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ロールケーキ 上
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「鈴ちゃーん」
「はーい」
おばあちゃんに呼ばれて厨房へと向かう。
「翔太くんのとこ?」
私の問いかけに、おじいちゃんはコクリと頷く。
「お願いね」
「はーい」
おばあちゃんに返事をしながらお皿を受け取って振り返ると、カラッと揚がった衣と野菜の甘い香りが私のお腹を刺激する。
お届け先の席に座る男の子は、じーっと私の手元を見ている。
翔太くんはお店に来たら必ずこれを注文する。翔太くん以外にもファンは多い。その中でも彼は一番若いファンのお客さまだ。
『野菜の天ぷら』
夜だけの限定メニュー。とはいっても、昼でもお店が暇なら定食として出してくれる。エビやお魚は入っていない、野菜だけの天ぷら。ビールにもお酒にも合うみたい。
ナスやサツマイモも美味しいけれど、その中でも翔太君のお目当ては、『ニンジンの千切り』だけのかき揚げ。外はサクサクで、重なっているところはホクホクしてて甘い。かたまりのところがあると、当たりを引いたみたいで嬉しくなる。これは私だけじゃなく、翔太くんもそうらしい。前にお話をした時にそう言っていたから間違いない。
ご飯を食べるためのおかずではなくお酒を飲むための肴だから、普段なら天つゆの代わりにお塩と大根おろしが付く。けれども、翔太くんが注文すると、お出汁と醤油とみりんで作った天つゆが付く。身内贔屓ではなく、おじいちゃんが作る天つゆはお蕎麦屋さんみたいで美味しい。
それを翔太君はサイダー片手に、大人顔負け、一皿全部ペロリと食べちゃう。お父さんの杉内さんは顔を赤らめながら「将来は酒飲みになるな」と、いつか一緒にお酒を飲める日を楽しみにしているんだって。
お母さんの瑠美さんが言うには、普段はニンジンを食べてくれないらしいのだけれども、真似をして作ると食べてくれるらしい。翔太君に「ニンジンも食べなさい」と言うと、「食堂のなら食べる」と言い返されるらしく、困り果てた瑠美さんはおじいちゃんからコツを教わって作り始めたらしい。それでも、おじいちゃんの作るかき揚げを食べる時の笑顔を引き出せないらしく、「お母さんとしては複雑だけどね」と笑っていた。
杉内さんはお仕事の都合でいつもは晩酌はしないらしいけれど、お酒が飲める日は家族でお店に来てくれる。
「お待たせしました」
私がそう言うと、待ってましたと、自分の目の前にあるお皿を横に退けながら、翔太君は目を輝かせる。そして私が持つ、『ニンジンのかき揚げ』が一つおまけしてある野菜の天ぷらを、瞬きひとつせず目の前に置かれるまで目で追う。
しかし、がっつくことはしない。ソーダを一口飲む。急いで齧り付いて、口の中を何度も火傷をしたことから、翔太くんは学んでいる。
「鈴ちゃん、いい? ハイボールと……」
杉内さんは、瑠美さんの顔を見る。
「今日は、レモンサワーにしようかな」
「はい、ありがとうございます」
私はお盆を胸に抱えて返事をする。これぐらいなら私だって、メモを取らずとも覚えられる。
私が「ウイスキーは濃いめですね?」と小さい声で確認すると、杉内さんはチラリと瑠美さんの方を見て、内緒だよ、と目で合図をする。呆れ顔の瑠美さんの横から「アチッ!」と可愛らしい声が聞こえて来る。
私はとっさにお盆で口元を隠す。でも目元から、笑ってしまったのはバレバレなはずだ。
「翔太くん、まだ熱いかも」
遅すぎる私のアドバイスに翔太くんは、目を瞑りながら急いでサイダーを口にして応える。
「もぉー」
瑠美さんは笑って翔太くんを見つめる。
「しょうがねぇやつだな」
杉内さんはなぜだか嬉しそうに、泡の少なくなったビールジョッキを空ける。
「お下げしますね」
「おっ、ありがとう」
杉内さんからジョッキを受け取ると、私は「ごゆっくり」と笑顔を浮かべ、果敢にもかき揚げに再チャレンジしている翔太くんの姿を横目で見ながら、ご注文の品を作りに厨房へと歩いていく。
「鈴ちゃん、腹の調子はどうだ?」
カウンターに座る正さんに話し掛けられる。お調子者の源さんじゃなくて正さんから話し掛けられるのは珍しいけれど、正さんが酔っている証拠だ。
「今日は大丈夫、ありがと」
本当はお腹が空いてきているけれど、今は我慢。
「何だ、珍しい。ダイエットか?」
源さんが驚いた表情で聞いて来る。
「ううん、違うの」
私は首を振って答える。
突然、源さんはおでこに手を添える。
「あちゃー、傘持ってこなかった」
「おい、源。槍には傘なんて無意味だぞ」
正さんが真面目な顔で、源さんを肘で突く。
「ちょっと、正さん」
私が頬を膨らませながら厨房に入り、入り口にあるサワーを作る機械の前に立つと、二人の笑い声が聞こえて来る。正直に言えば、二人の前にある鶏皮のパリパリ揚げを食べたいのだけれど、ここは我慢。少しでもお腹を空かせておきたい。
なぜならお楽しみが控えているから。
ぐ~~~、っと鳴ってしまったお腹の音が二人に聞こえてしまっていないかと、ドキドキしながら私は杉内さんのテーブルへとグラスとジョッキを運ぶ。
今日はいつも通りという感じで特に忙しくはないけれど、テーブルと厨房を行ったり来たりしている。美味しそうな香りに誘われ、言葉巧みに私に餌付けしようとする常連さんの誘惑に負けない強い気持ちで、美味しそうな料理を運ぶ。でもそんなの全然平気。
でもね、あることに気が付いたの。
おじさま方はどうしてこんなに食べさせようとするの? そして、私ってお店のお手伝いをしている時って、いつもこんなにも食べていたの?
動いているからカロリーは消費しているって思っていたけれど、ダイエットが上手くいかない理由が何となくわかっちゃった。でもその問題も、おじいちゃんの料理が美味しいから仕方ないってことにして、自分を納得させた。
だって源さんが、「若い頃はいっぱい食べた方がいい」って言ってたんだもん。ごめんね、源さんのせいにしちゃって。
でも我慢、我慢。そう、とっておきのお楽しみが控えているから、いつも以上に頑張らなきゃ。お腹が減ってくるといつもなら力が出なくなってくるのに、今日はなぜだか力が湧いてくる。不思議なものだと思う。
私は常連さんから頂いた、小さめの唐揚げを口の中に仕舞い込み、そんなことを考えておじいちゃんの料理をお客さまの元へと運ぶ。
「はーい」
おばあちゃんに呼ばれて厨房へと向かう。
「翔太くんのとこ?」
私の問いかけに、おじいちゃんはコクリと頷く。
「お願いね」
「はーい」
おばあちゃんに返事をしながらお皿を受け取って振り返ると、カラッと揚がった衣と野菜の甘い香りが私のお腹を刺激する。
お届け先の席に座る男の子は、じーっと私の手元を見ている。
翔太くんはお店に来たら必ずこれを注文する。翔太くん以外にもファンは多い。その中でも彼は一番若いファンのお客さまだ。
『野菜の天ぷら』
夜だけの限定メニュー。とはいっても、昼でもお店が暇なら定食として出してくれる。エビやお魚は入っていない、野菜だけの天ぷら。ビールにもお酒にも合うみたい。
ナスやサツマイモも美味しいけれど、その中でも翔太君のお目当ては、『ニンジンの千切り』だけのかき揚げ。外はサクサクで、重なっているところはホクホクしてて甘い。かたまりのところがあると、当たりを引いたみたいで嬉しくなる。これは私だけじゃなく、翔太くんもそうらしい。前にお話をした時にそう言っていたから間違いない。
ご飯を食べるためのおかずではなくお酒を飲むための肴だから、普段なら天つゆの代わりにお塩と大根おろしが付く。けれども、翔太くんが注文すると、お出汁と醤油とみりんで作った天つゆが付く。身内贔屓ではなく、おじいちゃんが作る天つゆはお蕎麦屋さんみたいで美味しい。
それを翔太君はサイダー片手に、大人顔負け、一皿全部ペロリと食べちゃう。お父さんの杉内さんは顔を赤らめながら「将来は酒飲みになるな」と、いつか一緒にお酒を飲める日を楽しみにしているんだって。
お母さんの瑠美さんが言うには、普段はニンジンを食べてくれないらしいのだけれども、真似をして作ると食べてくれるらしい。翔太君に「ニンジンも食べなさい」と言うと、「食堂のなら食べる」と言い返されるらしく、困り果てた瑠美さんはおじいちゃんからコツを教わって作り始めたらしい。それでも、おじいちゃんの作るかき揚げを食べる時の笑顔を引き出せないらしく、「お母さんとしては複雑だけどね」と笑っていた。
杉内さんはお仕事の都合でいつもは晩酌はしないらしいけれど、お酒が飲める日は家族でお店に来てくれる。
「お待たせしました」
私がそう言うと、待ってましたと、自分の目の前にあるお皿を横に退けながら、翔太君は目を輝かせる。そして私が持つ、『ニンジンのかき揚げ』が一つおまけしてある野菜の天ぷらを、瞬きひとつせず目の前に置かれるまで目で追う。
しかし、がっつくことはしない。ソーダを一口飲む。急いで齧り付いて、口の中を何度も火傷をしたことから、翔太くんは学んでいる。
「鈴ちゃん、いい? ハイボールと……」
杉内さんは、瑠美さんの顔を見る。
「今日は、レモンサワーにしようかな」
「はい、ありがとうございます」
私はお盆を胸に抱えて返事をする。これぐらいなら私だって、メモを取らずとも覚えられる。
私が「ウイスキーは濃いめですね?」と小さい声で確認すると、杉内さんはチラリと瑠美さんの方を見て、内緒だよ、と目で合図をする。呆れ顔の瑠美さんの横から「アチッ!」と可愛らしい声が聞こえて来る。
私はとっさにお盆で口元を隠す。でも目元から、笑ってしまったのはバレバレなはずだ。
「翔太くん、まだ熱いかも」
遅すぎる私のアドバイスに翔太くんは、目を瞑りながら急いでサイダーを口にして応える。
「もぉー」
瑠美さんは笑って翔太くんを見つめる。
「しょうがねぇやつだな」
杉内さんはなぜだか嬉しそうに、泡の少なくなったビールジョッキを空ける。
「お下げしますね」
「おっ、ありがとう」
杉内さんからジョッキを受け取ると、私は「ごゆっくり」と笑顔を浮かべ、果敢にもかき揚げに再チャレンジしている翔太くんの姿を横目で見ながら、ご注文の品を作りに厨房へと歩いていく。
「鈴ちゃん、腹の調子はどうだ?」
カウンターに座る正さんに話し掛けられる。お調子者の源さんじゃなくて正さんから話し掛けられるのは珍しいけれど、正さんが酔っている証拠だ。
「今日は大丈夫、ありがと」
本当はお腹が空いてきているけれど、今は我慢。
「何だ、珍しい。ダイエットか?」
源さんが驚いた表情で聞いて来る。
「ううん、違うの」
私は首を振って答える。
突然、源さんはおでこに手を添える。
「あちゃー、傘持ってこなかった」
「おい、源。槍には傘なんて無意味だぞ」
正さんが真面目な顔で、源さんを肘で突く。
「ちょっと、正さん」
私が頬を膨らませながら厨房に入り、入り口にあるサワーを作る機械の前に立つと、二人の笑い声が聞こえて来る。正直に言えば、二人の前にある鶏皮のパリパリ揚げを食べたいのだけれど、ここは我慢。少しでもお腹を空かせておきたい。
なぜならお楽しみが控えているから。
ぐ~~~、っと鳴ってしまったお腹の音が二人に聞こえてしまっていないかと、ドキドキしながら私は杉内さんのテーブルへとグラスとジョッキを運ぶ。
今日はいつも通りという感じで特に忙しくはないけれど、テーブルと厨房を行ったり来たりしている。美味しそうな香りに誘われ、言葉巧みに私に餌付けしようとする常連さんの誘惑に負けない強い気持ちで、美味しそうな料理を運ぶ。でもそんなの全然平気。
でもね、あることに気が付いたの。
おじさま方はどうしてこんなに食べさせようとするの? そして、私ってお店のお手伝いをしている時って、いつもこんなにも食べていたの?
動いているからカロリーは消費しているって思っていたけれど、ダイエットが上手くいかない理由が何となくわかっちゃった。でもその問題も、おじいちゃんの料理が美味しいから仕方ないってことにして、自分を納得させた。
だって源さんが、「若い頃はいっぱい食べた方がいい」って言ってたんだもん。ごめんね、源さんのせいにしちゃって。
でも我慢、我慢。そう、とっておきのお楽しみが控えているから、いつも以上に頑張らなきゃ。お腹が減ってくるといつもなら力が出なくなってくるのに、今日はなぜだか力が湧いてくる。不思議なものだと思う。
私は常連さんから頂いた、小さめの唐揚げを口の中に仕舞い込み、そんなことを考えておじいちゃんの料理をお客さまの元へと運ぶ。
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