51 / 148
本編前のエピソード
兵の道 2 マシマシへの策
しおりを挟む
夜が明ける少し前に鳥たちは目を覚ます。
山の木々を鳥が飛び交うようになると空が白みだす。林はまだ静かだ。これからただ耐える時間が始まる。
策は簡単だ。
畑に来たマシマシを驚かせ、通り木に吊るしてある皮袋を俺が射抜く。かぶれの木を煮詰めたものが入っていて、それに触れたマシマシには数日の間痒い思いをしてもらう。
これで臆病で警戒心の強いマシマシは畑に寄り付かなくなる。
何とかという葉と一緒に煮ると臭いが消えるらしい。これは昨日の晩、酒に酔った村のおじさんが教えてくれた。
村人は川下にある民家の陰に隠れている。俺も物音を立てぬように物陰に身を寄せる。風は畑の中で草の下に潜む。それぞれが息を潜める。
遠くの森で鳥が飛び立つ。
しばらくすると近くの木々が揺れ始める。
ボスだろうか、体の大きな個体を先頭にして何頭か林の際に姿を現す。元気の良い個体が林を飛び出し、架け橋となる木々の中程に留まる。ボスも飛び移りその後を群れがついていく。
畑の大木にボスが飛び移った。俺は弓を握る。
しかし、風は動かない。
風が起きるまで事を起こさぬよう言われている。じっと物陰から盗み見る。
群れは畑に降りてしまった。
朝の新鮮な空気の中、蝶も舞っている。
焦れる時間が続く。
ボスも畑に降りてしまう。息を吐く、これから仕掛けるのは考え難い。
考えがあってのことだろうが少し心配にもなる。隠れている草に近付くマシマシもいる。自分で作ったものの出来が心配になる。こんなことになるなら「人を騙すなら使わぬが、まあよかろう」、そう言われた時に作り直せば良かった。
ボスが食べ物片手に木の下まで戻ってきた。
美味そうだ。朝取れの野菜は美味いに決まっている。
ボスは畑に気を配りながら木を登る。
今しかない、そう思うと同時に草の間から矢が飛び出す。矢は綺麗に袋を破く。
サーっと中から赤い粉が流れ出し、朝露と瑞々しさに溢れた野菜によって濡れたボスの顔に降り注ぐ。食べると刺激のある植物を粉にしたもので、二、三日は顔がヒリヒリと痛むだろう。
それを合図に村人は物を叩いて畑の中に入り、マシマシを追い立てる。
驚いたマシマシが畑の木に集まるのを確認して、俺は弓を構える。
「役目を果たせるほどの弓の腕はある」
吊るされた袋を二つとも射抜く。袋は上手く破れてくれて、中の液体が枝に付着する。
「これは俺の意地のため」
少し大きな皮袋を高く放り投げる。袋が、通り木の枝先上を通過する時を狙って矢を放つ。葉に雨が降ったような音が聞こえる。
畑では警戒の鳴き声を上げながら数匹が木を登り始めると、草の中から再び矢が放たれる。先に布が巻かれた矢が、蓋のされた箱を下から叩く。
小麦粉に先ほどの赤い粉が混ぜられたものが、煙幕のように木を包む。その中をマシマシたちは通って行く。先を逃げるマシマシが、通り木の異変に気付く。しかし、村人からの追い立てにより群れはそこを通過していくしかない。
俺もロウの鳴き真似をしマシマシの群れを追い立てる。物音なんかよりよっぽどもマシマシたちには効く。
林から順を追うように鳥たちが飛び立っていき、それが森の奥の方へ続いていく。
「いえいえ、馬上から物を受け取るのは失礼にあたります。それはその者にお与えください」
品を湛えて風は答える。
「そうですか、それでは給金はリュート殿にお渡しすることにいたします」
「賢いボスがいると聞き、手を加えました。こちらとしては、策といえども大切に育てられた野菜をあのように使ってしまい、申し訳なく思っています」
「あそこまでしてもらえたら、マシマシは二度と現れないでしょう。先のことを考えればこちらとしても助かりました」
「頂いた時に野菜の美味しさに驚きました。あの味をマシマシに覚えさせる訳にはいきません。辛味のある小麦粉は濡れた体によく付きます。あの後、気持ちを落ち着かせるために毛繕いをするでしょうから、やつらにとってこの出来事は忘れられない味になるのではないですかな」
「そこまで言っていただけると幸いです」
村長に続いて村人も頭を下げる。
「リュートと言ったな。覚えておくぞ」
そう言うと、風は馬の腹を軽く蹴った。
「ありがとうございました」
皆の中に混じって風を見送った。
嘘だ。
初めは風が俺の役目を担うはずだった。弓の技術を見てもらい、風との話の中で俺がその役目を担うことになると目が変わった。
絶対に己の趣味であれをやった。
それに、あの時に野菜の味を知っている訳がない。この村の野菜を初めて食べたのは昨日の晩だ。風は、荷がある時は常に荷から離れず、信頼のおける場所以外では自分が用意したものしか食べない。
極め付けは、いくら賢いボスがいるとしても、マシマシにはあそこまでの罠は必要ない。風がしたことは無駄ではないが、必要あるものかといったらそうではない。
風の中には色々な人がいるのだなと思った。
その後、村長の館で布に縫われた紋を見せ、正式にホロイ家であることを証明すると村を後にした。
次の街が近付いてくると、すれ違った荷を引くホロイ家の風に「そのまま風の溜まり場に行け」と言われた。
街ということもあり、風に用意される一画は柵があるような大きいものだった。
その場には荷を空にした風の人たちが数名集まっていた。
「おぉ、リュート。また会ったな」
その中に村を先に発った風がいた。
山の木々を鳥が飛び交うようになると空が白みだす。林はまだ静かだ。これからただ耐える時間が始まる。
策は簡単だ。
畑に来たマシマシを驚かせ、通り木に吊るしてある皮袋を俺が射抜く。かぶれの木を煮詰めたものが入っていて、それに触れたマシマシには数日の間痒い思いをしてもらう。
これで臆病で警戒心の強いマシマシは畑に寄り付かなくなる。
何とかという葉と一緒に煮ると臭いが消えるらしい。これは昨日の晩、酒に酔った村のおじさんが教えてくれた。
村人は川下にある民家の陰に隠れている。俺も物音を立てぬように物陰に身を寄せる。風は畑の中で草の下に潜む。それぞれが息を潜める。
遠くの森で鳥が飛び立つ。
しばらくすると近くの木々が揺れ始める。
ボスだろうか、体の大きな個体を先頭にして何頭か林の際に姿を現す。元気の良い個体が林を飛び出し、架け橋となる木々の中程に留まる。ボスも飛び移りその後を群れがついていく。
畑の大木にボスが飛び移った。俺は弓を握る。
しかし、風は動かない。
風が起きるまで事を起こさぬよう言われている。じっと物陰から盗み見る。
群れは畑に降りてしまった。
朝の新鮮な空気の中、蝶も舞っている。
焦れる時間が続く。
ボスも畑に降りてしまう。息を吐く、これから仕掛けるのは考え難い。
考えがあってのことだろうが少し心配にもなる。隠れている草に近付くマシマシもいる。自分で作ったものの出来が心配になる。こんなことになるなら「人を騙すなら使わぬが、まあよかろう」、そう言われた時に作り直せば良かった。
ボスが食べ物片手に木の下まで戻ってきた。
美味そうだ。朝取れの野菜は美味いに決まっている。
ボスは畑に気を配りながら木を登る。
今しかない、そう思うと同時に草の間から矢が飛び出す。矢は綺麗に袋を破く。
サーっと中から赤い粉が流れ出し、朝露と瑞々しさに溢れた野菜によって濡れたボスの顔に降り注ぐ。食べると刺激のある植物を粉にしたもので、二、三日は顔がヒリヒリと痛むだろう。
それを合図に村人は物を叩いて畑の中に入り、マシマシを追い立てる。
驚いたマシマシが畑の木に集まるのを確認して、俺は弓を構える。
「役目を果たせるほどの弓の腕はある」
吊るされた袋を二つとも射抜く。袋は上手く破れてくれて、中の液体が枝に付着する。
「これは俺の意地のため」
少し大きな皮袋を高く放り投げる。袋が、通り木の枝先上を通過する時を狙って矢を放つ。葉に雨が降ったような音が聞こえる。
畑では警戒の鳴き声を上げながら数匹が木を登り始めると、草の中から再び矢が放たれる。先に布が巻かれた矢が、蓋のされた箱を下から叩く。
小麦粉に先ほどの赤い粉が混ぜられたものが、煙幕のように木を包む。その中をマシマシたちは通って行く。先を逃げるマシマシが、通り木の異変に気付く。しかし、村人からの追い立てにより群れはそこを通過していくしかない。
俺もロウの鳴き真似をしマシマシの群れを追い立てる。物音なんかよりよっぽどもマシマシたちには効く。
林から順を追うように鳥たちが飛び立っていき、それが森の奥の方へ続いていく。
「いえいえ、馬上から物を受け取るのは失礼にあたります。それはその者にお与えください」
品を湛えて風は答える。
「そうですか、それでは給金はリュート殿にお渡しすることにいたします」
「賢いボスがいると聞き、手を加えました。こちらとしては、策といえども大切に育てられた野菜をあのように使ってしまい、申し訳なく思っています」
「あそこまでしてもらえたら、マシマシは二度と現れないでしょう。先のことを考えればこちらとしても助かりました」
「頂いた時に野菜の美味しさに驚きました。あの味をマシマシに覚えさせる訳にはいきません。辛味のある小麦粉は濡れた体によく付きます。あの後、気持ちを落ち着かせるために毛繕いをするでしょうから、やつらにとってこの出来事は忘れられない味になるのではないですかな」
「そこまで言っていただけると幸いです」
村長に続いて村人も頭を下げる。
「リュートと言ったな。覚えておくぞ」
そう言うと、風は馬の腹を軽く蹴った。
「ありがとうございました」
皆の中に混じって風を見送った。
嘘だ。
初めは風が俺の役目を担うはずだった。弓の技術を見てもらい、風との話の中で俺がその役目を担うことになると目が変わった。
絶対に己の趣味であれをやった。
それに、あの時に野菜の味を知っている訳がない。この村の野菜を初めて食べたのは昨日の晩だ。風は、荷がある時は常に荷から離れず、信頼のおける場所以外では自分が用意したものしか食べない。
極め付けは、いくら賢いボスがいるとしても、マシマシにはあそこまでの罠は必要ない。風がしたことは無駄ではないが、必要あるものかといったらそうではない。
風の中には色々な人がいるのだなと思った。
その後、村長の館で布に縫われた紋を見せ、正式にホロイ家であることを証明すると村を後にした。
次の街が近付いてくると、すれ違った荷を引くホロイ家の風に「そのまま風の溜まり場に行け」と言われた。
街ということもあり、風に用意される一画は柵があるような大きいものだった。
その場には荷を空にした風の人たちが数名集まっていた。
「おぉ、リュート。また会ったな」
その中に村を先に発った風がいた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました
グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。
選んだ職業は“料理人”。
だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。
地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。
勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。
熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。
絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す!
そこから始まる、料理人の大逆転。
ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。
リアルでは無職、ゲームでは負け組。
そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。
勇者パーティのサポートをする代わりに姉の様なアラサーの粗雑な女闘士を貰いました。
石のやっさん
ファンタジー
年上の女性が好きな俺には勇者パーティの中に好みのタイプの女性は居ません
俺の名前はリヒト、ジムナ村に生まれ、15歳になった時にスキルを貰う儀式で上級剣士のジョブを貰った。
本来なら素晴らしいジョブなのだが、今年はジョブが豊作だったらしく、幼馴染はもっと凄いジョブばかりだった。
幼馴染のカイトは勇者、マリアは聖女、リタは剣聖、そしてリアは賢者だった。
そんな訳で充分に上位職の上級剣士だが、四職が出た事で影が薄れた。
彼等は色々と問題があるので、俺にサポーターとしてついて行って欲しいと頼まれたのだが…ハーレムパーティに俺は要らないし面倒くさいから断ったのだが…しつこく頼むので、条件を飲んでくれればと条件をつけた。
それは『27歳の女闘志レイラを借金の権利ごと無償で貰う事』
今度もまた年上ヒロインです。
セルフレイティングは、話しの中でそう言った描写を書いたら追加します。
カクヨムにも投稿中です
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる