王国戦国物語

遠野 時松

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本編前のエピソード

兵の道 2 マシマシへの策

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 夜が明ける少し前に鳥たちは目を覚ます。
 山の木々を鳥が飛び交うようになると空が白みだす。林はまだ静かだ。これからただ耐える時間が始まる。
 策は簡単だ。
 畑に来たマシマシを驚かせ、通り木に吊るしてある皮袋を俺が射抜く。かぶれの木を煮詰めたものが入っていて、それに触れたマシマシには数日の間痒い思いをしてもらう。
 これで臆病で警戒心の強いマシマシは畑に寄り付かなくなる。
 何とかという葉と一緒に煮ると臭いが消えるらしい。これは昨日の晩、酒に酔った村のおじさんが教えてくれた。
 村人は川下にある民家の陰に隠れている。俺も物音を立てぬように物陰に身を寄せる。風は畑の中で草の下に潜む。それぞれが息を潜める。
 遠くの森で鳥が飛び立つ。
 しばらくすると近くの木々が揺れ始める。
 ボスだろうか、体の大きな個体を先頭にして何頭か林の際に姿を現す。元気の良い個体が林を飛び出し、架け橋となる木々の中程に留まる。ボスも飛び移りその後を群れがついていく。
 畑の大木にボスが飛び移った。俺は弓を握る。
 しかし、風は動かない。
 風が起きるまで事を起こさぬよう言われている。じっと物陰から盗み見る。
 群れは畑に降りてしまった。
 朝の新鮮な空気の中、蝶も舞っている。
 焦れる時間が続く。
 ボスも畑に降りてしまう。息を吐く、これから仕掛けるのは考え難い。
 考えがあってのことだろうが少し心配にもなる。隠れている草に近付くマシマシもいる。自分で作ったものの出来が心配になる。こんなことになるなら「人を騙すなら使わぬが、まあよかろう」、そう言われた時に作り直せば良かった。
 ボスが食べ物片手に木の下まで戻ってきた。
 美味そうだ。朝取れの野菜は美味いに決まっている。
 ボスは畑に気を配りながら木を登る。
 今しかない、そう思うと同時に草の間から矢が飛び出す。矢は綺麗に袋を破く。
 サーっと中から赤い粉が流れ出し、朝露と瑞々しさに溢れた野菜によって濡れたボスの顔に降り注ぐ。食べると刺激のある植物を粉にしたもので、二、三日は顔がヒリヒリと痛むだろう。
 それを合図に村人は物を叩いて畑の中に入り、マシマシを追い立てる。
 驚いたマシマシが畑の木に集まるのを確認して、俺は弓を構える。
「役目を果たせるほどの弓の腕はある」
 吊るされた袋を二つとも射抜く。袋は上手く破れてくれて、中の液体が枝に付着する。
「これは俺の意地のため」
 少し大きな皮袋を高く放り投げる。袋が、通り木の枝先上を通過する時を狙って矢を放つ。葉に雨が降ったような音が聞こえる。
 畑では警戒の鳴き声を上げながら数匹が木を登り始めると、草の中から再び矢が放たれる。先に布が巻かれた矢が、蓋のされた箱を下から叩く。
 小麦粉に先ほどの赤い粉が混ぜられたものが、煙幕のように木を包む。その中をマシマシたちは通って行く。先を逃げるマシマシが、通り木の異変に気付く。しかし、村人からの追い立てにより群れはそこを通過していくしかない。
 俺もロウの鳴き真似をしマシマシの群れを追い立てる。物音なんかよりよっぽどもマシマシたちには効く。
 林から順を追うように鳥たちが飛び立っていき、それが森の奥の方へ続いていく。



「いえいえ、馬上から物を受け取るのは失礼にあたります。それはその者にお与えください」
 品を湛えて風は答える。
「そうですか、それでは給金はリュート殿にお渡しすることにいたします」
「賢いボスがいると聞き、手を加えました。こちらとしては、策といえども大切に育てられた野菜をあのように使ってしまい、申し訳なく思っています」
「あそこまでしてもらえたら、マシマシは二度と現れないでしょう。先のことを考えればこちらとしても助かりました」
「頂いた時に野菜の美味しさに驚きました。あの味をマシマシに覚えさせる訳にはいきません。辛味のある小麦粉は濡れた体によく付きます。あの後、気持ちを落ち着かせるために毛繕いをするでしょうから、やつらにとってこの出来事は忘れられない味になるのではないですかな」
「そこまで言っていただけると幸いです」
 村長に続いて村人も頭を下げる。
「リュートと言ったな。覚えておくぞ」
 そう言うと、風は馬の腹を軽く蹴った。
「ありがとうございました」
 皆の中に混じって風を見送った。
 嘘だ。
 初めは風が俺の役目を担うはずだった。弓の技術を見てもらい、風との話の中で俺がその役目を担うことになると目が変わった。
 絶対に己の趣味であれをやった。
 それに、あの時に野菜の味を知っている訳がない。この村の野菜を初めて食べたのは昨日の晩だ。風は、荷がある時は常に荷から離れず、信頼のおける場所以外では自分が用意したものしか食べない。
 極め付けは、いくら賢いボスがいるとしても、マシマシにはあそこまでの罠は必要ない。風がしたことは無駄ではないが、必要あるものかといったらそうではない。
 風の中には色々な人がいるのだなと思った。
 その後、村長の館で布に縫われた紋を見せ、正式にホロイ家であることを証明すると村を後にした。
 次の街が近付いてくると、すれ違った荷を引くホロイ家の風に「そのまま風の溜まり場に行け」と言われた。
 街ということもあり、風に用意される一画は柵があるような大きいものだった。
 その場には荷を空にした風の人たちが数名集まっていた。
「おぉ、リュート。また会ったな」
 その中に村を先に発った風がいた。
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