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009 弓矢

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「狩りだー! 私に続けー!」

 石斧を片手に飛び出そうとするサナエ。
 俺は苦笑いで「そうじゃない」と止めた。

「まずは武器を作ることから始めよう」

「武器ならあるじゃないか! この石斧が!」

 石斧を掲げるサナエ。
 それに合わせてミズキが「シャキーン」と擬音を口ずさむ。

「ゲームならそれでいいけど、現実はそうもいかない」

「えー、そうなのぉ?」

 分かりやすく不満そうなサナエに対し、俺は笑いながら頷いた。

「必要なのは人類史において長らく最強とされていた武器――弓だ」

 狩猟に必要なのは弓矢と罠である。
 近接武器は弓が使えない時の最終手段でしかない。

「たしかに弓は熱い! でも弓って作れるの?」

 首を傾げるサナエ。
 俺が答えようとするが、先にアキノが口を開いた。

「本体さえどうにかすれば大丈夫じゃない? 糸の作り方は分かったから弦はどうにかなるとして、矢も適当な木を石包丁で削ればいいし」

 他の三人が「たしかに」と口を揃える。

「アキノの言う通りだ。補足するなら、木の矢は先端を火で炙って硬くするといいだろう。あと矢羽根がないと安定しないから、笹の葉か何か適当な物を付ければいい」

 矢羽根の材料として理想的なのは鳥の羽根だ。
 雉や猛禽類などが定番である。

「本体に関しては竹を使おう。ちょうど近くに女竹めだけが生えている」

「女竹って水を煮沸するのに使った竹とはまた別物?」とコトハ。

「全く違うよ。水の煮沸に用いた竹筒は孟宗竹だ」

「どう違うの?」

「一番は外見だな。孟宗竹は大きくて太いが、女竹は小さくて細い。ちなみに市販のタケノコは孟宗竹が使われていることが多い。女竹のタケノコは苦みが強いから人気が低いんだ」

「そうなんだー!」

「すごいねユウマ、竹学者じゃん!」

 ミズキが肘でグイグイと突いてきた。

「竹学者じゃないけど、竹は便利だから最低限の知識はあるよ」

 話が逸れてきたので元に戻す。

「ということで、俺は女竹と笹の葉を用意する。皆は手分けして材料の調達や製糸作業をこなしてくれ」

「糸作りはこのミズキさんにお任せあれ!」

「よっ! 手先の器用さに定評のある女!」

 サナエが手をメガホンに見立てて声を張り上げる。

「ミズキは器用さに定評があるのか」

「ふふふ、こう見えて私は細かい作業が大の得意なのさ! 派手な見た目に反する内職志向の女! それが青山ミズキ!」

「それは頼もしい、期待しているよ」

 こうして俺たちは弓矢の製作に向けて動き出した。

 ◇

 弓矢に必要な材料を調達したのでいざ製作へ。
 ――と、その前に。

「襲われただって?」

「まー私が近づきすぎたのがいけないんだけどねぇ! 幸いにも怪我しないで済んだしヘーキヘーキ!」

 後頭部を掻きながら笑うサナエ。
 外で作業していたところイノシシに襲われたそうだ。

「よく無事で済んだな」

 イノシシは凶暴で、個体にもよるがしつこいタイプだ。
 軽く襲っただけであっさり見逃してくれるとは思えない。

「そこは私のカラリパヤットで軽く追い払ったさ……と言いたいけど、本当はビビって石を投げたのが功を奏したみたい」

「石で怯んだのか?」

「たまたま目に当たってくれてさー。びっくりして逃げていっちゃった!」

「なるほど、それならありえるな」

 どんな動物でも目は弱点だ。
 頑強な皮膚を持つイノシシですら目は脆い。

「そのイノシシにはきっちり報復するとして、そのための弓矢を作ろう」

「おー!」

 俺は洞窟に入ってすぐのところに材料を並べた。
 まずは弓の製作からだ。

「孟宗竹や真竹まだけだったら縦に割るんだけど、今回使う女竹は細いからそのままでいいだろう」

 女竹の中でも特に稈の直径が小さいものを選んできた。
 その太さは勃起状態のペニスを遥かに下回る。

「両端に弦を結ぶわけだが、そのままだと味気ないので糸を通すための穴を開けるとしよう」

 石包丁の尖っている部分でグリグリ。
 竹なので硬いものの、難なく穴を開けることに成功した。

「あとは弦だ。両端の穴に糸を通して結ぶだけだが……」

 チラリとミズキを見る。

「もうできていますよ! プリプリの弦ちゃんが!」

 製糸担当の彼女は、既に良質な糸を作り終えていた。

「本当に器用なんだな」

「まぁねーん♪」

 ミズキから受け取った糸を弦として使う。
 女竹の真ん中を足で踏み、両端を引っ張って反らせる。

「女竹はしなやかだから、『折れるかも』と思うくらいまで反らせても大丈夫だ」

 強めに反らせて弦を張った。

「これで本体は完成だ」

「おー、あっさりできた!」

「私の作った糸が立派な弦ちゃんになっちゃった!」

「ユウマ君の手にかかったら何でも楽勝だねー!」

「すごいね」

 次は矢の製作だ。

「矢を作る際のポイントといえば、可能な限り規格を統一することだ」

「なにそれ?」とサナエ。

「たぶんサイズ感を揃えるってことじゃない?」

 アキノが正解を言った。

「その通り。規格が異なると飛び方も変わってくる。だから規格を統一して安定性を高めるんだ」

 ということで、まずは矢の本体シヤフトの規格を統一する。
 女性陣の集めた枝を石包丁で削り、長さと太さを整えた。

「次に先端――矢尻だ」

 ここでも石包丁を使う。
 先端が鋭利になるよう削った。
 女性陣も俺の見様見真似で作業に取り組む。

「なんか大きな鉛筆を削ってるって感じ」とアキノ。

 コトハが「分かる分かる!」と笑みを浮かべた。

「削り終わったら削りカスを一カ所に集めてくれ」

「カスも矢に使えるの?」とサナエ。

「いや、火熾しに使うんだ」

「あーね1」

 火熾しでは小さな火を徐々に大きくしていく。
 木の削りカスはその初期段階にとても適していた。

「削りカスまで有効利用できるなんてすごいなぁ」

 コトハが削りカスをまとめながら言う。
 大した動きをしていないのに胸がぷるんぷるんしていた。

「矢尻を火で炙って硬化させたら、最後に矢羽根の装着だ」

 羽根は笹の葉を使い、接着剤代わりの松脂まつやにでくっつける。

 松脂はその名の通り松の木から採取可能だ。
 採取方法は簡単で、樹皮を軽く削るだけでいい。
 すると削った箇所から勝手に出てくる。

 この松脂を洞窟に持ち帰って溶かす。
 平べったい石の上に置いて火に掛けるだけだ。
 溶けたら粘着性の高いドロドロになるので、それを矢に塗る。
 で、矢羽根となる笹の葉を装着して乾かせばOK。

「これで弓矢の完成だ!」

「「「おお!」」」

「さっそく試してみるとしよう。サナエ、イノシシに襲われたのはどこだ」

「あっち!」

 サナエが指したのは洞窟の東側だ。

「了解。では行こう。狩りの時間だ! 俺に続け!」

 四人が「おー!」と拳を突き上げる。

「……って、それ私が最初に言ったセリフじゃん!」

 サナエが「パクるなし!」と小突いてきた。
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