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24少しの違和感
しおりを挟むゴトゴトと揺れる馬車の中で、エドワードは高鳴る胸を押さえるのに必死だった。
デビュタント当日になるまで、短いようで長かった。忙しい日々を過ごしながら、今日という日をどれだけ待ち望んでいたことか。
フランシーヌから貰ったお礼の手紙は、何度も読んだ。何度見たって同じことしか書いてないはずなのに。折り目に穴が空くくらいには読み返した。
その度に、エドワードはフランシーヌに会いたくてしかたなかった。
ローレンス家の門を抜けると、闇夜の中にぼんやりと白い屋敷が見えてきた。
もうすぐ会える。
耳の後ろで心音が聞こえる。
馬車を降ると、柔らかな夜風が頬を撫でた。
玄関ポーチには、既に使用人たちが並んで待っていた。
開かれた扉から、フランシーヌが現れる。
複雑に結いあげられた赤髪に、髪飾りが揺れる。
白いドレスと宝飾品が、灯りを受けてキラキラと淡く輝いた。
呼吸も忘れて見入っていた。
心臓が痛いほど大きく脈打つ。
エドワードは思わず胸を掴んだ。
フランシーヌがゆっくり階段を降りてきて、エドワードの前で止まる。
エドワードは、言葉を失った。
伏し目がちに、「どうかな?」と聞いてくる。
ぱくぱくと口を開け閉めするのが精一杯だった。
碧い目が不安そうにエドワードを見上げている。
「似合ってるよ」
詰まって、詰まって。
やっと出たのは面白みのない言葉だった。
「本当に?」と聞くので、「本当だよ」と返す。本当に、似合ってる。最高に綺麗だ。今日、会場中で一番綺麗なのは君に決まっている。
けれど、それを口にする勇気はない。
「似合ってるならいいけど……」
と彼女は唇を尖らせた。
「じゃあ行こうか」
差し出した手に、細い指が触れる。
たったそれだけで、エドワードの胸は締め付けられた。
フランシーヌが背を向けて馬車に乗り込む。
露わになった背中に、エドワードはぎょっと目を剥いた。
仕立屋ともめた背中の部分。
なだらかな曲線を、透けるレースが覆っている。
肌を隠しているはずなのに、なぜだろう。かえって官能的な気がする。
これは、ちょっと、良くないな。
エドワードは口元に手を当ててフランシーヌから視線を逸らす。
逸らした先で、得意げな顔でにやにやしているアンヌと目が合った。
なんでお前が得意げなんだ。
エドワードは呆れながら横目でアンヌを見た。
次いで馬車に乗り込む。
忙しない心臓に振り回されてちょっと疲れた気さえする。
「はあ」とため息を吐く。フランシーヌの碧い瞳と目が合った。
「楽しみね」と言って彼女は目を細める。
しかし、その顔にはほんのり影があった。
何かが引っかかる。
「ねぇ、フランシーヌ……そのドレス、本当に気に入ってくれた?」
「とても気に入っているわ」
と微笑むが、やはりどこか薄い。
胸いっぱいにあった多幸感は、いつの間にかどこかへ行ってしまった。
「靴はどう? 歩きにくかったりしない?」
「大丈夫よ」
「宝飾品も、派手すぎたりしてない?」
「全然、これくらいがちょうどいいと思うわ」
言葉は全部、肯定的だ。
でも——違和感は拭えない。
「フランシーヌ……何か、あった?」
エドワードは思い切って聞いた。
「え?」
「なんだか……元気がないように見えて」
フランシーヌは目を瞬く。視線がうろっとした後、ゆっくりと伏せられた。
「そんなことないわ」
でも、その声には力がない。
何かを隠している。
ドレスは気に入ってくれていると言っている。準備も万端なはずだ。なら、何が……。
もしかして―――――
「……俺じゃない方が良かった?」
「え?」
「他に、一緒に行きたい人がいたなら……」
フランシーヌが驚いたように顔を上げた。
「なんでそんなこと――」
脳裏に笑い合う叔父とフランシーヌの姿が浮かんで消えた。
自分と会った後、フランシーヌは叔父アレクシスとも会っていることをエドワードは知っていた。
一緒にいるところを、何度か見たことがある。
二人はとても仲が良さそうに見えた。
「じゃぁ、何で…」
エドワードは思わず問い詰めるように言った。
「それは……」
フランシーヌの視線はまた伏せられてしまった。
ああ、ほら。やっぱり、そうじゃないか。
思わず乾いた笑いが口から漏れた。
本当は別の人がよかったのか。
胸の奥が冷たくなってゆく。
……叔父上がよかったとか?
喉まで出かかった言葉を、エドワードは飲み込んだ。
「ごめん。変なこと、聞いた」
声は自分でも分かるほど沈んでいた。
フランシーヌが何かを言おうと口を開いたけれど、何も言わなかった。
会場までは、もうすぐだ。
崩れそうになる心を、エドワードはぐっと堪えた。
元々は、フランシーヌを守るために押しつけた婚約だ。エドワード以外だって良かったのだ。それをエドワードがひとりで決めてしまった。
きっと彼女の本意ではないだろう。
だから、自分と同じ思いを強請ってはいけない。
けれど――もし、自分を選んでくれたなら。
エドワードはそっと願った。
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