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15書けなかった手紙
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その後、どのように屋敷に戻ったのか、あまり記憶がない。
自室へ向かうと、フランシーヌは靴も脱がずに寝台へ飛び込んだ。
闇深い洞窟に閉じ込められた気分だった。
思考がまとまらず、漠然とした不安が胸を占めていた。
この先どうなってしまうのか。
自業自得と言われれば反論のしようもないが、息苦しさに胸が詰まった。
フランシーヌは飛び起きて机に向かう。
この思いをどこかに吐き出したくて、エドワードへ向けて手紙を書き始めた。
貴族の間で噂になっていること。エドワードと婚約の話が出ていること。王妃がそれを止めていないこと。
それからーーしばらく王城へは行かないということ。
そこまで書いて、ぴたりと手が止まった。
この手紙を出して、自分はどうしたいのか。
婚約を止めて欲しいのか。それとも婚約して欲しいのか。
もしエドワードが嫌だと言ったなら……。
考えて、なぜだか、胃のあたりがむかむかした。
フランシーヌは書いていた手紙を丸めて捨てた。
頬を叩いて、椅子から立ち上がった。
フランシーヌは、ゴーシュのいる執務室へ向かった。
父には伝える気になれなかった。きっと父は母に伝えるだろう。そしたら、二人して大騒ぎするに決まっている。茶化されるのも、慌てられるのも嫌だった。
フランシーヌは、ゴーシュに今日の出来事を打ち明けた。
「王妃様に……婚約を勧められました。エドワード殿下と」
ゴーシュが深く息を吐いた。しかし、怒鳴りはしなかった。代わりに祖父は、皮肉っぽく口端をあげた。
「即答しなかっただけマシだな。少しは成長したか」
フランシーヌはムッとしたが、口は挟まなかった。
「だが決断を避け続けることもできん。逃げ場はないぞ」
フランシーヌは唇を噛み締めた。
祖父は「婚約しろ」とは言わなかった。
ただ荒れる未来を予測し、フランシーヌに淡々と説明した。
「選ばぬ者は、生き残れない。王城に出入りした以上、覚悟を決めねばならない」
フランシーヌの胃がずんと重くなる。それと同時に苛立ちもした。
「そもそも、お祖父様が私を王城へ連れて行ったのが原因の一つではないのですか?」
祖父はふんと鼻を鳴らした。
「王族に来いと言われて断れば余計目につくだろう。行ったとしても、お前が黙って座っておればこんなことにはならんかったわ」
全くもってその通りだった。フランシーヌは黙った。
「お前の短所が思いのほか気に入られてしまったんだ。もうどうしようもない。嫌われるよりマシと思うほかない」
祖父は疲れたように息を吐いた。
「あのお父様とお母様には……」
「決まってからでよかろう。騒がれても困る。あいつらは何をするか分からんからな」
じわじわと広がる閉塞感。
この部屋の空気はこれほど薄かっただろうか。
なぜだかとても息苦しかった。
ゴーシュは椅子を回転させると窓の外を見た。
何かを思い出したらしい。
嫌な顔をしたゴーシュが、窓に反射した。
「それから、アレだな。アレの周りは阿呆ばかりだからな。阿呆が騒ぎ出す前にさっさと決めてしまう方がいいかもしれんな」
忌ま忌ましいと言わんばかりに吐き捨てる。
祖父の言うアレとはなんとなくアレクシスのことだとフランシーヌは察した。
ゴーシュが振り向いた。
「で、お前はどっちがいいんだ?」
思わぬ問いに、フランシーヌの思考が止まった。
「エドワード殿下か?アレクシス殿下か?」
フランシーヌは言葉を失った。
「なななななっ!」
やっと出た声は言葉にもならなかった。
祖父が鼻を鳴らした。
「まあ、エドワード殿下なんだろうが……お前に王太子妃など務まるのか?」
「私はまだ何も言ってません!」
「言わなくても分かるわ。馬鹿者が。お前は存外分かりやすいぞ」
吐き捨てるように言われてフランシーヌは閉口した。
「今すぐどうこうの話ではないだろう。エドワード殿下の意向もあるしな」
ぼやくように言ったゴーシュの言葉にフランシーヌは身を固くした。
胃のあたりにまた滲むような違和感があった。
「殿下の意向を聞いてから決める。そのつもりでいなさい」
「はい」とフランシーヌは頷いた。
その後は、ゴーシュがロバートを呼びつけて、ああでもないこうでもないと難しい話をし出したので、フランシーヌは折を見て退室した。
その日の夜は、思うように眠れなかった。
王妃の言葉と。祖父の言葉と。
目を瞑ると何度もその場面が頭を巡った。
「エドワードと婚約しない?」と王妃は言った。
「そのつもりでいなさい」と祖父は言った。
けれど、そこにエドワードの意見はない。
それがどうしようもなく不安させた。
フランシーヌは布団を頭までかぶった。
明日起きたら全てがなかったことになりますように。
強く願って、目を瞑った。
自室へ向かうと、フランシーヌは靴も脱がずに寝台へ飛び込んだ。
闇深い洞窟に閉じ込められた気分だった。
思考がまとまらず、漠然とした不安が胸を占めていた。
この先どうなってしまうのか。
自業自得と言われれば反論のしようもないが、息苦しさに胸が詰まった。
フランシーヌは飛び起きて机に向かう。
この思いをどこかに吐き出したくて、エドワードへ向けて手紙を書き始めた。
貴族の間で噂になっていること。エドワードと婚約の話が出ていること。王妃がそれを止めていないこと。
それからーーしばらく王城へは行かないということ。
そこまで書いて、ぴたりと手が止まった。
この手紙を出して、自分はどうしたいのか。
婚約を止めて欲しいのか。それとも婚約して欲しいのか。
もしエドワードが嫌だと言ったなら……。
考えて、なぜだか、胃のあたりがむかむかした。
フランシーヌは書いていた手紙を丸めて捨てた。
頬を叩いて、椅子から立ち上がった。
フランシーヌは、ゴーシュのいる執務室へ向かった。
父には伝える気になれなかった。きっと父は母に伝えるだろう。そしたら、二人して大騒ぎするに決まっている。茶化されるのも、慌てられるのも嫌だった。
フランシーヌは、ゴーシュに今日の出来事を打ち明けた。
「王妃様に……婚約を勧められました。エドワード殿下と」
ゴーシュが深く息を吐いた。しかし、怒鳴りはしなかった。代わりに祖父は、皮肉っぽく口端をあげた。
「即答しなかっただけマシだな。少しは成長したか」
フランシーヌはムッとしたが、口は挟まなかった。
「だが決断を避け続けることもできん。逃げ場はないぞ」
フランシーヌは唇を噛み締めた。
祖父は「婚約しろ」とは言わなかった。
ただ荒れる未来を予測し、フランシーヌに淡々と説明した。
「選ばぬ者は、生き残れない。王城に出入りした以上、覚悟を決めねばならない」
フランシーヌの胃がずんと重くなる。それと同時に苛立ちもした。
「そもそも、お祖父様が私を王城へ連れて行ったのが原因の一つではないのですか?」
祖父はふんと鼻を鳴らした。
「王族に来いと言われて断れば余計目につくだろう。行ったとしても、お前が黙って座っておればこんなことにはならんかったわ」
全くもってその通りだった。フランシーヌは黙った。
「お前の短所が思いのほか気に入られてしまったんだ。もうどうしようもない。嫌われるよりマシと思うほかない」
祖父は疲れたように息を吐いた。
「あのお父様とお母様には……」
「決まってからでよかろう。騒がれても困る。あいつらは何をするか分からんからな」
じわじわと広がる閉塞感。
この部屋の空気はこれほど薄かっただろうか。
なぜだかとても息苦しかった。
ゴーシュは椅子を回転させると窓の外を見た。
何かを思い出したらしい。
嫌な顔をしたゴーシュが、窓に反射した。
「それから、アレだな。アレの周りは阿呆ばかりだからな。阿呆が騒ぎ出す前にさっさと決めてしまう方がいいかもしれんな」
忌ま忌ましいと言わんばかりに吐き捨てる。
祖父の言うアレとはなんとなくアレクシスのことだとフランシーヌは察した。
ゴーシュが振り向いた。
「で、お前はどっちがいいんだ?」
思わぬ問いに、フランシーヌの思考が止まった。
「エドワード殿下か?アレクシス殿下か?」
フランシーヌは言葉を失った。
「なななななっ!」
やっと出た声は言葉にもならなかった。
祖父が鼻を鳴らした。
「まあ、エドワード殿下なんだろうが……お前に王太子妃など務まるのか?」
「私はまだ何も言ってません!」
「言わなくても分かるわ。馬鹿者が。お前は存外分かりやすいぞ」
吐き捨てるように言われてフランシーヌは閉口した。
「今すぐどうこうの話ではないだろう。エドワード殿下の意向もあるしな」
ぼやくように言ったゴーシュの言葉にフランシーヌは身を固くした。
胃のあたりにまた滲むような違和感があった。
「殿下の意向を聞いてから決める。そのつもりでいなさい」
「はい」とフランシーヌは頷いた。
その後は、ゴーシュがロバートを呼びつけて、ああでもないこうでもないと難しい話をし出したので、フランシーヌは折を見て退室した。
その日の夜は、思うように眠れなかった。
王妃の言葉と。祖父の言葉と。
目を瞑ると何度もその場面が頭を巡った。
「エドワードと婚約しない?」と王妃は言った。
「そのつもりでいなさい」と祖父は言った。
けれど、そこにエドワードの意見はない。
それがどうしようもなく不安させた。
フランシーヌは布団を頭までかぶった。
明日起きたら全てがなかったことになりますように。
強く願って、目を瞑った。
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