【完結】ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ

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「あなたの婚約者、あなたのこと壊滅的にドレスが似合わないってバカにしてたわよ?」

 善意か悪意か。あるいはその両方か。どこかの令嬢は、教えてくれた。

『ドレスが、壊滅的に似合っていない』

 今さら、言われるまでもない。シンシアは自分がどれほど不格好か、痛いほどよく理解していた。

 存在感のある黒髪と切れ長の瞳。女性にしては高い上背。シンシアは可愛いというより、かっこいい印象の方が強い。

 そんな彼女に、今の流行は致命的に合わない。

 最近、社交界で流行しているのは、パステルカラーの生地をたっぷり使った甘いデザインのドレスだ。淡いピンクやクリーム色の布地に、胸元を飾る大きなリボン、幾重にも重ねられたレースのフリル。凛とした印象のシンシアには、どれもこれも似合わなかった。 

 侍女達は、試行錯誤して似合わせようと努力してくれている。
 しかし、どんなに「可愛い」に寄せようとも、限界というものはある。

 シンシアも鏡を見るたび、それを自覚していた。
 自分が感じることを、他者が思わないわけがない。
 婚約者の陰口も、事実である以上、仕方がないとは思う。

 それでも、影で噂されていたことは気に食わなかった。
 彼は、シンシアに何かを伝えようとしたことすらない。

 今回も前回も、それよりずっと前から、
 彼が送ってくるのは、シンシアに最も合わない流行の既製品ドレスだ。
 一言相談してくれさえすれば、今より幾分かマシなものを探せただろう。

 現にデビュタントの時は、選んだ衣装で誉められた。
 婚約者と出会ったのも、その時だった。

 だが、彼はもう、何に惹かれたのか覚えていないらしい。
 安直に流行りものを選んでいるのが透けて見えて、
 届くたび、突き返したい衝動にかられた。
 正直、お金の無駄としか思えなかった。

 それでも、送られたものは着なければ礼儀に反する。 どんなに気に入らなくても、着ているのはそのためだ。 
 それなのに、「似合わない」などと言われる筋合いはない。
 誰が選んだドレスなのかそれすら忘れているというのか。彼はシンシアの心情など微塵も汲み取る気はないのだろう。義務とばかりに送られてくる既製品がその証拠だ。

 陰口の内容を聞いたその日は一日中、ムカムカとした気持ちで過ごした。
  それから暫く気分は晴れなかったが、何日かたったある日。
 ふとした瞬間に、色々なことがどうでも良く思えてきた。 
 似合わないドレスや、無神経な婚約者。
  悩みはいろいろあるけれど、根っこにあるのは単純明快。
  全ては、衣装にある。 
 婚約者云々はおいておくとして、シンシアはとりあえず、気に入らないドレスを着ることをやめることにした。
  シンシアは決意表明の意味も込めて、まず髪を切った。 ばっさりと。
  腰まであった艶のある黒髪は、肩につかぬくらいで切り落とした。
  侍女や父は卒倒し、母は怒り狂った。
  だが構うものかと、今度はドレスを全て売りに出し、代わりに兄の古着を着るようにした。 兄が学生時代に着ていたものが、幸運なことにシンシアにぴったりだった。 スラックスに、ベストやジャケット。 まるっきり男装だった。 
 しかし、ドレスを着ているときよりもうんとなじんでいるように見えた。 何よりシンシアがスラックスを気に入った。
  シンシアはそれ以降、男装ばかりするようになった。

  「恥ずかしい格好を止めろ!!」

  ある時婚約者に怒鳴られた。
  恥ずかしい格好とは。 シンシアは小首を傾げた。 シンシアからすれば、ドレスを着ていた頃の方がよほど恥ずかしかった。
 今の男装のような格好は、シンシアに似合っているし、恥ずかしいとは思わない。なんなら、そこそこ格好良い自信もある。 以前と比べるまでもない。だと言うのに、婚約者はどこを見て恥ずかしいというのか。シンシアには皆目見当もつかなかった。

  「言っている意味がわかりません」 

 告げると、婚約者はさらに怒った。 

「なぜ分からない!!その男装のような格好を止めろと言っているんだ!!」 
「はぁ」 

 シンシアはなんとか相槌を打ったが、一つも納得していなかった。 なぜ辞めなければならないのか理由もよく分からない。

  「良いからドレスを着ろ!!恥ずかしくて隣も歩けない」 

 婚約者にそう言われ、シンシアの脳裏にあの時の記憶が蘇る。 

  「壊滅的にドレスが似合わないとおっしゃっていたのではないのですか?あなたのお友達からそうお聞きしましたが」

  腹芸も面倒で、シンシアは直球で聞いてみた。 「え」と婚約者が固まったきり、質問の返事は返さない。 しかし、なぜそれをと顔が言っていたので、シンシアは続けた。

  「変てこな印象を与える人間を連れて歩くより、今の方がマシだと思いますよ。私はドレスより、こちらの方が好きです」

  「な、何を馬鹿なことを……」

  婚約者が焦った声を上げる。

  「あ、当てつけのつもりか?ふざけたことを言っていないで、ドレスを着るんだ」

  別にふざけてなどいない。 至って真面目なのだが。 シンシアは不満げに眉根を寄せる。 似合うドレスを作ってきて、これを着ろというならまだ分かる。
 しかし、似合わないドレスしかない状態で、またあれを着ろと言われて着る気になるわけがない。嫌に決まっている。
 自分だって 気に入らないくせに、気に入らない格好をしろと言ってくる婚約者。
  シンシアは、婚約者がとんでもなく愚かしく思えた。 この愚かな押し問答も、時間の無駄である。シンシアは、婚約者と対話することすら面倒になった。

  「なんと言われても嫌なものは嫌なので、着ません。それでも着ろとおっしゃるならば、どうぞ縁を切るなりしてください」

  告げると婚約者は目を見開いた。 まさかシンシアが婚約解消をちらつかせるとは思ってもいなかったらしい。

  「き、君はなんてことを」

  顔を赤くしプルプル震える婚約者を、シンシアは静かに見つめた。 切って良いと言っているのに、どうしてそんなに怒るのかシンシアには疑問だ。 

「私を説得するよりも、連れていて恥ずかしくないご令嬢を探す方が楽ですよ」

  催促するように言うと、婚約者は

「後悔するなよ!」と捨て台詞を残して去っていった。 後悔しない自信しかないシンシアは、やっと片付いたことに大いに安堵した。 

 その騒動後、しばらくして婚約を解消する旨の手紙が届いた。
  シンシアはすぐに受け入れ、さっさとサインしたが、シンシアの家族は大慌てだった。
 取り分け父が慌てた。 本当に良いのかと、鬱陶しいくらい確認されたが、シンシアの意見は変わることはなかった。

  そうして、シンシアと婚約者の縁は切れ、シンシアの気分はうんと晴れやかになった。
  煩く文句を言う人間はいなくなり、シンシアは生き生きと、したいことをするようになった。 

 まず、格好に感化され、剣術を習いだした。 元々運動神経がよかったシンシアは、メキメキと実力をつけていった。 達人とは行かないまでも、ある程度の腕前にはなった。剣術を覚えたシンシアは、今度は馬術を習った。 これまた持ち前の勘の良さで、すぐに覚えた。

  剣術と馬術を習得したシンシアは、スラックスを履き、脇に剣を差し、馬に乗って駆けるようになった。 ここまで徹底していると、男装の麗人の域を飛び越え、もはや騎士のようだった。

  堂々とやりたいことをするシンシアは輝いていた。 誰かが格好いいと言いだし、それがきっかけで、いつの間にかシンシアのファンができた。 今では歩くだけで、黄色い声があがる。
  
「シンシア様ぁ~♡」 

 名を呼ばれればシンシアは、とりあえず微笑んで手を振った。 愛想は悪くないので、更に人気が増した。 愛想の悪い顔だけの男より、例え同性であっても、愛想よく相手をしてくれる男装の麗人の方が、令嬢達に受けがよかった。 

 不思議なことに、シンシアは男装をするようになってから、ドレス姿の頃よりも男性に声をかけられるようになった。恰好から男性と間違えられているのだと本人は思っていたが、実際には、シンシアを好ましく思う男性が増えただけだった。その中の一人に、王太子殿下がいた。


「やあ、今日も精が出るね」

 騎士団の訓練に参加するたび、殿下が決まって爽やかな笑顔で声をかけてくるようになった。
 忙しいはずの殿下が、シンシアが参加する日は必ず訓練場に現れた。
 運動が嫌いなくせに剣まで握り、殿下はシンシアに指導までするようになった。

「これは、あれだな」
「これは、あれですね」

 騎士団長と、騎士団員は殿下に遅い春が来たと頷きあった。

「殿下は分け隔てなく親切にできるお方だ」

 シンシアは殿下を尊敬の眼差しで見ていた。
 分け隔てしかしてないが、知らないのはシンシアだけである。

「シンシア嬢、僕の下で働かないかい?」

 ある時、殿下に誘われた。
 シンシアは二つ返事で頷いた。
 殿下の思惑など何も知らぬシンシアは普段通りのスラックス姿で、殿下に仕えた。 
 一度失敗していたため、シンシアに結婚願望はなかった。ゆえに安定した働き口は大変ありがたく、ただただ真面目に働いた。

 時折、殿下の視線に妙な圧を感じたが、シンシアは気にしなかった。

 殿下からは、お菓子やら花やらをもらうことが増えた。 宝石やドレスを贈られたときには、さすがに困った。
「受け取れません」と断ると、殿下は見るからにしゅんとする。
 仕方なく、指輪を一つだけ受け取った。
 左手の薬指に着けてほしいと頼まれたが、そこは断った。代わりに右手の薬指につけた。殿下は満足そうに笑っていたので、シンシアはそれ以上深く考えることをやめた。

「あなた、殿下に好かれているのよ」

 通りすがりの侍女にそう言われることもあった。
 殿下とシンシアのやり取りを見ていた人間が、業を煮やして忠告してくるのだ。

 それでもシンシアは聞き入れなかった。
 破談になった経験と、恥をかきたくないという思いが、すべてを「気のせい」にしてしまう。

 秋波を送る殿下と、それに気付かないシンシア。
 いつしか二人は、王城の名物と化していった。
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