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突如、立ち上がった少女が、ティーポットをひっくり返した。
紅茶が頭上から降り注ぐ。
それは、髪を濡らし、肩濡らし、胸元へと伝うと、容赦なくフランシーヌの白いドレスに染み込んでいった。あっという間に水分を含んだ上品な白のドレスは、原状復帰は不可能なほど汚れてしまった。
赤い髪に白のドレスが似合うと喜んでいた婚約者が、悲しそうな表情をするのが脳裏に浮かんだ。
紅茶でずぶ濡れになったフランシーヌは、目の前に立つ少女を見つめた。
空になったティーポットを抱えたまま、彼女は尚もニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべていた。
(また紅茶か)
フランシーヌは小さく呆れた。
何度目だろう。
社交界の令嬢たちは、本当に紅茶をかけるのが好きらしい。
その後フランシーヌにやり返されたという噂も聞いていないはずはないのに。学習しないものだ。
呆れた表情で少女を見つめていると、彼女は大げさに声を上げた。
「まぁ!怖い!手が滑っただけでその様にお怒りにならないでくださいな」
少女が言ったとたん、周囲から嘲笑が起きた。
視線を走らせて、笑っているであろう令嬢達の顔を見た。
一通り確認した後、少女に視線を戻すと楽しげにこちらを見下ろしていた。
フランシーヌが、ショックを受けていると思い込んで喜んでいるのだろう。
確かに、これだけのことをすれば普通の令嬢ならば泣いて逃げ出すだろう。そう、普通の令嬢であれば、だ。
フランシーヌは、にこりと微笑むと立ち上がり、素早い動きで思い切り少女に抱きついた。
驚き、場は凍りつく。
一拍おいて庭園に少女の甲高い声が響いた。
フランシーヌは少女に突き飛ばされて、後ずさる。
離れぎわ、視界に入った少女のドレスには赤茶のシミがしっかりとできていた。
水をたっぷり含んだドレスは見る間に少女のドレスを濡らしていた。
フランシーヌはニヤリと笑う。
「ちょっと、あんた何するのよ!」
叫んだ少女が自分のドレスを見て、再度悲鳴を上げた。
「どうしてくれるのよ!」
喚く少女にフランシーヌは鼻で笑った。
「ごめんなさい。あなたが粗相した紅茶で、足が滑ってしまいましたの」
「うそおっしゃい!わざとやったんでしょうが!」
「まさかそんな!少し足を滑らせただけで、そんなにお怒りにならないでください」
先ほど言われた言葉とまったく同じことを返してやると、少女は顔を真っ赤にして怒った。
「お父様に言いつけてやるんだから!」
「まぁ?伯爵様になんて伝えるのですか?お忘れのようですけれど、私が濡れているのは、あなたが誤ってこぼした紅茶が原因ですのよ?」
ハッとして何かに気がついた少女が、悔しそうに表情を歪めた。
「なんて抗議してくるのか楽しみだわ」
フランシーヌは、にこりと微笑んでやった。
フランシーヌは笑みを深めて、「そうそう」と追加の言葉を告げた。
「このことは王太子殿下に報告させて頂きますわね」
「はぁ?殿下に報告なんて卑怯よ!」
「卑怯だなんて、殿下から頂いたドレスを汚してしまったのだから、報告するのは当然でしょう?」
淑女然とした微笑みを浮かべるフランシーヌに少女はぎょっとした顔をした。
わかりやすいように、とフランシーヌは赤茶のシミの部分を摘んで見せた。
「これ、殿下からの頂き物ですの」
「信じられない!そんなもの着てくるなんて!」
「あなたのように紅茶をかけるのが好きな方がいるので、その対策です」
そう告げると少女は口をパクパクさせた。
紅茶をかけられたのが一度や二度ではないのだから自衛するのなんて当たり前だ。
それにしても、とフランシーヌは思った。
どうして貴族令嬢は、攻撃されることに慣れていないのか。相手に攻撃をするのだから、当然、攻撃されることも考えるべきなのに、そういうところがまるっと抜けているらしく、小突き返すと憤怒の表情をするのだ。
こちらは、小突かれたから、小突き返しただけなのだが、やり返されたことがないのだろうか。
そんなことを考えていると、思考が回り出したらしい少女が震える声で言った。
「あんた、性格悪すぎるわよ!」
フランシーヌは思わず「ふふ」と声を出して笑ってしまった。悪口でもなんでもない。それはある意味褒め言葉だ。少女に向ってフランシーヌはにんまりと笑って見せた。
「生まれてこの方、こんな生き方しか出来なかったもので」
濡れて張り付いた赤い髪を後ろに払った。
「ごめんあそばせ」
フランシーヌは淀みなく言い切って、静まり返った会場に背を向けた。
***
全てはフランシーヌが6歳の時。
赤毛の男が、迎えに来たことから物語が始まった。
_________________
初めて長編に挑戦しています。
前半は主人公の生い立ち中心、後半から関係性が大きく動きます。
じれじれの初恋のような関係性を書いています。
もし面白いと思っていただけたら、
いいねやエールをいただけると励みになります。
紅茶が頭上から降り注ぐ。
それは、髪を濡らし、肩濡らし、胸元へと伝うと、容赦なくフランシーヌの白いドレスに染み込んでいった。あっという間に水分を含んだ上品な白のドレスは、原状復帰は不可能なほど汚れてしまった。
赤い髪に白のドレスが似合うと喜んでいた婚約者が、悲しそうな表情をするのが脳裏に浮かんだ。
紅茶でずぶ濡れになったフランシーヌは、目の前に立つ少女を見つめた。
空になったティーポットを抱えたまま、彼女は尚もニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべていた。
(また紅茶か)
フランシーヌは小さく呆れた。
何度目だろう。
社交界の令嬢たちは、本当に紅茶をかけるのが好きらしい。
その後フランシーヌにやり返されたという噂も聞いていないはずはないのに。学習しないものだ。
呆れた表情で少女を見つめていると、彼女は大げさに声を上げた。
「まぁ!怖い!手が滑っただけでその様にお怒りにならないでくださいな」
少女が言ったとたん、周囲から嘲笑が起きた。
視線を走らせて、笑っているであろう令嬢達の顔を見た。
一通り確認した後、少女に視線を戻すと楽しげにこちらを見下ろしていた。
フランシーヌが、ショックを受けていると思い込んで喜んでいるのだろう。
確かに、これだけのことをすれば普通の令嬢ならば泣いて逃げ出すだろう。そう、普通の令嬢であれば、だ。
フランシーヌは、にこりと微笑むと立ち上がり、素早い動きで思い切り少女に抱きついた。
驚き、場は凍りつく。
一拍おいて庭園に少女の甲高い声が響いた。
フランシーヌは少女に突き飛ばされて、後ずさる。
離れぎわ、視界に入った少女のドレスには赤茶のシミがしっかりとできていた。
水をたっぷり含んだドレスは見る間に少女のドレスを濡らしていた。
フランシーヌはニヤリと笑う。
「ちょっと、あんた何するのよ!」
叫んだ少女が自分のドレスを見て、再度悲鳴を上げた。
「どうしてくれるのよ!」
喚く少女にフランシーヌは鼻で笑った。
「ごめんなさい。あなたが粗相した紅茶で、足が滑ってしまいましたの」
「うそおっしゃい!わざとやったんでしょうが!」
「まさかそんな!少し足を滑らせただけで、そんなにお怒りにならないでください」
先ほど言われた言葉とまったく同じことを返してやると、少女は顔を真っ赤にして怒った。
「お父様に言いつけてやるんだから!」
「まぁ?伯爵様になんて伝えるのですか?お忘れのようですけれど、私が濡れているのは、あなたが誤ってこぼした紅茶が原因ですのよ?」
ハッとして何かに気がついた少女が、悔しそうに表情を歪めた。
「なんて抗議してくるのか楽しみだわ」
フランシーヌは、にこりと微笑んでやった。
フランシーヌは笑みを深めて、「そうそう」と追加の言葉を告げた。
「このことは王太子殿下に報告させて頂きますわね」
「はぁ?殿下に報告なんて卑怯よ!」
「卑怯だなんて、殿下から頂いたドレスを汚してしまったのだから、報告するのは当然でしょう?」
淑女然とした微笑みを浮かべるフランシーヌに少女はぎょっとした顔をした。
わかりやすいように、とフランシーヌは赤茶のシミの部分を摘んで見せた。
「これ、殿下からの頂き物ですの」
「信じられない!そんなもの着てくるなんて!」
「あなたのように紅茶をかけるのが好きな方がいるので、その対策です」
そう告げると少女は口をパクパクさせた。
紅茶をかけられたのが一度や二度ではないのだから自衛するのなんて当たり前だ。
それにしても、とフランシーヌは思った。
どうして貴族令嬢は、攻撃されることに慣れていないのか。相手に攻撃をするのだから、当然、攻撃されることも考えるべきなのに、そういうところがまるっと抜けているらしく、小突き返すと憤怒の表情をするのだ。
こちらは、小突かれたから、小突き返しただけなのだが、やり返されたことがないのだろうか。
そんなことを考えていると、思考が回り出したらしい少女が震える声で言った。
「あんた、性格悪すぎるわよ!」
フランシーヌは思わず「ふふ」と声を出して笑ってしまった。悪口でもなんでもない。それはある意味褒め言葉だ。少女に向ってフランシーヌはにんまりと笑って見せた。
「生まれてこの方、こんな生き方しか出来なかったもので」
濡れて張り付いた赤い髪を後ろに払った。
「ごめんあそばせ」
フランシーヌは淀みなく言い切って、静まり返った会場に背を向けた。
***
全てはフランシーヌが6歳の時。
赤毛の男が、迎えに来たことから物語が始まった。
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初めて長編に挑戦しています。
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