってくる速さと距離から、次の矢を射る時間は残されていない。腰には短刀が携えてあるが突進してくる相手に対して、用も成さないことは考えずとも分かる。
 ファトストの表情は、困惑と恐怖が何度も行き来する。
 あれほどの速度で向かってきたイノの動きが、不意にゆっくりと感じる。
 迫り来る赤黒い塊に、ファトストは待ち受ける己の未来に覚悟を決める。
「よっと」
 何だその気の無い声は。リュートが発した言葉にファトストは心の中で毒突く。
 次の瞬間、ゴンと鈍く大きな音が辺りに響く。
「ゔぁーーー」
 声にならない声と共に、ファトストはその場にへたり込む。
「危なかったな」
 リュートは笑いがら、ファトストに話しかける。
 その手には罠を仕掛けた時に使用していた大鎚が握られており、鳴き声すら上げられずに絶命したイノがファトストから既の所で横たわる。
「本当、危なかった」
 ファトストは両手で顔を覆うとゆっくり下へずらし、大きく息を吐いた。
「助けてもらった俺に感謝しろよ」
 リュートは手に持っていた大鎚を、近くにある道具がまとめられている場所に放り投げる。
「あそこで仕留め損なわなければ、こんな事にはなってないと思うけどな」
「俺達はまだ水の段階だぜ。本格的な教えを受けてない段階でこの腕前ならいい方だろ」
「まあ、それもそうだ」
「二度とこんな思いをしたくなかったら、お前も弓の腕を磨くんだな」
 リュートは笑いながら、獲物を縛るための縄を取り出す。
「俺には無理だ。いくらやっても上手くならない。それに武が必要となれば、お前達がいれば十分だろ」
 ファトストは仰向けになり空を見上げる。
 青く輝く空には、白い雲がゆっくりと流れている。
「やった、二頭も仕留めたのかよ。大漁、大漁」
 遠くからリュゼーの声が聞こえる。
「おう、任せろ」
 リュートは力瘤を作りパンパンと叩く。「そっちのやつ頼むぞ」
「はいよぉ」
 リュゼーはそう答えると、腰袋から縄を取り出す。
「おい、いつまでも寝てねえでお前も手伝えよ」
「無理だよ」
「無理って何だよ」
「無理なものは無理なんだよ」
「そうやっていつも力仕事を俺たちにやらせやがって」
「………だよ」
「はぁ?何言ってるか聞こえねえよ」
「こ………んだよ」
「たがら聞こえねえって言ってんだろ。それより、いい加減立てよ」
「腰抜かしてるから無理なんだよ」
「お前。それ、本気で言ってんのか?」
 ファトストは何も言わずにリュートを睨む。
「おい、リュゼー。ちょっと聞けよ」
 リュートは手を止めファトストを指差す。「ファトストがイノに襲われそうになって腰を抜かしたってよ」
「何だよそれ?」
 リュゼーはファトストに目を向ける。自分と目を合わせないようにしている姿を見て、笑い声を上げる。「今日からお前は腰抜けファトストだな」
 リュゼーはイノの四肢を縛り終え、二人がいる方へ引きずってきた。
「何とでも言ってくれ。さっきは本当に終わったって思ったんだから、これはしょうがないことさ」
 ファトストは恥ずかしさのあまり強がりを見せるが、声に力は込められてはいない。
「それよりどうするよ、二頭だぜ。しかもそっちはなかなかの大きさだぜ」
 リュゼーはリュートに向かって声を掛ける。
「そうだよな、これを三人で運ぶのは少し厳しいよな。しょうがねえから村の人を呼んでくるか。おっと、二人だったな」
 リュートは声を出して笑う。
「それなら俺が行ってくるよ。リュートじゃなければ、この状況でロウが出たらファトストのことを守りきれないからな」
「そうだな。リュゼーの方が身軽だしそうしよう」
 話がまとまり、血の匂いを嗅ぎつけてロウが現れないように獲物を隠していると、風下となる通り道の方から物音がする。
 それに気が付いた三人は弓を手に持ち、矢籠から矢を取り出した。
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