王国戦国物語

遠野 時松

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とある王国の エピソード

神話 砦攻防戦 上

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 敵の砦を包囲してから半月ほど経ったある夕刻、騎乗のまま拠点内へと通された男は、慌ただしく鎧を鳴らしながら本部の門をくぐる。その男は誰からも止められることなく廊下を進み、頭を下げる衛兵に軽く手を挙げて応えながら部屋へと入って行く。
 ドルリートは、「王よ」と、部屋に入って来たソージェロに顔を向ける。
「敵はミンチョスより兵を出したとのこと。その数およそ五万から六万、こちらの三倍を超えています」
 ドルリートは、ほおー、と仰々しく驚き「六万とはまた、敵は物騒なほど兵を集めたものだな」と、顎を摩りながらミンチョスに笑い返す。それから片眉を上げ、レイモンドの顔を見る。
「途中で合流する兵もいるでしょうから、最終的には六万を超えるのは確実です。敵の抱える要塞や砦の数を考えますと、現状において動かせる、最大の兵数かと存じます」
 レイモンドはそう言いながら地図を兵から受け取り、ドルリートの前に広げる。
「さてさて、どうするかのお」
 ドルリートが地図に視線を落とすとソージェロが、「中央に掲げられた旗には、『双頭の獅子』の紋。率いるのはダジールムと思われます」と、王の正面へと回り込む。
「歳は老兵の域に達していますが、未だ衰えを知らない歴戦の猛将です。機転も利く為、この様な戦には適任だと思われます」
 そう言うとレイモンドは、現在、王軍が兵糧攻めのために取り囲んでいる砦より遥か北東にある、二又に道が分かれている場所の近くへ敵駒を移動させていく。
「ミンチョスから今いるこの場所までの距離を考えますと、遅くとも数日中にはこの位置までは到達すると思われます」
「今から無理に攻城戦を仕掛けてこの砦を落とせたとしても、この場所からだと、全て補修する前に敵軍が到着できる距離なのか?」
 ソージェロは目の前に置かれていく駒に目を遣りながら、レイモンドに訊ねる。
 レイモンドは「おそらく」と頷き返しながら敵の砦付近に王の駒を置き、先ほどの二又から伸びる、巨大な堰止湖を迂回する様に書かれた道の先にある自軍の兵站拠点に少数の駒を移動していく。
「敵はそこから兵を分けてくるだろうな」
「その点については、同じく」レイモンドは頷く。「敵の狙いについて、王はどの様にお考えですか? 尚、東側については警戒する様、人は飛ばしてあります」
「砦を囲んでまだ半月だ。砦内には十分な食料があるだろうから、兵数を考えると狙いはこちらとの野戦ではないか」
 ドルリートは顎先に手を当てる。
 レイモンドがソージェロに顔を向けると、「同じく」とソージェロは肯く。
「どちらにせよ、砦と敵に挟まれるわけにはいかぬ」王は、己を示す駒を手に取る。「その二又から直接こちらに向かう途中に、どこか良い場所はあるか?」
「はい」
 レイモンドは、湖から川へと流れ出る場所の南側を指し示す。
「近くに架かる橋は大きく、人の往来は楽なのですが容易く壊せます。背には山があり、橋から西へと街道が伸びているためにこちらの拠点との連絡も取りやすくなっています」
「申し分ないな」ドルリートはレイモンドに駒を手渡す。「それでは、その場所で様子を見ることにしよう」
「策などは?」
 レイモンドは、ドルリートに顔を向ける。
「それについては、敵の出方を見てからにしようかのお」
 地図を隅々まで見渡しながらドルリートは、レイモンドと目を合わせることなく答える。
「それならば私はこの場に残り、王が背を打たれない様に目を光らせております」
 ソージェロの言葉に、ドルリートは砦付近に目を向ける。
「そうだのう」
 そう言うとドルリートは、ソージェロとしっかりと目を合わせる。
「大変だが頼む。守る場面も多く出てくるかもしれん、なるべく重いやつらを選べ」
「はっ!」
 ソージェロは笑顔で王の指示に応え、ドルリートもそれに負けず劣らぬ顔で笑い返す。
 ドルリートはレイモンドへと顔を向ける。
「将校を呼べ、移動だ」








「敵は部隊を二つに分け進軍中、それぞれ三万程度とのこと」
 もう直ぐで目的地に着くというところで、伝令が王の元に現れる。
「真っ二つに分けたか」
 ドルリートは顎に手をやり、眉根を寄せて顎を引く。
「どちらが本隊だ?」
「はっ! ダジールムの旗は、全てこちらに向かっている模様です」
「先ずは、砦の解放が最優先ということか」ドルリートはレイモンドに顔を向ける。「このまま迎え撃つか?」
 レイモンドは小さく首を横に振り、「重要な兵站基地でもある、拠点を優先していただけますか」と答える。
「そうか。ならば兵はいかほどだ?」
「拠点には三千の兵がいます。付近の砦に詰める兵の総数は、おおよそ二千程度です。この戦場以外ならば、南に二千、東に三千程度の余裕があり、それぞれ千から二千の騎兵ならば直ぐに動かせます」
 ドルリートは顎から手を離す。
「色々と仕掛けなければならんから、刻が惜しい。拠点の守りを優先させる。と、目的地の変更を告げてこい」
 レイモンドが理解を示すために頷くと、それを受けた兵が隊の先頭へと馬を駆る。
「砦の包囲もやめるかのお。ソージェロたちは、来た道にあった見事なサクラスの木の辺りで待たせろ。段丘の先にあった、あの大木じゃ」
 レイモンドが頷くと、近くの兵が馬の腹を軽く蹴る。
「ちょっと待て、ちょっと待て」
 レイモンドは手を前に出してから、上下に振る。
 王に呼び止められ、兵は慌てて手綱を引く。
「待つ場所は、その先にあった池の近くに変更じゃ。砦から兵が出てきたら背を討たせろ。北の空に煙が上がったら、サクラスの木まで退くようにと伝えてくれ」
「はっ!」
 兵は、馬を体で押し出し、小隊を率いて砦へと向かう。
「あの道は、拠点と砦とを結ぶ道ですからね」
「あそこなら相手が大軍でも、幾分かは守りやすかろうて」
「仰る通り、例え敵の本隊が来たとしても、応援が到着するまで十分に時は稼げるでしょう」
 ドルリートはゆっくりと頷く。
「次は何をお考えですか?」
「薪が多く欲しくてのお」
 ドルリートは遠くに見える湖に目を向ける。
「いかほど用意いたしますか?」
「対岸から、煙が上がっているのが分かる程度で良いのだがな、さて」
 ドルリートは言葉を途中で止め、顎を指の腹で撫でる。
「ここで負けたら、東方への夢は絶たれます。心残りの無いように」
 それを聞いたドルリートは、片方の口角を上げる。
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