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閑話 二人+一人のお茶会
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※本編補強のための話です。
アレクシスには、十五歳年上の兄アンリがいた。
ひと回り以上歳が離れたこともあり、物心ついた頃には兄はすでに王位を継承していた。そのせいもあって、記憶にある兄はいつも仕事に追われていて、一緒に遊んでもらった記憶はほとんどない。わずかに覚えているのは、本を読んでもらったり、チェスや札遊びに付き合ってもらったりしたことくらいで、兄弟らしくじゃれ合うような時間は一度もなかった。面白味に欠けたその感覚だけは、妙に鮮明に残っている。
そのためアレクシスにとって兄アンリは、兄弟というよりもどこか遠い親戚のお兄さんのような存在だった。むしろアンリの息子であるエドワードの方が、十二歳下ではあるがずっと身近に感じられた。
赤子の頃から見てきたエドワードは、弟のようでもあり、息子のようでもあった。ついつい構いたくなってしまう。アレクシスは、エドワードが可愛くて仕方なかった。
その甥に、友達ができた。しかも女の子の。興味がわかないわけがなかった。
フランシーヌに実際会って話してみれば、なるほど面白い子だと納得した。フランが、ああだった、こうだったと嬉しそうに語るエドワードを、アレクシスは毎度面白おかしく眺めてきた。
ところが甥もフランシーヌも十四歳になりここ最近、様子が少しずつ変わりつつある。
(ますます観察し甲斐が出てきたね)
甥の中に訪れた春の気配を確信しながら、アレクシスは今日もエドワードを観察するために、いつものように彼らの元へ向かうのだった。
*
王城の廊下は、午後の光に満ちていた。
アレクシスは柱の影に身を潜め、二人が来るのを待っていた。
ときおり通り過ぎる侍女が首をかしげたり、眉をひそめたりしていたが気にしない。護衛騎士が声をかけてきそうになったので、にっこり笑って追い払った。彼らはアレクシスが良いと言うまで壁沿いで待機だ。
アレクシスは上機嫌で懐中時計を開いた。
「もうそろそろかな」
パチンと蓋を閉じ、柱の影から顔を出す。
廊下の角からエドワードとフランシーヌが並んで歩いてくるのが見えた。二人は何やら話し込んでおり、時折、笑い声が聞こえてくる。
アレクシスは再び柱に身を隠し、二人が通り過ぎるのを待った。
途中、フランシーヌと目が合った。彼女の口が開きかけたので、アレクシスは人差し指を唇に当てて「内緒」と合図する。フランシーヌは軽く会釈をして通り過ぎていった。その間、エドワードは話に夢中で何も気づいていない。
もうこの時点でアレクシスは面白くて仕方なかった。
二人の背中をにやにやと見送り、十分な距離ができてから、足音を殺してゆっくりと近づいた。
そして――。
「やあ」
声をかけると同時に、アレクシスはフランシーヌの隣に滑り込んだ。
半身を捻って向かいのエドワードの顔を覗き込むと、彼の顔から表情がなくなっていた。
アレクシスは、吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
「何してるの?」
アレクシスは敢えてエドワードには話を振らず、フランシーヌを見た。目が合うと彼女が口を開く。
「今から戦――」
「今から戦術書の検討会をするんです」
フランシーヌの言葉を遮り、なぜかエドワードが答えた。
(なんて色気のない話題だ。らしいといえばらしいけど)
「僕も混ざっていい?」
敢えてまたフランシーヌに尋ねた。フランシーヌが目を細めてアレクシスを見たが、言及はしてこない。この子の反応もまた面白い。アレクシスは自分の笑みが深まるのを感じた。
「構いませんよ」
フランシーヌが言った直後、「だめです」とエドワードが遮った。
「誤解されます」
エドワードが真剣な顔で言い切った。
アレクシスは内心ほくそ笑みながら、エドワードに対してわざとらしく首を傾げてみせた。
「誤解? 何が誤解なの?」
分かっていないふりをして問うと、エドワードが眉間に皺を寄せて黙り込んだ。
「エドワードは誤解じゃないんだろう? なのに、なんで僕だけ誤解されるの? おかしくない?」
指摘すると、エドワードはむっとした顔をした。分かりやすすぎて笑ってしまいそうだ。
「……分かりました。叔父上も一緒にやりましょう」
渋々といった様子でエドワードが答えた。
不機嫌そうなエドワードに一切遠慮することなく、アレクシスは二人のお茶会に割り込んだのだった。
*
その後、応接間に移動すると、アレクシスはエドワードとフランシーヌが席に着いたのを見守ってから、知らん顔をしてフランシーヌの隣に腰を下ろした。
途端に、エドワードが渋い顔をした。
エドワードが狙い通りに馬鹿正直な反応を示すので、アレクシスは面白くて仕方なかった。どうしても口元が緩み、にやにやしてしまう。
アレクシスは頬杖をついて、フランシーヌを見つめた。至近距離で視線を向けても、フランシーヌはどこ吹く風だ。こちらを見る気配すらない。
予想外の反応を示すフランシーヌも、それはそれで楽しかった。初めて会った時は頬を赤らめ、いかにも初心な様子だったというのに、今ではあの時とは別人のように、何の反応も示さない。
さすがに、あの時の自分がわざとらしすぎたのか。アレクシスはそう考え、内心で過去の自分を反省した。
アレクシスはエドワードの表情を横目で確かめながら、フランシーヌの髪に指を伸ばす。赤い髪を一房取り、指先でくるりと弄んだ。
「フランシーヌの髪って、硬そうに見えたけど、意外と柔らかいよね」
「そうですか?」
フランシーヌは特に気にする様子もなく、視線は戦術書に向けたままだ。だが、向かい側に座るエドワードは違った。
「叔父上、距離が近いです」
エドワードが低い声でアレクシスをたしなめた。フランシーヌが本から顔を上げた。
「いつもこんな感じよ?」
フランシーヌがそう答えたものだから、アレクシスは堪えきれずに吹き出した。
「ふふ、それ、君が言っちゃうんだ」
エドワードが盛大に顔を歪めた。フランシーヌが呆れたようにため息を吐いた。
「この人、からかって遊んでるだけだから、真面目に付き合うと疲れるだけよ。流した方がいいわ」
この人呼ばわりされた。ちょっと新鮮だ。
「なんでフランはそんなに慣れてるのさ」
エドワードの抗議にフランシーヌは顔をしかめた。
「今に始まったことじゃないもの。初めはそりゃ驚いたけど、何回もやられてたら慣れるわよ」
フランシーヌがあっさりとした口調で言った。それを聞いて、エドワードが口を半開きにして固まった。
「そんなに叔父上は、君にベタベタ触ってるのか? 信じられない……」
アレクシスは思わず声を上げて笑いそうになり、口元を掌で押さえ込んだ。どうにか堪えようと息を詰めたが、どうしても肩は揺れてしまう。アレクシスの様子に気づいたフランシーヌが声を上げた。
「ほら見なさい。笑ってる」
声は呆れていた。
「叔父上!」
エドワードが声を張り上げた。甥が怒っていることすら面白い。アレクシスはどうにか笑いを飲み込んで澄ました顔でエドワードを見た。彼はまだ難しい顔をしていた。
「エドワードも触りたかったら触ればいいんだよ。ねえ、フランシーヌ?」
フランシーヌに水を向けると、フランシーヌがアレクシスの方を見た。
しばし見つめ合い、それから、フランシーヌはエドワードに目を向けた。
フランシーヌがじっとエドワードを見つめた。
たっぷり沈黙した後。
「エドは……なんか嫌だわ……」
「なんでだよ!」
エドワードが大きな声を出した。
アレクシスはまたしても口元を抑えることになった。笑いを堪えるアレクシスの横で二人の掛け合いは続く。
「叔父上は良くて、なんで僕はダメなのさ!!」
「分からないけど、なんか……いや……」
「さっきからそればっかり。僕、嫌われてるの?」
エドワードの表情がみるみる暗くなっていく。さすがにちょっと可哀想になった。
「あー、フランシーヌさん?」
アレクシスが、口を挟んだ。
「エドワードは額面通りにしか受け取らないから、言葉を選んだ方がいいよ」
フランシーヌが目を瞬かせ「そうなんですか?」と首をかしげた。分かっていないのがまた彼女らしい。フランシーヌは、少し考えてエドワードを見つめて「うーん」と唸った。
「エドを嫌いってわけじゃなくて。なんか、恥ずかしいのよ……よく分かんないけど」
「恥ずかしい?」
今度はエドワードが、首をかしげた。
「叔父上は平気なのに、なんで僕だけ?」
純粋な疑問だった。まあ、そりゃそうなるよね。
アレクシスの隣でフランシーヌは、顎に手を当て考える仕草をした。もうこの時点でおかしいのだが、アレクシスは我慢した。
フランシーヌの言葉を待った。
「うーん、分かんない……でも、なんか……エドワードは痒いわ」
「痒い!?」
「なんかムズムズするの」
「訳がわからないよ!」
「あははははは!」
とうとう耐えきれずアレクシスは腹を抱えて笑いだした。
「あは、あははは、お腹、痛い……息、できない……」
ひーひー言いながら笑い悶えるアレクシスの横で、フランシーヌが残念な顔をしているのが見えた。
しかし、おかしいのだからしょうがない。
笑いがようやく収まった頃、覇気のないエドワードの声が聞こえた。
「叔父上は、フランシーヌのこと好きなんですか?」
思わぬ剛速球だった。アレクシスは思わず動きを止めたが、沈黙の後、いつもの微笑みを浮かべた。
「んー」
アレクシスは、わざと間を置いた。目を細めてエドワードを観察した。彼は神妙な顔をしていた。
「どっちだと思う?」
「僕が聞いてるんですが!」
エドワードが大きな声を出した。
さて、なんと答えようかな。
にやにやしていると、隣のフランシーヌが「エド」と声をあげた。
「からかって遊ばれてるわよ」
冷静な指摘だった。その通りなんだけど、君の場合はもうちょっと慌てて欲しいかな。アレクシスは苦笑いを浮かべた。
「分かってるよ」
エドワードが、むすっとした顔で言った。
「分かってるけど……なんか、釈然としないだ」
アレクシスが「なるほどねぇ」と頷いたら「笑わないでください」とエドワードに睨まれた。
どうにも笑いが抑えられないらしい。アレクシスは片手で自分の頬を掴んで撫でた。
エドワードがこちらを見る目には怒りより困惑の方が強いように感じた。
フランシーヌが紅茶を飲み、エドワードがむすっとして、アレクシスだけが笑っていた。
仕方ない。可愛い甥に助言をあげよう。
アレクシスは、エドワードを見つめた。
「エドワード、僕は火をつけて回るの好きなんだ」
「叔父上、放火は罪ですよ」
間髪入れずエドワードは真顔で答えた。アレクシスは笑った。エドワードのこの真面目さがたまらなく気に入っていた。
「大丈夫、この火は罪にならないから」
「どういう意味ですか」
「どういう意味だと思う?」
質問を質問で返すと、エドワードがまた難しい顔をした。隣でフランシーヌが、ため息をつくのが聞こえた。
「エド、だから真面目に考えたらだめだってば」
「でも……」
エドワードは不貞腐たような顔になった。
「ほら、お菓子食べて」
フランシーヌがエドワードに焼き菓子を差し出した。エドワードは黙って受け取り、食べ始めた。
フランシーヌに流され、エドワードに不満に思われても、アレクシスにとっては、とにかく楽しい時間だった。
*
距離。言葉。視線。
――噂が立たないはずがなかった。
エドワードは、まだ何も気づいていない。
フランシーヌは、最初から気にしていない。
そして、アレクシスだけが全てを、楽しんでいた。
*
「王太子と王弟殿下が、一人の令嬢を巡って張り合っている」
という噂が、広まっているという。
何かを察したらしい王太后に「いい加減にしなさいよ」とアレクシスは叱られた。しかし、どんな子か興味があると王太后が言い出したのだから、母上もなかなか意地が悪いなとアレクシスは笑った。
なかなかにいい火加減で燃え上がった。これだからやめられない。アレクシスはとても満足していた。
――――――――――――――――――
読んでくださってありがとうございます!
反応もいただけて、とても励みになっています!
なかなか時間が取れなくなるため、
次話からは1日1話更新になると思います。
引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。
アレクシスには、十五歳年上の兄アンリがいた。
ひと回り以上歳が離れたこともあり、物心ついた頃には兄はすでに王位を継承していた。そのせいもあって、記憶にある兄はいつも仕事に追われていて、一緒に遊んでもらった記憶はほとんどない。わずかに覚えているのは、本を読んでもらったり、チェスや札遊びに付き合ってもらったりしたことくらいで、兄弟らしくじゃれ合うような時間は一度もなかった。面白味に欠けたその感覚だけは、妙に鮮明に残っている。
そのためアレクシスにとって兄アンリは、兄弟というよりもどこか遠い親戚のお兄さんのような存在だった。むしろアンリの息子であるエドワードの方が、十二歳下ではあるがずっと身近に感じられた。
赤子の頃から見てきたエドワードは、弟のようでもあり、息子のようでもあった。ついつい構いたくなってしまう。アレクシスは、エドワードが可愛くて仕方なかった。
その甥に、友達ができた。しかも女の子の。興味がわかないわけがなかった。
フランシーヌに実際会って話してみれば、なるほど面白い子だと納得した。フランが、ああだった、こうだったと嬉しそうに語るエドワードを、アレクシスは毎度面白おかしく眺めてきた。
ところが甥もフランシーヌも十四歳になりここ最近、様子が少しずつ変わりつつある。
(ますます観察し甲斐が出てきたね)
甥の中に訪れた春の気配を確信しながら、アレクシスは今日もエドワードを観察するために、いつものように彼らの元へ向かうのだった。
*
王城の廊下は、午後の光に満ちていた。
アレクシスは柱の影に身を潜め、二人が来るのを待っていた。
ときおり通り過ぎる侍女が首をかしげたり、眉をひそめたりしていたが気にしない。護衛騎士が声をかけてきそうになったので、にっこり笑って追い払った。彼らはアレクシスが良いと言うまで壁沿いで待機だ。
アレクシスは上機嫌で懐中時計を開いた。
「もうそろそろかな」
パチンと蓋を閉じ、柱の影から顔を出す。
廊下の角からエドワードとフランシーヌが並んで歩いてくるのが見えた。二人は何やら話し込んでおり、時折、笑い声が聞こえてくる。
アレクシスは再び柱に身を隠し、二人が通り過ぎるのを待った。
途中、フランシーヌと目が合った。彼女の口が開きかけたので、アレクシスは人差し指を唇に当てて「内緒」と合図する。フランシーヌは軽く会釈をして通り過ぎていった。その間、エドワードは話に夢中で何も気づいていない。
もうこの時点でアレクシスは面白くて仕方なかった。
二人の背中をにやにやと見送り、十分な距離ができてから、足音を殺してゆっくりと近づいた。
そして――。
「やあ」
声をかけると同時に、アレクシスはフランシーヌの隣に滑り込んだ。
半身を捻って向かいのエドワードの顔を覗き込むと、彼の顔から表情がなくなっていた。
アレクシスは、吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
「何してるの?」
アレクシスは敢えてエドワードには話を振らず、フランシーヌを見た。目が合うと彼女が口を開く。
「今から戦――」
「今から戦術書の検討会をするんです」
フランシーヌの言葉を遮り、なぜかエドワードが答えた。
(なんて色気のない話題だ。らしいといえばらしいけど)
「僕も混ざっていい?」
敢えてまたフランシーヌに尋ねた。フランシーヌが目を細めてアレクシスを見たが、言及はしてこない。この子の反応もまた面白い。アレクシスは自分の笑みが深まるのを感じた。
「構いませんよ」
フランシーヌが言った直後、「だめです」とエドワードが遮った。
「誤解されます」
エドワードが真剣な顔で言い切った。
アレクシスは内心ほくそ笑みながら、エドワードに対してわざとらしく首を傾げてみせた。
「誤解? 何が誤解なの?」
分かっていないふりをして問うと、エドワードが眉間に皺を寄せて黙り込んだ。
「エドワードは誤解じゃないんだろう? なのに、なんで僕だけ誤解されるの? おかしくない?」
指摘すると、エドワードはむっとした顔をした。分かりやすすぎて笑ってしまいそうだ。
「……分かりました。叔父上も一緒にやりましょう」
渋々といった様子でエドワードが答えた。
不機嫌そうなエドワードに一切遠慮することなく、アレクシスは二人のお茶会に割り込んだのだった。
*
その後、応接間に移動すると、アレクシスはエドワードとフランシーヌが席に着いたのを見守ってから、知らん顔をしてフランシーヌの隣に腰を下ろした。
途端に、エドワードが渋い顔をした。
エドワードが狙い通りに馬鹿正直な反応を示すので、アレクシスは面白くて仕方なかった。どうしても口元が緩み、にやにやしてしまう。
アレクシスは頬杖をついて、フランシーヌを見つめた。至近距離で視線を向けても、フランシーヌはどこ吹く風だ。こちらを見る気配すらない。
予想外の反応を示すフランシーヌも、それはそれで楽しかった。初めて会った時は頬を赤らめ、いかにも初心な様子だったというのに、今ではあの時とは別人のように、何の反応も示さない。
さすがに、あの時の自分がわざとらしすぎたのか。アレクシスはそう考え、内心で過去の自分を反省した。
アレクシスはエドワードの表情を横目で確かめながら、フランシーヌの髪に指を伸ばす。赤い髪を一房取り、指先でくるりと弄んだ。
「フランシーヌの髪って、硬そうに見えたけど、意外と柔らかいよね」
「そうですか?」
フランシーヌは特に気にする様子もなく、視線は戦術書に向けたままだ。だが、向かい側に座るエドワードは違った。
「叔父上、距離が近いです」
エドワードが低い声でアレクシスをたしなめた。フランシーヌが本から顔を上げた。
「いつもこんな感じよ?」
フランシーヌがそう答えたものだから、アレクシスは堪えきれずに吹き出した。
「ふふ、それ、君が言っちゃうんだ」
エドワードが盛大に顔を歪めた。フランシーヌが呆れたようにため息を吐いた。
「この人、からかって遊んでるだけだから、真面目に付き合うと疲れるだけよ。流した方がいいわ」
この人呼ばわりされた。ちょっと新鮮だ。
「なんでフランはそんなに慣れてるのさ」
エドワードの抗議にフランシーヌは顔をしかめた。
「今に始まったことじゃないもの。初めはそりゃ驚いたけど、何回もやられてたら慣れるわよ」
フランシーヌがあっさりとした口調で言った。それを聞いて、エドワードが口を半開きにして固まった。
「そんなに叔父上は、君にベタベタ触ってるのか? 信じられない……」
アレクシスは思わず声を上げて笑いそうになり、口元を掌で押さえ込んだ。どうにか堪えようと息を詰めたが、どうしても肩は揺れてしまう。アレクシスの様子に気づいたフランシーヌが声を上げた。
「ほら見なさい。笑ってる」
声は呆れていた。
「叔父上!」
エドワードが声を張り上げた。甥が怒っていることすら面白い。アレクシスはどうにか笑いを飲み込んで澄ました顔でエドワードを見た。彼はまだ難しい顔をしていた。
「エドワードも触りたかったら触ればいいんだよ。ねえ、フランシーヌ?」
フランシーヌに水を向けると、フランシーヌがアレクシスの方を見た。
しばし見つめ合い、それから、フランシーヌはエドワードに目を向けた。
フランシーヌがじっとエドワードを見つめた。
たっぷり沈黙した後。
「エドは……なんか嫌だわ……」
「なんでだよ!」
エドワードが大きな声を出した。
アレクシスはまたしても口元を抑えることになった。笑いを堪えるアレクシスの横で二人の掛け合いは続く。
「叔父上は良くて、なんで僕はダメなのさ!!」
「分からないけど、なんか……いや……」
「さっきからそればっかり。僕、嫌われてるの?」
エドワードの表情がみるみる暗くなっていく。さすがにちょっと可哀想になった。
「あー、フランシーヌさん?」
アレクシスが、口を挟んだ。
「エドワードは額面通りにしか受け取らないから、言葉を選んだ方がいいよ」
フランシーヌが目を瞬かせ「そうなんですか?」と首をかしげた。分かっていないのがまた彼女らしい。フランシーヌは、少し考えてエドワードを見つめて「うーん」と唸った。
「エドを嫌いってわけじゃなくて。なんか、恥ずかしいのよ……よく分かんないけど」
「恥ずかしい?」
今度はエドワードが、首をかしげた。
「叔父上は平気なのに、なんで僕だけ?」
純粋な疑問だった。まあ、そりゃそうなるよね。
アレクシスの隣でフランシーヌは、顎に手を当て考える仕草をした。もうこの時点でおかしいのだが、アレクシスは我慢した。
フランシーヌの言葉を待った。
「うーん、分かんない……でも、なんか……エドワードは痒いわ」
「痒い!?」
「なんかムズムズするの」
「訳がわからないよ!」
「あははははは!」
とうとう耐えきれずアレクシスは腹を抱えて笑いだした。
「あは、あははは、お腹、痛い……息、できない……」
ひーひー言いながら笑い悶えるアレクシスの横で、フランシーヌが残念な顔をしているのが見えた。
しかし、おかしいのだからしょうがない。
笑いがようやく収まった頃、覇気のないエドワードの声が聞こえた。
「叔父上は、フランシーヌのこと好きなんですか?」
思わぬ剛速球だった。アレクシスは思わず動きを止めたが、沈黙の後、いつもの微笑みを浮かべた。
「んー」
アレクシスは、わざと間を置いた。目を細めてエドワードを観察した。彼は神妙な顔をしていた。
「どっちだと思う?」
「僕が聞いてるんですが!」
エドワードが大きな声を出した。
さて、なんと答えようかな。
にやにやしていると、隣のフランシーヌが「エド」と声をあげた。
「からかって遊ばれてるわよ」
冷静な指摘だった。その通りなんだけど、君の場合はもうちょっと慌てて欲しいかな。アレクシスは苦笑いを浮かべた。
「分かってるよ」
エドワードが、むすっとした顔で言った。
「分かってるけど……なんか、釈然としないだ」
アレクシスが「なるほどねぇ」と頷いたら「笑わないでください」とエドワードに睨まれた。
どうにも笑いが抑えられないらしい。アレクシスは片手で自分の頬を掴んで撫でた。
エドワードがこちらを見る目には怒りより困惑の方が強いように感じた。
フランシーヌが紅茶を飲み、エドワードがむすっとして、アレクシスだけが笑っていた。
仕方ない。可愛い甥に助言をあげよう。
アレクシスは、エドワードを見つめた。
「エドワード、僕は火をつけて回るの好きなんだ」
「叔父上、放火は罪ですよ」
間髪入れずエドワードは真顔で答えた。アレクシスは笑った。エドワードのこの真面目さがたまらなく気に入っていた。
「大丈夫、この火は罪にならないから」
「どういう意味ですか」
「どういう意味だと思う?」
質問を質問で返すと、エドワードがまた難しい顔をした。隣でフランシーヌが、ため息をつくのが聞こえた。
「エド、だから真面目に考えたらだめだってば」
「でも……」
エドワードは不貞腐たような顔になった。
「ほら、お菓子食べて」
フランシーヌがエドワードに焼き菓子を差し出した。エドワードは黙って受け取り、食べ始めた。
フランシーヌに流され、エドワードに不満に思われても、アレクシスにとっては、とにかく楽しい時間だった。
*
距離。言葉。視線。
――噂が立たないはずがなかった。
エドワードは、まだ何も気づいていない。
フランシーヌは、最初から気にしていない。
そして、アレクシスだけが全てを、楽しんでいた。
*
「王太子と王弟殿下が、一人の令嬢を巡って張り合っている」
という噂が、広まっているという。
何かを察したらしい王太后に「いい加減にしなさいよ」とアレクシスは叱られた。しかし、どんな子か興味があると王太后が言い出したのだから、母上もなかなか意地が悪いなとアレクシスは笑った。
なかなかにいい火加減で燃え上がった。これだからやめられない。アレクシスはとても満足していた。
――――――――――――――――――
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引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。
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この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
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