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蛇足的おまけ。不憫な宰相
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読んで貰えたのが嬉しくて、調子にのっておまけを書きました。
楽しんで貰えたら嬉しいです。
以下、宰相視点です。
****
某国。王城の執務室にて。
宰相は、自分宛に届いた手紙を渋い顔で読んでいた。
目で文を追うごとに眉間の皺は深くなっていく。差出人は、退役していった元騎士団長であった。内容は取り留めのない現状報告とのろけ話だ。
年下妻にデレデレしている同僚のドスケベ顔が目に浮かぶ。
やれ妻が可憐だ、綺麗だと。
どいつもこいつも幸せ自慢しやがって。
宰相はぐしゃりと手紙を握りつぶした。
思い出すのは半年前。
元騎士団長の若すぎる退役を、宰相は惜しみつつも温かく見送った。止めなかったのは、長年苦楽を共にした同僚に対する宰相なりの気遣いだった。だが、今はあの時引き留めればよかったと大いに後悔していた。
宰相は、日々暴走する殿下に振り回され、心身ともに疲弊している。一方で元騎士団長は呑気に田舎で農業をしている。
羨ましいという思いは、いつの間にか恨めしいに変わった。
灰色混じりの髪を後ろに撫でつけながら、宰相は窓の外、更に遠くの山々を睨む。
「待ってろ、お前の平穏をぶち壊してやるからな」
宰相はにやりと笑って、机の上の法律書に触れる。
のうのうと生活している元騎士団長を、適当な辞令を使って辺境の地から引き戻そうと画策していた。絶望に顔を歪める元騎士団長を想像し、思わず口元が緩む。
だが、その愉快な妄想も長くは続かなかった。
扉が叩かれ、返事をする間もなく血相を変えた侍女が飛び込んできた。
「宰相様! お助けください」
またか。宰相はため息をこぼした。
今度は何が起きたんだ。
侍女長と部屋へ向かうと、目に飛び込んできたのは、机を中心にぐるぐる回っている若い侍女とシンシアだった。
「何をやっているんだ、君らは」
宰相が呆れながら問う。
シンシアを追いかけていた若い侍女が情けない顔で宰相に訴える。
「宰相様っ! シンシア様がドレスを着てくださいません」
腕いっぱいに抱えた水色の布を、ずいと宰相に差し出す。新任だろうか。幼さの残る目には涙の膜ができていた。その傍らで、侍女長が疲れた表情で息を整えている。
ドレスという言葉に、宰相は近々行われるパーティを思い出した。そこで婚約者のお披露目をするのだ。
宰相は眉間を押さえた。
「シンシア様、お披露目があるのです。着ていただかなければ困ります」
宰相が告げると、シンシアは顔をしかめた。野菜を食べなさいと迫られている孫と、今のシンシアが重なって見えた。
「着たくありません」
「そんな子供みたいなことを言われても困ります」
「そうです。大人しく着てください」
侍女長も加勢するが、シンシアはぶんぶんと首を横に振る。
「私は、ドレス似合わないんです! がたいがよく見えたり、太って見えたり、特に可愛い系のドレスは最悪なんですよ! 私、殿下に似合わないって言われたくないんです」
シンシアの中では言われることが決定事項らしい。
話にならん。宰相は遠い目をした。
あの殿下がそんなことを言うわけがないだろう。室内にいる者は一斉に同じことを思ったはずだ。しかし、シンシアは信じて疑わないようだ。
彼女がスラックスを好むことは宰相もよく知っている。だからといって、ドレスを拒否するとは思わなかった。
はてさて、困ったものだ。
宰相は顎に手を当て思案する。
その間にまた追いかけっこが再開した。
宰相は「着てください」「着ません」の応酬をしばらく眺めていて、ふとひらめいた。
「シンシア殿がドレスを着ないと、殿下が男色家と思われるかもしれませんよ?」
告げられた言葉に、ぴたりと若い侍女とシンシアが止まった。
「だ、男色?」
シンシアが頬を引きつらせた。侍女長は顔を青ざめさせ、若い侍女はなぜか嬉しそうな顔をした。
「そうです。男装している令嬢は少ないですからな。よく考えてください。正装している殿下の横に男装したシンシア様が並んで歩いてこられたら、一瞬、男性が二人で現れたように見えるでしょう」
宰相は続ける。
「近くにいる人や事情を知っている人は、シンシア殿が女性であると分かるでしょう。しかし、遠くからお二人の姿を見た方々は、男性二人で婚約されるのだと勘違いしかねませんよ? そうならないためにも、一目見て女性だと分かるドレスを着て出る必要があると思いますが、シンシア殿はそれでもドレスは嫌だとおっしゃいますか?」
シンシアは一瞬納得しかけた表情を見せたが、すぐにはっとなった。
「そ、そそそんな。男装がいけないなんて、差別です!! 服装差別です!」
宰相は「いいえ」と否定する。
「差別ではありません。区別です」
シンシアは雷に打たれたような顔をした。
しばしの沈黙の後、シンシアは呻いて地に膝をついた。
宰相はすかさず侍女たちに目配せをして、シンシアを捕獲。素早く衝立の中へと引きずり込んだ。
待つこと数分。着替えを済ませたシンシアが肩を落として、衝立の裏から出てきた。
予想通り、似合っていなかった。
唖然とする宰相を見て、シンシアの涙腺が崩壊した。
「だから言ったじゃないですかぁ!」
シンシアはとうとう泣き出した。
古傷をえぐってしまったのだろう。
宰相は申し訳なさに口を噤み、侍女長と若い侍女は青い顔で立ち尽くした。
水色のフリルが幾重にも重なるプリンセスラインのドレスは、黒髪できりりとした印象のシンシアには、あまりにも甘すぎた。
苦し紛れに「悪くはないですよ」と若い侍女が言った。だが、良くもない。慰めにもならない。
シンシアはうずくまってしまった。
「ドレスなんて嫌いだあ」
悲痛な声を上げた。
室内は気まずい空気で満たされた。
確かに、今の完成度ではお披露目できない。
もっと洗練させる必要がある。
宰相は一つ頷いて案を出す。
こういう時は専門家に任せるべきだろう。
「シンシア様、殿下に頼んでみましょうか」
「殿下に?」
シンシアが目にいっぱい涙をためながら顔を上げた。
宰相は頷く。
期待半分、嫌がらせ半分で宰相は殿下に押しつけることに決めた。
「良い案です! そうしましょう!」
侍女たちも即座に乗ったきた。
失敗しても殿下のせいだ。
早速、宰相は殿下の執務室へ向かい、シンシアがドレスを拒否している件と、彼女の魅力を熟知している殿下に一任したい旨を伝えた。
報告を終えると、殿下は執務机を蹴り飛ばし、止める間もなく執務室を出て行った。
しばらくして、聞こえてきたのはシンシアの情けない叫び声だった。
何やってんだよ。
疲労がずしりと肩にのしかかる。
宰相はため息をついて、もと来た道を戻る。
部屋の中では、カーテンを身体に巻つけて蓑虫になっているシンシアと、オロオロしている殿下。その周りで顔を青くしている侍女たちがいた。
宰相は額を抑えた。
「シンシア。出ておいで。俺が悪かったよ。大丈夫、どんな君も素敵だよ」
優しく、言い含めるように殿下は言う。
膝を突き呼びかける姿は、警戒心の強い野良猫を誘い出そうとしているようにしか見えなかった。
シンシアがカーテンの隙間から顔だけひょこりと出した。
新種のモンスターのようだ。
宰相は深く考えたら負けだと思考を放棄した。
潤んだ瞳でシンシアは殿下を睨んだ。
「嫌です!殿下はあっちへ行ってください」
素気なくされて、殿下は顔色を失った。
「シンシアぁ」
情けない声を出す殿下に、シンシアは涙声で訴えた。
「こんな姿を見て、絶対に幻滅したに決まってます。殿下に嫌われたくなかったのに!」
殿下は理由を知って、にやにやとだらしない顔で笑い出した。
面倒くさいなと思いつつ、宰相はシンシアに声をかける。
「シンシア様、大丈夫です。殿下の顔を見てください。気持ち悪いくらい締まりのない顔をしているでしょう。殿下の愛が揺らぐことはありませんよ」
シンシアは目を瞬かせて小首を傾げた。
「いつも通りの顔をしています」
宰相、侍女たちは殿下の顔を見た。
宰相と侍女長は眉間に皺を寄せるに留めたが、若い侍女はあからさまにしょっぱい顔をした。
呆れる宰相たちを気にも留めず、殿下は喜色満面でカーテンごとシンシアを抱きしめた。
「シンシアたん♡愛してる♡大好き♡」
宰相は大きく舌打ちをして、侍女二人を連れて部屋を出た。
「ほっときましょう。付き合ってられません」
侍女二人は黙って頷いた。
廊下に出て、宰相は二人に告げた。
「ドレスの件はこちらで預かります。おそらくアレがなんとかしますので」
「分かりました」
侍女二人は一礼して、仕事に戻っていった。
小さくなっていく二人の背中を見送り、宰相はがっくりと項垂れた。
ふと、南国へ避暑に行った陛下の顔が浮かぶ。
猛烈に張り倒したい気持ちになった。
「早く引退したい」
誰に言うでもなく呟いて、宰相は自分の執務室へと戻っていった。
その後、無事ドレスは完成した。
殿下曰く、ドレスの概念を変えるドレスだという。
無駄に才能があって何よりだ。
宰相は遠い目をしながら、熱弁する殿下の説明を聞き流した。
殿下の考えたドレスは、宰相から見て欲望が丸出しだった。
どれも共通して――「脚」が見えていた。
殿下は真顔で言った。
「脚がいいんだ、脚が!」
宰相はこめかみを押さえ、深く息を吐いた。
男装でパーティーに出席されるより幾分もマシだと思い、宰相は言葉を呑み込んだ。
シンシアが、ヒールを鳴らしてくるりと回転した。
「素晴らしいです!美しいです!格好いいです!」
若い侍女が興奮しながら掌を打ち鳴らした。
宰相も頷いた。
確かに良かった。
群青色の柔らかい生地で出来たドレスは、シンシアの白い肌によく映えた。水色のドレスと比較するまでもない。
上半身は低い襟首と長袖。肩には銀の装飾や刺繍が施されており、一見すると騎士の服のようにも見える。
腰から下は流れるように布が落ち、太腿には深いスリットが入っていた。動くたびにのぞく脚線美は見事なものだ。
美しく洗練されていて、シンシアによく似合っていた。
シンシアが動くたびに、細すぎず程よく引き締まった脚がちらりちらりと見える。
しかし、これは、と宰相は殿下を見る。
「欲望が過ぎやしませんか?……」
「誤解するな。いやらしさではない。これは――美の強調だ」
殿下は爽やかな顔で言い切った。
なぜか説得力があった。
若い侍女は無言で頷いた。
まあ、いいか、と宰相は視線をシンシアに移した。
警戒していたシンシアだが、今では顔を綻ばせて喜んでいる。
「ありがとうございます!殿下!」
シンシアは鏡の前で、くるくると回って自身の姿を確認している。
「スカートは邪魔しない。脚は解放されているのに、下品じゃない。ドレスなのに、私、変じゃない!」
はしゃぐシンシアに、殿下は胸を押さえていた。
「可愛すぎる!」
悶絶している。
真面目に付き合ったら負けだ。
「では、これでパーティーに出れますね」
宰相は確認すると、「はい」とシンシアは満面の笑みで頷いた。
宰相も若い侍女もほっと一息だ。
「シンシアたん、シンシアたん、後もう三着ほどあるんだけど、着てくれないかな?」
「良いですよ」
殿下とシンシアは、二人仲良く布をあてあいだした。
殿下がすすめるのは、殿下による、殿下のための、殿下が一番嬉しいドレスだ。
それでも、シンシアはとても嬉しそうだ。
――厄介だが、悪くない。
宰相はふっと微笑んだ。
しかし、それとこれとは別である。
殿下よ、早く仕事をしてくれ。
きっと、殿下の机の上には、書類がうずたかく積まれていることだろう。
想像しただけで、胃が痛い。
ああ、孫の顔が見たいな。宰相の脳裏に今年三歳になる孫娘の顔が浮かんだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
誤字脱字だらけで誠に申し訳ないです。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
この場お借りして、宣伝させてください。
新しい話を書きました。
「負けず嫌いが過ぎて、王子と婚約することになりました」
のタイトルでただいま連載しております。
元平民の負けず嫌いの令嬢が、言い返してるうちに王族に気に入られていくという感じの話です。
前半は日常や嫌がらせが主ですが、後半から、じれじれ、にやにや出来たらと思って頑張って書きました。
もし良ければそちらの方も見てもらえると嬉しいです。
楽しんで貰えたら嬉しいです。
以下、宰相視点です。
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某国。王城の執務室にて。
宰相は、自分宛に届いた手紙を渋い顔で読んでいた。
目で文を追うごとに眉間の皺は深くなっていく。差出人は、退役していった元騎士団長であった。内容は取り留めのない現状報告とのろけ話だ。
年下妻にデレデレしている同僚のドスケベ顔が目に浮かぶ。
やれ妻が可憐だ、綺麗だと。
どいつもこいつも幸せ自慢しやがって。
宰相はぐしゃりと手紙を握りつぶした。
思い出すのは半年前。
元騎士団長の若すぎる退役を、宰相は惜しみつつも温かく見送った。止めなかったのは、長年苦楽を共にした同僚に対する宰相なりの気遣いだった。だが、今はあの時引き留めればよかったと大いに後悔していた。
宰相は、日々暴走する殿下に振り回され、心身ともに疲弊している。一方で元騎士団長は呑気に田舎で農業をしている。
羨ましいという思いは、いつの間にか恨めしいに変わった。
灰色混じりの髪を後ろに撫でつけながら、宰相は窓の外、更に遠くの山々を睨む。
「待ってろ、お前の平穏をぶち壊してやるからな」
宰相はにやりと笑って、机の上の法律書に触れる。
のうのうと生活している元騎士団長を、適当な辞令を使って辺境の地から引き戻そうと画策していた。絶望に顔を歪める元騎士団長を想像し、思わず口元が緩む。
だが、その愉快な妄想も長くは続かなかった。
扉が叩かれ、返事をする間もなく血相を変えた侍女が飛び込んできた。
「宰相様! お助けください」
またか。宰相はため息をこぼした。
今度は何が起きたんだ。
侍女長と部屋へ向かうと、目に飛び込んできたのは、机を中心にぐるぐる回っている若い侍女とシンシアだった。
「何をやっているんだ、君らは」
宰相が呆れながら問う。
シンシアを追いかけていた若い侍女が情けない顔で宰相に訴える。
「宰相様っ! シンシア様がドレスを着てくださいません」
腕いっぱいに抱えた水色の布を、ずいと宰相に差し出す。新任だろうか。幼さの残る目には涙の膜ができていた。その傍らで、侍女長が疲れた表情で息を整えている。
ドレスという言葉に、宰相は近々行われるパーティを思い出した。そこで婚約者のお披露目をするのだ。
宰相は眉間を押さえた。
「シンシア様、お披露目があるのです。着ていただかなければ困ります」
宰相が告げると、シンシアは顔をしかめた。野菜を食べなさいと迫られている孫と、今のシンシアが重なって見えた。
「着たくありません」
「そんな子供みたいなことを言われても困ります」
「そうです。大人しく着てください」
侍女長も加勢するが、シンシアはぶんぶんと首を横に振る。
「私は、ドレス似合わないんです! がたいがよく見えたり、太って見えたり、特に可愛い系のドレスは最悪なんですよ! 私、殿下に似合わないって言われたくないんです」
シンシアの中では言われることが決定事項らしい。
話にならん。宰相は遠い目をした。
あの殿下がそんなことを言うわけがないだろう。室内にいる者は一斉に同じことを思ったはずだ。しかし、シンシアは信じて疑わないようだ。
彼女がスラックスを好むことは宰相もよく知っている。だからといって、ドレスを拒否するとは思わなかった。
はてさて、困ったものだ。
宰相は顎に手を当て思案する。
その間にまた追いかけっこが再開した。
宰相は「着てください」「着ません」の応酬をしばらく眺めていて、ふとひらめいた。
「シンシア殿がドレスを着ないと、殿下が男色家と思われるかもしれませんよ?」
告げられた言葉に、ぴたりと若い侍女とシンシアが止まった。
「だ、男色?」
シンシアが頬を引きつらせた。侍女長は顔を青ざめさせ、若い侍女はなぜか嬉しそうな顔をした。
「そうです。男装している令嬢は少ないですからな。よく考えてください。正装している殿下の横に男装したシンシア様が並んで歩いてこられたら、一瞬、男性が二人で現れたように見えるでしょう」
宰相は続ける。
「近くにいる人や事情を知っている人は、シンシア殿が女性であると分かるでしょう。しかし、遠くからお二人の姿を見た方々は、男性二人で婚約されるのだと勘違いしかねませんよ? そうならないためにも、一目見て女性だと分かるドレスを着て出る必要があると思いますが、シンシア殿はそれでもドレスは嫌だとおっしゃいますか?」
シンシアは一瞬納得しかけた表情を見せたが、すぐにはっとなった。
「そ、そそそんな。男装がいけないなんて、差別です!! 服装差別です!」
宰相は「いいえ」と否定する。
「差別ではありません。区別です」
シンシアは雷に打たれたような顔をした。
しばしの沈黙の後、シンシアは呻いて地に膝をついた。
宰相はすかさず侍女たちに目配せをして、シンシアを捕獲。素早く衝立の中へと引きずり込んだ。
待つこと数分。着替えを済ませたシンシアが肩を落として、衝立の裏から出てきた。
予想通り、似合っていなかった。
唖然とする宰相を見て、シンシアの涙腺が崩壊した。
「だから言ったじゃないですかぁ!」
シンシアはとうとう泣き出した。
古傷をえぐってしまったのだろう。
宰相は申し訳なさに口を噤み、侍女長と若い侍女は青い顔で立ち尽くした。
水色のフリルが幾重にも重なるプリンセスラインのドレスは、黒髪できりりとした印象のシンシアには、あまりにも甘すぎた。
苦し紛れに「悪くはないですよ」と若い侍女が言った。だが、良くもない。慰めにもならない。
シンシアはうずくまってしまった。
「ドレスなんて嫌いだあ」
悲痛な声を上げた。
室内は気まずい空気で満たされた。
確かに、今の完成度ではお披露目できない。
もっと洗練させる必要がある。
宰相は一つ頷いて案を出す。
こういう時は専門家に任せるべきだろう。
「シンシア様、殿下に頼んでみましょうか」
「殿下に?」
シンシアが目にいっぱい涙をためながら顔を上げた。
宰相は頷く。
期待半分、嫌がらせ半分で宰相は殿下に押しつけることに決めた。
「良い案です! そうしましょう!」
侍女たちも即座に乗ったきた。
失敗しても殿下のせいだ。
早速、宰相は殿下の執務室へ向かい、シンシアがドレスを拒否している件と、彼女の魅力を熟知している殿下に一任したい旨を伝えた。
報告を終えると、殿下は執務机を蹴り飛ばし、止める間もなく執務室を出て行った。
しばらくして、聞こえてきたのはシンシアの情けない叫び声だった。
何やってんだよ。
疲労がずしりと肩にのしかかる。
宰相はため息をついて、もと来た道を戻る。
部屋の中では、カーテンを身体に巻つけて蓑虫になっているシンシアと、オロオロしている殿下。その周りで顔を青くしている侍女たちがいた。
宰相は額を抑えた。
「シンシア。出ておいで。俺が悪かったよ。大丈夫、どんな君も素敵だよ」
優しく、言い含めるように殿下は言う。
膝を突き呼びかける姿は、警戒心の強い野良猫を誘い出そうとしているようにしか見えなかった。
シンシアがカーテンの隙間から顔だけひょこりと出した。
新種のモンスターのようだ。
宰相は深く考えたら負けだと思考を放棄した。
潤んだ瞳でシンシアは殿下を睨んだ。
「嫌です!殿下はあっちへ行ってください」
素気なくされて、殿下は顔色を失った。
「シンシアぁ」
情けない声を出す殿下に、シンシアは涙声で訴えた。
「こんな姿を見て、絶対に幻滅したに決まってます。殿下に嫌われたくなかったのに!」
殿下は理由を知って、にやにやとだらしない顔で笑い出した。
面倒くさいなと思いつつ、宰相はシンシアに声をかける。
「シンシア様、大丈夫です。殿下の顔を見てください。気持ち悪いくらい締まりのない顔をしているでしょう。殿下の愛が揺らぐことはありませんよ」
シンシアは目を瞬かせて小首を傾げた。
「いつも通りの顔をしています」
宰相、侍女たちは殿下の顔を見た。
宰相と侍女長は眉間に皺を寄せるに留めたが、若い侍女はあからさまにしょっぱい顔をした。
呆れる宰相たちを気にも留めず、殿下は喜色満面でカーテンごとシンシアを抱きしめた。
「シンシアたん♡愛してる♡大好き♡」
宰相は大きく舌打ちをして、侍女二人を連れて部屋を出た。
「ほっときましょう。付き合ってられません」
侍女二人は黙って頷いた。
廊下に出て、宰相は二人に告げた。
「ドレスの件はこちらで預かります。おそらくアレがなんとかしますので」
「分かりました」
侍女二人は一礼して、仕事に戻っていった。
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ふと、南国へ避暑に行った陛下の顔が浮かぶ。
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「早く引退したい」
誰に言うでもなく呟いて、宰相は自分の執務室へと戻っていった。
その後、無事ドレスは完成した。
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無駄に才能があって何よりだ。
宰相は遠い目をしながら、熱弁する殿下の説明を聞き流した。
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「脚がいいんだ、脚が!」
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シンシアが、ヒールを鳴らしてくるりと回転した。
「素晴らしいです!美しいです!格好いいです!」
若い侍女が興奮しながら掌を打ち鳴らした。
宰相も頷いた。
確かに良かった。
群青色の柔らかい生地で出来たドレスは、シンシアの白い肌によく映えた。水色のドレスと比較するまでもない。
上半身は低い襟首と長袖。肩には銀の装飾や刺繍が施されており、一見すると騎士の服のようにも見える。
腰から下は流れるように布が落ち、太腿には深いスリットが入っていた。動くたびにのぞく脚線美は見事なものだ。
美しく洗練されていて、シンシアによく似合っていた。
シンシアが動くたびに、細すぎず程よく引き締まった脚がちらりちらりと見える。
しかし、これは、と宰相は殿下を見る。
「欲望が過ぎやしませんか?……」
「誤解するな。いやらしさではない。これは――美の強調だ」
殿下は爽やかな顔で言い切った。
なぜか説得力があった。
若い侍女は無言で頷いた。
まあ、いいか、と宰相は視線をシンシアに移した。
警戒していたシンシアだが、今では顔を綻ばせて喜んでいる。
「ありがとうございます!殿下!」
シンシアは鏡の前で、くるくると回って自身の姿を確認している。
「スカートは邪魔しない。脚は解放されているのに、下品じゃない。ドレスなのに、私、変じゃない!」
はしゃぐシンシアに、殿下は胸を押さえていた。
「可愛すぎる!」
悶絶している。
真面目に付き合ったら負けだ。
「では、これでパーティーに出れますね」
宰相は確認すると、「はい」とシンシアは満面の笑みで頷いた。
宰相も若い侍女もほっと一息だ。
「シンシアたん、シンシアたん、後もう三着ほどあるんだけど、着てくれないかな?」
「良いですよ」
殿下とシンシアは、二人仲良く布をあてあいだした。
殿下がすすめるのは、殿下による、殿下のための、殿下が一番嬉しいドレスだ。
それでも、シンシアはとても嬉しそうだ。
――厄介だが、悪くない。
宰相はふっと微笑んだ。
しかし、それとこれとは別である。
殿下よ、早く仕事をしてくれ。
きっと、殿下の机の上には、書類がうずたかく積まれていることだろう。
想像しただけで、胃が痛い。
ああ、孫の顔が見たいな。宰相の脳裏に今年三歳になる孫娘の顔が浮かんだ。
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誤字脱字だらけで誠に申し訳ないです。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
この場お借りして、宣伝させてください。
新しい話を書きました。
「負けず嫌いが過ぎて、王子と婚約することになりました」
のタイトルでただいま連載しております。
元平民の負けず嫌いの令嬢が、言い返してるうちに王族に気に入られていくという感じの話です。
前半は日常や嫌がらせが主ですが、後半から、じれじれ、にやにや出来たらと思って頑張って書きました。
もし良ければそちらの方も見てもらえると嬉しいです。
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主人公ミアと、婚約者リアムとのすれ違いもの。学園の人気者であるリアムを、婚約者を持つミアは、公爵家のご令嬢であるマリーナに「彼は私のことが好きだ」と言われる。その言葉が引っかかったことで、リアムと婚約解消した方がいいのではないかと考え始める。しかし、リアムの気持ちは、ミアが考えることとは違うらしく…。
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